7
結局僕の本日の釣果はボウズだった。旅館で食事をしながら、今日の結果をまとめていく。
「やっぱり灯台が気になるなあ……どうしてもあそこに入れないものか」
町の人は絶対にはいっちゃだめだって言ってたけど気になるし。
「こりゃ明日改めて調査かなあ……」
そんなことを思いながら、とりあえず食事を楽しむこととした。
◇◇◇
その夜。
一本の電話がかかってきた。
相手は支部長だった。
「はい、……あれ? 支部長、どうしたんですか」
「こんな遅くに済まない。調査の方は順調かなと聞きたかっただけでね」
「やはり初日で動けるのは制限がありますね。まだ全然です。ボウズでした」
「ううむ……ほんとうにぐり子くんはそこに居るのだろうか」
「ここに居るかもしれない、そう言ったのは支部長じゃないですか」
「まあ……確かにそうなのだが……」
そう言われてしまうと、僕の苦労が完全に水の泡になってしまうので、「とりあえずもう数日だけ時間をください」とだけ言って電話を切った。
8
目を覚ますと私は小さな部屋にいた。ジャラジャラと音がするのでそちらを見ると手首は鎖で繋がれているようだ。
それを見て私はどうやら捕まってしまったのだと確信する。
「……まさか、捕まってしまうとはな」
私は独りごちる。
迂闊だった。まさか自分のクローンが、ネオ・ポッキー戦士として存在していたということに。
それは予想外だったし想定外だった。そんなことがあったのなら、もう少しこちらとしても対策を練っていた。……ああ、練っていたはずだった。
それにしてもここはいったいどこだ。先ほどのおどろおどろしい場所とはうってかわってこちらはどちらかといえば清潔感がある。牢屋だろうか。いや、牢屋にしては何もない。
監禁部屋……とでも言うべきか。
そんなことを考えていると、この部屋に近づいてきている足音が聞こえてきた。
それはノックもせずに、部屋に入ってきた。その姿を見ると、私は舌打ちした。
「……なんだい、ぐり子。少しくらい笑ってくれてもいいんじゃないかな。だって君は招かれたのだから」
「これが来客にする対応か? だとしたらお前はとんだ馬鹿者だな」
ゼロはそう言って、持ってきたパイプ椅子に腰掛ける。
安心しきっている様子なのは、私がここから動くことが出来ないという傲りからだろう。……しかし、その通りだ。ポッキーのない私は、普通の人間だ。鎖を引きちぎるなんて所業は出来ない。
「君には失望しているよ。まさかネオ・ポッキー戦士に歯が立たないだなんて……君はそれでも『ポッキー戦士』なのかい?」
その言葉を聞いて、私は舌打ちして答える。
「ああ、そうだ。私はポッキー戦士だ。アンソウルド・モンスター……在庫の怪物を倒している」
「でもさ、少し気にならない?」
ゼロの言葉に、私は眉をひそめる。
「……何が、だ?」
「だってさあ……」
ゼロは舌なめずりした声で、言った。
「どうして――アンソウルド・モンスターなんてものが生まれてしまったんだろうね、って話だよ」
アンソウルド・モンスターが生まれた理由……? それを聞いて私は一瞬頭が真っ白になった。
生まれた理由など、あの怪物に存在したとでもいうのか?
