うーん……遠恋やからって、やっぱり気合い入れすぎてたんかなぁ……。
でも、気合いだって入ってしまう。
何しろ、こうして逢えるのは一ヶ月ぶりやし。
しかも、お義父様にもご挨拶することになっているし。
これはもう……気を抜けって方が無理な相談。
昨晩からずっと、頭の中は瀧君のことでいっぱいいっぱい。
やからといって――
私自身が瀧君になりたかったワケやないんやよ!!
しかもこれは……我ながら、夢見すぎやと思う。
瀧君に早く成長して欲しいと願うあまり……夢の中で成長させてしまうなんて!
鏡の中の瀧君は、女の
これは……高校生くらいかな?
それなら、私も多少は胸張って言えるんやけどなぁ……
中学生と付き合ってるー……なんて、世間体が色々ヤバイ。
とはいえ。
まあ、今のカワイイ瀧君も好きなんやけど。
いずれはこんなに凛々しく成長するんやろうねぇ。
……ん? ということは……?
私も成長してるんかな?
それとも、都合よく同い年?
確認するには、スマホよね。
あの日、別段隠すことなくお互い画面をイジってたので、ロックの解除方法は判ってる。
するするっと指を走らせると――うん、おんなじ。
電話帳にも登録済みやったので、自分の番号に掛けてみると……
『おかけになった番号は、現在使われておりません』
……変なの。まあ、夢やしね。
せっかくやから、男のコの生活を堪能させてもらおう。
そういえば、家のことなんて考えたこともなかったのに……これが意外とリアルにできてる。
窓の外も凄いビル群やし。
まさに、私が思い描いていた東京! って光景。
なら、他の部屋はどうなってるんかなー、と出てみると……うーん、どことなくせせこましい。
ま、それが都会のマンションってことなんでしょ。
事前に体感できて良かったわ。
食卓が置かれてるから、ここがダイニングなんやろうね。誰もおらんけど。
休日やから、昼まで寝てるんかな。私の到着、どうやったって午後になってしまうし。
そして、あっちが台所で、こっちは――
……え?
なんで……仏壇なんて飾ってあるん?
お義母様が亡くなった――なんて話、聞いとらんよ?
なら、一体誰の……?
恐る恐る近づいて――
中央に鎮座している顔写真が誰のものか、私にはすぐにわかってしまった。
それはあたかも卓上鏡のように。
本来の――見慣れた自分の顔が映し出されている。
それでもう……すっかり気分が滅入ってしまった。
瀧君としての生活には興味あるけど、
自分が殺されてしまった世界を楽しむ気にはなれんわ。
フラフラと元の寝床に戻って……ボフンと倒れ込む。
夢は夢でも……悪夢ね、これは……
***
またこの夢か――と最初は思った。
眠っている間に、かつての恋人と再会したことは数知れず。
だが――
俺自身が彼女になっていたのは初めてだ。
しかも、こんな鮮明に、意識もしっかりしている。
更には――
「お姉ちゃん、そんなのんびりしとってええの? 今日は瀧君とデートなんでしょ?」
あのコは……妹の四葉だったか。
一度会っただけなのに、意外とよく覚えている。
もっとも、この姿が正解であるとも限らないのだが。
それはともかく、自分とのデートというのなら、行ってやるべきだろう。
中身が俺では、喜んでもらえるかは判らないけれど。
食事を済ませて部屋に戻ると、服は一式用意されていた。
起きて間もなくは頭が働いていなかったが、よく見なくとも、枕元に。
夢だけに都合の良いことである。
だが、この服は――
ここまで、様々なところが朧気ではあったが、これだけは
爽やかな水色のワンピースに黒いタイツ。
それらを着込んだ自分の姿を鏡に写して――正直、ゾッとした。
これはまさに、あの日そのものじゃないか……!
