※この作品はR-18です。

キョン「…」   作:神納 一哉

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過去に創作板に書いたものに加筆・修正しています。


2 家族制度-ファミィユ-

ゆさゆさ、ゆさゆさ。

 

…誰かが俺を揺さぶっている。

 

キョン「ん…なんだ?」

 

???「やっと起きた!早く起きないと遅刻だよ!キョン君!」

 

キョン君…、それに、その声…。

 

キョン「妹!」(がばっ!)

 

妹「な、なによ、いきなり!」

 

キョン「シャミセンはどこだ?」

 

妹「キョン君の頭の上~」

 

シャミセン「…にゃあ」

 

キョン「相変わらずだな」

 

妹「そうだねー。って、早く起きないと遅刻だよ!」

 

キョン「わかった、すぐ着替えて降りる!」

 

妹「うん。先に食べてるね!」

 

ハンガーにかかっているのは…北高の制服。鏡台もたんすも無い…。妹もシャミセンもいる。戻ったのか?

 

制服に着替え、鞄を持って階段を降りる。

 

鞄を玄関に置き、リビングに向かうと妹が大きな口でトーストを頬張っていた。

 

妹「きょほふんほ、ほへ!」

 

キョン「口に物を入れて喋るな」

 

妹「…」(ぶーぶー)

 

キョン「いただきます」

 

時間が無いので急いで朝飯を食べてから洗面所へ。必要最小限のことを済ませ、身支度を整えて家を出る。

 

良く晴れた空。いい天気だ。風が気持ちいい。これで学校前の坂が無ければ言うこと無いんだが。

 

もちろん、坂が無くなるなどという天変地異が訪れた形跡などなく、朝から大汗をかいてえっちらおっちら坂を登る。

 

できることならこの坂を無くしてくれないか?ハルヒよ。

 

いつもどおり、始業ぎりぎりで教室に到着すると、俺の席の後ろに鎮座していた我らがSOS団団長の涼宮ハルヒが立ち上がって両手を腰に当てた。

 

ハルヒ「遅い!」

 

キョン「スマン」

 

ハルヒ「でも、間に合ったから許す!」

 

キョン「そりゃどうも」

 

ハルヒ「おはよう。あなた」

 

キョン「…は?」

 

あなた?

 

どういうことだ?

 

ここは学校で、俺たちは生徒で、そう言われる原因が思い当たらないんだが?

 

ハルヒ「お・は・よ・う」

 

キョン「あ、ああ、おはよう…ハルヒ」

 

ハルヒ「ふふっ。まだ寝ぼけてるの?」(にこっ)

 

キョン「どうもそうみたいだ…な」

 

???「朝から夫婦喧嘩かと思えばあっという間に惚気に入るとは、さすがね」

 

キョン「!!」

 

ハルヒ「いいじゃない。そういう朝倉さんだって、古泉君と散々惚気るくせに」

 

朝倉「あら。薮蛇だったわ」

 

ハルヒ「ふふふ」

 

朝倉がいて、古泉の名が出て、ハルヒは俺の配偶者的なポジションにいて…。

 

でも、ここは北高。間違いなく学校だよな?

 

なんだ?いったい何が起きている?

 

混乱しているのは俺だけで、クラスメイトも教師も別に何もおかしなことは無いといった感じでHRをこなし、普通に授業も進んでいく。

 

特に何の変哲も無い授業風景。休み時間にハルヒが俺を『あなた』呼ぶ以外には。

 

昼休みの開始を告げるチャイムが鳴ると同時に、俺は教室を飛び出し部室へと向かった。

 

『文芸部室』そう書かれた看板を確認する。その扉を隅々まで調べたが『SOS団』の文字が書かれた紙切れはおろか、画鋲で止めた痕も無い。

 

扉を開けて中に入る。毎回頼ってしまうのは本当に心苦しいのだが、そうせざるをえない状況が続いているのだから仕方が無い。

 

キョン「長門?いるか?」

 

???「あ、ペール」

 

キョン「!?」

 

長門「なに?」

 

キョン「あ、ああ」

 

結論から言うと長門はいた。ちゃんとした高校生の姿で。その隣には見目麗しい姿の朝比奈さんも。

 

ただ、俺の聞き間違いでなければ、朝比奈さんは何か変なことを口にしたような気がする。

 

キョン「あの…朝比奈…さん?」

 

朝比奈「ふぇぇ?ペール。どうしたの?」

 

キョン「…」

 

どうやら聞き間違いではないらしい。朝比奈さんは俺を『ペール』と呼んでいる。…ペールって何だ?

 

キョン「ああ、ゴメンみくる。ちょっと、な…有希ちゃんと話をしたいんだ」

 

朝比奈「うん。わかった~。あっちでご本読んでるね」(にこっ)

 

キョン「あ、ああ」

 

朝比奈さんが窓際に移動したのをぎこちない笑顔で見送る。

 

長門「…とりあえず、学校に生活の場が移動したのはあなたのおかげ。感謝する」

 

キョン「しかし、変なことになっているな」

 

長門「家族[ファミィユ]制度と言うものがこの世界の北高で確立している。不純異性交遊の抑制と情操教育の一環としてらしいが、かなり歪な制度」

 

キョン「なんだそりゃ」

 

長門「男子と女子で夫婦[クゥプル]を作り、男子は父親[ペール]、女子は母親[メール]となる。クゥプル同士の呼び方は特に規定は無い。そのクゥプルがある程度校内で認知されると、子供[アンファン]を一人持つことができる。

 

アンファンは学年が同じかもしくは下の者だけという限定があり、アンファンは男子をペール、女子をメールと呼び、もし自分のクゥプルが誰かのアンファンだった場合、クゥプルのペールを祖父[グランペール]、メールを祖母[グランメール]と呼ぶことになる。また、クゥプルの二人がアンファンをどう呼ぶかも自由」

 

キョン「…」

 

長門「従って朝比奈みくるは私のクラスメイトになっている」

 

キョン「そうか…。ところで、朝比奈さんのあの喋り方はデフォルトか?」

 

長門「もともと、変わらない」

 

キョン「いや、もう少しちゃんとしてた…気が…」

 

メイド服姿の朝比奈さんを思い起こす。

 

----------

 

『キョン君。お茶が入りました~』

 

『ふぇぇっ!?駄目ですぅ!』

 

『涼宮さん!駄目ぇぇっ!』

 

『キョン君~。助けてください~』

 

『[禁則事項]で[禁則事項]なんですぅ~。ごめんなさい』

 

----------

 

…。

 

あ、思い出してみると敬語を除けば喋り方は子供っぽいのか。

 

キョン「スマン長門。確かにその通りだ」

 

長門「謝罪の必要は無い」

 

キョン「なあ長門。お前、古泉と朝倉の前ではあの喋り方になるのか?」

 

長門「基本的会話は今と変わらない」

 

キョン「そうだな、古泉をペール、朝倉をメールと呼ぶのか?」

 

長門「少なくとも、第三者がいる場合はそうするのが得策」

 

キョン「そうか」

 

長門「時間が無い、あと1分24秒で涼宮ハルヒ、古泉一樹、朝倉涼子が部室に到着する。それまでに要点を言う」

 

キョン「ああ」

 

長門「古泉一樹は我々と同じ、SOS団の記憶を持つ。そのため、今回は状況によって閉鎖空間が発生する恐れがある。従って超能力者グループは存在しているとみていい。

 

朝比奈みくるは今回も記憶を持っていない。従って未来人グループの存在は無いと思われる」

 

キョン「…」

 

長門「あなた、私、古泉一樹の三名で後ほど話し合いをしたい。古泉一樹への連絡をお願いしたい」

 

キョン「わかった」

 

長門「では、あとはその時に。あなたは涼宮ハルヒが来る前に朝比奈みくると一緒にいた方がいい」

 

キョン「じゃあまた後で」

 

長門「…」(こくり)

 

今回は古泉も記憶を持っているのか。それだけでも結構な進歩だ。

 

さて、と。ハルヒが来る前に朝比奈さんとの家族ごっこを開始するか。

 

キョン「みくる。いい子にしてたか?」

 

朝比奈「うんっ。ご本読んでた」(にこっ)

 

キョン「偉いな~。って、ずいぶん難しい本読んでるな」

 

朝比奈「高校生だもん。普通だよ?ペール」

 

キョン「そ、そうだな。ははは…」

 

朝比奈「変なペール」

 

キョン「スマン」

 

朝比奈「どうして謝るの?」

 

キョン「今日の俺はちょっと変みたいだ」

 

朝比奈「風邪でもひいた?大丈夫?ペール」

 

キョン「!!」

 

朝比奈さんは右手を自分のおでこに当て、左手を俺のおでこにそっと伸ばして押し付ける。

 

朝比奈「うーん。熱は無いみたい」(にこっ)

 

キョン「そ、そうか。ありがとう」

 

相変わらず超弩級の微笑みを至近距離で受け、顔が熱くなるのを感じたとき、部室のドアが開かれ、ハルヒと朝倉、そして古泉が入ってくる。

 

タイミングとしては上出来だ。朝比奈さんに気付かれずに済む。

 

朝倉「有希。いい子にしてた?」

 

長門「うん」

 

古泉「いい子ですね」

 

長門「…」(にこ)

 

古泉・朝倉・長門のファミィユを眺めていると、我がファミィユのメール、ハルヒがにこやかに近づいてくるのが目に入った。

 

ハルヒ「みくる~。いい子だった?」

 

朝比奈「うん。メール」

 

ハルヒ「ふふっ。いい子ね」

 

朝比奈「ペールにも褒められたの」

 

ハルヒ「もう、あなたってば。そんなにみくるに会いたかったの?授業が終わるなり飛び出して行っちゃったからびっくりしたわ」

 

キョン「あー、スマン」

 

ハルヒ「いいわよ。さ、それよりも、ご飯にしましょ」

 

みくる「はーい」

 

ハルヒ「はい、あなたの分」

 

キョン「あ、ありがとう。ハルヒ」

 

ハルヒ「どういたしまして」(にこっ)

 

ハルヒの手作り弁当か。蓋を開けると予想以上にしっかりとした弁当が姿を現して思わず拝んでしまいそうになった。文句なしに美味そうだ。

 

ハルヒ・朝比奈・キョン「いただきます」

 

うん。美味い。普通に美味い。めがっさ美味い。

 

キョン「美味いぞ。ハルヒ」

 

ハルヒ「…ありがとう」

 

キョン「うん。美味い美味い」

 

ハルヒ「…よかった」

 

朝の仁王立ちを見たときは、SOS団を結成したハルヒを彷彿とさせたが、今ここにいるハルヒは、やけにしおらしいな。

 

キョン「なあ、ハルヒ」

 

ハルヒ「なあに?」

 

キョン「朝の『遅い!』は怖かったぞ」

 

ハルヒ「あ、あれは、その!」(かぁっ)

 

