紅魔戦線(4)
時刻は午後六時を過ぎ、辺りが暗くなっていく。
霊夢は紅魔館の玄関扉の前にいた。
霊夢が神社に戻った翌日、霧は消えることなく拡散していた。
簡単に準備をし、霧の中心へと向かう。
紅い霧を直接抜けることはせず、湖面上を飛びながら向かった。
道中、霊夢は一人の妖怪と氷の妖精に出会った。
幼い二人はあけすけと自分の能力をしゃべる。簡単に言えば、周囲の視界を遮る能力と氷を生み出す能力。便利な能力だったので、霊夢は二人と話し、その能力の一部を護符に封印させて貰った。
緋色の洋館とそれを彩る緑の庭園、それを守るかのように紅の壁が囲っている。
人里では見る事のない、異界の建造物。
里の建物は木造か、白い漆喰だ
洋館は幅百メートルを越え、奥行きは幅の半分以上もある。
紅き館の外観は左右に同じ尖塔が聳え、左右対称の構造になっていた。中央には大きな時計塔が建っている。紅い文字盤に漆黒の針が時を刻んでいる。塔の下には、館への入り口――大きな両開きの扉が構えていた。
大きさの割に窓が少ない。窓の配置から三階まであることが分かる。
吸血鬼の根城を観察しつつ、館の正門へと続く紅の城壁の門に降り立った。
門の前には一人の女が立っている。
紅美鈴。
腰まで届く赤い長髪。
緑青色のチャイナドレスを纏い、同色の帽子をかぶっている。
こちらに気付いた彼女は、警戒するでもなく笑顔で歓迎した。
「博麗の巫女さんですよね? ですよね?」
「そうだけど……何でそんなに嬉しそうなのよ?」
美鈴は帽子の上から頭をかきつつ、
「お嬢様の霧のせいで、作物が日照不足でして……私がお嬢様に申し上げてもどうにもならなかったものでして……」
こちらを期待するような眼で見る。
「全く……人を当てにしないでくれる?」
「でも、それが仕事なんでしょう? 巫女さんは? 生憎ここの主人は気まぐれな人なので、私が言っても聞いてくれないのよ」
「はいはい。じゃあ、あのメイドの能力について教えてくれる?」
期待はせずに一応聞いてみる。
「咲夜さんですか? いやー私もよく分からないんですよね。一度お手合わせいただいた事があるんですけど、いつの間にか懐に入られて……」
「それで、私が納得するとでも……」
霊夢は、一枚の護符を門番の眼前にかざす。しかし、相手は動じない。
「私が、お願いしたいのはお嬢様の行ったことだけです。咲夜さんは別に関係ないのよ」
「……」
「別に話が通じない人ではないので、戦うこともないと思うけど」
「……」
こちらから手を出さないのを知っているようだ。
美鈴の飄々とした態度がそれを物語っている。
「……分かったわよ」
巫女は嘆息し、札を収めた。そして、懐から紙でできた小袋を門番に放る。
「これは……」
「白菜の種よ」
「おおー。葉菜類はまだ育てたことなかったのよね……これ、貰って良いんですか?」
「まあね。あんたの主も、こんな感じで片づければ良いんだけどね」
門番は事前に人里で買っておいた白菜の種を喜んで受け取った。
こちらの皮肉は聞こえていないようで、中の種をしげしげと見つけている。
「あっ、玄関まで案内するよ」
気がついたかのようにそう言うと、美鈴は黒い門戸を開け、赤いストレートへアを揺らしながら、霊夢を洋館へと案内した。
美鈴は案内を終えると、門の方へと戻っていった。
扉を開けると、ロビーがあり、そこから通路は左右に伸びる
正面には二階に通じる階段が見える。
紅魔館の中は、名前同様紅一色だった。天井、壁、床それだけではなく敷かれた絨毯も紅い。
吸血鬼の館とはいっても、血なまぐさいことはない。
出迎えがないので、霊夢はゆっくりと洋館の中へと足を踏み入れる。
足が扉を越え、室内に入った瞬間、空間が変質した。
戦うための準備をしつつ、観察する。
二階へと続く広いロビーは消え、一直線に通路が伸び奥の方で左に折れていた。
左側の壁にぽつりと小さな窓がある。
眼の痛くなる内装だと思いつつ歩いていると、通路の角から一人の少女が現れた。
青を基調としたメイド服に白い前掛けを着けている。
