5
僕はまた露鬼町をぶらぶらとしていた。この町を一周するのもそう時間はかからない。話を聞いていたがぐり子ちゃんを見たというケースは一切出てこなかった。本当にぐり子ちゃんはここに居るのだろうか――それすら思えてくる。
「本当にこの街にぐり子ちゃんが居るんだろうか……」
いや、そんなことを考えてはいけない。
考えた時点でここまで来たのが凡て無駄になってしまう。
ふと僕は空を見上げる。そこには、あの高い尖塔が見えた。四本の灯台。まだそこだけは行っていなかった。「行ってはいけません」的なことを言っていたけれど、だけれど、僕は彼女を探さなくてはならない。
ポッキー戦士はやっぱりぐり子ちゃんが居てこそ、なのだから。
灯台。
もしかしたらそこにぐり子ちゃんが居るのか?
その不確かな可能性に、藁をも掴む思いで、その灯台へと向かった。
◇◇◇
灯台はとても大きかった。周りには民家も無く、当然ながら誰もいない。
灯台はとても暗く、重々しかった。人がいるとはとても思えなかったが、上の部分は明かりがついていて、海を照らしていたから、きっと誰かが居るのだろうか。
「……登れることは……できなさそうだ」
入口が見当たらないからだ。普通こういうところには入口があってもいいものだが、それがまったく見つからない。
入口が見つからなければどこにも入れないし、この中を確認することもできない。
僕は小さく溜息をついて、灯台をあとにした。
6
ふう。
あいつが居なくなるのを待って、私は物陰から姿を見せた。
どうして江崎がここにいるのか、さっぱり解らない。あれ? 私目的地言ったっけ? ……いや、言ってない気がする。というか言っているわけがない。
ならばどうして、江崎はここまでやってきたというのか。おおかた支部長あたりから話を聞いたのだろう。やつめ、帰ったら一発殴ってやる。
……まあ、帰ることができればの話だがな。
そう、私は誰に聞こえるでもない呟きを残して踵を返した。
灯台には入口がない――江崎はそう言った。だがそれは嘘だ。まったく、あいつはどうしてきちんと調べないのか。
私は灯台の裏に回り、壁を触った。そしてすぐに少しだけ突出しているレンガを見つけ、それをしっかりと押し込んだ。
すぐに反応はあった。ゆっくりとズズズ……と響いた音をあげて、壁の一部がせり上がっていく。
「さて」
ここから先は私の生まれた場所。
重々しい足取りを、私はそこに向かうのを拒否されているのだろう……そう思って、中へ入った。
中は螺旋階段になっており、下へと降りられる。ゆっくりと、一歩ずつ踏み締めていく。その足取りは下に進むごとに重くなっていく。私を拒否しているからだろう。だけど、私はここに戻らなくてはならない。決着をつけなくてはならないのだ。私自身と、そして、この露鬼町と。
階段を降り終えると、そこには小さな扉があった。扉のノブを躊躇なく引くと、呆気なく扉は開いた。
「懐かしいな……ここも」
扉を開けると、すぐにツンとした香りを感じる。これは塩素だ。プールの水を浄化するために使う、それだ。
巨大な試験管で挟まれた通路を私はゆっくりと歩いていく。試験管には何も入っていなかった。それどころか空っぽだった。中には破壊されている試験管もあるし、埃まみれの試験管もあった。
そして。
少し階段を上った先にも、もう一つ大きな試験管はあった。
そこには、ある人間が試験管に入っていた。
それは、誰か――って?
そこに満たされていたのは緑色の液体。そしてその中に入っていたのは――紛れもない、私だった。
◇◇◇
余談だが、もしも自分の生き方を自分で決めることが出来るとしたら、どうする?
それは生まれてから、ということだ。例えば生まれる前からベストセラー作家が約束されていたり、ノーベル賞が約束されていたり……そんな感じだ。
しかし、それには必ずなにか嫌なことが起きるものだ。
人生とは偶然がつきものだし、もしそれが確約されるならば、ほんとうにそれが手に入るはずだった人間が手に入らなくなってしまう――そんな事態だって起きてしまうのだ。
えっ? そんなの関係ないだろ、って。それが考えられるのは一部の外道くらいだ。それ以外の人間はみな、誰かのことを思って生きている。だからそんなことできないはずだ。結果として人は無難な人生を歩むはず。そうでなくては、世界の仕組みが崩壊してしまうかもしれないからだ。
閑話休題。
そんなことより、もしも――君が『カミサマの身体』を手に入れたらどうする?
カミサマなんて信じていないのなら、こうも考えられる。
最強の身体、遺伝子。
それが手に入るとしたら、どうする?