最初で最後となってしまった東京でのデートの時、三葉さんは何故か髪を下ろしていた。
瀧君が、この方がいい、って言ってくれたから――などとはにかまれては、男としては納得せざるを得ない。
だが、本当は――
そして、彼女の言葉遣いが訛っていなかったのも、この日のために練習した――わけではなかったとしたら……?
何より、それはすべて一日限りだったのである。
翌日にはイントネーションは戻っていたし、髪もしっかりと編み込んでいた。
その上、前日に過ごしたことを、ことごとく覚えていないと言う。
妙だとは思いながらも、些細な事で揉めてもつまらない。
せっかく泊まりに来てくれたのだし、細かな話はさておいて、三葉さんとの時間を楽しみたい――そんな思いで過ごした三日間。
そして、彼女を送り返してしまった。
また来月も逢おう、と約束して。
だが、それは果たされることなく――!
あんな悲しい思いを繰り返したくはない。
何一つだって、
例え夢であっても……!
三葉さんの髪は複雑で、俺にはどうなっているか解らない。
真似はできないまでも……せめて一つにまとめておこう。
服だって、これは綺麗で可愛いとは思うけれど、タンスを漁ってあえて別の服に。
そして、電車も……次に来るのに乗ってしまっては、予定通りに着いてしまう。
ほんの少しだけ遅れてしまうが――と一本だけ見送ってみたところ、これが思いの外とんでもないことに。
その後の乗り継ぎが見事なまでに噛み合わず、結果的に一時間半の遅刻とは……少なからず田舎を侮っていたか。
だが、待たされた<俺>が怒ることはない。当たり前だ。一ヶ月ぶりのデートなのである。最初の一時間程度で目くじらを立てたりはしない。
俺は、三葉さんのことが大好きなのだから。
が、これはさすがにマズかったか。
「え? 三葉さんが行きたいって言ってたのに……」
この頃の小遣いで遊園地って、結構重かったよな。
前売り券は当日限定だから、今更キャンセルはできない。
それに、三葉さんも凄く楽しんでくれて、夕方まで盛り上がってて――
思い出しただけで泣きたくなってくる。
そんな俺を見た<俺>は――
「わ、わかったよ……。でも、空いた時間どうするんだ?」
つい涙目になってしまったことで、折れてくれたようだ。
が、その代案はノープランである。
こちらとしては、あのデートで立ち寄った軌跡をなぞりたくはない。
とはいえ、それは、二人で楽しめるところをことごとく外すことを意味する。
さて、どうやって過ごせば良いものか……
結局、特に行くアテもなく、惰性で入ったハンバーガ屋で駄弁っている間に夕方になってしまった。
「そろそろ、うちに行こうぜ。父さんも待ってるし」
「あ、うん――」
と席を立ったところで……
「ごめん! 私、今日は帰らなきゃ!」
やっぱりそれはできない!
あの日を繰り返すことなど、俺には――
が、これが致命傷となってしまった。
「ホントに今日はどうしたんだよ!? 父さんにも期末で忙しいとこ、無理言って休んでもらったのに……!」
彼女が来るから、って一日だけ頼み込んだんだよな。
なのに、突然会わずに帰ると言われたら怒るに決まってる。
その上、今日はずっとこんな調子だったから。
だとしても、俺は――
「本当に、今日はダメなの! 代わりに――」
一〇月四日――その日だけは必ず逢いに来る、と約束した。
それは、彼女の命日。
糸守町の命日。
彗星によってすべてが破壊されてしまった日。
このデートの結果によって、未来がどこまで変わるかは解らない。
そもそも、すべてが夢なのかもしれない。
だが、それでも、
最悪の事態だけは避けることができれば――!
