6
あれからのことを、僕はあまり覚えていない。
簡単に言うならば、ぐり子ちゃんがアンソウルド・モンスターにクリティカルヒットを決めて、倒したということだ。しかし、ぐり子ちゃんはそのまま倒れてしまった。担架に載せられるぐり子ちゃん、僕はどうすればいいのか解らなかった。
そして、今。
僕はぐり子ちゃんの病室に来ている。
ぐり子ちゃんは眠ったままだ。
支部長と僕が座っている。
支部長は重い口を開けた。
「……この戦いが始まる前、ぐり子くんは相当危ない状態だった。ポッキーを戦闘中に摂取しすぎてはいけないんだ。力を制御する心が育っていなければ尚更、ね。別にぐり子くんは心が育っていなかったわけではない。この前のあれが心を究極までに疲弊させていた。だから、ぐり子くんは今日をもってここを辞める予定だった。つもりだったんだ」
「……ぐり子ちゃんは助かるんですか」
そんなバックグラウンドはどうだっていい。
ぐり子ちゃんが助かるのかどうか、それが大事だ。
だが、支部長は首を横に振った。
「はっきり言って今回の戦いで……完全に心が破壊されてしまった。目を覚ましても社会復帰が出来るかどうか……」
その事実を、僕は受け入れなかった。
受け入れたくなかった。
受け入れようとはしなかったのだ。
そのあと僕はどうしたのか覚えていない。ただ気が付けば僕は支部の控え室に来ていた。いつもならぐり子ちゃんと駄弁ったりしているこの部屋も、今はとても静かだ。
「……彼女のことは、残念だったね」
隣に座っている結風さんが、僕のことを宥めた。
「君に何がわかるって言うんだよ」
僕は結風さんに告げた。結風さんはどうしてぐり子ちゃんともあまり会ったことがないっていうのに、どうして、どうして、どうして……。
「君は……居なくならないよね?」
僕はなぜそんな言葉を口にしたのか解らなかった。もしかしたら僕は他者を知らず知らずのうちに求めていたのかもしれない。ずっとぐり子ちゃんと一緒にいたから、他者を必要としなかったからかもしれないけれど。
結風さんは何も言わずに僕を抱き寄せた。
「大丈夫だよ。何の問題もない。ずっと居てあげるよ」
彼女の言葉はとても優しかった。まるで神様みたいな……あたたかみのある発言だった。
僕はただ彼女の身体を借りて感情に任せて泣くだけだった。
7
その日から結風さんはぐり子ちゃんにかわり僕のペアとなった。結風さんはぐり子ちゃんに勝るとも劣らない実力だったので、アンソウルド・モンスターの退治に支障は起きなかった。
そして、それが続いたある日のこと。
支部の控え室で待っている時に警報がなった。
まだ結風さんが来ていないのに、あまりにも急すぎる。
警報を知らせるアラームの後、それについて発表される。
『警告、警告! 西多摩支部内に高エネルギー反応! 西多摩支部の支部長室へとポッキー戦士は急ぐこと!』
その警告を聞いて驚く。だって、支部の中で高エネルギー反応。それってつまり力を行使しているポッキー戦士かアンソウルド・モンスターのいずれかだ。でも後者はありえないだろう。この前大量に引き取ったオモちゃん製麺は食べ尽くしたと言っていたからだ。
僕は考えたくなかった。もしかしたら――彼女が――。
いいや、そんなはずがない! そんなはずがないんだ!
僕はそう思いを振り払った。
――払おうとして、再び声が聞こえた。能美さんの声だった。
『先ほどの高エネルギー反応が特定されました。ポッキー戦士でもアンソウルド・モンスターでもない……第三の反応! ネオ・ポッキー戦士によるものの模様! 名前は……結風雪穂、繰り返す、結風雪穂である!』
なんで……。
なんでなんだよ。
僕の心の柱が、ぽっきりと折れた音がした。
彼女はいったい何がしたかった! 僕と仲良くしたのも、あのとき近づいたのも、もしかして力をセーブしていたのも!
