※この作品はR-18です。

キョン「…」   作:神納 一哉

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過去に創作板に書いたものに加筆・修正しています。


5 変わりゆく日常

洗面台の鏡に映る自分を見て思わずため息が漏れた。正確に言えば、首筋を見て、だが。

 

ハルヒが付けた欲情の証がその存在をこれでもかと言うくらいに誇示している。

 

俺には、ちゃんと隠れる位置に付けるだけの分別はあったんだけどなあ。

 

ハルヒの肌の感触を思い出して顔が熱くなる。

 

それから慌てて蛇口を捻り、雑念を洗い流すように顔を洗った。

 

キョン「…おいハルヒ、どうしてくれるこれ」

 

朝の作業を一通り終えてから部屋に戻り、勉強机の椅子に跨り、くるくる回っていたハルヒに向かって俺は首筋を指差して言った。

 

ハルヒ「…あんた、肌弱い?」

 

キョン「いや、これはお前が強く吸い付きすぎだろ」

 

ハルヒ「あー、なんていうか、…ごめんね」ポリポリ

 

キョン「…これって絆創膏貼った方がいいか?」

 

ハルヒ「それだとかえって目立つんじゃない?」

 

キョン「かといって何もしないわけにもいかんだろう?」

 

ハルヒ「ん、じゃあファンデ塗ったげる。座って」

 

キョン「化粧か?」

 

ハルヒ「そ。いつもは使わないけど…、自然に隠せるし、ね」カァッ

 

キョン「お前のは、普通は隠れる場所のはずだが?」

 

ハルヒ「馬鹿。体育あるでしょ」カァッ

 

キョン「あ、そっか。すまん」カァッ

 

ハルヒ「…」ポンポン パタパタ

 

キョン「…」

 

ハルヒ「はい、できた。どう?」ニコ

 

化粧品のコンパクトを受け取って、その蓋についている鏡で首筋を見る。

 

キョン「おお、凄いな。わからないや」

 

ハルヒ「水を被るとか、我慢大会で大汗をかくとかしない限りは持つと思うわ」エヘン

 

キョン「便利だな」

 

ハルヒ「そうね」

 

キョン「じゃあ急いで飯喰ってくる」

 

ハルヒ「ん。いってらっしゃい」ヒラヒラ

 

キョン「…なんか家の中なのに出かけるみたいだな。…まあいいや、いってくる」パタン

 

ハルヒ「…なんか夫婦みたい」カァッ

 

----------

 

古泉「…大丈夫ですか?」

 

朝倉「ん。平気」

 

古泉「やはり、今日は休んだ方がいいのでは?」

 

朝倉「なんで?具合が悪いわけじゃないんだし平気よ。体育は見学するけどね」

 

古泉「…すみません」

 

朝倉「それって凄く失礼」ムッ

 

古泉「いや、その…」ポリポリ

 

朝倉「私から誘ったんだから貴方が謝ることはないの。…それとも、後悔してる?」

 

古泉「後悔なんてありえません」キッパリ

 

朝倉「なら、いいじゃない」ニコ

 

古泉「…」

 

朝倉「それよりも、私、普通に歩いてるように見えるかな?」

 

古泉「どこか悪いのですか?」

 

朝倉「馬鹿!」カァッ

 

いきなり僕に罵声を浴びせたかと思うと、彼女はすばやく周りを見回してから、耳元でささやいた。

 

朝倉「…まだ違和感があるのよ」カァッ

 

古泉「!」カァッ

 

朝倉「あんな血が出るとは思わなかったし、ね」カァッ

 

古泉「う、あ、…すみません」カァッ

 

朝倉「…」

 

古泉「…」

 

朝倉「…ちょっとお薬貰うわね」スッ

 

古泉「…」

 

朝倉「…ん」チュッ

 

古泉「…」チュッ

 

----------

 

キョン「どうした?わざわざ呼びに来るなんて珍しいじゃないか」

 

古泉「ちょっとお話しておきたいことがありまして…」

 

キョン「話?昨日休んだみたいだが、それに関することか?」

 

古泉「まあ、そうなりますね」

 

キョン「そういえば昨日、朝倉も休んでいたけど…」

 

古泉「…」カァッ

 

キョン「…おい、ちょっと待て。何故赤くなる」

 

古泉「…してしまいました」カァッ

 

キョン「は?」

 

古泉「涼子さんと、といえばわかりますよね?察してください」カァッ

 

キョン「う、え、あ…、そうか」カァッ

 

古泉「勿論、同意の上ですよ。というよりもむしろあちらから…」

 

キョン「待て待て待て!何でお前は俺が朝倉を普通に見られなくなるようなことを口走ろうとする!」カァッ

 

古泉「う、っと、そうですね…すみません」ショボン

 

キョン「…まあ、なんだ。とりあえず、おめでとう」

 

古泉「ありがとうございます」

 

キョン「…あのさあ、古泉」

 

古泉「はい」

 

キョン「初めてってやっぱり、アレか?上手くできなかったりする?」カァッ

 

古泉「挿入前に果てたり、場所がわからなかったりは、あると思います」カァッ

 

キョン「生々しいなおい!」カァッ

 

古泉「まあでも、何とかなりますよ。結構女性も導いてくれますし…」カァッ

 

キョン「だから!そう言うことは言うな!」カァッ

 

古泉「これはうかつでした」カァッ

 

…すまん朝倉。暫くお前のことは直視できそうにない。

 

----------

 

長門「…」モグモグ

 

ハルヒ「朝倉さん、体育見学したのよね~。まだ具合悪いなら休めばいいのに」ハイ、アーン。

 

キョン「…真面目だから無理して出てきたんだろ」パクッ。モグモグ。ウマイ。オカエシ。アーン。

 

ハルヒ「あたしなら休むけどなあ」パクッ。モグモグ。ハイ、アーン。

 

キョン「お前が休んだら昼飯がまずくなるなあ」パク。モグモグ。ホレ、アーン。

 

ハルヒ「ふふ。そんなに美味しい?」パクッ、モグモグ。ハイ、アーン。

 

キョン「三食ハルヒの弁当でも全然OKだ」パクッ、モグモグ。ゴチソウサマ。

 

ハルヒ「そ、そう。ありがとう」オソマツサマ。

 

