春雪喧騒(3)
白玉楼と呼ばれる日本家屋。屋敷は左右に大きく伸びている。
妖夢に続いて広い玄関に上がる。廊下は左右と正面に続いており、妖夢は右路廊下を歩く。霊夢は靴を持って庭師に後をついて行く。右へ左へと何度も角を折れ、屋敷の裏側とおぼしき場所に出る。枯山水。白く丸い小石が敷き詰められ、ごつごつとした大岩が数個と置かれている。それを眺める縁側に撫子色の髪をした少女が座っていた。
妖夢は恭しく少女に声をかける。
「幽々子様、お客様をお連れしました」
幽々子と呼ばれた少女の顔が霊夢を見る。妖夢の話から想像した通りのおっとりとした表情をしている。戦意は感じられない。
「博霊の巫女さんね。いらっしゃい。貴女も一杯どう? 花見酒よ。周囲の春を集めて、そうね、五分咲きくらいかな。できれば満開にしたかったんだけどね」
亡霊姫――幽々子の視線の先。枯山水の先。縁側から望む枯山水の奥に、大きな桜の大木があった。根を張る幹は直径十メートルを超えている。
「結構よ。今回の騒動は、あんたはこの桜を咲かすためにやったことなの?」
「ええ、そうよ」
「簡単に答えるのね。じゃあやめてもらえる?」
言いつつ霊夢は縁側に座ると靴を履く。
かかとで地面を叩く。
簡単には諦めないだろうと思っていた霊夢だったが、以外にも相手は
「いいわよ」
と答えた。
意外な返答に自身の足元を見ていた視線を、幽々子の方に向ける。
これからドンパチでも行うかと思ったのだが――
一つ疑問をぶつける。
「この件に、あんたの友人って聞いているんだけど、八雲紫は関わってないの?」
一拍おいて幽々子は答える。意地の悪い笑みを浮かべて。
「別に関わってないわよ。春集めは私の独断。彼女が関わるのはこれから――」
言いながら、幽々子は霊夢に目配せをする。桜の方を見ろと。視線を移すとそこに、日傘を差した紫色のドレスの少女。少女は桜の方を向いている為、霊夢にその表情は分らない。
「随分立派な花が咲いたわね。幽々子」
紫は友人に向けて言う。
「八雲、紫」
博霊霊夢はゆっくりと妖怪の名を呟く。
幽々子は友人言葉に「そうでしょう」と嬉しそうに答えを返し、霊夢を見つめ
「せっかくの機会だから、貴女と力比べしたいみたいなのよ」
と言う。
「……くだらない」
「そう、確かにくだらないでしょうね。でも、人を、妖を止めるなら、それを止められる力を示さないとね。この幻想郷では」
「……」
「それに戦う理由も作ってあげたわよ」
霊夢の視界の右端。桜の大木から右に少し離れたところに矩形に空間が切り裂かれ、二人の少女が落ちる。
霧雨魔理沙と十六夜咲夜。魔理沙はしたたか打ち付けた腰をさすりながら、咲夜は左手をかばいながら立ち上がる。メイドは左手をけがしているらしい。能力を封じられたのか。
二人の上空に狐の姿が見える。
顔を上げた魔法使いが巫女を見つける。
「おっ霊夢」
「魔理沙! 咲夜!」
二人に声をかけるも狐はすでに動いている。
化け狐は数十枚の紙切れを二人の周りにばらまく。それは舞い散る桜の花びらのようで――
紙切れはぐねぐねと蠢き、無数の触手を持った軟体動物と化す。四方八方からの触手が二人を襲う。絡め取られる体。魔理沙は帽子の中にあるミニ八卦炉を取り、右手を構え、マスタースパークを打とうとする。
が、狐の手がマジックアイテムをかすめとる。
咲夜は片手で触手を捌くも、無尽蔵にも思える触手の群れに二人の応戦は虚しく――
触手が二人の肌を舐め、口を塞ぎ、性器を刺激していく。
毒牙にかけられた二人を助けるには――
「ゆかりぃー」
激高して叫ぶ霊夢は空を蹴り、一直線でスキマ妖怪に向かう。
巫女は右手の護符を構え、スキマ妖怪に向かって投げようと――
瞬間、第六感が警鐘を鳴らす。
投げる手を止め、特攻する体を制止する。
空から一本の青いくないが落下し、白玉楼の庭に突きささる。
そこは、制止しなければ、自分のいた場所。
数秒遅れ、上から八雲紫の式神、八雲藍が突きささったくないの上に降り立つ。
妖狐を中心にぶわりと風が舞う。
「邪魔よ」
「あいにくこれも私の仕事ですので……月並みの言葉で申し訳ないですが、あの二人を助けたければ、私を倒す事です」
霊夢の前に二人を閉じ込めるように、音もなく半透明の黄色い壁が立ちのぼる。
気がつけば、霊夢は妖狐、八雲藍の空間に閉じ込められていた。
◇◆◇◆◇
