※この作品はR-18です。

キョン「…」   作:神納 一哉

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過去に創作板に書いたものに加筆・修正しています。


6 友情と愛情

ハルヒ「おやすみなさい」ニコ

 

キョン「おやすみ、ハルヒ」ニコ

 

開錠にかなりの時間を費やし、ハルヒが家に入るのを見届けてから俺は駅に向かって歩き出した。

 

親指で軽く唇をなぞり、ハルヒの唇を思い出す。親指とは比べ物にならないほど柔らな感触。

 

やれやれ。すっかりハルヒ中毒だな。

 

夏が終わりを告げ、秋の訪れを予感させる空の色。

 

北口駅前広場の傍を通る頃には、あたりはもう夜の帳に包まれようとしていた。

 

???「やぁ、キョン」

 

キョン「!?」ビクッ

 

突然後ろから声をかけられて、俺は反射的に振り向いた。

 

この辺じゃあまり見かけない制服。だが、その顔には見覚えがある。

 

キョン「お前…佐々木か?」

 

佐々木「覚えていてくれて光栄だよ、キョン」ニコ

 

キョン「確か、市外の私立に行ったんだよな?道理でこの辺じゃ見かけない制服を着ているわけだ。元気か?」

 

佐々木「キミが僕のプロフィールを覚えていてくれて何よりだ。ああ、この通り元気にしているよ。まさかキミから調子を聞いてくるなんて意外だったけどね」クックック

 

キョン「なんだよそれ」

 

佐々木「いや、忘れてくれ。少し雰囲気が変わった気がしてね」

 

キョン「俺が?」

 

佐々木「ああ。なんとなくだけどね」ジッ

 

意味ありげにそう言うと、佐々木は俺の顔を真っ直ぐに覗き込むようにして見る。

 

初めて見る制服姿の佐々木は、私立の進学校の制服だからだろうか、少し大人びて清楚に見えた。言葉遣いは相変わらず男っぽいが。

 

キョン「あー、制服、似合ってるぞ」

 

佐々木「ん?ああ、ありがとう。キミもお世辞が上手くなったね」クックック

 

なんとも形容しがたい独特の微笑を浮かべる。こういうところも変わっていないな。

 

佐々木「僕としては久しぶりに会った友と旧交を温めることに吝かではないのだけど、時間はあるかい、キョン」

 

キョン「そうだな、大丈夫だ」

 

佐々木「決まりだ。ではそこの喫茶店に入ろう」

 

キョン「ああ」

 

そこは我がSOS団御用達のいつもの喫茶店だった。

 

佐々木「ブレンド2つ」

 

ウェイトレスが水を持ってくるなり、佐々木は実に簡単に注文を済ませる。

 

特に反論することも無かったので、俺は黙ってグラスの水を口に含んだ。

 

佐々木「さて、キョン」

 

グラスをテーブルの上に置くと、佐々木は真っ直ぐに俺の目を見て言った。

 

佐々木「まず、最初に謝っておく。すまない」

 

キョン「何をだ?」

 

佐々木「…今日、キミに会ったのは、実は偶然ではないんだ」

 

キョン「なんだと?」

 

佐々木「あまり大きな声を出さないで欲しい。…いろいろとまずいことになる」

 

キョン「…どういうことだ?」

 

???「おまたせ~。ちょっと奥に行ってくれるかな?」

 

キョン「な、何だお前は!?」

 

???「あはは、いいからいいから」グイグイ

 

キョン「!?…!」

 

いきなり現れた女が、有無を言わさぬ勢いで俺の横に半ば強引に体を滑り込ませてくる。文句を言おうとした瞬間、テレビやドラマでしか見たことの無い黒光りする物体の先を、ブレザーの内側から俺の脇に押し付けているのが見えて、俺は顔を上げた。

 

佐々木は、苦々しい表情を浮かべて呟く。

 

佐々木「すまない。キョン」

 

----------

 

古泉「…ん」チュクッ

 

朝倉「…ん」チュクッ

 

幾度と無くお互いの舌を絡め、吸い、唇を貪るように重ね合わせる。

 

夕食の後のスキンシップにしてはいささか度がすぎた行為。

 

古泉「涼子…駄目です…」チュッ

 

朝倉「ふっ、ん、どうして?」チュッ

 

古泉「食後すぐ、は…体への負担が…むぐっ」チュ

 

朝倉「んっ、だって、我慢、できない」チュッ

 

古泉「…涼子…」チュッ

 

朝倉「…ん…」チュクッ

 

プルルルルル、プルルルルルル…

 

古泉「…電話ですね」プルルルル…

 

朝倉「…だめ」チュッ プルルルル…

 

古泉「だめ…です…」チュッ プルルルル…

 

朝倉「今は、私だけを…見て」チュッ プルルルル…

 

古泉「…りょう…こ」チュッ プルルルル…

 

朝倉「…」チュクッ プルルルル…

 

古泉「…」ドサッ プッ…

 

----------

 

???「ふっくっく。以外と上手く攫ってきたじゃないか」

 

???「…とりあえず早く出しなさい」

 

???「わかったわかった」キュルルルル、ドウウウン…

 

キョン「な、なんなんだお前ら?」

 

???「黙って」スチャッ

 

キョン「!?」

 

???「暫くは、そうね、そのお嬢さんと一緒におとなしくしていてくれるかしら?【キョンの本名】君」

 

キョン「なんだと?」

 

???「もっとも、逃げようとしても、これがあるから止めといた方がいいわよ」スチャッ

 

キョン「…」

 

佐々木「すまない…」

 

キョン「佐々木、これはどういうことだ?」

 

佐々木「…今は、言えない。少し待ってくれ」

 

キョン「…」

 

----------

 

長門「…古泉一樹とは連絡が取れない」

 

朝比奈「ふぇええっ。古泉君どうしちゃったの!?」オロオロ

 