キョン「いや、礼をいうのは俺の方だ」ニコ

 

ハルヒ「キョン…」

 

キョン「…」

 

長門「…」モグモグ。ゴソゴソ。

 

ハルヒ「…」

 

キョン「…」

 

長門「…」トテトテ、ガチャ、パタン。

 

ハルヒ「…」チュッ

 

キョン「…」チュッ

 

----------

 

ハルヒ「今週の不思議探索パトロールは中止よ!」エヘン

 

長門「…」ペラリ

 

朝比奈「ふぇ?」

 

古泉「…」

 

キョン「…」

 

ハルヒ「以上!連絡終わり」チラッ

 

胸を張って宣言したハルヒが、俺の方をチラチラ見る。

 

何が言いたいんだ、ハルヒ。

 

ハルヒ「キョン!何か言いたそうね?」ニコ

 

キョン「…何でまた急に中止にしたんだ?」

 

ハルヒ「…」ムスッ

 

キョン「なに不貞腐れてるんだよ」

 

ハルヒ「しらないっ」プイッ

 

一体なんだっていうんだ?急に不機嫌になりやがって。

 

窓の外に視線を向けて外を眺めているポーズを決め込んでいるハルヒ。

 

窓側に俺がいるから、俺からはハルヒの顔が良く見えるのだが、あえて見えない振りをしているようだ。

 

やれやれ。

 

壁側に視線を向けると古泉と目が合った。

 

古泉「どうですか?一勝負?」ニコ

 

キョン「…そうだな」

 

ハルヒ「…」ムスッ

 

朝比奈「…」オロオロ

 

長門「…」ペラリ

 

オセロの準備をする古泉の前に座る。

 

やけに準備するのが遅いと思えば、古泉はハルヒの方を気にしながら、小さなメモ用紙に何かを書いていた。

 

きっとなにか伝えたいことがあるのだろう。そう判断した俺は、オセロ盤の横にあった石を取り出して準備をする。まあ準備と言っても、4つの石をオセロ盤の中央に並べるだけだが。

 

古泉「僕からでいいですか?」スッ

 

キョン「ああ、構わない」チラリ

 

石を取る前にメモ用紙を俺の方へと置き、どこに石を置くか迷うような仕草をする。

いったいなんだ?

 

『おそらく不思議探索パトロールの中止は貴方と二人で出かけたいためだと推察します。』

 

メモから視線を外し、古泉を見る。涼しげな笑みを口元に浮かべ、古泉は言った。

 

古泉「貴方の番ですよ」ニコ

 

キョン「ああ、…よっと」パタンパタン

 

古泉「ふむ…」パタンパタン

 

読み終わったメモをすばやくポケットに放り込み、不思議探索パトロールの中止を告げたときのハルヒを思い返してみる。

 

何かを期待するような目で俺を見ていた。

 

ああ、なるほど。

 

キョン「お前の観察眼にはいつもながら頭が下がるんだが、なんでゲームには弱いんだ?」パタンパタンパタンパタンパタン

 

古泉「おそれいります。しかしゲームは終わるまでまだわからないですよ?」パタンパタン

 

キョン「…俺はもう勝ちが見えているんだがな」パタンパタンパタンパタン

 

古泉「これは手厳しい…」ウーム

 

キョン「…ところで話は変わるが」

 

古泉「はい、なんでしょう?」

 

俺はハルヒに聞こえるようにこう尋ねた。

 

キョン「デートってどんなところ行くんだ?」

 

古泉「!」

 

朝比奈「!」

 

長門「…」ペラリ

 

ハルヒ「!」パアア

 

古泉「そうですね、お互いに行きたいところに行くのがよろしいんじゃないでしょうか」

 

キョン「うーん、そうだなあ」チラッ

 

ハルヒ「!」ジー

 

考えるように背もたれに体重をかけ、それからおもむろに後ろを向くと、予想通りというかなんというか、聞き耳を立てて俺の方を見ていたハルヒと目が合った。

 

キョン「なあ、ハルヒ」

 

ハルヒ「な、なに?」

 

キョン「土曜日、暇か?」ニコ

 

----------

 

朝倉「…あ、涼宮さん。来てくれてありがとう」ニコ

 

ハルヒ「で、何の用?キョンを待たせてるから手短にお願いね」

 

朝倉「私も一樹さんを待たせてるからそんなにお時間はとらせないわ」ニコ

 

ハルヒ「…」

 

朝倉「キョン君と涼宮さんって、お付き合いしてるわよね?」

 

ハルヒ「ええ。恋人になってからはまだそんなに立ってないけど、なんだかんだで結構一緒にいるわね」

 

朝倉「え?恋人にはいつから?」

 

ハルヒ「…一週間くらい前かな」

 

本当は一週間もたってないんだけど。恋人になったのは、三日前だっけ?

 

キョンに言葉で伝えたのは三日前だけど、四日前はキスしたし。五日前には抱きしめられたっけ…。

 

朝倉「あのね、ちょっと聞きたいんだけど、さ」カァッ

 

ハルヒ「なに?」

 

朝倉「最初って、上手にキスできた?」カァッ

 

ハルヒ「は?はぁっ!?」カァッ

 

朝倉「いや、その、あれなんだけど、良く本とか見ると『歯がぶつかって痛かった』とかあるじゃない…。でもさ、私そういうのなかったのよね」カァッ

 

ハルヒ「あ、え、う…」カァッ

 

朝倉「それどころか、なんかいい気持ちになっちゃうっていうの?キスを不快に感じたことないんだけど、それって、相手が慣れてるとかあるのかな?」

 

ハルヒ「あ、あたしも、良くわからないけど…、少なくとも、不快に感じたことって、ないわ」カァッ

 

朝倉「舌を入れられたり、入れたり、絡ませたりすると、なんかもう凄い感じで…」カァッ

 

ハルヒ「そ、そうね!確かにアレは反則よね!全身の力が抜けちゃうってくらい」カァッ

 

朝倉「でも、ついつい求めちゃったりしてさ…」カァッ

 

ハルヒ「キスしてると、キスマーク付けたくなったりするよね。なんでだろう?」カァッ

 

朝倉「それは独占欲が強いからじゃないかしら?私は特に付けたいとは思わないけど…」

 

ハルヒ「そ、そう」カァッ

 

朝倉「それよりも触れられる方がいいかな」カァッ

 

ハルヒ「!」カァッ

 

朝倉「でもなんか慣れている感じがして不安。感じるところとか、触れる強さとか全てわかってるみたいで…」

 

ハルヒ「ちょ、ちょっと、朝倉さん!ストップ、ストーーーップ!」カァッ

 

な、何をいきなり言い出すのよこの人!