「ごめんね、本当に、ごめん……」
クソ、これだけはやりたくなかったが、
俺が三葉として、最大の誠意を示すために――
男と、それも自分との口づけなんて、すこぶる気分は悪い。
が、辛うじて中学生男子を諭すことはできた。
「……わかった。一〇月四日、だな」
もし、久々のデートをこんな無茶苦茶に掻き乱されてしまったら……
それでも、俺が三葉さんのことを嫌いになることはない。
だが――
三葉さんは、俺のことが嫌いなのだろうか、って不安になるだろうな……。
この後、俺たちの関係がどうなるか――考えただけでも恐ろしい。
それでも。
せめて、彼女が、
来月も、
来年も、
その先も――
末永く生き延びてくれれば、それでいい。
***
あー……昨日は嫌な夢を見たなぁ……。
せっかく大きな瀧君と出逢えた――というか、なれた? というのに、私の方が死んでるなんて。
縁起が悪いにも程がある。
これは、話のネタにはならんよねぇ……。話したくもないし。
あ、カッコ良く育った瀧君の夢を見たんだよー、って話はしたい。
そしたら、絶対照れるから。
可愛いんよねぇ……照れた瀧君❤
ともあれ、今日はデート当日!
張り切って行かなきゃ……って、アレ?
枕元に用意しておいた服がない。
今日のために下ろしたばかりなのに。
というか、部屋がぐちゃぐちゃ。
クローゼットの中身をひっちゃかめっちゃか放り出したような。
まさか、四葉のヤツ~……って、あのコもここまで酷いことはせんよねぇ……。
これじゃまるで、泥棒にでも入られたみたいやもん。
しかし、よりにもよって……こんな大切な、時間のない日に……!
片付けは帰った後にすることにして、先ずは服を……って、アレ? アレ?
このゴチャゴチャの中に混ざってると思ってたのに、肝心のデート服だけがない。
疑うわけではないけれど……
「四葉ー……私の服、知らん?」
台所で朝食の用意をしていた妹に声を掛けると――
「
「
何ゆってんの?
昨日は脱ぐどころか着てすら……
え? アレ? 何かおかしい。
今日は連休初日……のはずやよねぇ……?
で、東京に行って、瀧君の家に泊まって……アレ?
「お姉ちゃん、昨日から何か変やよ? 瀧君とこに泊まってくはずやったのに、黙って夜には帰ってくるし……フラれた?」
「嘘でしょ!?」
何もかもが信じられずに、私はスマホで日時を確認!
「……嘘でしょ……」
日付が、一つ飛んでる……
楽しみにしていた、デートの日が……
ただ、四葉の言い方だと、単純に日にちを勘違いしてるだけやないみたい。
なら、私が何をしていたのか、きっと瀧君が知ってるはず!
それに、連休はまだ続いてるもの。
二泊三日が一泊二日になったとしても……瀧君に、逢いたい……!
慌てて電話をしてみたものの――
『何だよ今更。父さんなら、今日は出掛けちまったぞ』
私とのデートがキャンセルされたんで、休日やというのにお仕事みたい。
そして、瀧君もまた。
空いてしまった連休を埋めるべく、友達と遊びに行くらしい。
『次は、一〇月四日、って言ったろ』
「一〇月四日って……えええええ!?」
それって、お祭りの日やない。
サヤちんたちとも約束してるし、それを外す、というのも……
『ナニ驚いてんだよ。自分から言い出したことなのに』
「ええええええええ!?」
ホントにどうなってん!?
昨日の私は一体ナニをしでかしたん!?
たった一日の空白の間に、私の生活ボロボロよ!
「う、うん……一〇月四日ねー……うーん……」
私の煮え切らない対応に、瀧君の不信感も募っていく。
「まさか、その日もダメだって言うんじゃないだろうな……?」
「それは、その……はは、ははは……」
笑っても誤魔化せそうにない。
とにかく……おかしな昨日のことを探りつつ、どうにかして仲直りしないと!