一瞬で赤くなったハルヒは上目遣いで俺を見て、小さく呟いた。

 

ハルヒ「…と、…から」

 

キョン「?聞こえないぞ」

 

ハルヒ「…朝倉さんと勝負してたから…その、あなたが遅れたら危なかったのよ」

 

キョン「朝倉と、勝負?何を賭けた?」

 

ハルヒ「…キス」

 

キョン「は?」

 

ハルヒ「あなたとのキス」

 

キョン「はい?」

 

ハルヒ「あなたが遅れたら、教室であなたにキスしないといけなかったの」

 

キョン「あのな、なんでそういうもの賭けるんだよ。見世物じゃないだろ」

 

ハルヒ「あなたを信じてたもの!遅刻はしてこないって」

 

キョン「そ、そうか」

 

ハルヒ「実際、遅刻しなかったからいいじゃない」

 

キョン「まあそうだけど…」

 

キスとかって、そう簡単に賭けの対称にするものじゃないと思うんだがな。

 

ハルヒ「…こうでもしないと、いつまでもできないかもって思っちゃうし」

 

キョン「へ?」

 

ハルヒは朝倉たちの方を見て、朝比奈さんを見て、それから俺の耳元で言った。

 

ハルヒ「…キョン君、ファミィユなのにキスしてくれないじゃない」

 

キョン「…いや、それはだな」

 

ハルヒ「わかってるわよ。そういう人だってことは。告白したのも私からだし」

 

キョン「…」

 

ハルヒ「その、もう少し、ファミィユっぽいことして欲しいかなって」

 

キョン「ど、努力する」

 

ハルヒ「…」(かぁっ)

 

ハルヒよ。なぜそこで赤くなる?長門の説明では『不純異性交遊の抑制』とあったはずだが?

 

…それとも、説明されていないだけでなにか恥ずかしいことをしないといけないのか?それはそれで、困るんだが。

 

キョン「ごちそうさま」

 

ハルヒ「ふふ。お粗末さまでした」

 

キョン「いや、そんな風に言われたらお前の料理以外食えなくなる」

 

ハルヒ「え?」

 

キョン「それだけ美味かったってこと!『お粗末』なんていわれたら困る」

 

ハルヒ「…そ、そっか」

 

キョン「そうだ。もっと自信を持っていいぞ。ハルヒ」

 

ハルヒ「う、うん。じゃあ、どういたしまして」

 

キョン「うん。それでいい。じゃあ俺はちょっと古泉と話があるから」

 

ハルヒ「うん。いってらっしゃい」(にこっ)

 

…困った。ハルヒの奴がすごく可愛く見える。慎ましいし、仕草が可愛い。もともと素材はいいから、やっかいだよな。

 

さて、古泉と屋上でも行くか。

 

古泉「涼子さんは本当にお料理が上手ですね。このから揚げといったらもう、プロ顔負けですよ。ついつい一番最後のお楽しみに取っておいてしましました」(にこっ)

 

朝倉「あ、ありがとう。一樹さん」

 

長門「…」モグモグ

 

古泉「ふふふ。照れた顔も相変わらず可愛いですよ。僕は幸せ者です」(にこっ)

 

朝倉「や、やだな、もう」(かぁっ)

 

長門「…」モグモグ

 

キョン「…」

 

なんだこの桃色空間は。というか古泉の奴がプレイボーイにしか見えん。

 

朝倉「…じゃあ、最後のから揚げ、食べさせてあげる」

 

古泉「おやおや、恐縮です」

 

長門「…」モグモグ

 

朝倉「はい、あーん」

 

古泉「あーん」モグモグ

 

長門「…」

 

キョン「…」

 

長門「ペール、キョンさんがお見えです」

 

キョン「!!あ、すまんな古泉。ちょっと教えて欲しいことがあって…今いいか?」

 

古泉「ええ、構いませんよ。じゃあちょっと行ってきます」

 

朝倉「はい、行ってらっしゃい」(にこっ)

 

古泉「…」(にこっ)

 

キョン「!?」

 

ごく自然に古泉は朝倉の頬に手を当てて、軽く撫でると極上の笑みを浮かべてから席を立つ。

 

朝倉も嫌がる様子も無く真っ直ぐに古泉を見て微笑み返していた。

 

古泉「お待たせしました。では屋上にでも行きましょうか?」

 

キョン「あ、ああ」

 

部室の扉を開け部屋を出る。それから無言のまま足早に階段を上り、屋上の扉を開けて屋上へ。

 

フェンス際まで歩いていってから俺は古泉の方に顔を向けた。

 

古泉「どうしました?」

 

キョン「いや、お前の朝倉に対しての態度が、恐ろしいぐらい様になっているからさ」

 

古泉「恐れ入ります。でも、涼宮さんの仰っていた通りの方ですね、朝倉さんは」

 

キョン「ハルヒが言っていたとおり?」

 

古泉「人気者で優しくて面倒見がいい優等生タイプ、だったかな?実際そんな感じですし、とても魅力的な女性ですよ。彼女は」

 

キョン「まあ、そうだな」

 

古泉「ところで、何の御用ですか?」

 

長門の話では古泉は記憶を持った側ということだったが、今のところはそれに関係した話が出てこない。

 

念のため探りを入れてみることにした。

 

キョン「…バイトの方はどんな具合だ?」

 

古泉「最近は安定しています。おかげで朝倉さんと夫婦ごっこができて楽しいですよ」

 

キョン「夫婦ごっこって…」

 

古泉「おや、違いますかね?」

 

キョン「まあ、言われてみればそんな感じだけど…」

 

古泉「失礼、からかいすぎましたか。先ほども言いましたが、このところ閉鎖空間は発生していません。涼宮さんの精神状態も安定しているようです」

 

キョン「そうか。うん。ならいいんだ」

 

古泉の口から聞きなれた『閉鎖空間』という言葉が出てきてほっとする。言葉をオブラートで包むような言い方も相変わらずだ。

 

キョン「とりあえず、長門と俺、古泉の三人で放課後にでも話をしたいと長門からの伝言だ」

 

古泉「了解しました。となると、やはり一旦帰ったふりをして部室に集まるのが無難ですかね?」

 

キョン「そうだな、そうなるか」

 

古泉「さて、では、あなたがなぜ僕を呼び出したか、その理由を決めておかないといけませんね」

 

キョン「長門の言葉を伝えるためだろ?」

 

古泉「本当の理由ではなく、対外的な理由ですよ」

 

キョン「ああ、そうか」

 

古泉「まあ、僕にはそれもちゃんと思い浮かんだんですけどね」

 

キョン「なんだ、もったいぶるなよ」

 

古泉「ちょっと難しいかもしれませんが、あなたならできると信じてますよ」(にこっ)

 

意味深なことを口にすると、古泉は『ちょっと失礼』などと言って俺の耳元で思い浮かんだ理由を呟いた。

 

キョン「おい、そんなのが理由になるのか?」

 

古泉「もちろんです。むしろこれが一番自然な理由と言えるかもしれません」

 

キョン「…そうか」

 

古泉「がんばってください」

 

爽やかに微笑む古泉。こいつ、絶対楽しんでやがる。

 

俺は深いため息を一つ漏らすと、他にこれといった案をプレゼンすることができない自分を呪いながら扉を開け、文芸部部室に向けて歩き始めた。

 

キョン「…ただいま」

 

みくる「おかえりなさい~」(にこっ)

 

ハルヒ「おかえりなさい」(にこっ)

 

部室に戻り、二人の極上の笑顔に迎えられた俺は、疑われない程度に顔の表面に貼り付けた笑顔を返してちらりと後ろの古泉たちに視線を送った。

 

古泉がなにやら朝倉にささやき、それから朝倉が興味深そうにこちらを見るのが目に入る。長門は…相変わらず本を読んでいた。

 

天を仰ぎながら古泉と交わした会話を思い出す。

 

古泉「簡単なことですよ。クゥプルとしての悩みを僕に相談したってことにしておけばいいんです」

 

キョン「クゥプルとしての悩み?」

 

古泉「スキンシップの仕方とでも言いますか、そういったことです。先ほど僕が朝倉さんにしたみたいにすればいいんですよ」

 

キョン「え?」

 

古泉「あなたは涼宮さんを見つめて、掌で優しく頬を撫でればいいんです」

 

キョン「なんでそんなことを?」

 

古泉「とりあえず、クゥプルの基本的なスキンシップですよ」

 

キョン「…」

 

やれやれ、とんだ茶番だ。古泉と朝倉に見られているとわかっていても行動を起こさなくてはいけないのはな。

 

キョン「ハルヒ」

 

ハルヒ「なぁに?」

 

キョン「あー、その、なんだ」

 

ハルヒ「…?」

 

キョン「その、嫌だったら言えよ」

 

ハルヒ「…うん」

 

キョン「…」

 

一応ハルヒに断ってから、俺はズボンで右手を軽く拭い、それからそっとハルヒの頬に触れた。

 

ハルヒ「…!」

 

キョン「…」

 

ハルヒ「…」(にこっ)

 

キョン「…はは」

 

ハルヒ「ふふっ」

 

俺が頬に触れた瞬間、小さくハルヒの体が震えたのがわかった。だけどすぐにハルヒは小さく微笑んで頬を預けてくる。

 

そうされると俺も笑うしかなくて、そんな俺の顔を見たハルヒも笑顔を返してくれて。

屋上へ行く前に古泉と朝倉が作り出した桃色空間を俺とハルヒで発生させているのを自覚する。誰か早くこの空気をなんとかしてくれ。

 

朝比奈「はぁあ、素敵…。素敵なクゥプルを持って私は幸せですぅ」

 

そういうものなのですか朝比奈さん?俺にはよくわかりません。

 

ハルヒ「…嬉しい」

 

キョン「そ、そうか」

 

ハルヒ「うん。ありがとう、あなた」

 

頬に触れている俺の手の上から自分の手を重ねて、ハルヒは優しく微笑んだ。

 

これって、すごく恥ずかしいんだが。しかも、ハルヒが手をどけない限りずっとこのままだ。

 

キョン「なあ、ハルヒ」

ハルヒ「なあに?」

 

キョン「お前の頬がとってもすべすべということは良く解った」

 

ハルヒ「ふふ。ありがとう」

 

キョン「いつまで、こうしていればいい?その、離したくなくなってもヤバイだろ」

 

ハルヒの頬はなんて言えばいいのか、しっくりとなじむというかなんというか…、ずっと飽きないというかなんというか…、むしろこのまま触っていたいと思わせる。

 

ハルヒ「あなたとなら、いつまででも…」

 

キョン「馬鹿。恥ずかしいこと言うなよ」

 

ハルヒ「だって本当のことだもん」

 

キョン「…」

 

よりによってハルヒ、お前の口からそんな言葉が出るとは思わなかったぞ。

 

流されてしまいそうになる自分に気が付いて、俺は右手に力を入れた。ふにふにとハルヒの頬を揉む。

 