長門「…閉鎖空間の発生は確認されない。従って機関の関係ではないと思われる」

 

朝比奈「禁則事項で禁則事項ですけどっ、キョン君が危ないのは確かなんですねっ」オロオロ

 

長門「彼が何者かによって拉致されたのは確か。迂闊だった」

 

朝比奈「主導しているのは機関の敵対勢力ですか?」

 

長門「その可能性は高い」

 

朝比奈「キョ、キョン君大丈夫ですよねぇ?」オロオロ

 

長門「彼の存在意義を考えれば彼に危害を加える可能性はきわめて低いと思われる」

 

朝比奈「よかったぁ」ホッ

 

長門「とりあえず今は推移を見守るしかないと判断」

 

朝比奈「そうです、ね」

 

長門「…」

 

長門有希は静かに朝比奈みくるを見つめる。

 

長門「…朝比奈みくる。あなたに聞きたいことがある」

 

----------

 

どのくらい車に揺られていただろうか。

 

走っている車内で銃口を向けられれば、早々に降参するしか手段は無い。

 

俺は言われるまま、佐々木の膝に頭を乗せ、おそらく道を見せないためだろう。後ろ、つまり佐々木の体へ目を向けることを強制された。

 

まあ、膝枕の格好になるわけだが、プリーツスカートと白いブラウスの境目を見て、さすがに俺は佐々木に悪いだろうと思い目を閉じた。

 

佐々木「キョン、頭が落ちそうだ、もっとこっちへ」

 

キョン「待て佐々木、俺の頭を引き寄せるな」カァッ

 

佐々木「どうしてだい?キョン。頭から落ちて僕のスカートの中をでも覗こうというのかい?」

 

キョン「いや、お前の大事なところに俺の鼻が当たってもいいなら止めはしないが」

 

佐々木「なっ…。くっくっく。こんな状況でもそれだけ軽口が叩けるなら大丈夫かな」

 

キョン「…なあ佐々木」

 

佐々木「なんだい、キョン」

 

キョン「…お前は、何をしたいんだ?」

 

佐々木「…どういうこと?キョン?」

 

キョン「拉致されているのにも関わらず、やけに落ち着いているからな」

 

佐々木「…」

 

キョン「…」

 

佐々木「…もうじき着く。それまでは何も聞かないでくれ」

 

キョン「わかった」

 

同じ場所を回っているような動きを繰り返して、車は停止した。

 

おそらくどこかの立体駐車場にでも止めたのだろう。

 

佐々木「キョン、暫く目隠しをさせてもらうよ」

 

キョン「好きにしろ」

 

佐々木「…すまない」

 

佐々木が俺にアイマスクを着け終わるのとほぼ同時に、扉の開く音がした。

 

???「降りなさい」

 

キョン「…ああ」

 

佐々木「キョン、まずは上半身を起こして。立ち上がるとルーフに頭をぶつける」

 

キョン「ああ」

 

佐々木に誘導されるまま俺は頭を上げ、身を捩って後部座席に座る。

 

???「さあ、降りろ」グイッ

 

キョン「…」

 

腕を引かれ、俺は半ば強制的に外に引きずり出される。だが、目隠しをされた状態で急に車から降りろといわれても無理がある。

 

当然というか、やっぱりというか、俺は手を引っ張った相手に向かって思い切り倒れこんだ。

 

???「ちょ、ちょっと!きゃあっ!」ドサッ

 

キョン「…いてててて。強引に引っ張るからこうなるんだ…。ええと…」ムニュ

 

???「え?え?え?」

 

キョン「?」ムニュムニュ

 

???「な、な、な」

 

???「ふっくっく。ずいぶん大胆じゃないか。【キョンの苗字】」

 

佐々木「笑ってる場合か、キョン、さあ手を」グイッ

 

???「あ、あ、あ、あ…」

 

佐々木「橘さん、今のはあなたが悪い。事故と思って、ね」

 

???「く、くく…」

 

佐々木「すまないねキョン。さあ行こう、こっちだ」ギュッ

 

???「く、悔しい…」

 

…俺は何をしたんだ?教えてくれ、佐々木。

 

佐々木「すまなかった、キョン」

 

そういうと佐々木は俺のアイマスクを外し、肩を叩いた。

 

佐々木「もう目を開けて、いいよ」

 

キョン「…」

 

そこは、全ての窓をブラインドカーテンで塞いだ、学習塾の教室くらいの広さのオフィスビルの一室だった。

 

事務机が無造作に端に追いやられ、部屋の真ん中にソファーとテーブルの簡単な応接セットみたいなものが儲けられていた。

 

佐々木「とりあえず、そこに座って」

 

促されるまま、俺はソファーへと腰を下ろす。

 

学校の応接間のソファーよりは高級品だな。これ。

 

俺の前のソファーに佐々木が座り、その後ろに銃を向けた女と、運転手だった男があらかじめ置いてあったパイプ椅子を広げて座った。

 

???「…」カァッ

 

???「…」

 

女の方は俺を見て赤くなって視線を逸らし、男の方は興味なさげに視線を外した。

 

佐々木「まず、キミとこんな形で旧交を温めなくてはならなくなったことを謝らせてもらう。すまない、キョン」

 

キョン「…」

 

佐々木「まあ、やむにやまれぬ理由があったと、そう思ってくれると嬉しいのだが…。強制はしない」

 

キョン「…」

 

佐々木「とりあえず、彼女は橘さん、彼は…キミのお友達で言うと朝比奈みくるさんと立場が似ている…ありていに言えば、未来人だ」

 

キョン「…なんだって?」

 

佐々木「橘さんは、キミのお友達で言う古泉一樹君と立場が似ている、と言えばわかるかな?」

 

キョン「…機関の人間…超能力者か?」

 