***
……あー……この部屋、どこかで見覚えあるー……
そして、自分の
これはまた、成長した瀧君なんやな、って。
ただ……
今回は何だか、夢を見ている気がしない。
本当に、瀧君になってしまったような。
夢にしては、続きすぎているから。
本当に、前に見た瀧君の部屋の、そのまんまやって。
もしかして、本当に未来の瀧君……?
それを確認するには、自分に連絡を取ってみるのが良さそうなんやけど……
「……え」
『み』のところに、私がいない。
私の番号が、存在しない。
現在使われていないどころか……瀧君の電話帳からすら消えている。
慌てて部屋から飛び出してみると――
「ああ、瀧、おはよう。どうした?」
瀧君のお父さんが、テーブルで朝食を採っていた。
そっか、今日は平日やもんね。
私も、学校に行かなきゃいけないんかな……瀧君として。
それはともかく。
前に見た仏壇が……なくなってる……
私、生きてるんかな、
死んでるんかな。
それともまさか、存在自体が――!?
「と……父さん……そのー……宮水三葉さん、って……」
悪い予感を抑えながら尋ねてみると――
「……まあ、父さんは止めないけどな。今年も行くのだろう? 三葉さんの……
やっぱり死んでるーーー!?
一体どうなっているのかと、お義父さんから雑談を交えながら色々と尋ねてみた。
それらをまとめると――
私たち、あの後すぐに別れてしまったみたい。
東京のデートで大失敗して、それから喧嘩が絶えなかったようで。
うぅ……身に覚えがありすぎて困る。
あれから二日間、身に覚えのないことを謝り続けていたのに、瀧君てばロクに返信もしてくれなくて。
ちょっとこっちも苛ついてきてたものね……
でも……別れるなんて……!
とはいえ、私はその一連の流れの中で物凄い話を聞かされてしまった。
「あのタイミングで
どうやら、私の死因は――砕けた隕石の破片が飛んできたものによるらしい。
それも、私どころか、町全体が吹き飛んでしまったとのこと。
せめて一〇月四日――あの夜、逢うことができれば、助かったかもしれないのに――
瀧君はそれを、とても後悔していたって。
その前に別れてしまったことを、三年経った今でも。
これはもう、授業なんて受けてる場合やない。
学校は、休ませてもらうね。
瀧君、ごめん。
それでも、これは、糸守のみんなのためやから。
一日掛けて色々調べてみて――
私の中に、もう疑いはない。
これは間違いなくこれは、未来の瀧君なんや。
そして、私が未来の瀧君になったとしたら、未来の瀧君はどこに行ってしまったのか。
これも、何となく見当はついてる。
ポッカリと空いてしまったデートの一日。
そして、知らないうちに逢いに行くことになっていた一〇月四日。
こんな約束……
やからきっと、今日の私は瀧君が担っている。
あのコが、過去の私になっている、と気づいているかは判らないけれど――
でも、私はやるよ。
瀧君との仲を元通りに戻して、
そして――
町のみんなも救う!
これは、糸守の運命を知る私にしかできないことやから……!
***
あー……えーと……ココ、どこ?
瀧君の部屋の天井ではない。
かといって、私の家でもない。
異様に暗くて、
でも、小奇麗で……。
一先ず、どっちの身体か確認するため触ってみると――
「ぎゃあ!?」
胸はあるから、
そして、隣で眠ってる瀧君も……裸!?
何より、この広々としたダブルベッドは……!?
身を起こして周囲を確認。
ガラス張りになった浴室。
大きな画面のテレビ。
怪しげな照明。
そして、ヘッドボードには意味深な……!
って、何で未開封!?
ここまで来て、何もしなかったー、なんて思えないけれど、
まさか……!?
「――――っ!」
うわー……
呆然としたまま、私は仰向けに倒れ込んだ。
これって……うぅ……ヤバイでしょ……
私たち、まだ学生やのに……
そもそも、こんなとこに中学生を連れ込んでる時点でアウトやって。
高校生でも年齢によってはダメやのに。
なるほど……そう来るか。
瀧君、私と死に別れてしまったこと、凄く後悔してたみたいやからね。
それで、なりふり構わず愛を取り戻そうとして……
でも……
やり方ってもんがあるでしょ!?