純白のヘッドドレスを着けたボブカットの銀髪が、小さな顔の左右に一房ほど編み込まれた髪が、スカートからのぞく健康的な脚が一歩一歩と進む度に優雅に揺れる。
落ち着いた表情の、その赤い瞳が霊夢を見る。
歩く音は絨毯に消されたのか、巫女の耳には聞こえない。
小さな口から警告の言葉が発せられた
そして、瀟洒なその姿が一瞬にして霊夢の視界から消えた。
――↑↓――
訪問者を知らせるベルが鳴った。その音は、キッチンで作業をしている紅魔館のメイド――十六夜咲夜の耳に届いた。咲夜は食器を洗う作業を中断し、ワンピースドレスにひっかけたエプロンドレスで手を拭く。
やがて、館の構造が変化した。
空間が捩れ、天井が高くなり赤い絨毯が敷かれた廊下の幅が広くなる。まるで自分が小さくなったように錯覚してしまう程に。
メイドは廊下を折れ、玄関まで一直線の廊下に出る。
白い壁に赤い絨毯。その先に来訪者の姿が見える。
赤と白の巫女装束。
幼い顔立ち。十代半ばといった感じか。
髪を纏めた大きなフリル付きのリボンが可愛らしさを強調している。
少女は扉から数歩歩いた位置にただたっていた。
一枚の紙切れが少女の頭上を漂っている。
咲夜は巫女に警告する。
「お客様。勝手に屋敷に入られてもこまります」
「悪いけど、ゆっくり待っている時間はないの。この館の主がやっているんでしょ、外の霧は」
「……そうですが、お嬢様に危害を加えるような蛮族は、即刻お帰り願っているんですけど……ね」
咲夜は台詞の最後の言葉と共に、巫女の後ろから首筋にナイフを突きつけた。
紅白の巫女の目が大きく見開かれる。
咲夜には何度も見た事のある侵入者の表情だ。
チェックメイト。
――そう感じた咲夜の脳裏に警鐘が鳴る。
こちらが圧倒的に優位なはずなのに。
素早くナイフを横に引き、後方に跳躍する。
皮膚を切り裂く感触はなかった。
巫女の背後――咲夜が立っていたすぐ側に人の腕ほどのある太さの先の鋭い氷柱が地面から勢いよく立ち上がった。それは自然に出来たようないびつな形ではなく、ダイヤモンドカットされた宝石のごとく、各々の面が周囲の景色を鏡のように移している。
見ると絨毯の上に一枚の紙切れが落ちており、そこから出現したようだった。こちらの動きは読まれていたようだ。
巫女は鏡ように煌めく氷の柱が倒れるのも待たずに、前方に跳躍し、こちらとの距離を取ろうとしている。
あと50秒。
咲夜が再度能力を使うには、最低でも一分は待たなくてはいけない。
――↑↓――
文の言った通り、一瞬で自分の背後にメイドは立っていた。
どうやって移動したのか、霊夢には全く知覚出来なかった。
とりあえず、氷の妖精のスキルの入った護符をそれとなく床に落とす。これで相手の気を引ければと考えた霊夢だったが、予想よりも早くメイドが動いた。勘が鋭いのか。首を狙ったナイフはあらかじめ出しておいた自動防御の護符が首とナイフの間に滑り込み弾いた。
自動防御の護符は万能ではない。一度に防ぐのは札の大きさ程度。同時に数カ所を狙われれば意味はない。さらに言えば、これは使用者が直立不動の状態でしか想定していない。自動防御の護符の軌跡の間に指や腕があっても、軌道を修正せず、使用者の肉体を切断して動く。霊夢は十六夜咲夜の初手を防ぐためだけに作ったもの。霊夢は前方に跳躍し、メイドとの距離を開ける。相手の能力の射程はかなり広いだろう。そう考え体をひねり、メイドに向かって三枚の護符を投げ、複製の護符を周囲の壁に投げる。護符は壁に張り付くと拡大し、そこから霊夢そっくりの人形が這い出した。見た目は本人と同じ。命令は単純なものしか受け付けない。さらに霊夢は体の向きを変え後方に飛びながら、メイドの後方に向け三枚の複製の護符を投げる。相手が高速移動をしている感じはない。八雲紫のように空間を移動している感じでもない。時の流れの中に自分だけの時間を挿入したようなイメージ。メイドの前方に位置する人形が攻撃を開始する。霊夢は懐から筒状の物を取り出し――
――↑↓――
巫女の拙い攻撃をかわすと目の前の三人の巫女が立ちはだかった。
あの少女とうりふたつの、これは人形?