ハルヒ「きゃっ…もう、なによ?」

 

キョン「いや、なかなかいい弾力だ」ふにふに

 

ハルヒ「もう、くすぐったいよ」

 

ハルヒの手が俺の手の上から離れたのを感じて、ハルヒの頬からすばやく手を離した。

 

ハルヒ「あ…」

 

キョン「ゴメンな」

 

ハルヒ「…うん」(かぁっ)

 

ハルヒがあまりにも淋しそうな目をしたので、俺は思わず離した右手でハルヒの頭を撫でて謝った。

 

全く、調子を狂わされっぱなしだ。

 

キョン「もう少し、我儘でもいいんだぞ」

 

ハルヒ「きゃっ…」

 

照れ隠し半分でそう言うと、俺はハルヒのおでこをつついた。

 

それにしても、『きゃっ』って。なんてベタなんだ。まあ、可愛いけどな。

 

ハルヒ「…キョン君、我儘な方がいいの?」

 

キョン「場合にもよるけどな。ハルヒはもう少し我儘言ってもいいと思う」

 

ハルヒ「うーん。よくわからない」

 

キョン「キョン君じゃなくてキョンって呼ぶとか」

 

ハルヒ「ええっ!?呼び捨てなの!?」

 

キョン「呼び捨ても何も、あだ名なんだが」

 

ハルヒ「あ、そうか」

 

本名がキョンって、いったいどこの国の人間なんだ?教えてくれ、ハルヒ。

 

ハルヒ「…えー、じゃあ、…キョン」

 

キョン「うん」

 

ハルヒ「キョン、キョン、キョン」

 

キョン「…」

 

ハルヒ「…そのうち慣れるかなあ?…もっとも、普通は『あなた』って呼んじゃうし」

 

キョン「そうか。俺としてはなるべく『キョン』って呼んで欲しいんだけどな」

 

その方がハルヒらしいってことだが。もし恋人から呼ばれるならこんなふざけたあだ名じゃなく、名前で呼んで欲しいしな。

 

ハルヒが俺を名前で呼ぶのを想像して、少しだけそれも悪くないと思ってしまったのは内緒だ。

 

ハルヒ「そうして欲しいのなら…そうするわ。キョン」

 

キョン「ありがとう」

 

ハルヒ「でも、急には無理だけど」

 

キョン「ああ」

 

予鈴が鳴る。昼休みもそろそろ終わりだ。

 

キョン「よし、戻るかハルヒ」

 

ハルヒ「うん」

 

頷くハルヒの向こう側でこっちを見ている朝比奈さんと目が合う。ハルヒとの会話に気をとられてあまり相手をしていなかったことに気が付いた。

 

キョン「あー、みくる。スマン。ハルヒと話してて相手をしていなかった」

 

朝比奈「ふぇ!?ペールとメールが仲良くするのは当たり前のことだよ」

 

キョン「でも、一人だけぼーっとしててもつまらなくないか?」

 

朝比奈「うーん。ペールとメールと一緒にいるだけでも楽しいから」

 

ハルヒ「まあ。みくるは本当にいい子ね」

 

朝比奈「えへへ。褒められちゃった」

 

ハルヒ「ふふ。よしよし」

 

朝比奈「ふふっ」

 

ハルヒが頭を撫でると嬉しそうに微笑む朝比奈さん。

 

この二人のツーショットといえば、涙目になって逃げる朝比奈さんをハルヒが弄り倒すみたいな構図しか思い浮かばないので、これはこれで新鮮だった。

 

ハルヒと共に朝比奈さんを教室に送ってから自分たちの教室に戻る。

 

席に戻ると、谷口と国木田が二人して近づいてきた。

 

谷口「よう、キョン。相変わらずファミィユしてるのか?」

 

キョン「まあな」

 

谷口「へーへー。仲のよろしいことで」

 

国木田「ぼやかないぼやかない。でも、結構珍しいよね。同じ学年でファミィユって」

 

谷口「クゥプルだけなら珍しくも無いんだけどな。アンファンまで同じ学年ってのは確かに珍しいよな。それよりもまず、俺とクゥプルになってくれる子はいないものかー」

 

国木田「まあまあ、僕もなってくれる子いないから」

 

谷口「おまえはよく上級生のお姉さんに話しかけられているじゃないか」

 

国木田「ああ、あれはアンファンのお誘いだよ。困ったものさ」

 

谷口「まんざらでもないだろう?」

 

国木田「そういうことにしておくよ。ところでキョン。どうして涼宮さんとクゥプルになったのか、詳しく教えてくれない?」

 

キョン「それはあいつに聞いてくれよ」

 

そういって俺は後ろの席にいるハルヒに親指を向ける。そもそも、俺はどうやってクゥプルになったのかなんて知らないから答えようが無いのだ。

 

国木田「相変わらずの秘密主義か?まったく」

 

キョン「別に隠してないだろう」

 

谷口「涼宮に聞いてもお前と同じことしか言わないんだよ『キョン君に聞いて』ってな」

 

キョン「そうか」

 

国木田「出身校も違うのに入学後すぐにクゥプルになった君たちに、僕はつくづく驚いているんだよ。あ、ひょっとして小学校時代の知り合いとか?」

 

谷口「それよりも俺が驚いたのは涼宮の変わりようだ。この俺が見抜けなかったのにどうしてキョンが見抜けたのか未だにわからん」

 

国木田「あの変わり方は衝撃的だったからね」

 

谷口「おう。しかもその理由が『キョン君のおかげ』だからな」

 

国木田「そうそう」

 

待て、お前らはいったい何を言っている?ハルヒが変わった?衝撃的に?しかもその理由が俺?

 

更なる質問攻めに会う前に始業を告げるチャイムが鳴り、国木田と谷口はそれぞれ自分の席に戻る。とりあえずは助かったみたいだ。

 

六限前の休み時間はトイレに行って時間を潰し、放課後はさっさと教室を出た。誰も何も言わなかったから掃除当番ではないはずだ。うん。

 

俺とハルヒがクゥプルになった経緯、それを良く知っているのは誰か…それはわかっている。一番知っているのはハルヒだ。

 

かといって、うまく聞きだせるかといえば、正直自身が無い。

 

キョン「…はぁ」

 

朝倉「大きなため息ね?キョン君」

 

キョン「朝倉」

 

朝倉「ふふ。お昼休みはごちそうさま。クゥプルらしくて安心したわ」

 

キョン「からかうなよ」

 

朝倉「あら、だってクラスメイトで同じ文芸部だもの、気になるじゃない」

 

キョン「そりゃ、どうも」

 

朝倉「つれないわね」

 

キョン「いつもこんなもんだろ?」

 

朝倉「そうね…」

 

ん?クラスメイトで同じ文芸部。それはハルヒにもいえることだな…。

 

よし、駄目元で国木田の言っていた変わり方っていうのに探りを入れてみるか。

 

キョン「なあ朝倉、ハルヒってそんなに変わったか?」

 

朝倉「いきなり何?クゥプルのことならあなたが一番良く知っているのではなくて?」

 

キョン「それはそうなんだが、昼休みに国木田に言われて、そんな変わったのかと思ってな」

 

朝倉「うーん。外見的にってことならすごく変わったと思うわ。内面的なことはわからないけど」

 

キョン「外見的?」

 

朝倉「入学式のクラスでの自己紹介のときは彼女、三つ編みのツインテールに大きなメガネをかけてすごく地味だったじゃない」

 

三つ編みにでメガネをかけたハルヒを想像してみる。福笑いみたいに平面的なパーツを頭の中でハルヒの顔にあてがうだけだが。

 

ああ、でもそれで谷口の『この俺に見抜けなかった』の意味がわかった気がした。地味なハルヒはきっと谷口チェックでB以下だったんだろう。

 

とりあえず疑われないように適当な相槌を打つ。

 

キョン「…ああ、言われてみれば」

 

朝倉「そんな子が、週明けにばっさりと髪を切ってメガネを外してくるだけでもかなりびっくりなのに、リボンの色が青くなってるんだもの」

 

キョン「…」

 

朝倉「良く見ればあなたのネクタイも青いし、涼宮さんに聞いたら『キョン君とクゥプルになった』って言うからまたびっくり」

 

そう言われてみれば、朝倉のリボンも青いし、俺のネクタイも青い。国木田たちのネクタイは赤かったからクゥプルになるとネクタイやリボンを変えるのか。

 

思わぬところでいい情報を貰えた。朝倉、感謝。

 

朝倉「いったい、ど・う・や・っ・て涼宮さんを落としたのかしら?」

 

キョン「落としたって、また人聞きの悪い」

 

朝倉「あら、事実でしょう?違うの?」

 

キョン「…それを言ったら朝倉はどうやって古泉を落としたんだよ」

 

朝倉「なっ、もうっ!いきなりそう来るのは反則よ!キョン君」(かぁっ)

 

キョン「ははは。古泉の奴、教えてくれないんだよな」

 

嘘は言ってない。まだそういった話をしていないだけなのだが。

 

朝倉「…私の場合はね…ひとめぼれよ。それだけ」

 

キョン「古泉に?」

 

朝倉「他に誰がいるの?」

 

キョン「いや、その…、意外な理由だな」

 

朝倉「そう?これでも私、積極的な人間って印象だと思ってるんだけどな」

 

キョン「行動派だとは思うけどな」

 

朝倉「なんだ、わかってるじゃない」

 

くすっと笑って俺の肩を叩くと、朝倉は小さく呟く。

 

朝倉「もし、一樹さんにちょっかい出す子がいたら、ナイフで刺しちゃうかも…。なんてね」

 

…朝倉、冗談のつもりだろうが、その言葉、洒落になってないぞ。少なくとも俺にとっては。

 

嫌な汗が背中に伝うのを感じながら、俺は朝倉の後に続いて文芸部の扉をくぐった。

 

部室に入ると、既にいつもの定位置には長門、窓際には朝比奈さんがいた。

 

朝倉「有希。いい子にしてた?」

 

長門「うん」ペラリ

 

朝倉「相変わらずおとなしいわね。でもそこがまたいいんだけど」

 

長門「…そう」ペラリ

 

本から視線を外そうとはせず、それでも朝倉の問いかけに一応は返事をしている長門。

 

長門的にはどうなんだ?消したはずの朝倉とファミィユしてるってのは。…後で聞いてみるか。

 

ゆっくりと部室を見回してみる。昼休みには気付かなかったが、こうしてみると、SOS団のときにはあったものが無い。

 

コンピ研から奪ったパソコン、朝比奈さんのコスプレ衣装、古泉のテーブルゲーム類…。

あれ、カセットコンロと薬缶、茶筒、それにマグカップはあるな。布巾が被せてあってよくはわからないが。

 

なんとなく気になってそちらへと近づき、薬缶を持ち上げてみる。軽い。空だ。

 

朝比奈「ペール、お茶?」

 

