春雪喧騒(2)
四月半ば。未だ雪が残り、桜の花はいまだ咲いていない。
花見もまだ今年はしていない。
影響はそれだけではない、様々な問題が起こっている。
色々とあるが、例を挙げるとすれば作物のことだ。
一年を通しての日照時間、降水量の影響――他にも色々な要因があるが――で作物の収穫が変わる。この幻想郷で作られる作物の不作豊作は少なからず毎年起こっている。
この時期に準備をする作物が作れない。
種まきができない。雪を掻き、土を耕し、畝を造る。肥をやり、種をまいたが、雪や寒さのせいで、発芽することもなく、今に至っている。
博霊神社――博麗霊夢はこの異常気象の解決を人里から対応を依頼された。霊夢はこの異常気象に対応した神事も思い浮かばず、先週取りあえず雨鎮め――雨と雪は同じ?――の神事を執り行ったが効果は今になっても雪が降るなど効果はなかった。
里の人たちは霊夢を責めることはなかった。
なかったが、この状況が長引けば、やがては深刻な食糧不足になるのは明白だった。
博霊神社には三人の少女がいた。
一人はこの神社の巫女。もう一人はよく神社に訪れる魔法使い、霧雨魔理沙。最後の一人は、紅魔館のメイド長、十六夜咲夜。
三人はいまだ春が来ないこの異常気象について、話をしていた。
この気象は誰かが企て、実行している異変なのではと。
そうなると話は異変の解決になり――
「遠足じゃないんだし、三人で行く必要なんてないんじゃない」
と、霊夢。
「別に暇だし。おもしろそうだし」
と、魔理沙。
「貴女を止める人も必要でしょう?」
と、咲夜。
なんだかんだと三人の意見はまとまらず、とりあえず霊夢の「おそらく原因は北の方にある」という感――第六感?――に従い、三人は北へと向かった。
◇◇◇◇◇
北へ向かって数十分、突如吹雪いていた雪が無くなった。
まるで台風の目の中に入ったかのように雪はなく、日光が地面を照らしている。その中で氷の妖精と猫が戯れている。桜の花びらがきらきらと空中に舞っている。
氷の妖精のチルノはこちらに気がつくと笑顔で霊夢に手を振った。チルノは冷気を操る。よく蛙を凍らせては、水につけて蘇生させて遊んでいる。紅霧異変で出会ったときもそうだった。そのときは闇の妖怪ルーミアと一緒だったが。今いるのは化け猫か?
見ると、ここを中心にして桜の花びらが集まり、天に向かってひらひらと上っている。
猫耳に、二つに分かれたしっぽ。白いブラウスの上に赤い中華風のワンピース姿。霊夢は猫耳少女に声をかけた。
「橙は、藍様のために、おみやげを作ってもらっているの?」
化け猫の言葉に霊夢は反応する。
おみやげとはおそらくはチルノが行っている桜の花びらの氷漬けの事だろう。
一枚の桜の花びらが2から5㎝四方の氷の中に封じ込められている。
少女の持っている籠の中にいくつか入っていた。
「藍って。八雲藍のこと?」
相手は肯定する。
霊夢の顔が険しくなる。
やはりこの子が八雲藍の式神。
しばし巫女は考え込み、二人に言う。
「魔理沙と咲夜は、ここで待ってて。私だけで上の様子を見てくるから」
次いで、
「もしここにこの子のいう八雲藍が来たら、戦わずに逃げてね」
と言った。
咲夜は文句を言ったが、魔理沙は何も言わなかった。
何もなければここに戻ると約束し、霊夢は上へと飛んでいった。
◇◆◇◆◇
もしかしたら考えすぎなのかもしれない。
寒さのせいか頭はすぐに冷えた。
そう思ったが霊夢は引き返さなかった。
上に人影が見えた。少なくともしっぽは生えていない。
一人の少女。魔理沙と同じ金髪だが、髪は肩に触れる程度の長さ。赤いヘアバンドを着けている。瞳は青く、同色のワンピース姿。人の頭ほどの大きさの人形が数体、彼女の周りを浮遊している。彼女は霊夢に気がついたのか、身構える。ただそれだけのようで、向こうから攻撃仕掛けるとつもりはないらしい。
