17
「なんだこれは……!」
地下道を進んだ僕は、ついにどこか広い空間へと出た。
そこは研究室のようだった。試験管がたくさんあって、そこには人間の身体が浮いていた。
いや。
それはどう見ても――ぐり子ちゃんの姿だった。
「……おや、ネズミが一匹入り込んでいるようだな」
不意に声が聞こえて、僕は振り返る。
そこに立っていたのは白衣を着た男だった。
「ぐり子ちゃんはどこだ」
僕は単刀直入に言った。
「ぐり子? ……ああ、1300号のことか。あいつなら、死んだよ」
「……死んだ?」
それを聞いて僕の頭が真っ白になった。ぐり子ちゃんが死んだ? 嘘だろ? そんな話を言われて信じられるわけがない。否、信じたくない。今までずっとポッキー戦士として活動していて、一緒にアンソウルド・モンスターと戦ってきたのに、どうして、どうして、どうして、どうして? どうして死んでしまうんだ? どうして殺したんだ?
「高い感情の昂ぶり……怒り、かな? こみ上げてくるその感情! いいねえ、僕の研究テーマそのものだよ。いや、僕の研究テーマはもっと詳細に考えれば、感情よりかは記憶……かな。記憶や感情といった……いわゆる『精神』をほかの体に移植してもそれは本人と言えるのか? ってのを大学で研究していたんだけどね……。どうだい君、その研究に結論は言えると思う? ああ、もちろん、解る範囲で構わないよ。ニューロンやらシナプスがどうこうなんて言っても、きっと君には解らないだろうからね」
ニューロンとかシナプスとか僕にはどうでもよかった。
どうしてぐり子ちゃんを殺してしまったのか。それだけを聞きたかった。
いや。
理由すらも面倒臭い。
ぐり子ちゃんを殺したこいつが……今は憎かった。悔しかった。どういう思いでぐり子ちゃんが死んでいったかと思うと悔しかった。悲しかった。切なかった。
僕はハンドガンを構えた。いつも使っている銃とは違うけれど、たまにはこれを使うのだって構わないだろう。
「おや、僕を攻撃するつもりかい? でもさあ」
刹那。
僕の体が薙ぎ倒された。その原因は……。
「ぐり子ちゃん?!」
「違うね。そいつはネオ・ポッキー戦士だよ。君が『ぐり子』という1300号に改良を施したのが1300-Rだ。1300-Rは1300号が持っていた身体能力を格段に引き上げ、さらに感情を奪った。それにより機械的な行動が可能となった。まさにこいつは世界最強のロボットだ!」
僕はそんなことどうでもよかった。別にこれがぐり子ちゃんの素体から改良したものだとか、ぐり子ちゃんが試験管から生まれただとか、ぐり子ちゃんの身体能力を格段に引き上げたとかそんなこと、そんなこと、そんなこと、そんなこと。
すごく、どうでもよかった。
ぐり子ちゃんが死んでしまった。ぐり子ちゃんを殺したこいつを――同じ目に合わせてやりたかった。
僕は隠し持っていたポッキーを噛み砕いた。
僕は高く跳躍し、ネオ・ポッキー戦士を引き剥がした。ぐり子ちゃんと同じフォルムだとか言っていたが要はぐり子ちゃんと違うのだ。身体がぐり子ちゃんでも心が空っぽなら、それはぐり子ちゃんじゃないし僕を騙す材料にもなりゃしない。
ハンドガンでそのネオ・ポッキー戦士の心臓を的確に打ち抜いていく。いくらポッキーで身体能力を格段に引き上げたとはいえ、所詮は人間だ。人間なら心臓さえ撃ち抜けば死ぬのは幼稚園児だって(それは言いすぎか?)知っていることだ。
そして僕は。
白衣の男の心臓を的確に打ち抜いた。
外してなどいないし、そんな慈悲など与えるはずもない。
白衣の男は血を吐いて、倒れた。
その白衣を自分の血で真っ赤に染め上げて、息を漏らしていた。
「……まさか、ただの助手扱いだった君にそれほどまでの力があったとはね……」
「まだ話すだけの余力があったんですか。今度は舌をぶちぬきましょうか? それとも肺ですか? 腎臓? 目? 耳? 脳を撃ってそのまま殺すのもつまんないですよね。だったら指を一本づつこのナイフで切ってあげましょうか? のこぎりみたいに骨をぎこぎこ削って切っていくんです。その間あなたは痛みをもって償ってくださいよ」
「違う……違うんだ……」
「この期に及んで言い訳ですか?」
僕の話を聞かずに、男は何かを取り出した。
それは瓶だった。瓶の中には白い靄のようなものが入っている。
それを見て僕は首を傾げる。
しかし、それについて男が答えた。
「それは魂ってやつだ。魂の重さは21グラム……そんな学説を発表したやつもいたが、それに考え方は近い。死ぬ直前、人間は身体が軽くなる。その差は21グラムだ。そしてそれを吸い込んで、この瓶に封入させた」
つまり、この男が言っているのは。
「これは、1300号……君が言う『ぐり子』の魂だよ」
魂。
ぐり子ちゃんの魂がその中に?