橘「半分当たりで半分はずれ、ですね。【キョンの本名】君。超能力者と言えばそうなると思いますが、あなたの言う『機関』は我々の敵対勢力です」

 

キョン「で、その『機関の敵』と未来人とお前がつるんで何をしようって言うんだ?佐々木」

 

佐々木「くっくっく。慌てないでくれキョン。キミのお友達にはまだ彼女たちとは違う人がいるだろう?」

 

キョン「…なんだ、じゃあ佐々木、お前は自分が宇宙人の手先だとでも言うのか?」

 

佐々木「くっくっく。本当にキミは面白いことを言う。3年前、僕はキミと同じ中学校で勉学に励んでいたと思うんだけど?」

 

キョン「ああ、そうだな」

 

佐々木「キミのお友達の長門さんに立場が似ている人なら…九曜さん、こちらへ」

 

九曜「--了解---した」

 

ぞくっと、俺の背中を毛羽立った何かがなぞっていったような感覚に襲われた。

佐々木が手招いた場所にゆっくりと姿を現したそれは、ぼんやりと滲む靄のようなものにしか見えなかった。

 

そいつの着ているのが良く見かける女子高、光陽園女子の制服であると気がつくまでに数秒の時間を要した。

 

自らを全て覆いつくすような、長い漆黒の髪。

 

人外。そんな言葉がしっくりとくる。こいつは幽霊や化け物の類だ。人間じゃない。

なんだ。こいつは。

 

九曜「---私は---周防---九曜---」

 

えらく間延びした抑揚のない喋り方。

 

九曜「---宇宙の---意思が---遣わす---」

 

キョン「機関の言うTFEI端末と思って構わないのか?」

 

九曜「---機関は---人が創る---組織---」

 

キョン「いや、お前が機関の一員か尋ねているわけではなくてだな…」

 

九曜「---宇宙は---無限---それは---必然---」

 

キョン「宇宙論を聞いているわけでもなくてだな…」

 

九曜「---時は---巡る---人も---巡る---」

 

キョン「人の話を聞いているのか?」

 

九曜「--貴方の---瞳は---とても---綺麗ね---」ジッ

 

キョン「…」

 

まっすぐに俺の目を見つめる黒い瞳。えもいわれぬ恐怖を覚えて視線を逸らす。

 

頭が痛くなってくる。会話が成立しない。

 

佐々木「くっくっく。なかなかにエキセントリックだろう、キョン。僕も九曜さんと意思を疎通するのには結構苦労するんだ」

 

キョン「…」

 

佐々木「ああ、だからといって彼女が僕にとって大切な仲間であることに疑いの余地はないのだけどね」

 

友人は選んだほうがいいぞ。佐々木。

 

佐々木「現に今、僕たちがいるこの場所も、彼女の力によって守られているのだからね」

 

キョン「情報操作…か?」

 

佐々木「ご明察。…それがどういうことかはキミならわかるよね?キョン」

 

キョン「機関や他のTFEI端末に存在が隠匿されているということ、か?」

 

佐々木「くっくっく。話が早くて助かるよ」

 

キョン「…」

 

超能力者、未来人、宇宙人を大切な仲間と言う佐々木。

 

キョン「ちょっと待て、お前らの神は誰なんだ?」

 

佐々木「くっくっく。面白いことを言うね、キョン」

 

キョン「いや、真面目に聞いているんだが」

 

佐々木「この状況でわからないとは言わせないよ」

 

キョン「超能力者、未来人、宇宙人…」

 

声にして確認しながら、古泉、朝比奈さん、長門の姿が順に浮かんでくる。

 

キョン「…そして、鍵か?」

 

自分の胸に手を当て、同時にまっすぐに佐々木を見ながら、俺は対応するであろう言葉を口にした。

 

???「ふっくっく。確かにそう思うのが妥当だな」

 

キョン「なんだと?何が言いたい?」

 

???「さあな。ただ、あまりにも予想通りなのでつい、な」クックック

 

橘「…貴方は少し黙っていてください」

 

???「ふん。お前に指図される筋合いはない」

 

キョン「…仲間といっている割に、名前も知らないのか?」

 

橘「!それは今の話とは関係のないことでしょう?」

 

キョン「攫われた人間からすると、自分がどうなるかわからない中で誘拐犯が仲間割れして争い始めるのが一番恐ろしいんだ。せめて見えないところでやってくれ」

 

橘「なっ!」

 

真っ赤になって反論しようとする橘を、佐々木が手を上げて制した。すると橘はおとなしく引き下がる。

 

それを見た男は鼻に付く笑みを浮かべ橘を見る。周防九曜は、正直あまり目を合わせたくないので無視することにした。

 

佐々木「確かにキョンの言うとおりだ。お互いを認めるためには必要だと思う」

 

???「くだらん。名前などただの識別記号に過ぎない。ましてやこの時間世界ではな」フン

 

佐々木「しかし、その方が何をするにも意思疎通を図るには便利なんだ。何か呼称になるものを名乗ってはくれないだろうか?」

 

???「…藤原」

 

佐々木の提案にやや逡巡した後で、男は吐き捨てるようにそう言った。

 

藤原「とでも呼ぶがいい。別に源でも足利でも徳川でも構わないがな」

 

キョン「お前は征夷大将軍か」

 

藤原「ふっくっく。人並みの知恵はあるみたいだな。現地人」

 

キョン「…」ムカ

 

佐々木「まあ、何はともあれ、これで全員自己紹介は終わったわけだ」

 

キョン「あまり好意的とは言えないがな」

 

藤原「茶番だからな」フン

 

橘「くっ、貴方はどうしてそう協調性に欠けるのですか」

 

藤原「別にお前たちと協力しなくても問題は無い」フン

 

おいおい、ずいぶんと険悪だなお前ら。

 

佐々木「すまないキョン。話が逸れた」

 

キョン「…ああ、はやめに済ませてくれ」

 