 

ハルヒ「そんな話、聞きたくない」カァッ

 

朝倉「え、あ、ご、ごめんなさいっ!」カァッ

 

ハルヒ「…暫く古泉君をまともに見られないわ。朝倉さんのこともね」カァッ

 

朝倉「え、どうして?」

 

ハルヒ「貴女が変な先入観を埋め込むからでしょ」カァッ

 

朝倉「そもそも、涼宮さんがキスマークとか言うから済んでると思ったのに」

 

ハルヒ「す、済んでるって何よっ。いや、言わなくていい!」カァッ

 

朝倉「…まだなんだ、そっか。ごめんね」

 

ハルヒ「…」

 

朝倉「本当にごめんなさい。でも、キスのことは参考になった。上手くできないっていうのは案外少数派なのかもしれないね」

 

ハルヒ「…あのっ」

 

朝倉「なに?」

 

ハルヒ「…やっぱ、その、痛い?初めてって」カァッ

 

朝倉「そうね。肉体的には凄く痛いよ。体の一部を突き破られるわけだし…」

 

ハルヒ「…!」

 

朝倉「でも、人によって感じ方も違うだろうから、一概にどうとも言えないかなあ…」

 

ハルヒ「どういうこと?」

 

朝倉「例えば、マゾヒストだったら痛みに快楽を感じるってこともあるし、相手のが自分のより大きかったら痛くてたまらないだろうし、小さかったら痛みを感じないかもしれないし…」

 

ハルヒ「いきなり生々しい例えは止めて」カァッ

 

朝倉「ふふ。ごめんなさい」

 

ハルヒ「…」カァッ

 

朝倉「でも、涼宮さんとこんな話してるなんて、少し前までは考えられなかったわ」ニコ

 

ハルヒ「言われてみれば、そうね」

 

朝倉「ふふ。これからもよろしく」ニコ

 

そう言って差し出された朝倉さんの手を、あたしは軽く握り返した。

 

----------

 

ハルヒ「ただいま」ガチャ

 

キョン「用は済んだか?」

 

ハルヒ「うん」

 

キョン「よし、帰るか」ニコ

 

ハルヒ「…そうね。でも、その前に…」チュッ

 

キョン「…ん」チュッ

 

ハルヒ「…へへ。ねえキョン、ぎゅってして?」ニコ

 

キョン「こ、こうか?」ギュッ

 

ハルヒ「…うん」ギュッ

 

キョン「…」ギュッ

 

ハルヒ「…大好き」ギュッ

 

キョン「…俺もだ」ギュッ

 

ハルヒ「…」ギュッ

 

キョン「…」チュッ

 

ハルヒ「…」チュッ

 

キョン「…帰るか」

 

ハルヒ「うん」

 

部室を出て鍵をかけてから昇降口へと向かう。

 

校門を出る頃、俺の左腕はハルヒの右腕でしっかりと施錠されていた。

 

ハルヒ「…ねえ、キョン」

 

キョン「ん?どうした」

 

ハルヒ「キョンの初めてのキスの相手って、あたし?」

 

キョン「そうだ」カァッ

 

ハルヒ「そっか」パアア

 

キョン「ハルヒは?」

 

ハルヒ「あんたに決まってるじゃないの」カァッ

 

キョン「…ハルヒ」ギュッ

 

ハルヒ「な、なによキョン。こんなところでいきなり抱きついて!」カァッ

 

キョン「…嬉しくてつい、な」ギュッ

 

ハルヒ「ふふ」カァッ

 

キョン「…」ギュッ

 

ハルヒ「…ねえ、キョン」

 

キョン「なんだ?」

 

ハルヒ「…あたしのこと抱きたい?」カァッ

 

キョン「なっ」カァッ

 

いきなり何を言い出すんだハルヒ。

 

キョン「…煽らないって約束しただろうが」カァッ

 

ハルヒ「場所なんてその気になれば用意できるし」

 

キョン「…どうした、ハルヒ?いきなりそんなこと言い出して」

 

ハルヒ「朝倉さんが…」カァッ

 

キョン「なあハルヒ、人は人、お前はお前だろ?」

 

ハルヒ「それはそうだけど…なんか悔しいじゃない」ブツブツ

 

キョン「なにがだ、この馬鹿」コツン

 

ハルヒ「いたっ。何するのよ」ムゥッ

 

キョン「捨て急いだもん貰っても嬉しくないぞ」

 

ハルヒ「なによそれ」ムゥッ

 

キョン「お前の、その、…純潔てやつか。どう見ても捨て急いでるようにしか見えん」

 

ハルヒ「ば、馬鹿っ」カァッ

 

キョン「状況が整えば嫌でも奪ってやるから、それまで待ってろ」

 

ハルヒ「…」カァッ

 

キョン「ハルヒ、耳貸せ」

 

ハルヒ「…好きにすれば」ムスッ

 

キョン「…意地っ張りが。…これは貸しだからな」カァッ

 

ハルヒ「なによ…」ムゥッ

 

キョン「…焦りすぎだ、馬鹿」

 

ハルヒ「…」

 

キョン「…愛してる」ギュッ

 

ハルヒ「!」カァッ

 

----------

 

朝倉「お待たせ。一樹」ギュッ

 

古泉「もう、大丈夫なのですか?」

 

朝倉「そうね。少なくとも朝よりはましよ。違和感消えたし」ニコ

 

古泉「そ、そうですか」カァッ

 

朝倉「夕御飯、何が食べたい?」ギュッ

 

古泉「さすがに二日連続は…。シャツや下着も替えたいですし」

 

朝倉「夕御飯って言ってるのに何でそうなるのよっ!一樹のエッチ!」カァッ

 

古泉「う、いや、貴女の部屋に入ってしまえば出てこられないと思いますので、結果的にはそうなるでしょう?」

 

朝倉「否定できないのが悔しい!」ムゥッ

 

古泉「何気に凄いこと言ってますね」クスッ

 

朝倉「え?」

 

古泉「いえ、失礼。忘れてください」ニコ

 

朝倉「気になるんだけど?何よ?」ムゥッ

 

古泉「…暗に誘ってるじゃないですか」カァッ

 

朝倉「誘って…もうっ!馬鹿っ」カァッ

 

プルルルル、プルルルル…

 

古泉「ちょっと失礼」モシモシ、コイズミ?