「……その表情、まるで知らないって素振りだねえ。どうやら本当みたいだし……もしかしてあの人から話を聞いていないのかな?」
「あの……人?」
「今は東日本在庫監視委員会西多摩支部の支部長をしている……と聞いたから、恐らく君にも話しが通っていると思ったけどねえ……?」
それを聞いて私は、あのタンクトップを思い浮かべる。
「……あいつもグルだったのか」
「グル、とは面白い表現だねえ。違う。グルではない。同胞だ」
「一緒だろうが」
ゼロは肩を竦める。相変わらずペースが読めない男だ。
「……とりあえず。僕からもはっきりと言わせてもらおう。たぶんあの男は君に情を持っちまったものだから、言えないのかもしれないし」
立ち上がり、ゼロは私の元へと歩き出す。
私の目の前にたって、ゼロはそう言った。
「……君はね、もう用済みなんだよ」
そう言って、私の腹を蹴り上げた。
「ぐはっ……!」
私は何かを吐き出した。吐いて吐いて吐き出した。吐き終わったあとに、それを見て私は漸く何を吐き出したのかが解った。……胃酸だ。
「そうかあ……。もう蹴られても吐くもんがないってか。しょうがないねえ。だって君、もう一日も口にものを入れていないんだろう? 怪我も完治していない状況で来るなんて、頭がおかしいよゥ」
頭がおかしいのはお前の方だ。そう思っていても言葉に出すことは出来なかった。
ゼロは倒れている私の髪の毛を引っ張って強引に持ち上げる。
ゼロは私の顔を見て微笑む。私はせめてもの抵抗をするためにとゼロの顔を睨みつけた。
「いいねえ……その表情たまんないなあ……。君はほんとうに素晴らしい『実験体』だったからね。殺すには惜しいんだよ。いろいろ試して、その末に粗大ゴミめいた扱いをしてやっても構わないけれど……いっそ、あの子たちに君の肉を食べさせるってのもありだね!」
私はその言葉を凡て理解出来てはいなかった。けれど、ゼロが恐ろしいことを言っている、それだけは理解できた。
ゼロの話は続く。
「……うーん、いつ始めても良かったんだけど、とりあえずもう始めちゃおうか。計画は少し遅れ気味だと、相手も言っていたからね」
そう言って私を床に放り投げると、ゼロは足早にその場を去っていった。
――私はこのあと、どうなってしまうのだろう。
そこはかとない不安に、私は包まれていた。
9
【実験番号1300号の再実験について】
本日、長らく外界へと放っていた実験番号1300号を捕縛した。計画には組み込まれていないが、支障のない程度に実験番号1300号に対して、再実験を実施する。
【概要】
概要として述べておく必要があるのは、ポッキー戦士のポッキー供給による人間能力の向上である。運動神経に頭脳、それに治癒力が向上する。以上を踏まえたうえでいくつかの実験を行う。
なお、詳細は映像を参照されたし。
10
「……お前、それはいったいどういうことだ?」
僕は実験番号1300号を別室に運んだ。そこには強い力をもってしても壊すことの出来ない鎖があるので、それを使用するためだ。
ポッキー戦士を使う実験というのは、そう出来ない。いい実験結果が得られることを期待している。
1300号を鎖につなぎ、私は血管にあるものを刺した。チューブだ。それにあるものを入れる。そういうことで血管に直接『それ』が入るのだ。
私は直ぐにそのチューブに『それ』のエキスを入れた。時間もかからないうちにそのチューブを通して彼女にエキスが供給される。
それと同時に部屋に入ってきたのは1300号と同タイプのネオ・ポッキー戦士だ。それを見て1300号は私の方を見た。
「ゼロ、貴様いったい何を……!」
「実験だよ、実験♪」
僕は微笑みながら、指を弾いた。
刹那、ネオ・ポッキー戦士(便宜上ネオと呼ぶことにしよう)は、剣を使って1300号の腹部を貫いた。
声にならない声を上げた1300号の口から血が滴り落ちる。
それを見て、僕は持っていた紙に「1回目」と記入した。
剣が貫かれたはずの場所は普通の人間なら治癒できるわけもない。
しかし。
ポッキー戦士ならば、ポッキー戦士の状態になっていれば、その驚異的な治癒力を発揮する。
数瞬のうちに傷は癒え、元通りの姿になった。剣が貫かれたのを解るのは、もう服の切り裂かれた跡のみだ。
「何を……!」
1300号は怒りに満ちた声で言った。
「『ポッキー戦士』の治癒力の限界を測る実験だよ。ああ、安心して。君はこの実験では死なないから。でもポッキー戦士の治癒力の限界が来たら、その時は君を蘇生するか、君の記憶を埋め込んだ同タイプの1300号を用いるか、だ。君という身体は死ぬかもしれないが、精神は生き続けるよ」
それを聞いた1300号は、もう何も言わなかった。絶望に打ち拉がれたのかもしれない。抵抗の意志がないというのも、あんまり面白くない話だ。
◇◇◇
一回が十回になり、十回が百回になった。百七十回を越えたあたりでとうとう慣れてしまったのか、あるいは声が枯れてしまったのか声が出なかった。目はうつろになっていたが、正直な話まだ実験は終わってすらいないのだから、ここで弱音を吐かれても困る。
百回が二百回、三百回といくうちにとうとう治癒力が遅くなってきた。もう限界かもしれないが、それでもまだ治癒は成功している。まだだ。
◇◇◇
七百八十一回で、とうとう治癒しなくなった。絶命こそしていないものの、出血多量で血が足りなくなっていた。
「……七百八十一回か。どうも中途半端だなあ。ま、仕方ないか。残りの実験をやるために、さっさとそれを培養液に突っ込んでおいて」
それを聞いたネオ二人は頷くと、動かなくなっていた1300号を持ち上げて試験管のある部屋へと連れて行った。もうそこには培養液が満たされているので、あとはそれを突っ込むだけで治癒或いは蘇生が開始される。
――これにて、第一実験の報告を終える。