おかしい。何を考えているんだ、この男は。この期に及んで戯言を言っているのだろうか。
「疑うのも無理はない……。だがこれは本物だ。間違っちゃいない。試しにそこにある1300号のコピーに入れてみろ。カプセルに魂が封入されて蘇る。それと……」
男は次にUSBメモリを僕に渡した。
「USBメモリ? これをどうして」
「それには私が消去した記憶のバックアップが入っている。実験にはバックアップが付き物だろう?」
「違う」
僕が言いたいのはそうではない。
どうしてバックアップといい魂といいそんなものを持っているのか、それが聞きたかったのだ。
「なあに」
男は頷く。
「ただの研究材料だよ」
そして男は――息を引き取った。
僕は瓶とUSBメモリを持って、傍にある試験管へと向かった。そこにはぐり子ちゃんが――正確には1300号がゆっくりと眠っていた。何か、緑色の液体に浮かんでいるようにも見える。
僕は躊躇うことなく、瓶とUSBメモリを差した。
それと同時に試験管が大きく揺れ始めた。USBメモリのデータと『魂』を読み取っているのだろうか。瓶からは白い靄が試験管へと吸い込まれていった。
僕はそれを期待半分不安半分で見ていた。
もし、あの男が言っていることが間違っているとしたら――ぐり子ちゃんは一生帰ってこない。
でも、帰ってくる望みが少しでもあるのなら、僕はそれに賭けたかった。
そして、それは目を開けた。
18
目を開けるとそこには空間が広がっていた。緑がかっているのはその液体にその空間が満たされているからだろう。
今まで浮遊していた感覚があったような気もしたし、とても恥ずかしい記憶もあったような気がするが、そんなものは心に仕舞いこんでおこう。
……ふと、前を見るとそこには江崎がいた。
「おまえ、なんでここにいるんだよ!」
「よかった……ぐり子ちゃんが無事で」
江崎は泣いていた。それを見ているとなんだか怒る気分も削がれてしまう。
とりあえず今はここから出なくてはいけない……ってあれ?
もしかして、今の私って裸?
というか目の前にいる江崎が直ぐに目を隠しているということは……ほんとうに裸?
……私は怒りで身体を震わせながら、江崎に言った。
「そんな目をつぶっている暇があったら私をここから出して着替えの衣服でも持ってこーい!!」
江崎は笑いながら、それに頷いた。
19
かくして、この村での出来事は幕を下ろした。
帰り道に村人が苦しんでいる表情を見せていたが、どういうことだったのだろうか。僕には解らなかった。
ただ一人、旅館の女将さんがぐり子ちゃんを見て、
「助けたんだね、よかったね。これからは大事に彼女を守っていくんだよ」
と言ってくれた。それはとても恥ずかしかった。ぐり子ちゃんはそれを聞いて僕の肩を強く叩いたけれど。とても痛い。
そして僕たちは露鬼島発のフェリーに乗り込んだ。
客席でぐり子ちゃんはすっかり疲れてしまったらしく眠っていた。僕の肩を枕にして、眠っていた。
もう少し寝かせてあげよう。僕はそう思ってそのままにしてあげた。
――僕らはこうして日常へと帰還する。
明日からまた、ポッキー戦士の仕事を頑張らなくちゃな。
僕はそう思うのだった。