 

朝倉「!」

 

古泉「はい、古泉です…はい、はい、わかりました」ピッ

 

朝倉「…」ムゥッ

 

古泉「すみません、急なバイトが入ってしまいました」

 

朝倉「バイト?」

 

古泉「はい、人手が足りないようでして、貴女をお送りしたら行かなくてはいけません」ニコ

 

朝倉「…何のバイトなの?急に呼び出しが来るなんて…っ!」

 

古泉「…」チュッ

 

朝倉「いきなり…なによ」カァッ

 

古泉「困らせないでください。本当に時間がないんですよ」ギュッ

 

朝倉「…だって」

 

古泉「…」

 

朝倉「…わかった。今は聞かないことにする」ムスッ

 

古泉「すみません」

 

朝倉「…」

 

そのまま、私の家のあるマンションの前までは無言で歩いた。

 

なんとなく解せない。

 

さっきの電話、百歩譲ってバイト先からの連絡だとしても、漏れて聞こえてきたのは女の人だった。

 

不安が、私の中を駆け巡る。

 

古泉「では、行ってきます」

 

朝倉「気をつけて…」ニコ

 

古泉「また、明日、迎えに来ますよ」ニコ

 

朝倉「うん」

 

古泉「…」チュッ

 

朝倉「…」チュッ

 

古泉「…おやすみなさい。では」タッタッタ…

 

朝倉「おやすみなさい」

 

もやもやとした気持ちで、彼の背中を見送る。気が付くと涙がこぼれていた。

 

朝倉「…あれ、なんで?」ポロポロ

 

----------

 

プルルルル、プルルルル…

 

俺の腕にしがみついていたハルヒを数回にわけて開錠し、家に入るのを見送ってから駅の方へと歩き始めたとき、ポケットの携帯が鳴った。古泉からだ。

 

キョン「もしもし」

 

古泉「申し訳ありません。今からお迎えに上がりますのでお付き合いいただいてよろしいでしょうか?」

 

キョン「どうせ断れないんだろう?俺は今ハルヒの家から駅に向かって歩いているぞ」

 

古泉「だと思いました」

 

キョン「どういうことだ?」

 

俺が尋ねるのとほぼ同時に、黒塗りのハイヤーが横を通り過ぎ、俺の5メートルほど前で停車した。

 

後部座席の扉が開き、中から古泉が俺に笑いかける。

 

古泉「乗ってください、キョン」ニコ

 

キョン「ああ」バタン

 

森「お久しぶりです、キョンさん」

 

キョン「あ、お久しぶりです」

 

森「っていうか古泉、いつの間にキョンさんのことをあだ名で呼ぶようになったの?」

 

古泉「友情の賜物ですよ。ね、キョン」ニコ

 

キョン「間違ってはいないが、なんとなく誤解をされそうだから笑顔を向けるのはやめておけ古泉」

 

古泉「これは手厳しい」

 

キョン「で、俺に何の用だ?」

 

森「キョンさんには、つい先ほど発生した閉鎖空間へご足労頂きます。理由は、行けばわかるかと…」

 

古泉「…そういうことです」

 

キョン「俺は戦力にならないぞ?」

 

森「今回のケースは、非常に稀でして…、機関のものではなくキョンさんのお力が必要になると我々は判断いたしました」カァッ

 

キョン「…はあ、そうですか」

 

森さん、何故赤くなるんです?

 

古泉「そろそろ、到着します」

 

森「古泉、頼んだわよ。私たちはここで待機しています」

 

古泉「お任せください。では、行きましょうか」ニコ

 

キョン「…」

 

車を降り、幹線道路脇の歩道を古泉と並んで歩く。

 

古泉「今回のケースは、今までにないパターンでしてね」

 

キョン「何で機関の人間はそう回りくどい言い方しかできないんだ?」

 

古泉「これは手厳しい。『まあ百聞は一見に如かず』です。目を閉じてください」

 

キョン「ああ」スッ

 

古泉「……もうけっこうですよ」

 

キョン「…」スッ

 

あたり一面が灰色の世界。街灯がぼんやりとした光を放っているだけで、他は全部、灰色。

 

街灯と空を包む燐光がかろうじて闇から世界を守っている。

 

古泉「こちらです」

 

キョン「…」

 

車の無い幹線道路の真ん中を古泉と二人で歩く。

 

真夜中に家出をしてこれから盗んだバイクで走り出すかのようなシチュエーションだな、おい。まあバイクの免許なんて持っていないんだが。

 

古泉「もう少し行ったところに交差点があります。そこを左に曲がってください」

 

キョン「は?お前は行かないのか?」

 

古泉「私は行かない方がよろしいと思います。それと、あくまでこれは涼宮さんの無意識が引き起こす現象ということだけ覚えておいてください」

 

キョン「ちょっと待て、一体なんなんだこの閉鎖空間は?」

 

古泉「ともかく、行ってみればわかりますよ。一度、確かめてから対策を検証しましょう。まあ検証の必要は無いと思いますけど」

 

キョン「…なんなんだよ。…じゃあ、まあ、行ってくる」ブツブツ

 

古泉「では、後ほど…」

 

キョン「…」

 

一体なんだっていうんだ。

 

釈然としないものを感じながら、俺は言われたとおり交差点を左に曲がり、進んでいく。

 

灰色の世界の中、真っ直ぐに伸びた道の先に、小さな、薄桃色の光がぼうっと瞬いている。

 

神人とは違う。神人は確か青白かった。それに大きさも学校の校舎より大きかったはずだ。物理法則を無視する大きさとか言っていたな。古泉の奴が。

 

近づくにつれ、その薄桃色の奴はどうやら人間と対して変わらない大きさであることがわかる。

 

形は、大きさこそ違えどのっぺりとした神人と良く似ている。新種の神人か?