こんなことで仲良くなっても――
「あ、三葉さん……おはよう……」
倒れ込んだ時の振動で、瀧君も目を覚ましたみたい。
寝ぼけ眼のまま擦り寄ってくるのは……ぅ、ちょっと可愛い。
とはいえ、迷わず胸に手を掛けてくるのはどうなんやろうなぁ。
「三葉さん、大好きだよ、三葉さん……」
そしてそのまま……!?
多分、今日はまだ平日でしょ。
お互い学校あるんやないの?
しかも、ここが東京やとしたら、私、昨日も休んでるんやろうし。
でも――
ここで変に拒んだら、昨日からの関係を崩しちゃう。
それは……まさに、死活問題!
こうなってしまったら、授業よりも恋愛優先!
「……学校、どうする?」
と、腹は括ってみたものの――
「休みたい、けど……」
中学生らしく、少しは良心が残っていた様子。
とはいえ、中学生らしく、欲望にも忠実。
私を抱きしめたまま、シュンと俯いている。
「じゃ、最後に一回だけね。そしたら、学校、行くんやよ?」
「……うん」
うわっ、ナニコレとんでもなく可愛い!
一昨日まで喧嘩しとったのが嘘みたいやよ!
これには私の方が離したくなくなっちゃうけど……さすがに我慢しとかなきゃね。
ともあれ。
これで私たちの仲は安泰か。
瀧君、お疲れ様。
例え私の身体やったとしても……男子と抱き合うのは、さぞ苦心したでしょうから……
***
というか、目を覚ます度に天井が変わるのは、本当に勘弁して欲しい。
今度はどこなんよ……ちょっとうちに似てるようにも見えるけど。
ただ、ガタンゴトンと電車が走る音が聞こえてくるので、東京ではあるみたい。
なのに、瀧君の部屋とも違う。
でも……
「あ、おはよう瀧君❤」
これは、ついに……
「お……おはよう……三葉さん……!」
生きてる……私が……
私……ようやく死なずに済んだんや……!
でも。
ここ、どこやろ。
瀧君の部屋よりも狭い気がする。
なのに四面は、壁、窓、壁、玄関。
まさか、この家一部屋なの?
しかもその上……
「にゃあああああ! ぎゃあああああ!」
「あ、あ……起きちゃった! ちょっと待っててねー」
机の上での作業を止めて、<私>は赤ん坊をなだめ始める。
あの子はきっと、私の子供や。
私たちの……
瀧君との……!
それは、とっても嬉しいことのはず。
なのに、素直に喜べない。
<私>の姿は、あまり幸せそうには見えないから。
「よーしよしよし……ごめんね瀧君。五葉が大きくなったら、私も外で働けるのだけど……」
ってことは、この瀧君は一家を養えるほど稼げてない、ってことね……。まあ、高校生やし……って学校は!?
ハンガーには制服ではなくボロボロの上着だけが掛かっていて……とても通学しているようには見えない。
何より……イタタ……何だか身体の節々が痛い。
そして、重い。
起きたばかりなのに、寝る前みたいに疲れ切ってる。
そしてそれは、<私>も同じ。
血色も見るからに悪くて、寝てすらいないみたい。
それなのに――
「今日もお仕事なんだよね。頑張って! 私も頑張るから!」
こんな体調で……働けるの!?
「朝ご飯は作ってあるけど……今度のお給料日にはお肉食べられるといいね」
机の上に並んでいるのは、もやし炒めと、納豆……
うぅ……こんな食事じゃ元気出ないよ……!
