第一話 招集
「…………!!」
最悪だ。
最悪な初夢となってしまった。初夢というのは元日に起きる時に見る夢ではなくて新年で初めて見た夢ということになるけれど、この夢はほんとうに気分が悪い。最悪な夢だ。
汗がひどい。ひどい夢を見たからだ。
こんな夢を見たのは、いつ以来だっただろう。
もう覚えていない、あの懐かしい記憶。
懐かしい…………記憶?
「ちょっと、待てよ?」
そこで僕は立ち上がり、洗面所へと向かい鏡で自分の顔を見た。そこに浮かび上がっているのは、自分の顔だった。
そんなことは当たり前だ。……違う、そういうことじゃあない。
僕は何かを忘れている気がする。
けれど、それが何だか思い出せない。
「なんだったっけ……?」
「……思い出せない」
僕は、思い出せない記憶がある。
それは、どんな記憶だったのかは思い出せないけれど、少なくともこうは言える。
その記憶は、忘れてはいけない記憶だということを。
◇◇◇
あのあと。
ぐり子ちゃんから電話があって、直ぐに支部へと向かうこととなった。
東日本在庫監視委員会西多摩支部。そんな長い名前の場所に所属している僕たちは通称『ポッキー戦士』と呼ばれている。ポッキー戦士は在庫の怪物アンソウルド・モンスターに対抗できる唯一の手段だ。
アンソウルド・モンスターは簡単には倒すことが出来ない。
そのため、倒すことの出来る存在が必要だった。
それが僕たち、ポッキー戦士。
僕たちは日夜アンソウルド・モンスターを倒している。
それは今日だって変わらない。
二〇一四年、一月十一日。
午前十一時二十七分。
今日もいい天気だ。土曜日だし、今日くらいいろんな場所に出向きたい気持ちも解る。
しかし、
「ぐり子くん、江崎くん、大変なことが起きた!」
「どうした、支部長。それほど慌てることでもあるまい」
ぐり子ちゃんがポッキーを啄みながら、呟く。
「違うんだ。君たちはどれほどまでに驚いているのだ、と……私がなぜ驚いているのか解らないだろう。今すぐ話す。簡単なことだ」
「……いいから話せ、急いで」
「『ミカド教団』というのを知っているか?」
「……ミカド教団?」
聞いたことがなかった。どうやらそれはぐり子ちゃんも一緒だったらしい。
「聞いたことがないか……ならばそれでいい。そのままでいいのだ。聞いていなくていい。今、私が言ったことは凡て忘れなさい」
「何だよ、それってどういうことだよ……!」
ぐり子ちゃんは支部長の肩を掴んで激しく振ったけれど、支部長は何も答えなかった。
暫くして、支部長に痺れを切らしたらしく、ぐり子ちゃんは踵を返してその場を去った。
僕と、支部長だけが残された。
支部長はため息をついて、僕の肩を叩く。
「『ミカド教団』と名乗る連中から手紙が届いた。読むか?」
どうしてぐり子ちゃんがいる時に言わなかったのか解らなかったけれど、ともかく僕は頷いた。
支部長は手紙を僕に差し出した。
手紙には、こう書かれていた。
拝啓 東日本在庫監視委員会西多摩支部の諸君
我々は、ミカド教団というものだ。
唐突に言われても解らないかもしれないだろうが、今は自己紹介をする暇も紙幅もない。
さて、君たちが日夜戦う『アンソウルド・モンスター』という在庫怪物を倒すことは、我々の信条に背くことである。
このまま続けるものであれば、制裁を受けることは間違いないだろう。われらが神の裁きを受けるだろう。
今回はこのような警告に留まったが、以後何が起こるか解らない。ゆめゆめお忘れなきよう。
敬具
何を言いたいのか、まったくもって解らなかった。
「脅迫だ」
支部長も僕の意見を察してくれたらしく、そう言った。
「ミカド教団を調べてみたのだが……少なくとも我々のデータベースには入っていない、即ちアンノウンな存在だった。まったく解らないというのは、恐ろしいよ。何が起きるのか、まったく解らないからね」
「ミカド教団……」
「まあ、あとでぐり子くんにも適当に伝えておいてくれ。何が起きるか解らない。我々も一応警戒はするがね」
その言葉に、僕は小さく頷いた。
「江崎、支部長は何て言っていた?」
あのあと、僕が支部を後にするとぐり子ちゃんが玄関で待っていた。
僕は支部長が言っていたことをそのとおりに伝えた。
ぐり子ちゃんはそれを聞くと、銜えていたポッキーを噛み砕いた。
「ほう……ミカド教団ねえ。誰だか知らないが、そんなことでポッキー戦士の役目を終えさせることが出来ると思っているのか?」
ぐり子ちゃんがそう言うけれど、僕は慢心こそいけないと感じていた。だって気合が抜けると変におかしくなっちゃうし。
「ミカド教団、だっけ。よく解らないけれどさ、そういうのって面倒臭いな。だって妨害を受けるということだろう? そいつは面倒臭い。面倒臭いったらありゃしない。紙幅が足りないから、警告だけに留める? 上等だ……とは言いたいが、そうも言えないよなあ。何しろ、私たちの使命はアンソウルド・モンスターを倒すことなのだし」
「そうなんだよね……」
僕はぐり子ちゃんの意見に同意した。アンソウルド・モンスターを倒すのが僕たちの使命であるわけだからそれを無駄にするにはいかない。
ならば、どうすればいいのか。
「もうさ……ミカド教団をやっつければ済む話なのかね?」
「それってどうなの?」
僕とぐり子ちゃんはそう言って顔を見合わせた。幾らなんでもそれはどうなんだろうか。
「ま、冗談だが、な」
そう言ってぐり子ちゃんはゆっくりと歩き出した。
僕はそれを見て、ぐり子ちゃんの少し後ろを歩いて行った。