 

教室の端から端くらいの距離で、俺とそいつは対峙する。

 

キョン「…」

 

周りを破壊することも、動くこともなく、ただそこに立っているだけ。

 

キョン「…」

 

少しずつ間を詰める。だが相手に動きは無い。

 

なんなんだ、これ?

 

キョン「!!」

 

そのとき、何の前触れも無くそいつは仄かな光を放ち、俺の目の前に移動してきた。

 

キョン…キョン…

 

キョン「!?」

 

気のせいか?…いや、確かに聞こえた。俺を呼ぶ…ハルヒの声。

 

キョン…キョン…スキ…キョン…

 

キョン「…」

 

目の前の薄桃色の神人もどきから聞こえてくるハルヒの声。その声は発声器官からというよりは、頭の中に直接語りかけてくるように聞こえる。

 

実際、音は出ていないのかもしれない。目の前の奴には顔に当たる部分に口も何も無いのだから。

 

キョン…スキ…キョン…ドコナノ…キョン

 

キョン「…」

 

ハルヒの無意識が引き起こす現象。確か古泉はそう言った。

 

なら、こいつは、形は違うとはいえ、ハルヒということになる。

 

キョン…ドコ…キョン…サビシイ…キョン…キョン

 

キョン「…まったく、仕方ねえなあ」ハァ

 

俺は大きく息を吐くと、それから薄桃色の奴を両手でしっかりと抱きしめた。

 

キョン…キョンナノ…ウレシイ…キョン

 

奴の放つ光がだんだんと強くなり、抱きしめた奴はほんのりとした温かさを俺に感じさせた。

 

キョン…キョン…

 

俺を呼ぶ声がやけに鮮明に頭の中を響き渡る。

 

目を開けていられないほどに眩い光の中で、俺ははっきりとハルヒの声を聞いた。

 

愛してる。

 

暗灰色の空に亀裂が入り、それが蜘蛛の巣状にどんどん大きく広がっていき、やがて全体が砕け散る。

 

ほぼ同時に、街の喧騒、家々の灯、夜空の星々の煌き等が甦る。街が息を吹き返すとでも言えばいいのか?まあそんな感じ。

 

歩道の真ん中で空を見上げたまま佇む俺の傍に黒塗りのハイヤーが止まる。迎えに来たときと同じように、古泉が後部座席から俺に呼びかけてきた。

 

古泉「おみごとです。キョン」ニコ

 

----------

 

キョン「…ハルヒ」ムニャムニャ

 

ハルヒ「キョン…キョン」ゆさゆさ

 

キョン「…」

 

ハルヒ「…おはよう。キョン」ニコ

 

キョン「おはよう、ハルヒ」ボー

 

ハルヒ「もう、早く支度しなさい!」

 

キョン「へいへい。行ってくる」

 

ハルヒ「いってらっしゃい」ニコ

 

パジャマのまま、俺は部屋を後にする。

 

ハルヒは、俺が朝の身支度を整えて食事を終わらせるまでの間、俺の部屋で待っているというパターンを確立させたようだ。

 

なるべく急いで戻らないと、勉強机の椅子が破壊されてしまう。まあそんなにすぐ壊れるものでもないのだろうが。

 

ハルヒの奴は、椅子に跨ってくるくる回るのがお気に入りのようだった。

 

キョン妹「キョン君おはよー」

 

キョン「おはよう」

 

キョン妹「もうすっかりハルにゃんと夫婦だね」ニコ

 

キョン「お兄ちゃんをからかうんじゃない」カァッ

 

キョン妹「からかってないよー。で、お式はいつ?」ニコ

 

キョン「からかってるじゃないか、こら!」

 

キョン妹「わー、キョン君が怒ったー」パタパタ

 

キョン「…」ハァ

 

妹にからかわれるのも最近の日課になっている気がするのだが、気のせいだよな?

 

----------

 

古泉「おはようございます」ニコ

 

朝倉「…おはよう」

 

古泉「どうかしましたか?元気が無いようですが?」

 

朝倉「あ、ごめんなさい。今日はちょっと用事があるので、先行くわ」スタスタ

 

冷たくあしらわれて困惑する。一体どうしたのでしょうか。

 

一人で先に行こうとする彼女を追いかける。

 

古泉「ちょっと待ってください。行き先は同じ学校でしょう?」

 

朝倉「ちょっと色々考えたいのよ」ハァ

 

古泉「どうしたんですか一体?」

 

朝倉「…昨日の電話」ボソ

 

古泉「アルバイトの呼び出しですか?」

 

朝倉「…聞こえたのが女の人の声だった」ムゥ

 

古泉「…上司が女性ですからね」

 

朝倉「どんなアルバイトなの?」

 

古泉「ちょっと説明が難しいのですが…」

 

朝倉「…もういい!」プイッ

 

古泉「あ、ちょっと」

 

朝倉「ついてこないで!」タッタッタ

 

古泉「…」ショボン

 

----------

 

キョン「おい古泉」

 

古泉「なんですか?キョン」ハァ

 

キョン「お前、自分で呼び出しておいて話すことを忘れたのか?」

 

古泉「そんなことは…」ハァ

 

キョン「なんなんだそのため息は」

 

古泉「申し訳ありません」ハァ

 

キョン「殴ってやろうか?すっきりするかもしれないぞ」

 

古泉「申し訳ありませんが遠慮させていただきます」ハァ

 

キョン「…で、どうした?」

 

古泉「…涼子さんとちょっと揉めましてね」ハァ

 

キョン「なんだ、痴話喧嘩か?」

 

古泉「…貴方のせいですよ」ハァ

 

キョン「何で俺のせいなんだ?」

 

古泉「原因は昨日の閉鎖空間ですからね」ハァ

 

キョン「それこそ俺のあずかり知らぬことじゃないか?文句はハルヒに言え」

 

古泉「…言えるわけないでしょう」

 

キョン「まあそうだな」ポリポリ

 

古泉「…参りました」ハァ

 

キョン「だから一体どうしたんだ」

 

古泉「機関からの連絡の電話、森さんからかかってくるんですよ。僕の直属の上司ですから」ハァ

 

キョン「それで?」

 

古泉「昨日涼子さんをご自宅まで送っているときに閉鎖空間発生の連絡がありましてね…」ジッ

 

キョン「そこで俺を見るな」

 