キョン「あ、ああ。ちょっと喉が渇いたから入れようかなって」

 

朝比奈「ええっ、駄目だよぉ。私が煎れるぅ」

 

キョン「そう?じゃあお願いしようかな」

 

朝比奈「はぁい」

 

朝比奈さんはにこにこと笑いながら歩いてくると、俺から薬缶を受け取ると外に出て行く。あ、水汲みくらいは俺が行ってもよかったのか。

 

天使の微笑みに思わず見入ってしまった。反省。

 

途中で薬缶をひっくり返してしまうこともなく無事帰ってきた朝比奈さんの頭を、ペールらしさを発揮して撫でてみる。

 

朝比奈「えへへ。褒められちゃいました」

 

キョン「いい子いい子」

 

朝比奈「嬉しいです。えへっ」

 

朝比奈さんの嬉しそうな微笑みは、相変わらず俺の心を癒してくれる。しかもそれが俺だけに向けられているなんて、なんという幸せ。

 

朝比奈「ペール、何かいいことあった?嬉しそう」

 

キョン「いいことはこれから起きるんだ」

 

朝比奈「これから?」

 

キョン「みくるがお茶を煎れてくれるからね。それが楽しみで楽しみで」

 

朝比奈「ふぇ!?そんな期待されても…」

 

キョン「いつもどおりでいいんだよ。みくるの煎れるお茶は絶品だからな」

 

朝比奈「ふぇぇ?褒めすぎですぅ。ペール」

 

朝比奈さん。あなたの煎れるお茶はお世辞でもなんでもなく、本当に美味しいんです。

 

ハルヒ「遅くなっちゃった」

 

朝比奈「あ、メール」

 

ハルヒ「みくる、いい子にしてた?」

 

朝比奈「うん」

 

ハルヒ「あら、お茶を沸かしてるの?」

 

朝比奈「うふふ。ペールが飲みたいっていうから」

 

キョン「みくるのお茶は美味しいから楽しみなんだ」

 

ハルヒ「ふふ。そうね。みくるが煎れてくれるお茶は美味しいわよね」

 

朝比奈「ふぇぇっ、メールまで。プレッシャーですぅ」

 

ハルヒ「ふふ。いつもどおりでいいのよ」

 

朝比奈「はぁい」

 

机の上に鞄を置き、椅子を引き出してそこに座るとハルヒは俺に向かって言った。

 

ハルヒ「あ、そうだ、キョン」

 

キョン「どうした?」

 

ハルヒ「ねえ、お昼休みのときのやつ、やって?」

 

キョン「は?」

 

ハルヒ「もう少し我儘でもいいって言ったじゃない。だから…」

 

昼休みのやつ…って、あれか!…我儘でもいいと言った以上は、ハルヒの声に応えねばなるまい。例えそれが俺の思っていた我儘とは違う部類のものだとしても。

 

昼休みのときのようにズボンで右手を拭ってから、ほんのりと赤くなっているハルヒの頬を撫でる。

 

ハルヒ「…ん」

 

キョン「…」

 

なあハルヒ、そういう声を出すのはやめてくれ。どうしていいかわからなくなる。

 

ハルヒ「…」

 

キョン「…」

 

ハルヒ「…」(にこっ)

 

キョン「…」(に、にこっ)

 

この空気、何とかならないか?

 

…そうだ、今なら聞けるかもしれない。クゥプルの馴れ初めを。さりげなく、さりげなく…。

 

キョン「なあ、ハルヒ…覚えてるか?俺たちがクゥプルになったときのこと」

 

ハルヒ「当たり前じゃない。忘れるわけないわ」

 

キョン「ありがとう」

 

ハルヒ「私の方こそ、ありがとう。キョン」

 

キョン「ああ…」

 

しまった。会話が続かない。うまく聞きだす方法…何か無いか?…そうだ。

 

キョン「なあハルヒ。お前、今コンタクトなのか?」

 

ハルヒ「ううん」

 

キョン「何でメガネかけてたんだ?」

 

ハルヒ「…目立ちたくなかったから」

 

キョン「え?伊達メガネ?」

 

ハルヒ「…うん。メガネをかけて校則どおりの格好をしていれば目立たないでしょ?」

 

キョン「そりゃそうだけど、どうして?」

 

ハルヒ「…あまり人と関わりたくなかったのよ」

 

キョン「…」

 

ハルヒ「でも、あなたは私に声をかけてくれた。お話してくれた。…嬉しかった」

 

キョン「…」

 

ハルヒ「だから、私もあなたに思い切って声をかけたの。そうしたらあなたはちゃんと応えてくれた」

 

キョン「…」

 

----------

 

高校に入学して最初のHR。私は憂鬱だった。最初のHRといえば、当然あるのが自己紹介だ。

 

出身校、名前、自己アピール。何が得意だとか、何をしたいだとか。そんなもの特に無い場合はどうしたらいいのか。簡単だ。趣味ということにして何かを言えばいい。

クラスメイトの気を惹くとか、そんなことに何の意味があるのか、私にはわからないし興味も無い。

 

だからというわけじゃないが、クラスメイトが何を言ったかなんて、いちいち覚えてはいなかったし、私の番になっても暫くの間、何をすべきなのか良く分かっていなかった。

 

???「…おい、君の番」

 

ハルヒ「え?ああ、ありがとう」

 

???「どういたしまして」

 

前の席の男子-なんで男女が交互に並んでいるのかよくわからないけど-のおかげで当たり障りの無い自己紹介を済ませることができた。

 

彼はなんて名前だっただろう?全く聞いていなかったからわからない。お礼ぐらいはしておくべきだろうか?

 

そんなことを考えていたら、他のクラスメイトの自己紹介もほとんど耳に入らなかった。

 

???「涼宮さん」

 

ハルヒ「…なんですか?」

 

???「あのさ、趣味が読書って言ってたよね?どんな本が好きなの?」

 

ハルヒ「どうして?」

 

???「気にならない?同じ趣味だったらどんな本が好きなのかってさ」

 

ハルヒ「…」

 

どうやら前の席の彼の趣味も読書だったらしい。こんなことなら音楽鑑賞にでもしておけばよかった。

 

人の良さそうな男の子。少なくとも悪い人には見えない。

 

ハルヒ「…SFとか、ファンタジーとか、好きよ」

 

???「おお!?仲間」

 

ハルヒ「そ、そう」

 

???「じゃあさ、文芸部覗いてみないか?」(にこっ)

 

ハルヒ「え?」

 

???「興味あるんだけど、一人じゃさすがに…、その、良かったらだけど…」

 

ハルヒ「…いいわよ」

 

不思議だけど、このとき私は何のためらいもなくそう答えていた。もしかしたら自己紹介のときの借りを返したかっただけかもしれないし、何か運命的なものを感じていたのかもしれない。

 

私が返事をした後、彼は友人だろうかクラスメイトの男子から、『キョン』と呼ばれて『ちょっとゴメン』と言って席を離れた。

 

キョン君…か。うん…なんとなくその呼び方がしっくりくるような気がする。

 

そんな風に感じたから、彼が戻ってきて文芸部を見に行くとき、私は始めて彼を呼んだ。

 

キョン「あー…。やっぱそうなる?」

 

ハルヒ「え?」

 

キョン「呼び方。『キョン君』ってさ」

 

ハルヒ「あ、お友達がそう呼んでたからその方がいいのかなって…」

 

キョン「国木田め…」

 

ハルヒ「あ、駄目ならその…」

 

普通に苗字を呼ぼうと思ったところで気付いた。彼、なんて名前だっけ?

 

キョン「別にいいさ、キョンで。もう慣れた」

 

ハルヒ「あ…うん」

 

キョン「なんかよくわからないけどさ、気が付くとそう呼ばれてるんだよな俺」

 

ハルヒ「そうなんだ」

 

キョン「なんでかね。それでいて結局自分でも受け入れちまうんだから、俺はそう呼ばれる運命にあるのかもしれないな」

 

彼はそう言うと恥ずかしそうに言ってから、屈託のない笑顔で言った。

 

キョン「じゃ、行ってみよう。涼宮さん」

 

約束してしまった以上は、断るという選択肢は私に残されてはいるはずもなく、言われるままに彼の後ろをついていく。

 

文科系の部は中庭で勧誘をしているはず、そう言って私たちは中庭に向かう。

 

キョン「…」

 

ハルヒ「…」

 

見るからに怪しいノートパソコンに何かの画面を映して流している文学系の男子生徒、中世の貴族みたいな衣装を着てたむろっている演劇部らしき集団、見るからに吹奏楽部な管楽器を手にした人たち、長机の前にただ座っているだけのいくつかのグループ。

そのグループの中でもとりわけこじんまりとした、端の方に追いやられた感のある『文芸部』と書かれたA4のコピー用紙が揺れている机。

 

ショートカットのメガネをかけた子が椅子に座った上級生と思しき女子生徒(なぜか私服)と二言三言会話をして、差し出された用紙に何かを書いたと思うと、椅子に座っていた女子生徒が立ち上がり、ショートカットの子の肩に手を置いて自分が座っていた椅子に座らせると、『じゃあ、あとよろしくね』なんて声をかけてそそくさと帰っていく。それを無言で頷いて見送るショートカットの女の子は、まるで何事もなかったかのように制服のポケットから文庫本を取り出して読み始めた。

 

キョン「すみません。文芸部…ですよね?」

 

???「そう」

 

キョン「あの、お話聞きたいんですけど」

 

???「…」パタン

 

キョン君が声をかけるとショートカットの女の子は読んでいた文庫本を閉じ、顔を上げた。

 

???「文芸部は基本は読書や本の評論を行い、年1回会報を作成する」

 

キョン「それだけですか?」

 

???「先ほど受けた説明はそう」

 

キョン「え?先輩、ですよね?」

 

???「違う。私は1年6組長門有希。先ほど、入部と同時に部長を任された」

 

キョン「へ?」

 

長門「引継ぎをしてくれたのは先代部長。文芸部を存続させるため、来週から大学生なのに新入生の勧誘を行っていた。私はそれに感銘を受け入部を決めた」

 

キョン「そ、そうなんだ」

 

ハルヒ「…ねえ、長門さん」

 

長門「なに?」

 

ハルヒ「先輩に押し付けられたようにも見えたんだけど…、違うの?」

 

長門「違う。入部は私の意志」

 

ハルヒ「そう。がんばってね」

 

長門「…」

 

長門さんに真っ直ぐに見つめられて、なんとなく嫌な感じがした私は、気が付くとキョン君の手を引いて歩き出していた。

 

キョン「お、おい?」

 

ハルヒ「行こう?キョン君」

 

キョン「あ、ああ」

 

中庭から校舎に入り、教室前まで歩いてからキョン君の手を離す。教室にはもう誰もいなかった。当たり前だけど。

 

ハルヒ「ごめんね。でも、あれじゃあ…」

 

