あと四十二分
淡々と上白沢慧音は説明を続ける。
「行動を縛るというのは、肉体的にも精神的にも負担が大きいらしいの。暗示と言った方がいいのかしら? これは彼らにとって重要なことだった。だからこそ記憶を消した。記憶は情報を積み重ねて形成される。そう考えた彼らは、すでに存在する記憶の土台の上にこの暗示をすり込むことに脆弱さを感じた。だからこの暗示を土台に記憶を作る形にした。生まれてすぐにはしないのは、体が未成熟だと成長過程で色々と問題があったらしいわ。その暗示と同時に巫女としての知識を植え付ける。表向きはこの知識を取り込ませる形なんだけどね。
博麗家についてはこんなところかしら。
さて、今回の異変についてだけど……」
蓬莱山輝夜、八意永琳、迷いの竹林、永遠亭。月の使い。
説明を終えた慧音は、客人の方へ顔を向ける。
「永遠亭への近道を教えるわ。それと、彼女を連れて行って」
霊夢は立ち上がり、見やる。
長い白髪を霊夢同様リボンで留めている。リボンは紅白模様。アクセントだろうか、足元まである長い髪の毛先近くに小さなリボンで髪を一房一房纏めていたりしていた。もんぺのような紅いズボンのポケットから手を出し、立ち上がる。上着のシャツのしわの伸ばし、
赤いサスペンダーを直す。ひとつ欠伸をして、彼女は霊夢に挨拶した。
◇◆◇◆◇
時間がたつにつれ、輝夜の弾幕はより一層激しいものとなっていた。最初は攻撃をしていたが、それも相手の弾幕でかき消される。七色の光玉が雨あられのように巫女に降り注ぎ、さらには幾つものレーザーが巫女の体を切り刻まんとばかりに縦横する。こちらの護符が
輝夜の腕や足を浅くだが切り裂いた。しかし、それによる失血のダメージなど感じさせない。
「少し趣向を変えましょうか」
宙を蹴り、輝夜は巫女との距離を詰める。巫女の投げる札を躱し、護符を持つ右腕が掴まれた。輝夜は巫女の持つ札でためらいもなく、自分の首筋を引き裂いた。
「なっ」
血飛沫が迸る。顔が、服が、噴き出す血で汚れていく。
輝夜の顔は笑みを浮かべていた。
「どうして? そんな」
どう見ても致命傷の出血量――だが、べっとりと肌を濡らした血が、衣服に染み込んだ血が、傷口に向かって飛んでいく。まるで時間が逆さまに流れたように。
巫女の肌も衣服も、全て元通りになり、血液は全て傷口に吸い込まれてしまう。
そして、ざっくりと切れた傷口が消えた。
目の前で起こった出来事に巫女は震える。
「どういうこと?」
「私の気が済むまで、貴女は踊り続ける……ということよ」
◇◆◇◆◇
薄暗く一直線に続く廊下を魔法使いの二人は進む。左右は白いふすまが続いている。が、一カ所右手側に扉があった。ドアノブがある外開きの扉。扉の上の方にはガラスがはめ込まれていた。魔理沙はガラス越しに部屋をのぞく。かまどが見え、壁には円形の窓があった。どうやらただの台所のようだった。外開きというのも珍しいが、中の様子をアリスに伝え、再び奥へと進んで行く。
廊下は途切れ、左右はこれまでと同じふすまの壁。しかし右手側のふすまが開いていた。
◇◆◇◆◇
一度外に出、再び竹林の中をレミリアは従者を抱きかかえながら、先を進む。やがて、女の声が聞こえた。「――ギャストリドリーム」西行寺幽々子の声。そして見えてくる、和風の建物。切り開かれたように広い空間が広がっている。従者が主を斬りつけにかかっていた。しかし刀の刃は、彼女の前に展開する結界――無数の蝶が折り重なったさま――によって弾かれた。
幽々子は、こちらに気付き「気をつけて」と警戒の言葉を告げる。それを聞き、レミリアは嬉しそうに「あら、仲間割れ?」と言おうとして止めた。
魂魄妖夢もこちらに気付いたようだった。こちらを驚愕した眼で見つめる。が、それは数秒。眼光鋭く相手を睨みつけた。