古泉「そのころ貴方は涼宮さんと一緒だったでしょう?ということは、…わかりますよね」

 

キョン「ハルヒに精神的ストレスを与えたのが俺ってことか」ハァ

 

古泉「一体何をしたんですか貴方は」ハァ

 

キョン「…」ウーム

 

ハルヒが精神的ストレスを感じること…。

 

キョン「もしかして、あれか?」カァッ

 

古泉「なんです?」

 

キョン「き、禁則事項だ」カァッ

 

古泉「なぜそこでその言葉を使うのですか」

 

キョン「待てよ、朝倉がハルヒにいらんこと吹き込んだからああなったんじゃないか」ウーム

 

古泉「なんですそれは」

 

キョン「…その前に古泉、これは絶対に誰にも言わないと約束しろ。いいか?」

 

俺の名誉ではなく、ハルヒの名誉に関わるからな。

 

俺じゃないぞ。ハルヒの名誉に、だ。

 

古泉「わかりました。約束しましょう」

 

キョン「…簡単に言えば、据え膳を断った」カァッ

 

古泉「…は?」

 

キョン「…察しろ」カァッ

 

古泉「貴方は、馬鹿ですか」ハァ

 

キョン「なんだと!?」

 

古泉「魅力的な女性、しかも彼女に迫られて断るなんて!」オーマイゴッド

 

キョン「…いいだろ別に」

 

古泉「良くありませんよ」

 

キョン「なんでだよ」

 

古泉「いいですか、男と違って女性は喪失するんですよ、色々な意味で」

 

キョン「お前の言うことはいちいち生々しい」カァッ

 

古泉「ああ、でもだからあんな神人が現れたのですね」カァッ

 

キョン「何故赤くなる」

 

古泉「赤くもなるでしょう、あんなの聞かされれば」

 

キョン「『淋しい、どこにいるの、キョン』ってやつか?」

 

古泉「私たちが聞いたのは『キョン、好き、抱きしめて』とかですよ」

 

キョン「聞くな!」カァッ

 

古泉「仕方ないでしょう、初めてのパターンでしたし。次回からは可及的速やかに貴方をお呼びしますよ」

 

キョン「やっぱ、そうなるか」

 

古泉「貴方しかあのタイプの神人は倒せないみたいですからね」ニコ

 

まったく、困ったものだな。

 

古泉「ところで、先ほど言っていた涼子さんのせい、と言うことについてもっと詳しく聞かせていただけますか?」

 

キョン「禁則事項だといっているだろうが」カァッ

 

古泉「いいじゃないですか、誰にも言いませんから」

 

キョン「しつこいな」

 

古泉「ここは譲れませんからね」

 

キーンコーンカーンコーン…キーンコーンカーンコーン…

 

キョン「!」

 

古泉「!」

 

キョン「おい、授業始まっちまったじゃねえか!」

 

古泉「これは参りました」ポリポリ

 

キョン「落ち着いている場合じゃねえ」

 

古泉「まあまあ」ガシッ

 

キョン「離せ古泉!」

 

古泉「手遅れです。あきらめましょう」ニコ

 

キョン「…」

 

古泉「さて、話してもらいましょうか」ニコ

 

キョン「…朝倉がハルヒにヤッたって吹き込んだらしいんだよ」

 

古泉「ヤッたって言い方はないでしょう」カァッ

 

キョン「知るか。ともかくそんな感じでさ、ハルヒの奴、焦ってたんだよ。だから捨て急いでるものは欲しくねえって、な」

 

古泉「…ああ、そういうことでしたか。失礼、それでしたら僕も貴方に同意します」ニコ

 

キョン「だよな」

 

古泉「ええ。…まあ僕は『いいよ』って言われたら耐えられませんでしたけどね」カァッ

 

キョン「だからそういうことは言うな!」カァッ

 

古泉「これは失礼」ポリポリ

 

いつも思うんだが、わざとじゃないだろうな?古泉。

 

キョン「…で、どうするんだ?アルバイトの件は?」

 

古泉「女性が上司でも怪しくない仕事ということにすると、やはり飲食業とかですか?」ウーム

 

キョン「…待て古泉。飲食業だと水商売と思われる危険性があるな。…ホストとか」

 

なにぶんイケメンだからな。古泉は。

 

キョン「朝倉のことだから、上司じゃなくて客から連絡が来たと勘ぐったんじゃないのか?」

 

古泉「僕はそんないかがわしいバイトはしていませんよ!」

 

キョン「まあ慌てるな古泉。あくまで可能性を言っているだけだ」

 

古泉「いや、でも、しかし…。女性の声ってところに拘っていた感じはありましたね…」ウーム

 

キョン「変な職業を言ってもかえって怪しまれるだけだしなあ。…機関でどこか適当なファーストフード店とか持ってないのか?そこで働いていることにすれば…」

 

古泉「それはいいアイデアですね」パアア

 

キョン「森さんもそこで働いている設定にしないと意味無いんだぞ」

 

古泉「あの人ならきっと喜んで乗ってくれますよ。そういうところで働いてみたいって言ってましたからね」

 

キョン「あ、そうなんだ。ちなみに何て店だ?」

 

古泉が口にしたのは、店数はそんなに多くは無いが、都市圏に展開しているファミレスチェーンだった。そこの制服は可愛いということでファンも多かったと記憶している。

俺は思わず森さんがそこの制服を着ている姿を想像して、ありだと思った。

 

キョン「森さんなら似合いそうだなあ」

 

古泉「そうですね。しかし残念なことに上司となるとマネージャーの服になってしまうわけでして…」

 

キョン「…俺の夢を返せ、古泉」

 

古泉「そう言われましても…」ポリポリ

 

キョン「冗談だ。本気に取るな」

 

古泉「いやはやこれはこれは…」ピッピッ

 

キョン「…どこにかけてる」

 

古泉「森さんですよ。とりあえず、できるうちに準備はしておかないといけませんので…」モシモシ、コイズミ?