キョン「そう…だな」

 

ハルヒ「あっ、キョン君は入りたかった?だとしたらごめんなさい。何も聞かないで引っ張ってきちゃって…」

 

キョン「い、いや」

 

ハルヒ「なんかね、嫌な感じだったの…。長門さんに見られたら…。その、長門さんが嫌だとかそういうわけじゃないんだけど…」

 

我ながら言い訳じみたことを話していると思うと、知らないうちに頭に血が上ってきて頬が熱くなるのがわかる。よりにもよってこんなときに赤くなったら勘違いされてもおかしくない。

 

キョン「涼宮さん?もしかして熱ある?」

 

ハルヒ「えっ、ちょっと…なにするの!?」

 

キョン「いや、熱があるかなって思って」

 

ハルヒ「だ、大丈夫…」

 

キョン「いや、顔赤いし、ちょっと測らせて」

 

ハルヒ「だいじょう…きゃっ!!」

 

彼の手がとっさに避けた私のメガネを引っ掛けて、メガネがカシャーンと派手な音を立てて床に落ちた。

 

キョン「ゴ、ゴメン!怪我してない?」

 

慌ててメガネを拾って私に差し出しながら心配そうに顔を覗き込まれる。熱を測ろうなんてしなければこんなことにならなかったのに。

 

ちょっとキョン君を睨んだままメガネを受け取ると、彼はばつが悪そうに項垂れて呟いた。

 

キョン「…ゴメン」

 

ハルヒ「…うん」

 

キョン「壊れなかった?」

 

ハルヒ「大丈夫」

 

キョン「本当にゴメン!つい妹にやるみたいに熱を測ろうとしちゃって…。良く考えれば他人の男にこんなことされたら避けるよな。ホント、反省」

 

ハルヒ「…以後気をつけるように」

 

キョン「ああ。悪かった」

 

ハルヒ「うん。じゃあ帰るわ」

 

キョン「そうだな。気をつけて」

 

ハルヒ「さようなら」

 

キョン「またね。…あ、涼宮さん!」

 

一度は別れの挨拶をしたにもかかわらず、キョン君は私を呼び止めた。

 

ハルヒ「どうしたの?」

 

キョン「あ、その…さ。涼宮さん、メガネ外すと可愛いね」

 

ハルヒ「は?」

 

キョン「髪も、おさげじゃなくてポニーテールみたいにアップにするとかすればよく似合うと…思う」

 

ハルヒ「…考えとく。じゃあね」

 

まったく、何を言うかと思えば。まあ、悪い気はしないけどね。でも、お生憎様。私は目立ちたくないからそんなことはしないのよ。

 

----------

 

木曜日。今日から普通の北高生としての生活が始まる。教室に入ると、同じ中学出身や席が隣で意気投合した人が小さなグループを作って話していた。

 

幸いなことに私の席は一番後ろだったので、静かに教室に入ってそっと自分の席に座れば誰にも干渉されずに静かな一日を送れるはず。

 

???「おはよう。涼宮さん」

 

ハルヒ「…おはよう…えーっと」

 

???「朝倉よ、朝倉涼子」

 

ハルヒ「…ごめんなさい。名前覚えるの苦手で…」

 

朝倉「あ、気にしないで。私が勝手に覚えただけだから」

 

ハルヒ「…」

 

朝倉「これからよろしくね。…あ、おはよう。国木田君」

 

ハルヒ「…」

 

積極的にクラスメイトに声をかける朝倉さん。学級委員でも狙ってるのかしら?それにしても、よくみんなの名前覚えてるなあ。

 

朝倉さん以外は私に声をかけてくることもなかったので、私は安心して時間割を確認したり、教科書を確認したりして時間を潰した。

 

予鈴が鳴ってみんなが自分の席に着こうと戻り始めたころ、廊下から一人の男子生徒が駆け込んできて私の前の席に座った。

 

肩で息をして机の上に突っ伏している。キョン君だ。

 

キョン「はあ、はあ、間に合った」

 

キョン君の友達(確か国木田君)「キョン、もう少し余裕を持って来なよ。まったく」

 

キョン「そのつもりだったんだけどな、あの坂は予想以上にきつかった」

 

国木田「昨日の時点でわかってたよね?」

 

朝倉「ぎりぎりセーフってところね…。おはよう。…キョン君」

 

キョン「…おはよう」

 

???「おお?朝倉さんにあだ名で呼ばれるなんて何者だ?」

 

朝倉「ただのクラスメイトよ。谷口君、あなたと同じ。そうね…彼を呼ぶにはなんとなくその方がしっくりくる気がするのよね」

 

谷口「ああ、いかにもキョンって顔してるもんな。あ、悪い」

 

キョン「やれやれ、勝手にしてくれ」

 

ふぅん。キョン君ってやっぱり他の人にもそう見られているのね。彼自身がそう言っていたようにそう呼ばれる運命にあるのかな。

 

ちょっとかわいそうな気もするけど。

 

HRが終わると、すぐにキョン君が振り向いて質問してくる。

 

キョン「なあ、学年によってリボンやネクタイの色が違うのか?」

 

ハルヒ「そんなことないと思うけど」

 

キョン「なんか、青いリボンやネクタイの人を見たんだ」

 

ハルヒ「ああ、クゥプルの人たちのこと?」

 

キョン「なんだそれ?」

 

ハルヒ「え?知らないの?」

 

キョン「初耳だ」

 

北高に入学する理由のTOP3にあるファミィユ制度を知らないなんて、キョン君って以外と世間知らずなのかしら?

 

仕方ないからファミィユ制度について簡単に説明する。

 

キョン「つまりクゥプルってのは学校公認カップルみたいなものか?」

 

ハルヒ「あ、言われてみればそんな感じかも」

 

キョン「やれやれ、何でそんな制度があるんだ?俺みたいにモテない奴にはキツいぞ」

 

ハルヒ「一度クゥプルになると別れるのも大変そうだけど」

 

キョン「あ、そういう見方もあるか」

 

ハルヒ「そう考えると、学校としては管理しやすくなるからいい制度なのかもね」

 

カップルと一目で分かるようにリボンやネクタイの色を変えさせて、なおかつアンファンやグランクゥプルなどのお目付け役も付けられる。

 

そう考えれば管理しやすいし、公認となっていることを考えても、生徒の過剰な不純異性交遊を抑制する制度として学校側が定着させた可能性が高いかも。

 

ちょっとロマンには欠けるけどね。

 

朝倉「ねえ、涼宮さんとキョン君。文芸部を見に行ったんですって?」

 

六限が始まる前の休み時間、いきなり朝倉さんがそんなことを聞いてきたので、思わずキョン君と顔を見合わせてしまった。

 

ハルヒ「ええ」

 

キョン「まあ」

 

ハルヒ・キョン「何で知ってるの?」

 

偶然なんだけど、ものすごく綺麗にハモってしまう。

 

朝倉「綺麗な和音ね」

 

キョン「そりゃどうも」

 

ハルヒ「…」

 

朝倉「ああ、文芸部の話ね。実は私、文芸部に入ったのよ」

 

キョン「…またどうして?」

 

朝倉「部長の長門さん、同じマンションに住んでてね。誘われたから入っちゃった」

 

キョン・ハルヒ「…」

 

朝倉「私以外には誰か来たのかって聞いたら『キョン君って呼ばれる男子生徒とおさげの女子生徒が説明だけ聞いてくれた』ってね」

 

世間って広いように見えてけっこう狭い。キョン君を見ると、彼もどうしていいかわからないといった表情で私を見て、小さく肩をすくめた。

 

そんな私たちを見て楽しそうに笑いながら、朝倉さんは何かの用紙を私たちに差し出した。

 

朝倉「ということで、入部届。よろしく」

 

結局、私とキョン君は文芸部に入部することになった。朝倉さんの勢いに押されたというのもあるけど、活動をするにしろしないにしろ何らかの部に所属していた方が面倒ではないというのがキョン君の意見だ。

 

キョン「悪いな」

 

ハルヒ「え?」

 

キョン「見学につき合わせた挙句、入部させちまって」

 

ハルヒ「まあ、しょうがないよ。それに、何か部活動に入っていた方が色々有利なんでしょ?」

 

キョン「まあ、入っていないよりは」

 

ハルヒ「じゃあそれでいいじゃない」

 

キョン「そうか」

 

ハルヒ「うん」

 

そもそも強制ではないのだから合わないと思えば辞めればいいだけだ。

 

キョン君は深く考えすぎるところがあるみたい。まあ、いい人ってことなのかな?

 

長門「…ありがとう」

 

ハルヒ「え?」

 

長門「文芸部」

 

ハルヒ「あ、うん」

 

長門「…放課後、待ってる。良かったら…来て」

 

ハルヒ「…考えとく」

 

長門「…」(にこっ)

 

休み時間に廊下で長門さんに会った。初対面の時に感じた嫌な感じはしない。ただ単にちょっと無口なだけな人なのかもしれない。放課後、文芸部に行ってみようかな。

 

----------

 

放課後、文芸部は初顔合わせと言うことで長門さん、朝倉さん、キョン君、私の順番で簡単な自己紹介をして、それからは適当な雑談をすることになったのだが、それぞれ相手のことを知っているわけではないので会話は途切れがちになる。

 

朝倉「ふふ。長門さん以外5組って言うのも面白いわね」

 

長門「…」シュン

 

朝倉「あら?別に長門さんが悪いとは言ってないわよ。ああ、ごめんなさい。そんな寂しそうな顔しないで」

 

長門「普段どおり。心配要らない」

 

朝倉「いつもさっきみたいにしょんぼりしてないでしょ?5組の人間が多いのはたまたまなんだから、長門さんは気にしないでいいの」

 

長門「…了解した」

 

朝倉「ふふふ」

 

なんか、朝倉さんって長門さんの保護者みたい。長門さんが子供っぽいってわけじゃないから、朝倉さんが大人びてるってことなのかな。

 

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金曜日 放課後

 

今日はデパートに予備の制服を取りに行くように親に頼まれたので、学校が終わってから駅前へ行くことになった。

 

六限が終わると、キョン君が鞄を手にとって『今日は用事があるから』と言ってさっさと教室を出て行く。わざわざ私に断るってことは今日も部室に行くと思われたのかもしれない。

 

ごめんねキョン君。今日は部室に行かない。

 

朝倉さんに用事がある旨を伝え、キョン君も用事があるから帰ると言っていたと伝えると教室を出た。

 

朝倉「キョン君とデート?」

 

ハルヒ「ちがいます!」

 

朝倉「そうなの?あはは、冗談。ゴメンネ」

 

ハルヒ「…さようなら」

 

朝倉さんのこういうところ、好きじゃないな。

 

デパートにある、学校の制服を扱っているお店。北高だけではなく周辺の学校の制服も扱っているから、この地区にある学校の制服がショーケースに並んでいる。

 