橘「!」

 

藤原「…」フン

 

九曜「…」

 

明日はハルヒと出かける約束をしているからな。

 

佐々木「じゃあ、続けよう。まずは三年前の世界改変。これにより未来人は三年より前の過去へは行くことができなくなった。またその世界改変とほぼ時を同じくして超能力に目覚める者が現れ、『機関』を組織し、次元断層の狭間にできる閉鎖空間及び、そこに現れる神人の狩人としての行動を開始することになる。正にダーヴィニズムも霞むほどの突然変異だ。その世界改変の中心が、僕たちの住んでいるこの街であり、一人の人物が基点となっている」

 

キョン「…」

 

佐々木「その人物を中心として様々な要素が集まって世界を構成していく。であるならば、その人物を神と呼ばずしてなんと呼べばいい?」

 

キョン「また壮大な物語だな、佐々木」

 

佐々木「くっくっく。僕もそう思うよキョン」

 

キョン「で、その人物は誰なんだ?」

 

佐々木「くっくっく。わかっているだろう?」

 

キョン「…まあな」

 

佐々木「神一人に対して対抗する勢力が、今のところわかっているだけでも二グループある」

 

藤原「…」

 

橘「…」

 

九曜「…」

 

そのグループの一つを担っている共同体が目の前に揃っているってわけだ。

 

今頃、もう一つのグループも集まって作戦会議をしているんだろうか。

 

佐々木「一つのグループは出遅れた。仲間を集めるのに手間取り、意思疎通に手間取っている」

 

キョン「…」

 

佐々木「だけど、少なくとも今現在は相手より優位に立っていると、確信しているよ」

 

佐々木特有の笑みを見て、俺は形容しがたい不安に苛まれた。

 

なんだ、この感覚は…。

 

佐々木「キミの仲間は、キミを騙している」

 

キョン「馬鹿なことを言うな」

 

佐々木「くっくっく。そう思うのも無理は無い。彼らの言葉は99%真実なのだからね」

 

キョン「誰だって多少の虚言は弄するだろうが」

 

佐々木「確かに。真実を隠すための嘘もあれば、人を騙すための嘘もある」

 

次元断層の狭間で神人を狩る超能力者

 

未来の記憶を封印された未来人

 

情報統合思念体の対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェイス

 

それらのプロフィールは、それぞれ行動や能力によって嘘でないことを証明してもらっている。

 

キョン「あいつらが俺に嘘を言っているとは思わないけどな」

 

佐々木「くっくっく。キミはいい仲間を持ったようだね。羨ましいよ。まあ僕も君達までとはいかなくても、それに近いくらいには仲良くなるつもりだがね」

 

キョン「健闘を祈る」

 

佐々木「ありがとう」

 

キョン「お前がこいつらと仲良くしたいと思うのは勝手だが、俺は謹んで辞退させてもらう」

 

佐々木「だろうね。キミならそう言うと思ったよ」

 

橘「そんな!佐々木さん」

 

佐々木「落ち着いて橘さん」

 

橘「…」

 

佐々木と橘は結構仲が良さそうだな。周防九曜は何を考えているかわからないし、藤原の野郎は友好的に振舞う気が始めからないようだが。

 

佐々木「キョン」

 

佐々木は俺を呼ぶと、ただ真っ直ぐに俺の目を覗き込んできた。

 

何もかも見透かすかのような透き通った輝きに吸い込まれそうになる。

 

佐々木「涼宮さんと同じ存在として僕がいる」

 

なんだって?

 

どくんっ。心臓の音がやけに大きく感じられた。

 

佐々木「…僕は、涼宮さんと同じ存在だ」

 

もう一度、同じことを佐々木は静かに告げた。

 

----------

 

朝比奈「一体何を聞きたいのですか?長門さん」

 

長門「放課後、彼と涼宮ハルヒを見ながら呟いた言葉の意味を教えて欲しい」

 

朝比奈「…聞こえていたのですか」

 

長門「…」コクリ

 

朝比奈「…」ハァ

 

思わず大きなため息が漏れる。

 

キョン君と涼宮さんを見て浮かんだ光景。

 

遠い日の記憶の断片。

 

朝比奈「…言葉通りの意味…です」

 

長門「…そう」

 

朝比奈「信じられますか?」

 

長門「朝比奈みくるの存在、そのものが全てを物語っている」

 

朝比奈「えっ?」

 

長門「すべての事象において、それは涼宮ハルヒの力によるもの」

 

朝比奈「…」

 

長門「従って否定するための根拠も証拠も見出せない」

 

朝比奈「…」

 

長門「…私という固体は、…朝比奈みくると離れることを望んでいない」

 

朝比奈「…長門…さん」

 

長門「…」

 

朝比奈「…ありがとう」

 

長門「…」コクッ

 

----------

 

佐々木「キョン。着いたよ」

 

キョン「…ああ」

 

佐々木「キミのご両親に説明をさせてもらっていいかな?僕がキミを引きとめて、こんなに遅くなってしまったのだから」

 

キョン「すまないな」

 

佐々木「いや…じゃあ一緒に行こう」

 

そう言うと佐々木は俺の家の玄関先に自転車を止め、インターホンを押した。

 

キョン妹「キョン君遅いよ~。あれ?お姉さん誰?」

 

佐々木「こんばんは。妹ちゃん。お母さん、いるかい?」

 

キョン妹「うん、ちょっと待ってね。お母さーん。お客さーん、とキョン君」

 

キョン「おい」

 

佐々木「くっくっく。しかし僕のことは忘れてしまったみたいで少なからずショックだよ」

 

佐々木の横顔は少しだけ寂しそうに見えた。

 

キョン母「【キョンの名前】!お前こんな遅くまでどこにいたの!心配させて…あら、あなたは佐々木さん?あらあら、久しぶりね」

 