「生憎あんたのなまくら刀は、私の槍の前では通じないわよ」
レミリアは宣言し、小さく「咲夜」とメイドに声をかけ、腕の力を抜いた。
落下するメイド。
妖夢は腰を屈める。
吸血鬼は右腕を眼前に掲げ、赤い槍――グングニルを顕現させる。
瞬間、妖夢はレミリアの数歩先に移動し、吸血鬼を斬りつけた。
妖夢の白楼剣はグングニルで弾かれる。
次の瞬間、妖夢は首裏に衝撃を受け、気絶した。
時を止め、妖夢の背後に移動した咲夜が、ナイフの柄を銀髪の少女に叩き付けた。
頬に感じる刺激で、妖夢は眼を開けた。覗き込むように見つめる主人の顔。
体を起こし、周囲を見る。いつの間にか、紅魔館の二人がいることに驚いている。
心配そうに従者に声をかける幽々子に対し、妖夢は何が起きたのかを聞いてきた。
妖夢が話す内容と、幽々子が話す内容。二人の話を聞き、まとめるように紅魔館のメイドが話す。
「先ほどの歌ではなく、相手の瞳を見る事で操られるみたいですね。しかも操られる自覚もない。同士討ちを狙った幻覚みたいですね。予想ですけど」
妖夢の瞳には三羽の兎が見えたと言う。
咲夜は顔をしかめる。
「さきほどよりも厄介な能力ですね」
「どうして? 幻覚だと分かっているんだから問題ないでしょ」
相手の能力が分かったことで楽観視しているレミリア。
「幻覚と実際の攻撃は見分けが付かない事が問題なんです。幻覚の攻撃を受けると、恐らく現実にも影響します。これが能力の一端かもしれませんし。それに一番の問題が、能力を使えることなんですよ」
一拍おいて続ける。
「お嬢様がこちらに対して能力を使われては、止めるのが困難です。お嬢様の能力が強力であるが故に、です。私の能力は、数秒時を止めることです。自分で言うのも何ですが、敵に回すのは厄介だと思いますよ。それで、幽々子さんの能力を知りたいのですが……」
幽々子はすらすらと自分の能力を説明する。それを聞いて、紅魔館の二人は青くなる。
「直死の魔眼?」
幽々子の能力。幽々子の眼にはあらゆる生き物の生命線、その糸が見える。幽々子の指先がなぞる軌跡とその生命の糸がクロスすることで対象を絶命させることが出来る。対象との距離は関係なく、見えてさえいれば行使できる。空中でお絵かきをする動作で生物を殺す。何でも八雲紫に止められて、それ以来使用していないと言う。
咲夜は考える。主レミリアと同じく、幽々子の能力は視界に依存する。相手の能力もまた視界に依存するタイプのようだ。ぶつけ合うにはリスクが高いように感じる。残るは――
「妖夢さんが一番適任かもしれないですね」
◇◆◇◆◇
「話して何か分かったのか、アリス」
より薄暗くなったふすまの先を進んでいる。急に聞かれたアリスは、彼女の問いが何のことか一瞬分からなかった。少し考え、答えを返す。
「色々とね。でも霊夢本人と話した方が確実ね。この異変が終わった後にでも時間を取って五人で話し合った方がいいと思うわ」
「……そうか……」
魔理沙はアリスの方を見ず、小さくそう返した。
◇◆◇◆◇
魔法使いの二人が先へと進んだのを確認すると、八雲紫は奥へ奥へと宙を飛ぶ。
空間が捩れ、いつの間にか上へと向かっている。
八意永琳。腰まで届く銀髪は編みこまれ、赤と青色のツートンカラーのワンピースを身につけている。永琳はこちらに気付いたのか、手に持っていた弓を構えた。弓を引き絞り、紫に向かって矢が放たれた。
◇◆◇◆◇
鈴仙・優曇華院・イナバは立ち上がった。相手がこちらの予想通りに動いた状況を想定してのことだった。そして、ほどなくして的中する。
鈴仙の前に、再び白髪の少女が現れた。その少女が、一枚の紙切れを投げた。それは
鈴仙の前の地面に張り付き、周囲の光が失われた。真っ暗闇だ。
どうやら、向こうはこちらの能力をおおよそ把握したようだった。そうなれば、相手が次の手に出るのは、視界を遮る手段。催涙弾、あるいは煙幕、そのどちらか――