突然の見知らぬ二人の来訪者。
不気味な生物。
八雲紫、八雲藍。
庭に展開された箱形の結界。
次々に起こることを呆然と見ている妖夢に、幽々子が声をかける。
「妖夢。あの二人を助けてあげなさい」
幽々子は気味の悪い生物に囚われている二人を指さし、従者に命令した。
「えっ……はい」
奇妙に場に飲まれかけた妖夢は主に返事をし、柄を握り、見知らぬ二人の元へ飛んだ。
ぬちゃぬちゃとした粘り気のある音と、形容しがたい少女達の声の合唱。
その生物の数歩手前で止まり、妖夢は刀を構え一閃する――
直前襟首を後ろから掴まれる。
「なっ」
後ろから抱きつかれる。
振り返る。
主――幽々子の友人、八雲紫だった。
紫は妖夢の身長に合わせ膝を折っている。
「あの子も貴女に随分酷い事、させるのね。わざわざ女が乱れるところと眼前に見せつけようだなんて」
「幽々子様はあの二人を助けろと――」
「ふふ、あの二人は助けを求めてはいないわ。むしろ妖夢のすることはあの二人を苦しめる――」
紫は妖夢に体を押し付ける。
八雲紫の豊かな乳房が少女の背中に押し潰され――
押し付けられたそれの感触と熱がじんわりと背中から伝わっていく。
妖夢はびくりと体を震わせた。
それは性的な感情から来るものではなかった。
冥界。生者のいない世界。冷たい世界。
肌の温もりなど、ほとんど感じたことなどなかった。
主と従者の関係。
従者として主に対して不用意に触れてはいけない。
妖夢が触れたことのあるのは、主の手だけ。
少女は主をエスコートするそのときぐらいで――
「これは博霊が少女を女へとステージをあげる装置なの、多少強引なほうの、だけどね」
少女には紫の言葉の意味が分からない。
蠢く触手の隙間から少女の体が覗く。
スカートがまくられ、下着が足首に絡まっている。がに股気味の白い足の間に一本の触手が刺さっている。抜き差しのピストン。
上半身は衣服の中に触手が入り込み、沸騰した水面のように、ボコボコと服が複雑に波打っている。
少女の表情は妖夢の位置からは見えない。
妖夢の返事を待たずに、スキマ妖怪は続ける。
紫が妖夢の耳元で囁く。
「妖夢。貴女は幽々子の事が好きなんでしょう?」
八雲紫は喋りながらゆっくりと、静かに妖夢の背負っている短刀を引き抜いていく。短刀――白楼剣。切った者の迷いを断ち斬る剣。
妖夢の視界はほんやりと霞む。
耳元で囁かれる声と背中から伝わる温もりが心地よい。
「幽々子も貴女のことが好きよ。だからこれを貴女に見せつけた」
白髪少女の現前で舞い落ちる桜の花びらが右へ左へくるくるとまわり、迷い落ちる。
紫は続ける。
「ひとを好きになれば愛し合う。温もりを求めて体を、性器を、快感を重ねる、これはそれを疑似体験する装置」
肌に纏わり付くような言葉。
「幽々子は貴女を求めてる。従者としてあの子の気持ちを汲んで上げて」
二人の少女の声。
「でも……私は……半人半霊で……ただの使用人で」
くすりと紫は笑う。
「迷っているのね……その迷いを断ち切ってあげる」
紫が白楼剣を彼女の体に突き刺し――
妖夢は大きく目を開き、体を強張らせた。
幽々子様。幽々子様。幽々子様。
妖夢の頭は一瞬で主の事でいっぱいになり――
妖夢の右手から長刀が落ちる。
感じたことのない熱に体がうなされる。
妖夢は夢遊病者のような足取りで、幽々子の元へ向かう。
紫は妖夢を眺める。
「別にこんなことしなくても……好き合っていれば……いずれ……何の軛もなければ……」
ため息をつく。
「幽々子、貴女あとで怒られるわよ?」
妖夢が落とした長刀を拾い、スキマ妖怪は誰に言うでもなく呟いた。
従者は主の名を呼ぶ。
幽々子は変わらず、杯を片手に縁側で座ってる。
「幽々子さま」
「あら? 妖夢。お使いはどうしたの?」
意地悪く幽々子は従者に問う。
「私は、幽々子さまのことが、好きで、好きで……」
どこか譫言のような妖夢の告白。
それを聞き、幽々子はクスリと笑う。
「私も妖夢のことが大好きよ。さあ、愛してあげるわ……でも」
一度言葉を切る。
「妖夢、刀はいらないわ」
「はい」
たすきがけをしている白楼剣の鞘を取り、帯に止めていた長刀の鞘を抜きとる。
床が傷つくこともが舞わず、鞘を床に落とす。
「さあ、いらっしゃい。妖夢」
幽々子が手を広げ、妖夢を出迎える。
それに応えるように、妖夢は主の胸の顔をうずめた。