佐々木「ご無沙汰しております。すみません、私が久しぶりに会った【キョンの名前】君を引き止めてしまって、気がついたらこんな時間になってしまいまして…」

 

キョン母「まあまあ、そうだったの。あら、いいのよ佐々木さん。【キョンの名前】、遅くなったのは仕方ないから、ちゃんと佐々木さんを送ってきなさいよ」

 

キョン「わかってるよ」

 

佐々木が辞退しようとするのを横目に俺は庭においてあった自転車を引き出し、俺の母親と押し問答をしている佐々木に向かって声をかけた。

 

キョン「佐々木、行くぞ」

 

----------

 

佐々木「ここでいいよ。キョン」

 

キョン「バス停、新しくなったんだな」

 

佐々木「くっくっく。僕たちが待ち合わせしていた時はボロボロだったよね」

 

キョン「…そうだな」

 

中学生の頃、佐々木とここで待ち合わせて塾へ通っていたのを思い出す。

 

佐々木「まだ、その自転車を使っているんだね」

 

キョン「ああ。結構頑丈だからな」

 

佐々木「くっくっく。そうだね。僕を乗せても壊れなかった」

 

キョン「お前そんなに重くないだろう」

 

佐々木「キョン。女性に向かって『重い』は禁句だよ」

 

キョン「そりゃ失礼」

 

俺は軽くおどけて見せる。

 

佐々木「キョン」

 

キョン「なんだ?」

 

佐々木「今日は、すまなかった」

 

キョン「もう過ぎたことだ」

 

佐々木「ショックだっただろう」

 

キョン「いや、思い当たることもあったからな」

 

佐々木「そう…。キミは強いな」

 

キョン「そんなことはない」

 

佐々木「いや、強いよ」

 

俺を真っ直ぐに見つめて、佐々木はそう断言した。

 

佐々木「じゃあ、僕はこれで」

 

キョン「ああ」

 

佐々木「…おやすみ、キョン」

 

キョン「…おやすみ、佐々木」

 

お互い軽く手を上げて別れる。

 

佐々木が見えなくなるまでその背中を見送ると、反転して家に戻るためにペダルを踏み込もうとして自転車を止めた。

 

セーラー服の少女が俺の行く手を遮るようにして立っているのが見えたからだ。

 

キョン「よう、長門」

 

長門「…?」

 

キョン「どうした?」

 

長門「…探した」

 

キョン「俺を?」

 

長門「…」コクリ

 

キョン「…大丈夫だ」

 

長門「…」

 

キョン「俺は、大丈夫だ」

 

長門「…ごめんなさい」

 

キョン「お前が謝ることじゃない」

 

長門「…」シュン

 

キョン「心配するな。俺は、大丈夫だ」

 

長門「…」コクリ

 

----------

 

ゆさゆさ、ゆさゆさ。

 

???「いい加減、起きてよキョン」

 

ん?朝か…。

 

目を開ける。見慣れた天井と、見慣れた同級生の姿。

 

すっかりこのパターンが定着してきたな。

 

キョン「おはよう」

 

佐々木「まったく。キミはねぼすけなんだから」

 

キョン「そう言うな」

 

佐々木「ほらほら、急いで支度してきてくれ」

 

椅子に座り、制服のスカートが皺にならないように気をつけながら、彼女は俺を急かした。

 

キョン「じゃ、行ってくる」

 

佐々木「はい、行ってらっしゃい」

 

なんだか、夫婦みたいだな。

 

----------

HR前、教室

 

国木田「おはよう、キョン。佐々木さん」

 

谷口「相変わらず熱いねえ、お二方」

 

佐々木「くっくっく。悔しかったらキミも彼女を作ればいいじゃないか」

 

キョン「それは禁句だ、佐々木。谷口が泣くぞ」

 

国木田「あはは。これは一本獲られたね、谷口」ニコ

 

谷口「バカップルなんか嫌いだああああああ」ダッ

 

佐々木「それにしても、何故谷口はあんなに打たれ弱いんだ?」

 

キョン「それだけお前の言葉が辛辣なんだろう」

 

佐々木「くっくっく。そんなつもりは無いんだがね」

 

キョン「自覚が無いのかよ」

 

佐々木「くっくっく。何気に失礼だね、キョン」

 

----------

放課後 文芸部室 兼 SOS団団室

 

九曜「---」ペラリ

 

藤原「フン。お前の番だ。早くしろ」

 

キョン「…まあ待て、ここをああすれば…」

 

橘「佐々木さん、お茶です」ニコ

 

佐々木「ありがとう、京子ちゃん」

 

橘「キョンさん、藤原さん、お茶です」ニコ

 

キョン「ありがとうございます」

 

藤原「…ああ」

 

橘「周防さんお茶です」ニコ

 

九曜「--あり--がと--う」

 

佐々木を送り届けてから家に戻る。変わらない日常。変わらない毎日。

 

でも…。

 

何かがおかしい。

 

俺は、こんな生活を送っていたか?

 

俺は、こんな仲間と過ごしていたか?

 

俺は、佐々木と付き合っていたか?

 

何かが違う。頭の中で何かが警鐘を鳴らしている。

 

誰かが俺を呼んでいる…。

 

キョン…キョン…

 

誰だ…

 

キョン…ドコナノ…

 

誰だ!

 

キョン…

 

強気な瞳、黄色いカチューシャ。

 

キョン…

 

甘い吐息、甘い香り。

 

キョン…

 

ハ…ル…ヒ…

 

光の洪水が俺の頭の中を駆け巡る。全てを真っ白に染める閃光。

 

その中で、はっきりと聞いた愛しい声。

 

愛してる。

 

----------

 

キョン「!!」ガバッ

 

佐々木「!」

 

橘「!」

 

藤原「…」フン

 

九曜「---失敗---理解---不能---」

 

なんだ?何があった?