後方に跳躍し、闇の塊に能力を展開する。背後を取られてはいけない。こちらの視覚から確実に逃げられる。だからこそ、背後は廊下という、後ろに回りにくい状態を作った訳だが――
闇の塊は、呆気ないほどに中和された。視界が戻ったことに相手は驚いている。
そして――
◇◆◇◆◇
屋敷から飛び出した妖夢を、咲夜ははたき落とす。あまり何度もこういったことはしたくはないが――
再び、刀を取り上げ、幽々子は従者の頬を軽く叩く。
目を覚ました妖夢に話を聞く。咲夜にとっては半ば予想していたことだが、視界を遮るルーミアの能力は無効化された。
さて、どうしたものか――
咲夜は懐中時計を取り出し、時刻を確認する。
「相手の能力をそのまま返したら、どうなると思う?」
ぶっきらぼうにレミリアは咲夜に聞いた。することがなく退屈そうだった。
「どうでしょうね。試してみてもいいとは思うのですが、誰か鏡は持っていますか?」
皆、首を横に振る。咲夜は巫女に渡された護符を出した。護符は三種類。治癒の護符。闇の護符。そして――
◇◆◇◆◇
攻撃しても無意味だと分かっていても、攻めざるを得ない。こちらを狙う、あるいは動きを制限させようとする光弾が、速度を変えて展開した。結界は連続で展開できないし、霊力も大きく消耗する。こちらの札でダメージを与えれば、少しは攻撃の手は緩まる。
ただ一方的な消耗戦。
今は無傷だが、長引けばどんどん状況は悪くなる。
「霊夢」
小さく後ろから人の声が聞こえる。聞き覚えのある声。後退しながら後ろを確認する。魔理沙とアリス。横並びでこちらに向かっている。こちらの戦況が見えていないのか、魔理沙は手を振っていたりする。
「あの二人、鈴仙の術中に嵌っているみたいね」
輝夜の声。
「どういうこと?」
「さあ? あの子の能力は自由度が高いから。貴女が倒したはずの鈴仙の術が、彼らにまだ効いているなんて随分とおかしな感じだけど、面白くなってきたわね」
輝夜が台詞を言い終わるが早いか、巫女は二人に向かって飛ぶ。
輝夜が二人に狙いをつけ、光弾を放った。
◇◆◇◆◇
薄暗い部屋から、いつの間にか点々と光る星空の中に二人はいた。
周りを見ながら、魔理沙はそれを見つける。
赤く動き回るそれは、動かない周囲の星々とは異なり目立っていた。
それがなんなのかは容易の想像が付く。
魔理沙は大きな声で呼んだ。
「霊夢」
こちらの声が聞こえたのか、赤白の巫女はこちらを向く。そして、こちらに向かってきた。
相手が近づくにつれ、その表情が見て取れる。苦々しい表情。
「魔理沙、逃げて」
彼女の言葉の意味が二人には分からなかった。周りの星々はただ静かに煌めくだけ――
「霊夢、一体……」
何が――
こちらに近づいてくる巫女に対して続けようとした台詞は、巫女の「封魔陣」と言う言葉と、眼前に展開したそれにぶつかり遮断された。
「「いっ」」
二人同時に赤い壁に顔をぶつけ、痛みで眼を瞑り、魔理沙は鼻を、アリスは額をさする。
それもつかの間、結界が光弾を弾く音で、二人は一瞬で状況が変わった事に驚く。
「二人とも、逃げて」
二人の前には、巫女と二人を狙った弾幕が展開していた。
「何でこんな……」
「痛っ」
二人が状況を理解するよりも早く、巫女が仰け反り、呻く。
そして、青白いレーサー光がこちらに狙いを定め、振り下ろされた。
それに気付いたアリスが叫ぶ。
「霊夢、よけて」
巫女の体を引き寄せて、回避させようとしたアリスの右手は、巫女が張った結界によって弾かれた。
青色のレーザーが巫女の右腕を切断し、そのまま右太腿も切り落とした。
巫女の悲鳴が星空に木霊した。
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「これで……終わりよ」