北高の制服の側には小物も置いてあり、リボンとネクタイの前で私は思わず足を止めた。

 

青いリボンと青いネクタイ。

 

クゥプルの証であるそれは、こうして見ているだけでもなんとなく幸せな気分にさせてくれる、そんな不思議な魔力を持ったアイテムだ。

 

私が北高に入った理由。その第一の理由が、クゥプル。

人と関わりたくないなんて言っていて、実は特定の人との関わりを持つための制度に憧れている。

 

運命の人。

 

チープな言い方だけど、そんな人と出会いたい。そう私は思っている。

 

ハルヒ「…」(かぁっ)

 

頬が熱くなる。少しぐらい夢見たって罰は当たらないはず。

 

女1「あ?涼宮さんじゃーん」

 

女2「久しぶりー。相変わらずだねー」

 

女3「元気してたー?」

 

ハルヒ「う、うん…」

 

訂正。夢を見る場合も時と場所を考えないと痛い目をみる。

 

中学時代のクラスメイトの3人組。彼女たちは3人揃って制服の無い私立の高校へ行ったはずだ。

 

女1「てか、涼宮さん何してるの?」

 

女2「これって、あれだよね?クゥプルとか言うやつ」

 

女3「あー、ラブラブリボンとラブラブネクタイってやつ?」

 

女1「ええ?涼宮さん彼できたのぉ?」

 

女2「ええ?そうなの?だからこんなところにいるの?」

 

女3「ねね、彼優しい?」

 

ハルヒ「…」

 

彼女たちはわかっていて質問を浴びせてきているのだ。こんな時は何か言ったら私の負け。

 

女2「ねえ?どうなのよ?」ニヤニヤ

 

女3「ラブってるんでしょ?いいなあ」ニヤニヤ

 

女1「羨ましいなあ涼宮さん」ニヤニヤ

 

ハルヒ「…」

 

女3「ねえ、もったぶらないで教えてよ」クスクス

 

女1「そうそう。ねえ?」クスクス

 

女2「意地悪しないでよ?」クスクス

 

何か言ったら私の負け、何か言ったら私の負け…。目の前がうっすらとぼやけてくる。最悪だ。涙なんて。

 

女1「あれぇ?どうしたの?涼宮さん」クスクス

 

女2「具合でも悪い?ねえ?」クスクス

 

女3「あれあれ?ひょっとして泣いてる?」クスクス

 

ハルヒ「…」

 

???「ハルヒ!!」

 

女1・女2・女3「!?」

 

誰?私を名前で呼ぶのは?ぼやけてて良く見えない。

 

女1「ちょっと、アンタ誰よ?」

 

女2「そうよそうよ」

 

女3「邪魔しないでくれる?」

 

???「邪魔なのはお前らだろ!俺はここで待ち合わせてたんだ」

 

女1・女2・女3「!?」

 

???「そうだろ?ハルヒ」(にこっ)

 

ああ、この声。

 

ハルヒ「…キョン君」

 

キョン「待たせてゴメン」

 

ハルヒ「うん…」

 

女1「話が見えないんですけどぉ」

 

女2「ていうか、何なの?」

 

女3「説明してよ」

 

キョン「北高生じゃないお前らにわかるかどうか疑問だが、俺たちはネクタイとリボンを買いに来たんだ」

 

女1・女2・女3「!?」

 

ハルヒ「…」(かぁっ)

 

再び頬が熱くなる。夢を見ているわけでもないのに心臓も痛いくらいに高鳴っている。

キョン君は青いネクタイと青いリボンを手に取り、少しぎこちない感じで青いネクタイを私に差し出す。その頬はちょっとだけ赤かった。

 

青いネクタイを受け取ると、私はレジに向かう。すぐ後ろから青いリボンを手にしたキョン君が付いてくるがわかった。3人が私たちを追い越して逃げるように制服売り場から去っていく。

 

その後姿を見送ってから、私はキョン君を振り返った。

 

ハルヒ「あ…」(かぁっ)

 

キョン「な、なんだよ」

 

ハルヒ「ありがとう」

 

キョン「…ああ、いや、気にしないで、涼宮さん」

 

ハルヒ「あ…」シュン

 

キョン君には『涼宮さん』と呼ばれるのが普通だったのに、そう呼ばれるととても淋しい気分になる。

 

彼の顔を見て、名前を呼ぶ声を思い浮かべると、さっきのように心がじわっと温かくなってくる。

 

ああ、そうか。これがきっかけなんだ。

 

迷惑かもしれないけど、断られるかもしれないけど、助けてくれた優しさを信じて聞いてみよう。

 

ハルヒ「…名前で呼んで」

 

キョン「え?」

 

ハルヒ「ハルヒって呼んで」

 

キョン「…いいの?」

 

ハルヒ「…」コクリ

 

キョン「じゃあ、ハルヒ」

 

ハルヒ「ありがとう」(にこっ)

 

レジに行き、引換券と青いネクタイを渡してお会計を済ませる。青いネクタイは別の袋に入れて貰った。キョン君が持っていた青いリボンは、予備の制服のリボンと変えてもらい、それも別の袋に入れてもらう。

 

キョン君に青いリボンの入った袋を渡して、それから大きく深呼吸。そして青いネクタイの入った袋を差し出す。

 

女子からは男子にネクタイを贈り、男子から女子にリボンを贈るのがクゥプルの儀式なのだ。

 

ハルヒ「クゥプルになってください!」

 

キョン「…俺でいいのか?」

 

ハルヒ「はい」

 

キョン「その、ありがとう」

 

ハルヒ「こちらこそ…ありがとう」

 

キョン君は私の申し出を受けて青いネクタイを受け取り、少し照れくさそうに私に青いリボンを渡してくれた。クゥプル成立。

 

正直、自分でも驚いている。恋するのに時間は要らないって本当なんだなあ。

 

キョン「しかし、驚いた」

 

ハルヒ「うん」

 

キョン「まあ、君が苛められているのを見たら、その、ほっとけなくてな」

 

ハルヒ「キョン君が来てくれて嬉しかった。そうしたら大切な気持ちに気付いちゃった」

 

キョン「んー。なんだ、その、ありがとう」

 

ハルヒ「うん…」

 

キョン「!!」

 

ハルヒ「あれ?おかしいな。何で涙が…」ポロポロ

 

キョン「あー…。よしよし」ナデナデ

 

ハルヒ「…あ」

 

キョン「安心したんだろ?なんなら胸、貸してやる。…その、クゥプルだしな」

 

ハルヒ「…」

 

キョン君、優しいよ。ありがとう。

 

お言葉に甘えて、胸はちょっと恥ずかしかったので肩を借りた。制服、ちょっと濡らしちゃったかな。

 

ハルヒ「ありがとう」

 

キョン「どういたしまして。…あー、その、ハルヒ」

 

ハルヒ「なぁに?」

 

キョン「…やっぱり、メガネかけない方が可愛いぞ」

 

ハルヒ「…そ、そう…かな」(かぁっ)

 

キョン「ああ」(かぁっ)

 

ハルヒ「…そ、そう言えば、なんでキョン君はここに?」

 

キョン「え?ああ、そう言えば制服のシャツを受け取りに来たんだった。さっきレジまで行ったのにまた行くのはちょっと恥ずかしいな」

 

ハルヒ「ふふ」

 

キョン「行ってくるよ」

 

ハルヒ「あ、キョン君…じゃあ、私、帰るね」

 

キョン「え?その、送ってくぞ」

 

ハルヒ「ありがとう。でも、今日は一人で帰るわ。また学校でね」

 

キョン「ああ。わかった。じゃあなハルヒ」

 

ハルヒ「…またね」

 

本当は送ってもらいたかったけど、寄るところがあったので断った。明日の予約を入れてこないとね。

 

キョン君、どう思うかな?

 

----------

 

うーん。困った。

 

学校内で起こったことは朝比奈さんや長門、古泉、朝倉、谷口、国木田に聞いて何となくわかったのだが、肝心のクゥプルにどうやってなったのかがわからん。

 

入学式の週の金曜日の放課後以降から日曜日の間にいったい何があったんだ?

 

ハルヒ「ねえ、キョン」

 

キョン「ん?なんだ?」

 

ハルヒ「もう一つ、リボン欲しいな」

 

キョン「…買ってくるか?」

 

ハルヒ「…ん。またあのお店で、一緒に買おう?」

 

キョン「…あー、これを買ってくれた店か?」

 

クゥプルになる儀式の一つにお互いのタイ(ネクタイとリボンのこと)を贈り合うって言うのがあると聞いたので、なるべく自然にそう答える。

 

ハルヒ「…うん。私が、あなたへの気持ちに気が付いた…大切な場所」

 

キョン「…」

 

ハルヒ「あのできごとが、気付かせてくれた…大切な気持ち」

 

キョン「…」

 

すまんハルヒ。なんのことだかよくわからない。

 

『あのできごと』が『大切な気持ち』に気付かせてくれたってことはわかるんだが。

 

朝比奈「…メール」

 

ハルヒ「なぁに?」

 

朝比奈「…よかったら、教えてください…何があったのか」

 

ああ、朝比奈さん。あなたは何て良い質問をしてくれるのですか。さあ、ハルヒ。教えてくれ。

 

ハルヒ「あのね…」

 

朝比奈「…」キラキラ

 

キョン「…」

 

少し頬を染めながらハルヒが話し出す。

 

…あー、その、なんだ。

 

ハルヒの話はあくまでハルヒが感じたままの言葉で語られるから、ハルヒのフィルターで美化された状態の自分のことを聞かされる。

 

何があったのかは良くわかったが、暫くの間はハルヒの目を正面からは見れそうにない。

 

俺はそんなにキザじゃないぞ。

 

朝比奈「ふわぁ。素敵ぃ…」

 

ハルヒ「ふふ」

 

キョン「…あー、ハルヒ。その、美化しすぎだ」

 

ハルヒ「そんなことない!キョンは…私の王子様だもの」

 

キョン「!!」

 

朝比奈「ふわぁぁ。素敵ぃ…」

 

朝比奈さんはうっとりとした眼差しでハルヒの話を聞いていた。

 

古泉「おやおや、それではさしずめ、涼子さんは僕のお姫様ですね」

 

朝倉「そう言う一樹さんは、私の王子様ね」

 

古泉「ふふ。僕としてはお姫様と言うよりも女王様って呼んでもいいと思っているのですよ涼子さん」

 

朝倉「あら。それじゃあ一樹さんは何になるの?」

 

古泉「女王の身を守る懐刀でありたいですね。もちろん、片時も側を離れない伴侶として」

 

朝倉「嬉しいわ。一樹さん」

 

長門「…」ペラリ

 

…何を惚気ている古泉、朝倉。

 

ハルヒの話をちゃっかり聞いているんじゃない。まったく。

 

部活が終わり、俺とハルヒで朝比奈さんを家に送り届け、それから俺はハルヒを家に送り届けてから、俺は古泉と長門を駅前の喫茶店に呼んだ。

 

長門のマンションには朝倉も住んでいるので、長門には十分に注意をして出てくるように言っておく。

 

幸い、長門は問題なく出てくることができたようで、俺が喫茶店に着いたときには既に席に座り、アイスティーを飲んでいた。

 

キョン「悪い、待ったか?」

 

長門「問題ない」

 

キョン「古泉は?」

 

長門「まだ」

 

キョン「そうか」

 

長門の対面に腰をおろして俺はアイスコーヒーを注文する。いったい古泉は何をやっているんだ?