霊夢は少女の声をかけた。
「貴女も、春が来ないのを調査しているの」
「春が来ない? この気象のこと? いいえ。ちょっと散歩をしていただけ」
ふと、彼女の右肩後ろにちらりと人形の姿が見えた。
「すいぶん可愛らしい人形を使役しているのね。魔理沙が喜びそうね」
「魔理沙の事、知っているの?」
ずずずいっと、少女が目を輝かせ近づく。
顔が近い。
「近くまで一緒にいたからね」と言いながら、「あっちにいけば、会えるわよ」と霊夢は指さした。少女は早口で感謝と何かを喋ると巫女の指す方に少女は向かっていった。
「なんなの? あれ?」
気にせずに霊夢はさらに上へと向かっていった。
大きな門が見えた。
近づくにつれ、霊夢は門の近くに三つの人影を見つける。
一人は金髪。金眼。黒い帽子をかぶり、髪は短く、ボーイッシュな容貌。白いシャツの上に黒のベスト、黒いスカートをはいている。ひょうたんを縦に割ったようなものと木の枝を持っている。
二人目は白に近い水色の髪。青眼。肩まで伸びた髪は少しウェーブがかっている。服装は薄桃色のシャツに、同色の帽子、ベスト、スカートを身につけている。いびつ美歪んだ金属管を抱えている。
三人目は短髪で茶色、赤い帽子をかぶっている。ブラウンの瞳。薄桃色のシャツに、赤いベストにスカートを身につけている。白と黒の洗濯板を持っていた。
近づくと風音とは違った音が聞こえる。
金髪の少女が霊夢に声をかける。
「貴女が博麗霊夢さんですね?」
「ええ。貴女は?」
「私のことはあまり気にしないでください。ただの道案内です」
「……?」
「この門は幽明結界と言います。現世と冥界の繋ぐゲート。現在春を冥界に運ぶために明けられています。しかし、人が通れるほどではなかったので人が通れるくらいに開けておきました」
冥界。死者の世界だろうか。金髪の少女は言葉を続ける。
「貴女に友人の愚行を止めていただきたいとのことです」
「誰に頼まれたの?」
「それは自分の目で確かめてください。私の役目はこれだけですので。それでは」
三人の少女はあさっての方向に去って行った。
◇◆◇◆◇
咲夜は魔理沙に聞く。
「ついて行かなくてもよかったの?」
「お前のほうこそどうなんだ?……まあ、あいつに本気で止められたらどうしようもないしさ。やりやったらこっちが負けるだよ。勘が鋭いって言うか、こっちの手を大抵読まれてるんだよなあ。あのセンスがうらやましいよ。取りあえずは霊夢の言っていたその八雲藍に会えれば、あいつに起きたことが聞けるかもしれないし」
魔理沙は橙を指さして話す。
「まずはこいつにその八雲藍がどんな人物か聞こうかなと」
「そんなまどろっこしい事しないで、本人に直接聞けば?」
「それが出来れば苦労しないさ」
と、魔理沙の頭に一体の人形が落ちてきた。
帽子が鼻先にまで押しこまれて視界が遮られる。
魔理沙は帽子をなおしつつ、人形を拾う。
魔理沙が顔上げるまでもなく、人形の落とし主が魔理沙の前に降り立つ。
「魔理沙。お久しぶり。奇遇ね。まさかお散歩をしていたら貴女に出会うなんて……」
「貴女……」
咲夜は突如現れた少女の言動に引いている。
「久しぶりだな、アリス」と魔理沙は気にしない様子で声をかけた。
魔理沙の説明によれば、このアリス――アリス・マーガトロイドは人形に関わる研究をしている魔法使いだそうだ。咲夜はアリスの肩に乗っている人形をみる。人の頭ほどの大きさ。
可愛らしい服を着ている。
「この子の服、貴女が作っているの?」
咲夜はアリスに聞いた。アリスは首肯する。
「凄いのね。貴女裁縫が得意なのね」
「そうなのか?」
聞き返す魔理沙に咲夜は人形の服に色々と刺繍を施している部分を指した。
星、太陽、月の抽象的に表したものや様々な紋章などが施されている。