非礼な落胆が顔に出てしまったのか、<私>の表情も少し落ち込む。
でも、すぐに笑顔を作ってくれた。空元気だって判ってしまう、悲しい笑顔を。
「私、幸せだよっ! だって、駆け落ちしたお陰で、こうして生きていられるんだもの!」
「駆け――っ!?」
あー……まさか、こんなことになろうとは。
実はあの後――瀧君とは仲直りできた。
それはもう、今まで以上のラブラブっぷりで。
でも、それと引き換えに――今度は家族との関係がギスギス。
何しろ、いきなり家を飛び出して、二日間も学校を無断欠席してしまったわけで。
お婆ちゃんから、そんなことするなら、瀧君との交際は認めない、とまで言われちゃったんよね。
とはいえ、こっちは瀧君と別れたら死んじゃうわけで。
私どころか、糸守のみんなも。
でも、それを話しても信じてもらえるはずがないし。
もどかしい思いを抱えながら、何とか私たちのことを認めてもらおうとしていたけれど……無理やったんね。
多分、隕石から逃げるように東京からも逃げて……二人でこうして暮らすことになった、ってことか。
四畳一間の古アパートで。
いや、三人か。五葉もいるから。
私は死なずに済んで、
瀧君とも一緒にいられはしてるけど……
これはないんやないの!?
何というか、こー……もう少し、幸せになれるんやないんかな、私たち!
「ほら、遅れちゃうよ! 急いで急いで!」
グズグズしてる私に、未来の私の顔がちょっと引きつってる。
苛ついてる。
苛ついてるのを、必死に抑えてる。
こんな生活……時間の問題やって!
やっぱダメ!
家族とも仲良くしなきゃダメなんやよ!
あああああ……やけど……
どうしたらいいのよーーー!?
***
今度の天井は……あ、大丈夫そう。元の瀧君の部屋や。
そして、電話帳に私の名前も残ってる。
さらに、仏壇もない。ちゃんと生きてるんや……よね?
今日は日曜日やから、学校に行く必要もない。
とはいえ、あんな未来を見てしまった後やからか……むしろ、行きたくなってしまうのは我ながら感傷に浸りすぎかも。
さて、今日の予定は……とスマホを覗き込むと、独りでに窓がポンと表示された。
タイトルは『デート』
そろそろ家を出ないと遅れちゃうみたい!
場所は、六本木の……うん、そこなら駅の案内板を見ながらでも行けそう。
こんな時間にってことは、朝ご飯から一緒に食べるってことやよね。
色んな未来を見てきたけれど、ようやく私らしい私に逢えるんやなぁ。
とはいえ、浮かれてもいられない。
この機会に、しっかり情報収集しておかないと。
彗星の衝突なんて大事故を、どうやって乗り切ったのか。
そして……
これまでの三年間を、どうやって過ごしてきたのか。
東京の電車は複雑やけど、道順はくどいくらいに掲げられてる。
お陰で迷うことなく――あと、瀧君が余裕ある時間にアラートをセットしていてくれたお陰で、遅刻することなく待ち合わせの場所に到着。
でも、そこに<私>はいない。
うーん……五分前やから早すぎたとも思えんのやけど……
私って、時間は結構守る方やし。
と、その時!
「おっはよー! 瀧君っ♪」
後ろから飛びついてきたのは――
「四葉!?」
身体は大きくなって、背伸びしたギャルギャルしい格好ではあるけれど……根本的な顔つきは変わってない。
やから、妹やってのは判るけど……何でここにいるの!?
「……あれ? 驚きすぎだってー。ゴメンゴメン」
そして、当然のように腕を絡めてくる。
まさか……
瀧君ってロリコン!?
……そういう意味では、中学生と付き合ってる私もショタコンなのかも知れんけれど。
いやいやいやいや!
そういう問題やないって!!
何で瀧君と四葉が付き合ってんの!?