 

キョン「…」

 

古泉の携帯から漏れてくる森さんの声を聞いて、俺は肩をすくめて空を見上げた。

 

知らない若い女性から親しげに名前を呼ばれているんだから、そりゃあ、怒るわ。

 

----------

 

昼休みの開始を告げるチャイムの音を聞きながら、俺は屋上で一人佇んでいた。

 

古泉の奴は、チャイムが鳴る五分ほど前に、『こっそりと購買へ向かえばいつもは買えない人気のパンが買えるかもしれませんので失礼します』などとほざいて校舎内に消えていった。

 

キョン「そろそろか?」

 

そう呟くのとほぼ同時に、階段を駆け上ってくる足音がかなりの勢いで近づいてくる。

 

けたたましい音を立てて扉が開かれる音がする。それに被さるようにして近づいてくる足音。

 

ハルヒ「キョン!」

 

キョン「よう、ハルヒ」

 

ハルヒ「『よう』じゃないでしょ!なに授業サボってるのよ馬鹿キョン!」

 

キョン「ちょっとな、野暮用で」

 

ハルヒ「あんたが野暮用?どうせ覗きとかそういうのなんでしょ?」

 

キョン「天地神明にかけてそんなことはしねえ!」

 

ハルヒ「なにかっこつけてるのよ!…まあいいわ。よかった、無事で」ポス

 

右手作った拳を軽く俺の胸に当ててから、俺に寄りかかるように倒れこんでくる。

 

ハルヒ「心配、したんだから」ムスッ

 

キョン「すまん」ナデナデ

 

ハルヒ「…どっかいっちゃったかと思った」

 

キョン「ここにいるだろ」ナデナデ

 

ハルヒ「そりゃ、そうだけど…さ」ムスッ

 

キョン「なあ、ハルヒ」ナデナデ

 

ハルヒ「なによ」

 

キョン「腹減った。今日の弁当は何だ?」ニコ

 

----------

 

キョン「ごちそうさま。やっぱりハルヒの弁当は最高だな!」ニコ

 

ハルヒ「おそまつさま。お世辞言ってもなにもでないわよ」ニコ

 

キョン「デザートくらいは出るだろ?」

 

ハルヒ「最近、果物高いのよね…」

 

キョン「…わかってるくせに」

 

ハルヒ「…もう」カァッ

 

キョン「…」チュッ

 

ハルヒ「…ん」チュッ

 

朝倉「…」

 

キョン「…ん」チュッ

 

ハルヒ「…」チュッ

 

朝倉「ちょっと」

 

キョン「!」ビクッ

 

ハルヒ「!」ビクッ

 

いつの間にそこにいたんだ朝倉!

 

お互いの肩に手を置いたまま、俺たちは突然の闖入者に視線を向ける。

 

朝倉「お邪魔してごめんなさい。涼宮さんにどうしても聞きたいことがあって」

 

ハルヒ「な、なにかしら?っていうか今見たことは」アタフタ

 

朝倉「誰にも言わないから安心して」ニコ

 

ハルヒ「あ、ありがとう」カァッ

 

キョン「じゃ、じゃあ俺はこれで…」

 

朝倉「あ、いいのいいの。キョン君もいて」

 

キョン「俺が聞いてもいいのか」

 

朝倉「構わないわ。聞きたいのは古泉君のことなの」

 

ハルヒ「古泉君のこと?」

 

朝倉「彼、何のアルバイトしているか、わかる?」

 

ハルヒ「んー。ごめん、よく知らない。たまに呼び出されていなくなっちゃうけど…」

 

朝倉「そう。キョン君は知ってる?」

 

キョン「!」

 

これは千載一遇のチャンスかもしれない。

 

そう思った俺はなるべく古泉が有利になるような証言をしようと無い知恵を搾り出す努力をした。あとでジュースでも奢ってもらおう。

 

キョン「あー、確かファミレスでバイトしてるみたいなこと言ってたな」

 

朝倉「ファミレスって、レストラン?」

 

キョン「なんでも急にシフトが変わるとかで大変だってぼやいてたな。急に呼び出しくらうとかなんとか」

 

ハルヒ「へぇ。初耳だわ」

 

朝倉「…レストランねえ」

 

キョン「上司の女マネージャーが怖いって言ってたな」

 

朝倉「ふぅん」

 

キョン「古泉、古泉って振り回されてるらしいぞ」

 

朝倉「…わかった。ありがとうキョン君」

 

キョン「どういたしまして」

 

朝倉「涼宮さんもありがとう。ごめんね、邪魔しちゃって」ニコ

 

ハルヒ「!」カァッ

 

朝倉「じゃあ、お邪魔虫は退散します。ごゆっくり」フリフリ

 

殆ど音を立てずに扉を開閉させ、朝倉は校舎内に消えていった。

 

さすがに肩に置いた手は下ろしていたものの、向かい合ったままの格好で朝倉の相手をしていたことに気が付く。

 

ハルヒ「…見られちゃった」カァッ

 

キョン「…だな」カァッ

 

ハルヒ「…まあ、いっか」

 

キョン「…だな」

 

ハルヒ「…」チュッ

 

キョン「…」チュッ

 

----------

 

どうしよう、どうしよう。

 

胸を締め付ける後悔の念と、えもいわれぬ恐怖が私の中を駆け巡る。

 

一樹…。

 

どこにいるの?

 

今すぐに謝りたい。

 

今すぐに顔が見たい。

 

今すぐに声が聞きたい。

 

悲しそうな眼差しが私を貫いて傷つける。

 

一樹…。

 

どこにいるの?

 

とりあえず、彼の教室を目指す。

 

昼休みの喧騒の中、廊下から一年九組の中を覗き込むが、彼の姿を見つけることはできなかった。

 

朝倉「…あ」

 

とぼとぼと階段を降りながら、ある場所を思い出した。

 

知らないうちに足早になりながら、校舎内を歩いて進んでいく。

 

中庭の一角、まだ記憶に新しい思い出の場所。

 

そこに彼は佇んでいた。

 

古泉「…涼子」

 

朝倉「一樹…よかった…」ポロポロ

 

古泉「!」

 

朝倉「ごめんなさい。…ごめんなさいごめんなさい」ポロポロ

 

古泉「何故謝るのです?」

 

朝倉「…バイト…キョン君に…聞いたの…」ポロポロ

 

古泉「…」

 

朝倉「疑って、ごめんなさい…私、嫌な女ね」ポロポロ

 

古泉「貴女は、悪くありません」ギュッ

 

朝倉「…だって、親しげに名前呼んでるんだもん…」グスッ、グスッ

 