裁縫は細かな作業だ。
もちろん雑でも仕上がるが、簡単に糸がほつれるなど、形が変わってしまう。細かく仕上げれば仕上げるほど、ほつれなど起きない、丈夫なものが作れる。
人の着るものですら大変なのに、人形の着る小さな服を縫うなど、かなり細かい作業だ。刺繍まで施しているのだから相当慣れていそうだ。
「服の修繕とか頼めるか。この間、一着スカートの部分を引っかけて破いちゃったんだよ。直すのが面倒臭くってさ」
「いいわよ」
「あんまりお金ないけど」
「別にお金なんて良いわよ。そのくらい」
「へえ、それじゃあ私も頼もうかしら?」
「貴女からはお金を取ります」
アリスは険しい顔をし、咲夜にぴしゃりと言う。
やっぱりね、と咲夜は思う。
わかりやすい。
その後アリスは魔理沙との数分ほど会話し、魔法の森の方へ消えていった。
◇◆◇◆◇
扉の先は石造り階段が広がっていた。左右には石造りの灯籠が並ぶ。
遠くにもう一つの門がうっすらと見える。
霊夢が少し進むと、上から「止まれ」と言う声が聞こえた。顔を上げる。
白い髪の小さい少女。髪には黒いリボン。緑の瞳。白いシャツに緑色のベストに同色のスカート。右手に長剣を持ち、背中には刀の柄が覗く。
「ここは生者が来るところではない」
「あいにく私は呼ばれてここに来ているのよ」
「そんな話は幽々子様から聞いていない」
幽々子。確か文の話で聞いたことのある名前。
「へえ。じゃあ春を集めているのはその幽々子で、貴女はそのナイトって訳?」
「内藤ではない。私の名前は魂魄妖夢。この白玉楼の庭師だ」
白髪の少女は抜刀した。
抜き身の刀身は光を反射させ一瞬煌めき、巫女の目を焼く。
相手は接近戦が得意か――
相手との距離は十数メートル。
うかつに近づくべきではない。
こちらは遠距離攻撃が出来る。
この距離では相手が先制することは無いと思うのだが――
霊夢は自動防御の護符を展開する。
妖夢はぐっと腰を低く構え、霊夢に向かって跳躍する。
一秒にも満たない時間で妖夢は霊夢に肉薄し、
妖夢の長刀が巫女の首に迫る。
刹那、自動防御の護符が刀を弾く。
遅れて強い風圧が霊夢の体を後方へと押しやる。
その風に乗って霊夢は相手との距離を取ると同時護符を飛ばす。
妖夢は動じることなく避け、こちらとの距離を少しずつ縮めていく。
人魂のようなものがふらふらと剣士の後ろに遅れてついていく。
自動防御の護符が塵となって消えた。
霊力が消耗しきったのだ。
咲夜の時は囮を使うため、自分で解除したのだが。
彼女の斬撃はそれだけ重い。
食らえば簡単に二分割。
霊夢は相手との距離を取ろうと動くが、相手は素早い動きで距離を詰めいていく。
霊夢の脳裏に警報がなる。
自動防御の護符を再び展開し、その護符の軌跡を遮らない姿勢にする。
両手に護符を生み出す。
妖夢は腰を低くし空間を蹴り、再び一瞬で巫女に至近する。
霊夢の体を狙った刃は再び巫女の周囲に漂う護符に弾かれる。
しかしその刃は左手で握られた短刀。少女が背中に携えていた刀。間髪入れずに右手の長剣が巫女の体を背中から切断しようと狙う。
巫女は相手が間髪入れず二撃目を放つと予想してか、左手に生み出した護符がそれを弾く。
そのタイミングを狙って右手の護符が弾ける。
二人の周囲は暗黒と化す。
霊夢は妖夢の横をすり抜け、先ほどまで剣士が立っていた方向へと飛ぶ。
一瞬で視界は暗転に包まれ、妖夢は巫女を見失う。
ただこのままここに留まるのはまずいと考え、左に跳躍する。
直後ずるりとした感触が妖夢の背筋に走る。
自分の半身が掴まれた感覚。
まさか――
視界が開けた。
そこには、妖夢を追っていた丸い人魂――妖夢の半身――を掴んだ巫女がいた。
「そこまでよ、動くとこの人魂を天ぷらにするわよ」