「あの、そのー……三葉さん……は?」
何かの間違いであって欲しいと願ってはみたものの……
「ん、今日も合コンみたいよ。前の相手とも上手くいかなかったみたいでねー」
そんなの当たり前でしょ!? 私には瀧君しかいないんやから!
……とはいえ、生きていてくれたことには一安心。
少しだけ胸を撫で下ろす私を、四葉はじとーっと睨んでる。
「てかさ、会って早々お姉ちゃんの話って……まさか、まだ未練があるんじゃ……?」
「い、いや、そんなことは……!」
と言っておかなきゃマズイわよねぇ……。ここで怒らせて帰られてしまったら、貴重な情報源を失っちゃう。
こんな未来は認められない。
それでも、私も四葉も生き延びてるんやから、結構いい線はいってるんやと思う。
なら、話を聞いた上で、問題点を修正していけば……!
それにしても……こんな子供が六本木なんて……ちょっと高級すぎない?
もう少し安価なところで遊べばいいのに――って!!
「どしたの瀧君。早く入らないと人に見られるよ?」
いや、いや、いや……ココ……ココは……!
「ようやく安心して遊べるトコ見つけたのに、ここもダメになっちゃったら、どこで……するのよ❤」
待って。四葉まだ中一でしょ?
その歳でこんなところに誘うなんて……瀧君、やっぱりロリコンや!!
というか、無理!
妹となんて……絶対無理!
「えーと、これは、その……」
何とか断る理由を。
誤魔化す理由を……!
……思いつく間もなく。
「今日の瀧君、何かおかしい」
ギクリ!
「しきりにお姉ちゃんのこと気にしてるし……まさか、寄り戻そうと……?」
「そそそそ、そんなこと……!」
マズイマズイマズイマズイ!
四葉怒ってる! そりゃ、デート中に他の女のことばっか気にしてたら怒るに決まってるけど……!
「別れる時は、高校にバラしてもいい、って言うから……シたのに……」
ぎゃああああああああああああああ!!
いくら無くすつもりの未来でも、万が一のこともあるし!
私が原因で退学になっちゃったらさすがに申し訳ないよ!
「あっ、あのねっ、ココって人気やから、空いてなかったらどうしようーって」
苦しすぎる言い訳は、何の意味も持たなかった。
「そーいうことは、部屋を見てから考えようよ。……浮気の疑いは、ベッドの上でしっかり
私は満室を祈りながらフロントまで来てみたけど……ぐぅ、惜しい。一部屋だけ残ってた。
そして、予算オーバーを期待して財布を開けてみるも……ハァ、瀧君もやる気満々ね。
「えっへへ~♪ 今日は夜までたっぷり愛し合おうね❤」
あ……あぁ……こんなところに入り浸って、実の妹と変なことするなんて……何かもう、ダメになっちゃいそう……
……ウン、きっとこれは、試練や。
私が生き残って、
瀧君と結ばれるための。
そう思わなきゃ……やってらんないよ!
で、瀧君として四葉を悦ばせつつ……疑われない程度にこれまでの経緯を聞き出していった。
どうやら、うちの家族と仲良くなるために、あの後は毎週糸守の方に来てもらっていたみたいね。
それで瀧君がいい子やって判ってもらえたところまでは良かったんやけど……そこで、四葉とも仲良くなってしまった模様。
極めつけは、お祭りの当日――
「ねー、たまにはあの時の台詞聞かせてよー。お姉ちゃんでなく、私にさ❤」
未来を知ってる私たちは、高校が被害域から外れるのは判ってた。
それを利用して……学校で演劇を披露することにしたみたい。
主役・瀧君、
ヒロイン・私のラヴストーリーを。
体育館に、町中の人たちを集めて。
そして、彗星は落ちてきた。
予定通りの場所に、寸分違わず。
こうして、糸守の人たちは救われたのでした!