 

佐々木「キョン…」

 

キョン「…佐々木、俺は…」

 

佐々木「…」

 

キョン「答えろ」

 

佐々木「キミと涼宮さんの絆の強さがそれほどとは思わなかったよ」

 

キョン「何を言っている?」

 

佐々木「くっくっく。僕の負けだ。認めよう」

 

キョン「だからお前は何を言っているんだ、佐々木」

 

佐々木「わからないのかい?」ジッ

 

キョン「まったくわからん」

 

九曜「---記憶---上書き---失敗---」

 

キョン「!」

 

記憶の上書き、だと?

 

キョン「佐々木、お前…」

 

佐々木「…くっくっく。軽蔑してもらって構わないよ。キョン」

 

キョン「なんだと?」

 

佐々木「僕は涼宮さんに取って代わろうとしたんだ」

 

キョン「なぜそんなことを」

 

佐々木「くっくっく。本当にわからないのかい?キョン」

 

キョン「ああ、わからないね」

 

佐々木「まったく…キミは、変わらない」

 

佐々木は俺を真っ直ぐに見つめて口元を歪める。どことなく悲しそうな表情を浮かべて。

 

佐々木「くっくっく。自分が次元断層の狭間に世界を作ることができるのに、望んでも自分ではいけないなら意味が無いよね。キョン」

 

キョン「何を言っている」

 

佐々木「橘さん、九曜さん、藤原さん。悪いが暫く外してくれないか?」

 

橘「…わかりました」

 

九曜「---監視は---続ける---」

 

藤原「…ふん。好きにしろ」

 

九曜「---済んだら---呼んで---」

 

佐々木「ありがとう九曜さん」

 

周防九曜を先頭にして三人が部屋の端の方へと進んでいくと、彼女たちの前に扉が現れる。

 

…再構築。TFEI端末が得意とする物質変化だ。

 

三人が外に出ると再び扉は塗りつぶされるように壁の中へと消えていった。

 

佐々木「くっくっく。閉鎖空間に自分の意思で行けるのなら、キミを拉致するなんて回りくどいことをしなくて済んだのに」

 

キョン「佐々木、何を言っている」

 

佐々木「…キョン」チュッ

 

キョン「!」

 

不意に佐々木は身を乗り出し、電光石火の早業で俺にキスをした。

 

完全な不意打ちで、なすすべも無く唇を奪われる。

 

佐々木「キョン…君が好きだ」カァッ

 

キョン「さ…さき」

 

佐々木「高校に入ってから、気がつくとキミのことばかり考えていた」

 

キョン「…お前、恋愛は精神病の一種とか言っていなかったか?」

 

佐々木「くっくっく。思春期にはありがちな妄言だよ。キョン。キミが恋愛に興味なさそうだったから僕もそのふりをしていただけだ」

 

キョン「…」

 

佐々木「キミを思いながら僕は、何度も自分を慰めたよ。身体を持て余しもした」

 

言いながら佐々木は、今までに見せたことのない艶やかな表情を浮かべる。

 

キョン「な、なにを」カァッ

 

佐々木「少しは身体的にも成長したと思うが、どう思う?キョン」

 

キョン「やめろ、佐々木」

 

佐々木「なぜ?僕は女として見られないのかい?」

 

身を乗り出した佐々木が机の上に乗り膝を着く。そのまま俺の首に手を廻して耳元でささやいた。

 

佐々木「キミの好きにしてくれ」

 

キョン「…佐々木」

 

佐々木「今だけで構わない。好きだキョン」ギュッ

 

キョン「…めろ」

 

佐々木「…抱いてくれ」ギュッ

 

キョン「…やめろ」

 

佐々木「…愛してくれ」ギュッ

 

キョン「やめろ!」バッ

 

佐々木の両肩を掴み、体から引き離す。

 

キョン「お前は、俺の知っている佐々木じゃない」

 

佐々木「僕は僕だよ」

 

キョン「佐々木はこんなこと言わない」

 

佐々木「君が気付かなかっただけだ」

 

キョン「佐々木はこんな行動をとらない」

 

佐々木「身体が求めるんだ!」

 

キョン「黙れ」

 

佐々木「黙らない」

 

キョン「黙れ!」

 

佐々木「黙るものか!」

 

キョン「佐々木!」

 

肩を掴む手に力が入る。

 

キョン「すまん、佐々木。俺は…」

 

佐々木「…」

 

キョン「…俺は、ハルヒを…、愛しているんだ」

 

佐々木「…」

 

キョン「すまん」

 

佐々木「…」ポロポロ

 

キョン「…」

 

佐々木「…くぅっ、ふっ…うっ」ポロポロ

 

キョン「…すまん」

 

佐々木「うっうわあああああっ、うわああああああん」ポロポロ

 

キョン「すまん」

 

----------

 

橘「彼は受け入れてはくれないでしょうね。佐々木さんのことを」

 

藤原「フン。遅すぎたからな」

 

橘「そうやって何もかもわかっているみたいな話し方はやめてくれませんか?」

 

藤原「仕方ないだろう。既定事項なのだから」

 

橘「…わかっていて何故貴方はこの時間世界にいるのですか?」

 

藤原「知りたかったからだ」

 

橘「何をですか?」

 

藤原「平行世界で、奴が誰を選ぶのか。それがどんな奴なのか」

 

橘「そうですか…」

 

藤原「フン。暇つぶしにはなる」

 

橘「…」

 

九曜「---種は---植えた---」

 

藤原「ふっくっく。もう一手、残っているみたいだな。さて、どうなるか」

 

橘「…」

 

----------

 

佐々木「…すまなかった。キョン」

 

キョン「いや」

 

佐々木「こんなことなら、北高にしておけばよかったよ」

 

キョン「佐々木…」

 

佐々木「くっくっく。そんな顔をしないでくれキョン」

 

キョン「…」

 

