第四章 1
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幼いぐり子は草原を走っていた。自分が必要とされていることを誇らしく思い、自分の母親に伝えるためだ。自分がポッキー戦士になったことを、彼女はきっと褒めてくれるだろう。ぐり子はずっとそう信じて疑わなかった。
「ほんとに?」
だが、彼女の行く手を阻むのはほかでもない彼女の母親の声だった。
「どう……して?」
ぐり子は母親の声に答える。
母親は笑みを浮かべて、
「だって……私という存在はいないじゃない。あなたは試験管で生まれた存在。母親も父親もいない、人工的に造られた、神の裁きを受けるべき人間であり、神の遺伝子を持つとされている人間。……うふふ、どうしてあなたは信じて疑わないのかしら」
ぐにゃり、と。
空間が唐突に歪んだ。
そして、そこに写っていたのは――彼女自身だった。彼女の写身だった。彼女の写身がそこにあったのだ。
ぐり子はその光景に目を丸くする。
『ぐり子の写身』は微笑んで、言った。
「あなたは、さっさとこの事実を受け入れるべき。私が言った事には誤りが含まれている。あなたは――」
そこまで聞いたところで、私は目を覚ました。
ひどい夢だ。そもそもどんな夢を見たのか断片的にしか覚えていないのだけれど。確か私自身が出てきて何かどうこう……言っていたきがする。
ああ、朝から縁起が悪い。
そう思うと、私は汗でびっしょり濡れてしまったパジャマを脱ぐために起き上がった。
ただ、これだけは言える。
1
ある夏の日のことだった。
僕たちもあの事件からずっと経ってしまったのでそういうことなんて忘れてしまっていた。というか、それよりも問題なのは。
「最近多くないか、出動が……」
そう。
最近アンソウルド・モンスターの発生頻度が上昇しているのだ。少し前までは一週間に一回あれば頻度が高い方だったのに、今やほぼ毎日一回、ひどい時は二回も発生している。
支部長はタンクトップで風を送り込みながら、
「しかし……最近はあまりにも頻度が多すぎる。私も少し対策を練らねばなるまいな」
「いつもポッキー戦士に頼っているあんたが何を出来るんだか」
ぐり子ちゃんはそう言う。なんだかいつもより発言にキレがないけど、それは毎日の出動とこの暑さによるものだ。
今年はなんともう三十度をとっくに超えて、この東京でも四十度が観測されているというのだからおかしな話だ。エルニーニョ現象がどうこう言っていたけど、そんな理屈より暑さを軽減する方法を教えて欲しいくらいだった。
「ほんとこの暑さじゃ人間が自然発火してもおかしくないな」
「そんな馬鹿な。そんなことしたらそれこそ驚きだよ」
それもそうだ、と言ってぐり子ちゃんは笑う。
まあ、そうだとしてもこの暑さは異常だ。まるで誰かが操っているような……いや、そんなことは有り得ないのだろうけれど。
「ところで、だ」
ぐり子ちゃんはポッキーを噛み砕いて、あるものを指差した。
「どうしてここにこんなのがいるんだ?」
そこにちょこんと座っていたのは。
金髪の少女だった。ツインテールの少女はツインテールの根っこの部分に赤いリボンをつけている。見るからにどこかのお嬢様みたいな気品がある。
「ああ、『彼女』か」
支部長は小さく呟くと、ソファに手をかける。
それと同時に少女は立ち上がると、上擦った声で言った。
「本日よりこちらに配属されることとなりました、ポッキー戦士の結風雪穂といいます! よろしくお願いします!」
そう言って、彼女は頭を下げ――えっ? 今なんて言った?
僕が考えていると、支部長は結風さんの肩を軽く叩いて言った。
「今彼女から言われたように、彼女は今日からこの支部に所属することになった。能力はまだ推定ではあるが……、」
「自然系です。もっとシンプルに言えば氷属性のやつ。ブリザドとかブリザガとかです」
ブリザラはどうしたんだ、とか言おうと思ったけど既のところでとどまった。言ってしまったら完全に彼女のペースに乗せられてしまうと思ったからだ。
反応を示したのは僕よりもぐり子ちゃんだった。ぐり子ちゃんは僕がそういうツッコミをしているあいだに様々な会話をしていた。どれも他愛もないことばかりだったが、それでもその会話は結風さんとの距離が短くなるには充分すぎた。
「ぐり子さんとの会話はほんとに面白いですね!」
会話が終わる頃にはすっかり彼女たちは打ち解けていた。早い、早すぎるよ。
ワーンワーンとサイレンが鳴ったのは、ちょうどその時だった。
「ぐり子くん、江崎くん、結風くん! スーパーセブンティーンにアンソウルド・モンスターが出現したという電話が入った! 急いで現場に急行してくれ!」
それを聞いて僕は頷く。
ぐり子ちゃんは駆け出し、僕はそのあとを追うように走っていった。僕の能力を使った攻撃はどちらかといえばサポートに適しているからこれが一番だったりする。
結風さんは僕と同じくらいのスピードでぐり子ちゃんを追いかけていく。ぐり子ちゃんが一番早く着くのは昔からそうだし、彼女の能力がそうだから致し方ない。
2
私は支部へと向かいながら、この前の支部長との会話を思い出していた。
私としては、もう疲れていた。
何らかの決断をしなくてはならなかった。
だが、あの支部長は案外そういうのを汲んでくれていたので――普通に対応してくれた。意外だった。アンソウルド・モンスターとの戦いが一層大変になってしまうというのに、私にひとつも苦言がないのだ。
最後に支部長は言った。
「別にそれを決断するのは君の自由だ。……君のことだ。この決断によってアンソウルド・モンスターとの戦いが大変になるのでは、と思っているのだろう。だが、大丈夫だ。その決断をして、正式な手続きを済ましてしまえば君は一般人。そんなことを考える必要もない。ポッキー戦士としての力は残るだろうが、それはアンソウルド・モンスターとの戦いで食べたポッキーが体内に残存してその能力を残しているだけのこと。アンソウルド・モンスターと戦うことが長くなくなれば、自ずと能力は無くなるだろう。だから君は心配することなどない。安心して元の生活に戻ることが出来るだろう」
……そうだろうか。
私は試験管で育てられた、より強いポッキー戦士として開発された人間だ。もしかしたら普通のポッキー戦士とは違って一般の生活に戻ることなんてできないのではないか。
はっきり言って証拠などない。ただの自分の考えだ。
だが……なぜだろう。そういう考えが平気でできてしまう。やはり、自分は不安なのだ。本当に戻ることができるのか。
私はそう思いながら、支部長から書類一式を受け取った。
――私の、辞職届に必要な書類だ。