40秒。
左右に動き三体の攻撃をかわし、一体に向けてナイフを投げる。
相手はかわす素振りも見せず、巫女もどきの額につきささるとそのまま倒れ、紙切れと化す。
30秒。
再びこちらに切れ味が鋭そうな紙切れの攻撃をかわし、もう一体にナイフを投げる。
背後からも気配を感じる。
20秒。
後方と前方からの攻撃をかわし、背後にいた3体の人形の一体目がけてナイフを投げる。
10秒。
咲夜は迷う。単純な攻撃と防御をしない人形ごときに能力を使うべきかを。
周囲を見渡し、本体の巫女をさがす。
時を止める。人形全てにナイフを投げる。距離が近い事もあり、人形全てにナイフが突きささる。原理は知らないが、咲夜の投げたナイフは空中で止まろうとする。空気抵抗によるものなのか、咲夜から離れると停止した時間の中に戻ろうとするのか。
恐らくは後者。
停止した時間の中を動けるのは自分だけではない。咲夜の周りも動く。そう考える理由。目には見えないあるいは見えないほこりでけがをしたことがないからだ。それに呼吸も出来る。
巫女との距離を詰める為、前方に飛ぶ。
距離は20m程か。
前方10m先の床に導火線のついた茶色い筒状のものが見えた。
「なっ。爆薬!? 何考えてるのよ。あの巫女は!」
窓の外へ放り投げたいところだが、空間を広げてある為に近くに窓がない。
そもそも時間が足りない。この距離ではナイフで導火線を切断する正確な投擲などできない。
咲夜は急いで後退する。
――↑↓――
乾いた軽い音とともに白煙が周囲に展開した。
霊夢は床に護符を貼り、きびすを返す。高度を上げる。天井近くに張り付き、白煙が漂う空間に近寄る。
そして、一枚の護符を取り出し――
――↑↓――
大きな爆発音、振動を予想していた咲夜。
しかし現実はそれとは正反対で――
共通しているのは視界を遮られた事。咲夜は前方の白煙に数本ナイフを投げ、壁よりに白煙の中を駆け抜ける。数秒で視界が開け、ナイフに背中を刺され倒れようとしている巫女の姿が視界に入る。
それ以外に動くものをすぐ近くに感じる。顔を上げる。球状の膜に覆われた巫女の姿があった。直径五メートルほどの透明な膜。水の膜なのか、巫女の姿がゆらゆらといびつにゆらめく。こちらに気付かれたのを察知してか、慌てて巫女はこちらに向けて、護符を投げる。しかし、それは水の膜で勢いを殺されて、メイドの元に届かず、水中に漂う。私の能力に対し彼女の鉄壁と思われる防御は、同時に攻撃は出来ない、という事か。以外に抜けている。停止した時間内に水の膜を抜けるか、あるいは腕が水の膜を抜ければこちらの勝ちだ。相手はあれを消失させない限り、攻撃できない。水を消すのは用意ではないはず。氷柱も消えずに残っている。
咲夜はナイフを構え、巫女に向かって跳躍、距離を詰め、時間を――
水がはじけた。巫女を中心に。突然の水の動きに咲夜は、とっさに時間を止めるより顔を手でカバーしようとしてしまう。
重い水の壁に押され、床に叩きつけられてしまった。
――↑↓――
霊夢はすぐに床に倒れた咲夜の右腕を踏みつけると落ちていたナイフを拾い、右の手のひらに突き立てる。悲鳴を上げる咲夜を無視し、巫女は護符を咲夜の首筋に当て横に引いた。首筋から噴水のように鮮血がほとばしり、二人の顔や服を濡らしていく。
すぐに霊夢は治癒の護符を裂いた首筋に当てた。血が止まり、傷口が熱を帯び、痛みと共に傷がふさがっていく。呻くメイドに警告の言葉を告げると、巫女は二枚の護符をメイドの右裏ふくらはぎに貼り付けた。
――↑↓――
長く続く廊下を折れ、咲夜の視界から巫女が消えた。
左手で右手に刺さったナイフを引き抜く。傷口からあふれ出る血液をハンカチで巻き、止血する。
首筋に手をやる。傷は治っていた。しかし、かなり血を失ったため貧血気味だった。
咲夜は体をゆっくりと起こす。右足が重い。貼られた札のせいなのだろう。
能力は使えるだろうか。能力はかなりの集中力を必要とする。右手の痛み。重い足を引きずりながら、咲夜は主人のもとへ向かった。
NEXT
レミリアが右腕を掲げると、一際大きな紅い槍が出現し、紅白の巫女の軌跡を追うように投げつける。