佐々木「…できれば、これからも友人としての付き合いはしていきたい」

 

キョン「…暫くは、無理かもしれない」

 

佐々木「どうしてだい?」

 

キョン「奪われたからな」

 

佐々木「キョン、奪ったんじゃない。捧げたんだ」

 

キョン「!」

 

佐々木「くっくっく。初恋の人に初めてを捧げるのは特別な思い出になるからね」

 

キョン「…言うな」

 

佐々木「長い間想っていたんだ。そのくらいはいいだろう。キョン」

 

キョン「…」

 

佐々木は形容しがたい独特の笑みを浮かべ、それから何かを振り払うように踵を返し、周防の名を呼んだ。

 

橘「もういいでしょう」

 

佐々木「そうだな。キョン、もう外しても構わないよ」

 

キョン「…」

 

佐々木「駅前に着くまで、もう少しこうしているかい?僕は一向に構わないが」

 

キョン「いや、起きるさ」

 

佐々木「そうか」

 

キョン「ああ」

 

アイマスクを外し、目を開けてゆっくりと身体を起こす。

 

藤原「…」キキキキッ、ブオオオオオン

 

キョン「うわっ」グラリ

 

佐々木「キョ、キョン、大丈夫かい」ギュッ

 

急ブレーキでバランスを崩し、前方に投げ出されそうになる。

 

慌てて佐々木が俺の腕を掴んで自分の方へと引き寄せる。結果、俺は佐々木に抱きとめられる形でなんとか堪えた。

 

キョン「す、すまん」ポスッ

 

佐々木「いや…大丈夫」ギュッ

 

キョン「…」

 

身体を横にずらし、そのまま反転して前を向く。

 

キョン「ふう」

 

佐々木「…」

 

フロントガラスから見える景色を見て、北口駅前の近くと気付く。

 

止まってくれと声をかけるよりも早く、車は減速を始め、ウインカーを出して喫茶店の側で止まった。

 

藤原「着いたぞ。俺はこのまま橘を送っていく」

 

佐々木「頼みます。さ、キョン。降りよう」

 

キョン「ああ」

 

橘「…」

 

藤原「…」

 

車から降り、佐々木が自転車に鍵を差し込みながら言った。

 

佐々木「キョン。…すまなかった」

 

キョン「…」

 

佐々木「少し歩こうか」

 

キョン「ああ」

 

佐々木と並んで歩く。何を話すでもなく、ただゆっくりと並んで歩く。

 

すっかり暗くなった駅前の道を、佐々木と並んで歩く。まるで中学生に戻ったかのような錯覚。

 

そのノスタルジックな空気を破ったのは、やはり佐々木だった。

 

佐々木「…キミは涼宮さんを選んだ。そうだろう?」

 

キョン「ああ」

 

佐々木「くっくっく。即答か。キミらしくない。けど、それだけ彼女を信頼している」

 

キョン「…」

 

佐々木「鍵穴は二つ、鍵は一つだ」

 

キョン「!」

 

佐々木「何を驚いているんだいキョン。キミはもう選んだんだ。なら、迷うことは無い」

 

キョン「待て、何を言っている」

 

おかしい、根本的な何かがおかしい。

 

佐々木「キミは『涼宮さん』を選んだんだ。僕じゃなくて彼女のことを」

 

キョン「いや、待て。一人っていうのはハルヒのことだろうが?」

 

佐々木「くっくっく。何を言っているんだいキョン」

 

皮肉を塗した笑みを浮かべ、佐々木は足を止める。

 

佐々木「少し考えればわかるだろう。どうして今まで騙されていたんだ」

 

キョン「…」

 

佐々木「ああ、騙されてはいないのか。キミが『鍵』というのは正しいからね」

 

キョン「…」

 

佐々木「ただ、『神=鍵』ではなく、『神=鍵穴』と言われていたんだったね」

 

キョン「…」

 

佐々木「キョン、涼宮さんの周りが非現実的な体験をしているわけじゃない」

 

キョン「…」

 

佐々木「キミと涼宮さんの周りが、非現実的な体験をしているんだ。考えてくれ。キミが非現実的な体験をしたのは高校に入ってからだろう?」

 

キョン「…ああ」

 

佐々木「なら、涼宮さんが中学生の頃に彼女の周りで非現実的な体験をしている人はいるのか?」

 

キョン「…」

 

佐々木「答えはNOだよ、キョン。『機関』の人間は神人と戦ったことがあるだろうが、キミたちが体験したようなことを体験した人はいない」

 

キョン「いや、だが…」

 

佐々木「三年前、キミは未来人の力でその場所に行き、涼宮さんの力を解放したんだ」

 

キョン「…」

 

佐々木「そして僕は君と過ごした時間の中で力を解放された」

 

キョン「…」

 

佐々木「高校で再会したキミと涼宮さんは、友人としてお互いを認めるようになり、それに伴って周囲を巻き込むだけの力を発現させた」

 

キョン「…」

 

佐々木「鍵は、鍵穴に力を与えると同時に、鍵穴を制御する。そう僕は考えている」

 

キョン「…どういうことだ?」

 

佐々木「そのままの意味さ」

 

キョン「よくわからないが」

 

佐々木「キミと涼宮さんが傍にいることによって涼宮さんの無意識下の願望が非現実的な事象となって発現する」

 

キョン「…」

 

佐々木「二人がお互いを認めたとき、キミは涼宮さんの能力を制御できるようになるか、その力を打ち消せるようになると思う。あくまで予想だが」

 

キョン「お互いを認めたとき?」

 

佐々木「本当にお互いが相手を必要と認めたとき、何かが変わるんだと僕は思うよ」

 

キョン「…」

 

佐々木「鍵と鍵穴が揃って初めて扉が開くんだ。その扉とは何か?そう考えればわかりやすいんじゃないかな?キョン」

 

鍵と鍵穴が揃って初めて扉が開く…。

 