 

長門と二人向かい合って喫茶店。傍から見ればデートのようにも見えるかもしれないが、あいにく俺のネクタイは青で長門のリボンは赤なので、北高を知っている人間が見ればカップルと間違えられることは無い。

 

長門「古泉一樹は今、朝倉涼子と共にいる」

 

キョン「は?」

 

長門「現在、朝倉涼子の部屋で二人」

 

キョン「そ、そうか」

 

長門「…そう」

 

おいおい、古泉、お前はいったい何をやっているんだ。

 

キョン「あー、長門。ハルヒのことだが」

 

長門「涼宮ハルヒの精神状態は極めて安定している。あなたのおかげ」

 

キョン「そうか」

 

長門「しかし、このまま行くと推定で2日後には世界が確定する」

 

キョン「リミットは明日か」

 

長門「必然的にそうなる」

 

キョン「そうか」

 

長門「またあなたに委ねることになる。…ごめんなさい」

 

キョン「いや、お前は悪くない」

 

長門「…」

 

やれやれ、忙しいことだ。

 

キョン「なあ、長門」

 

長門「なに?」

 

キョン「その、完璧に元通りってわけにはいかなくても、いいのか?」

 

長門「質問の意味が曖昧」

 

キョン「あー、うまくいえないんだが。そうだな、たとえば長門の好物が変わるとか、性格が少し活発になるとかしても問題ないか?」

 

長門「長門有希という固体のパーソナルデータに若干の誤差ができても問題はないと思われる」

 

キョン「じゃあ、ハルヒが少しおしとやかになるとか、古泉がゲームに強くなるとかはどうだ?」

 

長門「必然が必然ではなくなるのは好ましくない」

 

キョン「そうか」

 

長門「ただし、ある程度の相違は許容範囲としても良いと判断する」

 

キョン「どういうことだ?」

 

長門「私の嗜好が少し変わった」

 

キョン「嗜好?」

 

長門「子供化したときの嗜好をそのまま受け継いでいるが、問題ではない」(くまさんプリン…好き)

 

キョン「…」

 

そんなに気に入ったか…くまさんプリン。まあ、たしかに美味いんだけどな。

 

キョン「そういえば、世界が改変されるたびに、俺たちの時間も戻っているのか?」

 

長門「涼宮ハルヒが世界を改変するたびに金曜日の朝にリセットされる」

 

キョン「なら、もし、この世界で確定しても、ハルヒが望めばまた改変されるってことはないのか?」

 

長門「涼宮ハルヒが望めば可能。ただし、確定後はこの世界がベースになるため、リセットは二日後の日曜日の朝になると思われる。本来の世界の情報も希薄なものになる」

 

キョン「おいおい、まずいじゃないか」

 

長門「違う世界を経由しているので、本来の世界への影響がどの程度のものになるかは予測不能」

 

キョン「…もしかしたら大きな誤差が現れる可能性があるってことか?」

 

長門「あまりにも大きな変革は世界が崩壊する恐れがある」

 

キョン「だが、ハルヒがそれを望むことは無い…だろう?」

 

いくらハルヒが厚顔不遜とはいえ、世界を滅ぼそうとは思うはずが無い。ああ見えても結構ハルヒの奴は、優しいところがある…はずだ。

 

なんだかんだいっても、団員思いな奴だからな。うん。

 

古泉「すみません。遅くなりました」

 

キョン「まったくだ」

 

長門「…」

 

古泉「お詫びに奢りますよ。ああ、もちろん先に飲んだ分も含めて」

 

古泉が来た時には既に、俺と長門はそれぞれの飲み物をとっくに飲み干していた。

 

それにしても古泉が奢ってくれるとは珍しいな。一人だけ何かを飲ませるのも気がひけるし、ここはお言葉に甘えようか。

 

キョン「じゃあ俺はブレンドで」

 

長門「…アプリコットティー」

 

古泉「わかりました。すみません。注文お願いします」

 

ブレンド2つとアブリコットティーを注文すると、古泉は小さくため息を付き、目を伏せる。

 

なんとなく声がかけずらい雰囲気だ。らしくない。

 

運ばれてきたブレンドを口にして、もう一度ため息を付き、少しの間逡巡してから顔を上げ、手招きをする。

 

周りを気にしているのか?やれやれ、いったいどんな内緒話をしようと言うんだ、古泉。

 

内心で肩をすくめ、古泉、俺、長門の三人は顔を寄せた。

 

古泉「私事で恐縮なのですが…困った事態に陥ってしまいました」

 

キョン「いったいどうしたんだ?」

 

古泉「その、ですね…なんて言いましょうか…」

 

長門「朝倉涼子と肉体関係を持った」

 

キョン「なんだって?」

 

古泉「…ご存知でしたか」

 

長門「推測に過ぎないが、確率的には78.2%。なお朝倉涼子は監視対象」

 

古泉「参りました」

 

そう言って頭を下げる古泉。普通に会話しているが、どうしてそんな冷静なんだ?長門。

 

キョン「いや、待て、古泉。つまり、そのアレか?」

 

古泉「アレとは?」

 

キョン「アレだ。その、ABCのC」

 

古泉「これはまたレトロな例えを持ち出してきますね。…まあその、それです」(かぁっ)

 

キョン「…赤くなるな」

 

古泉「これは失礼。しかしこのようなことは初めてですのでご容赦いただきたいものです」

 

キョン「そうか」

 

古泉も赤くなることはあるんだな。いや、野郎に目の前で赤くなられても気持ち悪いだけだが。

 

古泉「…まあ、それはさておき…この世界は涼宮さんの作り出した仮想世界、と言ってもいいものです」

 

長門「少し違う。仮想世界ではなく具現世界」

 

古泉「失礼。その具現世界は所詮まやかし、と言ってもいいでしょう」

 

長門「…」

 

キョン「…何が言いたい?」

 

古泉「…涼子さん自体がイレギュラーな存在と言うことはわかっているつもりです。しかし、僕は彼女を愛してしまった」

 

キョン「…」

 

長門「…」

 

古泉「彼女がいなくなることを考えると…僕の心は引き裂けそうになります」

 

お前、恥ずかしくないのか?なぜそんな言葉をすらすらと口にできる。

 

長門「今現在存在する朝倉涼子は、情報統合思念体とは何の関係も無いただの人間」

 

古泉「どういうことです?」

 

長門「涼宮ハルヒがクラスメイトとして認識している人間としての存在」

 

古泉「…しかし、彼女の家、家族がいませんよ」

 

長門「一人娘で両親はカナダに赴任中。実際に両親の存在も確認した」

 

古泉「情報統合思念体は関与していないとなれば、僕としては一縷の望みに賭けるしかないようですね」

 

長門「涼宮ハルヒ次第」

 

キョン「どういうことだ?」

 

こういうとき、俺は自分の凡庸さがつくづく嫌になる。古泉と長門は見事なまでにお互いの意思の疎通を図っているようだが。

 

古泉「あなたは『鍵』だと言ったことを覚えていますか?」

 

キョン「ああ。良くはわからんが」

 

古泉「あなたは涼宮さんに影響を与えることができる唯一の存在なのです」

 

長門「実際、あなたの何気ない言葉から世界は改変された」

 

キョン「…」

 

古泉「僕が縋るのもそこにです。いや、そこにしか縋れるものがないと言った方が正しいかもしれませんね」

 

やれやれ。やっぱりそうなるのか。

 

古泉「涼子さんの存在をアピールしてもらえないでしょうか?」

 

キョン「…まあ、やってみる」

 

古泉「ありがとうございます」

 

キョン「まあ、仲間の頼みだしな。うまくいくかどうかはわからないけど、やれるだけやってみる」

 

古泉「いや、なんて言っていいか…。あなたに最大級の感謝を」

 

キョン「よせよ。くすぐったい」

 

古泉「これは失礼」

 

軽くおどける古泉。うん。お前はそういう風に飄々としているのが似合ってるぞ。

 

それにしても…朝倉と古泉がなあ。

 

ニヤケ面が鼻に付くところがあるけど、古泉は整った顔立ちしてるし、朝倉も世間一般では美少女の部類に入る。まあ、ベストカップルではあるな。少なくとも外観は。

 

ブルブルブルブル ブルブルブルブル

 

ん?携帯の着信だ。ハルヒからか。

 

キョン「もしもし」

 

ハルヒ「あ、キョン。今、古泉君と一緒?」

 

俺が携帯に出ると、長門が人差し指で自身を示してから、手でバッテンをして『私はここにいない』というジェスチャーをする。

 

何か理由があるのだろうから、片手を上げて『わかった』と合図をすると、俺はハルヒに悟られないように会話を続けた。

 

キョン「…ああ、ちょっと話を聞いてるところだ。珍しくあいつの奢りでな」

 

ハルヒ「そう。…朝倉さんから連絡があって、キョンが何してるかなって思っちゃって…」

 

キョン「おいおい、わけわかんないぞ、ハルヒ」

 

ハルヒ「ん、ごめんね。ちょっとキョンの声が聞きたかっただけ」

 

キョン「そうか。…あー、その、ハルヒ」

 

ハルヒ「なぁに?」

 

キョン「そういうこと言われると、照れる」

 

ハルヒ「あっ、ごめんなさい」

 

キョン「いや、謝ることじゃないが…」

 

言いかけて、俺は受話器側を手で覆う。

 

キョン「おい古泉、笑うな」

 

古泉「いや、失礼。なんか微笑ましかったもので、つい」

 

キョン「…後で覚えてろよ」

 

俺の言葉に軽く肩をすくめて笑う。まったく、古泉の奴。

 

キョン「っと、すまん。ちょっとな」

 

ハルヒ「ううん。いいの」

 

キョン「で、どうする?古泉と変わるか?」

 

ハルヒ「もう。さっき言ったでしょ。キョンの声が聞きたくなったからかけたの」

 

キョン「そ、そうだったな。スマン」

 

ハルヒ「ふふ。ねえ、キョン」

 

キョン「なんだ?」

 

ハルヒ「朝倉さんと古泉君って、素敵なクゥプルよね?」

 

キョン「…そうだな」

 

ハルヒ「…うん」

 

…なあハルヒ、なんで他のクゥプルの話でそんな小さな声になるんだ?もしかして、朝倉から俺が古泉に聞いたようなことを聞かされてるのか?