古泉「…」ナデナデ

 

朝倉「いっ、一樹が、慣れてるから…、他に誰かいるのかと思って…」グスッグスッ

 

古泉「僕には、貴女だけですよ涼子」ナデナデ

 

朝倉「キ、キスも、エッチも慣れてるみたいなんだもん…」グスッグスッ

 

古泉「な、なにを、何を言うんですか!」カァッ

 

朝倉「だって、気持ちいいんだもん、一樹とすると、気持ちいいんだもん」グスッグスッ

 

古泉「そんな言葉を連呼しないでください!ああ、もうっ」

 

朝倉「んむっ…ん…」チュッ

 

古泉「…」

 

朝倉「…」

 

古泉「…落ち着きましたか?」ニコ

 

朝倉「…ん」ウルウル

 

古泉「…良かった。あなたに嫌われていなくて」ハァ

 

朝倉「私も…」ウルウル

 

古泉「ところで、なぜいきなりあんなことを」カァッ

 

朝倉「電話の人と一樹が付き合ってると思ったんだもの」プィッ

 

古泉「なんてことを」ハァ

 

朝倉「だって、一樹、上手なんだもん」カァッ

 

古泉「相性がいいんですよ、きっと。上手いかどうかなんて僕にはわかりません。貴女しか知らないんだから」カァッ

 

朝倉「!」カァッ

 

古泉「…いいですか。良く聞いてください」

 

朝倉「…」コクリ

 

古泉「僕は今日、ついさっきまで失意のどん底にいたんです。貴女に嫌われたと思って」

 

朝倉「…」

 

古泉「おかげでお昼御飯も食べていません。思い出の場所で貴女を思っていたんです」

 

朝倉「…」カァッ

 

古泉「…貴女を誤解させてしまうようなことを今後もしてしまうかもしれませんが…」

 

朝倉「…」

 

古泉「僕は貴女しか愛せません」カァッ

 

朝倉「…」カァッ

 

古泉「愛してます。涼子」

 

朝倉「…うぇっうえええええええん」ポロポロ

 

古泉「…」ギュ

 

朝倉「私も、ひっく、私も、あいしてる。一樹っ」ギュッ

 

またひとつ、忘れられない思い出ができましたね。涼子。

 

----------

 

古泉「まったく、貴方には驚かされてばかりですよ」ニコ

 

キョン「俺もまた呼び出されるとは思っていなかったからお前に驚かされているぞ」

 

古泉「これはこれは…。その、涼子のこと、感謝しています」

 

キョン「…ついに俺との話の中でも呼び捨てかよ」

 

古泉「貴方に飾る必要はないと思いましてね。それに貴方だって涼宮さんのこと普通に呼び捨てにするじゃないですか」

 

キョン「…そりゃそうだけど、あいつの呼び方はずっとああだぞ」

 

入学してから暫くの間は『涼宮』って呼んでいたけどな。気がついたら『ハルヒ』になっていた。まあどうでもいいことだが。

 

古泉「ふふ。そもそも名前で呼ぶということ事態が特別なのですよ」

 

キョン「…」

 

古泉「それはおいといて、いったいどんな魔法を使ったんですか?」

 

キョン「たまたまお前と話したバイトの内容を、朝倉に教えただけだ。急なシフト変更が入ったり、上司の女マネージャーに古泉、古泉ってこき使われてるってぼやいてたとな」

 

古泉「なるほど、それで…」フム

 

キョン「なんだよ?」

 

古泉「女マネージャーって言うのがリアルだったんですかね。『疑ってごめんなさい』って泣かれちゃいましたから」ポリポリ

 

授業をサボって適当に練り上げた設定が大いに役立ったようで何よりだ。

 

キョン「自己完結か?朝倉って意外と騙されやすいのか?」

 

古泉「純真と言ってください。まあ、おかげで助かったんですけどね」ニコ

 

キョン「…用件はそれだけか?さすがにまた授業をサボるわけにはいかないだろ。そろそろヤバい」

 

古泉「わかっています。では手短に…」

 

キョン「なんだよ?」

 

古泉「ありがとう。キョン」ニコ

 

やれやれ。相変わらずキザな奴だ。

 

----------

 

ハルヒ「古泉君は今日お休みよ!」エヘン

 

キョン「へ?」

 

朝比奈「ふぇぇ?」

 

長門「…」ペラリ

 

ハルヒ「朝倉さんが一緒に出かけたいって言うから、古泉君にはお休みをあげたのよ」エヘン

 

朝比奈「そうなんですか」

 

長門「…」ペラリ

 

キョン「古泉とチェスをする予定だったんだがなあ」

 

さて、何をするか。長門に本でも借りて読むか?

 

ハルヒ「キョン」チョイチョイ

 

キョン「なんだ?」

 

ハルヒ「一緒に調べるわよ!」

 

キョン「何をだ?」

 

ハルヒ「遊園地よ!」

 

キョン「なに?」

 

ハルヒ「土曜日、思いっきり騒ぎたい気分なのよ」ニコ

 

キョン「あー、そっかそっか」ポリポリ

 

席を立ってハルヒの後ろに回り、背中越しにパソコンのモニターを覗き込む。

 

ハルヒの両肩に手を置き、自分の左手の上に顎を載せる。

 

ハルヒ「!」

 

朝比奈「!」

 

長門「…」ペラリ

 

キョン「こりゃ、楽だ」

 

ハルヒ「ひゃっ、もう、くすぐったい」

 

キョン「悪い」ポス

 

ハルヒ「…もう」

 

朝比奈「…」

 

長門「…」ペラリ

 

一瞬、目の前が揺れる。

 

仲良くパソコンのモニターを見つめている涼宮さんとキョン君の姿が、昔見た気のする似たような光景に重なり合って、溶けていく。

 

朝比奈「………」ボソッ

 

長門「…?」

 

ハルヒ「このジェットコースターは楽しそうねっ」

 

キョン「最大落差40メートル!?ちょっと凄すぎないかこれ?」

 

ハルヒ「だっらしないわねえキョン」

 

キョン「俺はお前と違って繊細なんだよ」

 

朝比奈「…」

 

長門「…」ペラリ

 

楽しそうなふたりの姿。

 

幸せそうなふたりの姿。

 

そんなふたりを見て、私は静かに微笑んだ。

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