妖夢は呻く。そして「負けました」と敗北を認め、「人魂の天ぷらはおいしいのですか?」と聞いた。
◇◆◇◆◇
チルノはあさっての方向に帰っていった。
籠一杯の桜氷に橙はニコニコと満足の様子。
魔理沙は酒を飲むときによさそうだな、と一つをつまんで観察しようとすると橙がしっぽを立てて怒った。
大人しく手を引く。
「橙」
と化け猫の名前を呼ぶ声が聞こえた。
魔理沙と咲夜は辺りを見渡す。
上から声の主が現れた。
白い道士服に青い前掛け。ふんわりとした九つのしっぽをもつ妖狐。
その妖狐に猫耳少女が嬉しそうに近づく。
「藍様、見て見てー」
「橙、私は忙しいの。そういうことは後にして」
藍は自分に引っ付こうとする橙を、顔面――本人は肩のつもりだったが、魔理沙らの方を向いていたため――に手をあて押しのけた。
橙はバランスを崩し、尻餅をつく。籠の中身が少し零れ、地面に落ちる。
「ふええ」
橙は零れた氷を拾い、
「藍様のばか、死んじゃえー」
と、しっぽを立て、泣きながら飛んでいった。
「泣かしちゃって。謝っといた方が良いんじゃない」
と、咲夜。
「大丈夫ですよ。彼女はかなり気分屋ですので」
と、八雲藍。
「まあ、猫はきまぐれだしな」
と、魔理沙。
彼女が霊夢の言う八雲藍なのだろうか? 逃げろと言われたが――
「さて」
八雲藍は魔理沙らの方に向き直る。
「本当は霧雨魔理沙。貴女だけでよかったのですが」
そう言い、狐は右手に一本のくないを出現されると、足元の地面に向けて、軽く投げた。
「っ」
咲夜が呻いた。
魔理沙が咲夜の方に顔を向ける。
咲夜が左手を押さえている。
咲夜の左手に、妖狐の投げたくないが突きささっていた。
手の側の空間が矩形状に裂けている。
狐の方を向く。
狐の足元にも同じように、空間が矩形状に裂けている。
「紅魔館のメイドも、ついでに来てもらいましょうか」
狐は、付け加える。
「貴女の能力については、最近までは皆目はっきりしませんでしたが。貴女の主が起こした異変。あれではっきりと分かりましたよ。博霊の巫女との戦いで。ある程度負傷すれば、能力は使えない。あの能力は余程、集中力がいるのでしょう? あの巫女に敗北し、主の元へ向かっていく貴女は能力を使っていない。時を止めれば、より早く主の元へたどり着けたにもかかわらず。」
「……」
「どこへ、連れて行くつもりなんだ」
魔理沙が聞く。
「博霊の巫女の所ですよ。彼女はこの異変の元凶、冥界の白玉楼の主、西行寺幽々子の所に向かっています」
「あなた方は生け贄です。あの巫女の本気を見るための」
一本のくないを右手で弄び、狐は続ける。
「今ここで、抵抗しようというのなら実力を行使するまでです。私の能力はもうおわかりですよね」
狐は目を細め――
「どちらかでも動けば、もう一人の首にこれを突きつけます」
二人の首筋近くに空間の裂け目ができている。
「私達は別にあなた方を殺すつもりではありません。それに上手くいけば彼女の加勢ができますよ?」
◇◆◇◆◇
白玉楼に続く石段を登りながら霊夢は妖夢の主、西行寺幽々子について聞いてみた。
それがいけなかった。
能力について聞きたかったのだが、全然関係ない話が次々と妖夢の口から飛び出してくる。
私の手料理美味しそうに食べてくれるだの、褒めてくれるだのエトセトラエトセトラ。
わかりやすい。
門までもうすぐ。
一方的なおしゃべりもこれまで。
妖夢のしゃべりを遮り、霊夢があきれ顔混じりに言う。
「あんた、その幽々子の事、好きなんでしょ」
「……!」
妖夢は顔を赤くし、口をパクパクさせている。
わかりやすい。
霊夢は忠告する。
「自分の気持ちははっきり相手に言った方が良いわよ。自覚してるんなら、早く言った方が良いわよ。後になって後悔することだってあるんだから」
「……そうなのか?」
二人は白玉楼の門の前に着いた。