 

もしそうなら…。

 

俺は古泉に視線を向ける。

 

キョン「俺たちも、古泉と朝倉のようになりたいな」

 

古泉「!!」

 

長門「…」

 

ハルヒ「!!そ、そうね。じゃ、じゃあ古泉君にもよろしく。じゃあね」

 

キョン「あ、おい!…なんだよ、いきなり切りやがって…」

 

長門「当然の反応」

 

キョン「は?」

 

古泉「やれやれ」

 

キョン「なんだよ?お前ら」

 

またアイコンタクトかよ。なんなんだお前ら。超能力使ってるのか?

 

古泉「涼子さんが涼宮さんに連絡をしたから僕とあなたが一緒にいることを知っていたのでしょう。そうなると当然、僕が行ったことを涼子さんが涼宮さんに言っているはずですので」

 

キョン「だから?」

 

長門「朝倉涼子が涼宮ハルヒに性行為の話をした可能性は79.9%」

 

古泉「同じように涼宮さんも僕があなたに話をしたと思っているはずです。そうすれば、『僕たちみたいになりたい』イコール…下世話な言い方ですがあなた風に言えば『俺たちも肌を重ねたい』と言っているのと同義に取られるのではないかと」

 

キョン「…なんてこった」(かぁっ)

 

長門「エッチ」

 

キョン「…長門に言われるのは新鮮だな…じゃなくて!」

 

俺は古泉と長門を交互に見て、がっくりとうなだれた。

 

キョン「俺、催促したことになってるわけ?」

 

古泉「そうなります」

 

長門「エッチ」

 

キョン「長門…それはもういい」

 

長門「そう…」

 

古泉「あなたも隅に置けませんね」

 

キョン「…うるさい」

 

やれやれ、参ったな。ハルヒよ、何でそういうことには敏感なんだ?

 

俺はただ朝倉の存在をアピールするのを兼ねて、『もう少し仲良くなろうな』って言いたかっただけなんだが。

 

----------

 

ゆさゆさ。

 

ゆさゆさ。

 

キョン「…ん?」

 

誰だ?もう朝か?それにしては静かな気がするが。

 

それに俺、机に突っ伏しているみたいだな。確かにベッドで寝たはずなんだが。

 

ハルヒ「ねえ、起きてよ…キョン」

 

キョン「ハルヒ!?」

 

ハルヒ「ああ、良かった。ねえキョン、何で私たち部室にいるの?」

 

キョン「なんだって?」

 

ハルヒ「窓の外を見てもすごい静かだし、なんだか薄暗いし…」

 

キョン「…」

 

閉鎖空間…か。

 

キョン「ハルヒ、俺、ちょっと外を見てくる」

 

ハルヒ「え…」

 

キョン「すぐ戻るから、ここで待っててくれ」

 

ハルヒ「あ、でも…」

 

キョン「すぐ戻るから」

 

ハルヒ「…」

 

何か言いたげなハルヒを置いて、俺は廊下に出て、階段を降り、昇降口から外へ。

 

灰色の空と人の気配の無い薄暗い世界。

 

校門へ向かって歩き、外に出られないことを確かめる。

 

間違いない、閉鎖空間だ。

 

周りを見回してみるが、赤い光は目に入らない。古泉の奴は入ることができないようだ。あまりハルヒを一人にしておくのもしのびないので、俺は部室へと戻りながら考えを巡らせる。

 

…今回もあれか?スリーピング・ビューティー。

 

問題は、目が覚めたとしてどの世界に戻るのかだ。

 

SOS団のあるいつもの世界か、ハルヒとクゥプルになっている今の世界か、もしかしたらまた別の世界に飛ばされることも考えられる。

 

まあ、なるようになれ、だ。このまま手をこまねいていても、事態はなんの進展もしないのだから。

 

キョン「ただいま」

 

そう言って扉を開けて中に入る。ハルヒは椅子に座って机に臥せていた。

 

俺の声を聞いて、微かにビクッと体を震わせてからそっと顔を上げる。その瞳は涙に潤んでいた。

 

キョン「ハルヒ…」

 

ハルヒ「寂しかったんだから。キョンの馬鹿!」

 

キョン「…スマン」

 

ハルヒ「気が付いたら部室で二人で眠っていたみたいで、…とりあえずあなたがいたのは良かったけど、起きたらいきなり私を残してどっか行っちゃうなんて…」

 

キョン「あー、その、…我慢できなかったんだ。…漏れそうで」

 

ハルヒ「え?…ああっ、そう、だったの…」(かぁっ)

 

キョン「スマン」

 

ハルヒ「そ、そういうことなら仕方ないわね」

 

我ながら馬鹿みたいな言い訳を口にしてしまった。小学生かっつーの。

 

ハルヒの奴は素直に納得してくれたが。

 

ハルヒ「あ、あのね、キョン」

 

キョン「どうした?」

 

ハルヒ「…その、生理現象だったなら仕方ないんだけど…、寂しい思いさせたわけだし…」

 

キョン「…」

 

ハルヒ「もっと我儘言えって言ってたし、クゥプルになって結構たつし、そろそろ…」

 

待てハルヒ。お前は何を言っている。

 

ハルヒ「キョン…」

 

キョン「…」

 

ハルヒ「…」

 

顔を上げて目を閉じるハルヒ。少し紅潮した頬と微かに震えているのがまた、なんともいえない。

 

こういうシチュエーションは誰もが夢見るものだとは思うが、男だけじゃなく女もこういう王道パターンは憧れるものなのか?

 

キョン「なあハルヒ、こういう我儘も結構だが、もっとこう、みんなで楽しもうみたいな我儘もいいんだぞ?」

 

ハルヒ「…今はこれだけでいいの」

 

キョン「まあ、俺としても悪い気はしないが、心の準備ってものがあるからな、少しだけ話を聞いてくれ」

 

まあ、心の準備ではなく現実に戻るための布石なんだけどな。

 

ちょっとの間、我慢してくれハルヒ。

 

キョン「部活とか作って、みんなでわいわい楽しんだりとか、いろんなものを探してみたりとか」

 

ハルヒ「…」

 

キョン「やってみたいことをやってみるのもいいよな」

 

ハルヒ「…」

 

キョン「一風変わった学生生活っていうのも、以外と楽しいものだ」

 

ハルヒ「…グスッ」(じわっ)

 

キョン「なぜ泣く」

 

ハルヒ「だって、お話して誤魔化そうって思ってるんでしょ?目を瞑っているだけでもすごい恥ずかしいのに…」

 

キョン「スマン」

 

律儀に目を瞑ったままのハルヒ。

 

朝倉のことは電話でそれとなく話しておいたし、これ以上待たせるのも精神衛生上よくない。そっとハルヒの肩に手を置くと、俺はその唇に自分の唇を重ねた。

 

柔らかく、しっとりとした感触。

 

ハルヒ「ん…」

 

キョン「…」

 

どのくらいそうしていただろうか?ハルヒの小さい身じろぎと吐息を感じて、俺は唇を離した。

 

…相変わらず俺は、閉鎖空間の中にハルヒと二人でいる。

 

ハルヒ「…ドキドキした」(かぁっ)

 

キョン「ああ」(かぁっ)

 

顔を見合わせて赤くなり、照れたように笑顔を浮かべる。そんなハルヒは反則的に可愛い。机を挟んでいなければ今すぐにでも抱き寄せてしまいそうだ。

 

しかし、困ったことになった。前回と違いキスで出られるわけじゃなさそうだ。

 

いったい、なにがしたいんだ?ハルヒ。

 

そういえば、今回は閉鎖空間の中に神人がいない。ハルヒの精神が落ち着いているってことか。

 

いや、そもそも閉鎖空間が出るってことは、ハルヒの精神がネガティブな方向に来ているってことのはずだよな?

 

どういうことだ?

 

ハルヒ「ねえ?」

 

キョン「なんだ?」

 

ハルヒ「傍に、来て」

 

キョン「いるじゃないか」

 

ハルヒ「そっちじゃなくて、こっち」

 

そう言って隣のパイプ椅子を叩くハルヒ。

 

まったく、そんな目で見られたら断れないじゃないか。

 

キョン「これでいいか?」

 

ハルヒ「うん」

 

キョン「ずいぶん我儘になったな」

 

ハルヒ「キョンのせいでしょ」

 

キョン「それはそう…!!」

 

ハルヒ「ん…」

 

言葉を遮って唇を重ねてくるハルヒ。いきなりのことに俺は目を見開いたままだ。

 

ハの字になった眉、上気した頬。

 

そっと唇が離れる。ハルヒは上目遣いで俺を見ると、ちょっと怒った表情を浮かべる。

 

ハルヒ「もう。なんで目を閉じないのよ」

 

キョン「いきなりすぎるんだよ」

 

ハルヒ「それでも、閉じるのがマナーでしょ」

 

キョン「以後気をつける」

 

ハルヒ「じゃ、実践」

 

キョン「…」

 

そう言って目を閉じるハルヒに、俺は抗うことができなかった。目を閉じて唇を重ねる。

 

ハルヒが俺の肩に手を回して、そっと抱きついてくる。

 

唇を離し、お互いの鼻が触れそうなくらい近くで見つめあうような格好になる。正直かなり恥ずかしい。

 

キョン「なあ、これって恥ずかしいぞ」

 

ハルヒ「そうね。でも、キョンとなら恥ずかしいよりも嬉しい方が大きいわ」

 

キョン「さらっと恥ずかしいことを言うな」

 

ハルヒ「ふふ。何回もキスしちゃったからそれに比べたら大したこと無いわよ」

 

キョン「…」(かぁっ)

 

ハルヒ「…ねえキョン」

 

キョン「なんだ?」

 

ハルヒ「…好きよ」

 

キョン「…ハルヒ」

 

ハルヒ「…あなたの気持ちを…聞かせて」

 

潤んだ瞳で俺を見つめてくるハルヒ。肩に回された手の指にぎゅっと力が入るのがわかる。

 

遠くで何かが崩れるような音が聞こえる。微かな振動が部屋を揺らし、ハルヒが不安そうな眼差しで俺を見上げている。

 

神人が現れたみたいだな。ハルヒの不安が具現化した証拠だ。

 

ハルヒ、お前の望みは…それか。

 

ハルヒ「キョン…怖い」

 

キョン「…大丈夫だ。俺はここにいるだろう?」

 

ハルヒ「…でも」

 

キョン「大丈夫だ」

 

ハルヒ「…うん」(こくり)

 

キョン「いい子だ」ナデナデ

 

ハルヒ「…」

 

そんな不安そうな顔するなよ。お前に、そんな顔は似合わないぞ。

 

まあ、俺が悪いんだけどな。

 

キョン「…ハルヒ」

 

ハルヒ「…」

 

やれやれ。いざ言葉にするとなると結構恥ずかしいものだな。まあ、仕方ない。

 

キョン「俺は、お前のことが…」

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