恐らくほとんどの人間はそれを手に入れたがるが、みんなが手に入れればそれは『最強』ではない。ただの『凡人』だ。
それに、カミサマがそんなに多くちゃ困る。世界を変えてくれるカミサマがたくさんいて、その喧嘩で世界が崩壊したらたまったもんじゃないからね。
……ええと、なんの話だったかな?
ああ、そうだった。カミサマの遺伝子の話だ。
我々はついに、カミサマの遺伝子の開発に成功した。瞬発力、生命力、どれをとってもピカイチだ。ただし身体は人間だから限界はあるがね。
それが完成したときは研究者一同驚いた。ついに我々は神の領域に達したのだからね。
だが、その歓喜は一瞬に絶望に変わった。なぜならその遺伝子は完成したが、成長するにはあまりにも時間がかかりすぎるからだ。
まあ、ヒト並みではあるが、仕方あるまい。貴重な『サンプル』が死んでしまっては、何の意味もないからね。
こうして、私たちは『彼女』の養育を開始した。
ああ、そうだった。先ずは名前をつけなくては。
既に決めてある。ある高分子の名前をもじったものだ。
その名前は――。
◇◇◇
「ぐり子、か……」
私は研究者の日記を半分まで読み終えて、私自身の名前を呟いた。
なんてことはない。ここは私が生まれた場所なのだから。
実験番号1300号。
それが私のほんとうの名前だった。もし私に『カミサマの遺伝子』とやらが宿らなかったら、私は一生その実験番号で呼ばれていたに違いない。
だが、私は生き残った。カミサマの遺伝子とやらを、この身体に遺して。
私はいったい何者なのか、時折解らなくなってしまう。
私には母親と父親が居ない。つまりはそういうことだった。居ないほうが当たり前なのだ。
「おい、出てこいよ」
私は誰もいない空間に呼びかける。……いや、正確にはたった一人いるはずだ。この空間の外から、この様子を眺めている人間が。
「……しょうがない、バレていたか」
そいつはそう時間もかけることなく、直ぐに出てきた。出てこなかったらこの研究所を破壊してやろうかと思っていたので都合がいい。
男の名前は、ゼロという。私はそれしか聞いたことがない。ただ、こいつには嫌な思い出しかないのもまた事実だ。
「やあやあどうしたのかね。急にこんな場所まで来て。里帰り?」
「うるさい、ハッ倒すぞ」
舌なめずりな声はうんざりだ。
「おお怖い。……で、ほんとの案件は?」
「お前を殺しに来た」
そう言って、私はポッキーを口に咥えた。
刹那、私の身体能力は何倍にも跳ね上がった。
そして、ゼロの身体に強い打撃を加えた。
普段はアンソウルド・モンスター用で人に当てると必殺技になるだろうからしないが、こいつは特別だ。なにがなんでも私の手で殺さねばなるまい。
だが。
――私の腕は何者かに捕らえられていた。
「……な!」
その腕を掴んでいたのは……私だった。
「ぐり子ちゃんもあれ見てればわかるでしょ~。既に『カミサマの遺伝子』の改良及び量産は成功しているんだよ。君はそのプロトタイプ、ってわけ。さあ、何世代も改良をくわえた『ネオ・ポッキー戦士』状態のぐり子ちゃんとプロトタイプ、どっちが勝つのかなあ?」
ほんとうに、最低で最悪の展開だった。
既に私の遺伝子が改良され、ネオ・ポッキー戦士になっている……ここまでは計算済みだった。
しかしまさか、私そのものがまだ量産されているとは思いもしなかった。
「ならば……!」
私はポッキーをもう一本。これで更に何倍にも……。
「遅い」
私は『私の声を』はっきりと耳元で聞いた。
その瞬間、私は吹き飛ばされた。
いや、打撃をくらったのだ。だが、それに身体が追いついていない。
試験管を突き抜け、壁に激突する私のカラダはみしみしと悲鳴をあげていた。
「ぐ……ああっ……!」
「こんなので音をあげちゃうの~? つまんないなあ、ちょっと楽にしてあげてよ。あ、殺さなくていいから。だって人が苦しみながら絶望していく姿って最高だと思わない?」
後半ゼロが何を言っているのかさっぱり解らなかったが、なにか最低なことを言っていることだけは伝わった。
「了解」
その声で、私の姿で、話すな。
そう、立ち上がろうと思ったが……くそっ、思った以上に身体がダメージを受けている。まだあの時のダメージが回復していない――!
「チェックメイト」
遠のく意識の中で、ゼロのその声が聞こえた。
「ちく……しょう……!」
私はそのまま――意識を失った。