佐々木「ああ、言っておくけど、…純潔を奪うことが扉を開くってことじゃないよ」

 

キョン「!」カァッ

 

佐々木「くっくっく。もしかしてそうだとでも思っていたのかい?確かに鍵と鍵穴はその行為の隠語でもあるけどね」

 

キョン「…」

 

佐々木は面白そうに笑いながら、自然な動きで俺の耳元に唇を寄せる。

 

佐々木「もしそうだったら、さっき、僕はキミを犯していただろうね」クックック

 

キョン「なっ!?」カァッ

 

佐々木「だってそうだろう?キミと繋がれば世界を救うことができるってことなら、感情なんて関係ないんだ」

 

キョン「…佐々木」

 

佐々木「それでも、僕は嬉しかっただろうけど…、いや、これは失言だ。忘れてくれると嬉しい」

 

キョン「…」

 

佐々木「懐かしいな。中学生の時はここでキミと待ち合わせたね」

 

キョン「そうだったな」

 

佐々木「僕はキミの自転車の後ろに乗って、塾に行った。今思うと、あの頃が一番楽しかったよ」

 

キョン「…」

 

佐々木は涼しげな眼差しを空へと向け、そして呟いた。

 

佐々木「キョン。ひとつだけ忠告しておく」

 

キョン「なんだ」

 

佐々木「九曜さんに暗示をかけてもらった。効果があるのは一度きりだが強力な暗示を」

 

キョン「なんだと?」

 

佐々木「涼宮さんの反応次第では、世界が崩壊するかもしれない」

 

キョン「…」

 

佐々木「…そのときは、僕のところに来てくれ。キョン」

 

キョン「…」

 

佐々木「軽蔑してもらっても構わないよ。これが正真正銘、鍵穴としての僕の最後の切り札だ」

 

キョン「…佐々木」

 

佐々木「さようならキョン」

 

キョン「待てよ」

 

佐々木「…僕は一縷の望みに期待して待つとするよ」

 

キョン「待てよ!」

 

佐々木「…さようなら」

 

キョン「佐々木!」

 

俺の呼びかけに応えることなく佐々木は去っていった。

 

暗示ってなんだよ、佐々木。

 

キョン「馬鹿野郎…」ボソッ

 

聞こえるはずの無い言葉を佐々木に投げかけて、俺は方向転換をしてそのまま立ち止まった。

 

明らかに俺と佐々木が離れるのを見計らっていたかのように、無言のまま近づいてくる三つの影。

 

キョン「…お前ら」

 

長門「…」

 

古泉「…」

 

朝比奈「…」

 

キョン「聞いていたのか?」

 

古泉「はい」

 

キョン「佐々木の言っていたことは正しいのか」

 

古泉「…」

 

朝比奈「…」

 

長門「…」

 

キョン「答えろ、古泉」

 

古泉「…貴方がどう思うかは貴方の判断にお任せします。ただ、我々『機関』の見解はあくまでも涼宮さんが神であることに間違いはありません」

 

キョン「まあそうだろうな。神人と戦うのはお前らだ」

 

古泉「…」

 

キョン「朝比奈さん、貴女の、未来の見解は?」

 

朝比奈「…私の未来と敵対する勢力の未来は異なる世界であることが確認されました」

 

キョン「…」

 

朝比奈「未来は一つじゃない、これだけしか言えません。ごめんなさい」

 

キョン「長門」

 

長門「情報統合思念体は先ほどの貴方と佐々木【名前】との会話から涼宮ハルヒに関する情報の整合性及びシミュレーションを行った。その結果、彼女の言っていることは

検討に値すると判断。現在、検証作業中であり、明確な回答は得られない」

 

キョン「そうか」

 

『機関』の立場上、ハルヒを神とすることは仕方が無い。

 

しかし、朝比奈さんと長門の言葉を聞く限りでは、佐々木の言っていたことの信憑性が高いことに間違いはないようだ。

 

長門「ごめんなさい。貴方を3時間28分42秒の間、見失った」

 

キョン「いや、お前のせいじゃない」

 

長門「…」

 

キョン「わざわざ、俺を見つけて来てくれたんだろう」

 

長門「…」

 

キョン「朝比奈さんも、古泉も、わざわざありがとう」

 

朝比奈「いえ、そんな…」

 

古泉「恐れ入ります」

 

キョン「もう時間も遅い。長門をマンションまで送ってから朝比奈さんを送って行きますよ。古泉、付き合ってくれるよな?」

 

古泉「もちろんですよ」ニコ

 

朝比奈「えぇ?大丈夫ですよ」

 

長門「…夜の女性の一人歩きは危険」

 

朝比奈「ありがとう。キョン君、古泉君」

 

キョン「いえ、そうと決まれば早く行きましょう」

 

朝比奈「はぁい」

 

長門「…」コクリ

 

古泉「…」

 

何事もなく長門をマンションに送り、朝比奈さんを下宿先まで送り届け、俺と古泉は再び駅前に向かって歩く。

 

キョン「古泉、お前こっちだったか?」

 

古泉「涼子の部屋に行くのですよ」

 

キョン「さらっと凄いことを言うな」

 

古泉「いえいえ、貴方がいなくなったということを伝えてくれる電話を無視してしまいまして。いやはや参りました」ポリポリ

 

キョン「…」

 

古泉「閉鎖空間の発生なら感じ取ることもできますのでそういったことはないんですけどね」

 

キョン「そうか」

 

古泉「はい。逆に閉鎖空間を感じなかったから電話を取らなかったというのもありますが」

 

キョン「古泉、そろそろやめておけ。また朝倉を正視できないことを言いそうだ」

 

古泉「これは手厳しい」ポリポリ

 

キョン「自己防衛だ」

 

そんな取り留めのない話をしながら、俺たちは来る時に寄ったマンションへと歩くのであった。

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