が――
そこで、五割増し増しに瀧君をカッコ良く演出したのはやりすぎやったみたいね。
東京に引っ越してくる頃には、四葉はすっかり瀧君にご執心。
それに加えて……やっぱり男って、年下の女の子に弱いのかしらねぇ……
何かと頼ってくる妹の面倒を見ているうちに、徐々に気持ちは揺れ動き――
「まー……私も強引すぎたかなー……とは思ってる。でも、瀧君だって嫌がらなかったし」
四葉によって唇を奪われている現場を、私は目撃してしまったらしい。
その瞬間をもって、二人は破局。
代わって、四葉との付き合いが始まったという――
「ん、ん……瀧君……いいよぉ……❤」
良くない! こんなの絶対良くないって!
でも……
とにかく、解った。
お婆ちゃんを説得するには、瀧君をうちに呼ぶしかない、ってことが。
でも、四葉には注意しないと。案外相性もいいみたいやから。
そして何より……瀧君にカッコイイことさせちゃダメね。
劇を演って高校に人を集める、ってのは良さそうなんやけど……。
うーん……うーん……
どんな演目にすればいいのかな……
***
広く、高い天井を、私は見上げる。
そこから降り注ぐのは白く眩いスポットライト。
あの光の向こう側に、そっと祈るように思い描く。
私たちを見守り、導いてくださった神様の姿を。
正直なところ、昨年に優勝できたこと自体、今でも信じられない。
だから、これは天の成せる業なのかな、って。
とはいえ――
二連覇――は、さすがにないでしょうね。
今年はまた別の人を売り出さなきゃいけないだろうし。
だから――結果はともかく、観客の記憶に残るように――
それが、今回の二人の目標。
複雑な想いを抱えつつ――私たちはそれぞれ、ステージ左右の袖で控えている。
反対側の瀧君もいつもより余裕なさげ。
こんなに緊張するのは――初めての時以来かも。
二人の転機となった、体育館での初舞台。
今から思い出してみても――そんなキャラじゃなかったよね、私たち。
なのに、何故か、秋祭りの日に体育館で漫才なんて披露して。
とはいえ、それをみんなが観に来てくれたお陰で、多くの人たちがあの彗星の事故を回避できた。
だからこそ、私は思う。
これぞ、神のお導きなんだ、って。
笑いの神様が、笑いで人々を救うべく、手を差し伸べてくれたんだ、って。
事故が起きた後も、落ち込むみんなを励ますために笑わせているうちに、それが事故取材に来ていたテレビ局の人の目に留まって、
あっちこっちの舞台に立って、
気づけば、お笑いグランプリの頂点に。
……まあ、事務所の都合もあるのでしょうけど。
だとしても、この機会は無駄にしたくない。
前回王者、という形で番組的にも煽ってくれている。
注目だけはされているので、後は良い意味で目立つだけ!
「それでは、タッキー・ミッツーのお二人、どーぞっ!」
進行のアナウンスに、瀧君の顔つきにも緊張が走る。
さすがに初戦敗退は嫌だからね。
気合い入れて……いこうっ!
「「どーもー!」」
と客席の方を向きながら勢い良く……
ゴッ!
ぐぅ……瀧君……気合い入れ過ぎだよ!
頭割れるかと思ったわ!
だけど、会場はドっと沸いてくれた。
これなら掴みは上々ね。
痛みを押さえながらマイクスタンドまで駆け寄って――
「こんばんは! 立花瀧ですっ!」
と、元気ハツラツに名乗りを上げるのは私の方。
そして、
「三葉でぇ~っす❤」
オカマ口調の瀧君がクネクネしている。いや、私はそんな喋り方しないけど。
ここで二人、白々しく見合わせて……
「俺たち」
「私たち」
「「入れ替わってるぅ~?」」
そんな決まり文句から始まる入れ替わりコント。
これで私たちはここまで来た。
そして、どこまでいけるのだろう?
この世界の天井は果てしないけれど――
私たち、ずっとコンビでやっていけるよねっ!