凡て凡て凡て凡て! このためだったのか!
僕は駆け出した。
どこへ?
分かっているだろ。それくらい。
結風雪穂がいる、支部長室へ――だ。
◇◇◇
支部長室。
中に入ると、結風さんが支部長の首に何かを突き立てていた。ナイフには見えない。尖っているものではないからだ。ステッキに近いかな。とりあえず、そんな感じのものだ。
「あ、やっほー。来たね☆」
結風さんは今まで話した結風さんとは違った。もしかしたらこれが結風さんの素で、今までのが演技だったのかもしれない。だとしても腹立たしい。憤りを感じる。
「……支部長を離せ」
「いいよー☆」
あっさりと支部長の首からそれを離す。
「でもさあ、僕ってあることをしないといけないんだよ☆ それはある計画のためでね? それをしないと僕はダメダメなやつになっちゃってー、殺されちゃうんだ☆ ダメダメなら仕方ないよね☆」
いちいち☆をつけないと話すことができないのか、というツッコミをするのは野暮だった。
「……何をするんだ、言ってみろ」
「えーとね、あなたの親愛なる友人であるぐり子さんを殺すこと☆ 彼女はネオ・ポッキー戦士に一番近しく、計画には一番邪魔だと言われているからね☆ 殺すに越したことはないんだって☆」
「じゃあ……なぜしなかった?」
「なんでだろうね☆ あなたが好きになっちゃったからかも?」
「ふざけるのも大概にしろ。支部長を離して、投降しろ。今ならまだ命だけは見過ごしてやってもいい」
僕の言葉を聞いて溜息を吐く。
「君は優しいなあ☆ だから計画に置かれる存在なのかもしれないけど☆ まあ、いいや……でもだめだよ☆ 私はあることをしないと、このオジサンを離さないんだから☆」
「……だから、何をすればいい」
彼女は上を向いて、言った。
「あなたが私を殺してくれればいいよっ☆」
「……は?」
それは僕にとって想定外だし予想外のことだった。だいいち、何をいきなり言っているんだ。唐突すぎるし、僕に結風さんを殺せ、と? さっきまでぐり子ちゃんを殺すとかどうとか言ってたじゃないか。
結風さんの話は続く。
「私は作戦に失敗したら殺されちゃうからね☆ どうせ死ぬなら好きな人に殺してもらったほうが本望だと思わない?」
「好きな人……?」
「あら、もう覚えてないの☆ さっきいったよ、私はあなたのことが好きになっちゃった、って☆」
「それで……近づいた、と?」
「うーんと、違うかな☆ 近づいたのは当初の目的で、あなたを油断させてぐり子を殺すつもりだったの☆ あなたを油断させておけば簡単に作戦が実行できそうだったから☆ けど、ダメだったの☆ 私はあなたを好きになってしまったから☆ 好きになってしまった人の友達を傷つけることが、急に恐ろしくなってしまったの☆ 任務なのに、作戦なのに……おかしいよね☆」
「おかしい……のか?」
「解んない☆ さあ、はやく私を殺してよ☆」
彼女は笑顔で僕の方を見る。
殺せ、と彼女は言った。
僕が殺そうとしている。だとしても、その笑顔は卑怯だ。
だって、忘れられないじゃないか。
「もしかして銃持ってないとか? だったらハンドガンでよければ貸してあげるよ☆ 君にここで殺してもらいたいからね☆」
「いいや、持っているさ」
そう言って僕は右ポケットからハンドガンを取り出し、構えた。
照準を彼女の心臓に向ける。
笑顔のまま、彼女は言った。
「ねえ、私のことは忘れないでいてね☆ 殺してしまう存在のことを、殺してしまう存在にこう指定されるのはなんだか変なことかもしれないけれど……私ってずっと青春めいたことってしたことないからさ☆ もし死んでから一人の人間にでも私の顔と名前を覚えてくれると、とてもうれしいんだけどなあ☆」
「……解ったよ」
僕は引き金に手をかける。その引き金はいつもよりもとても重たい。使っている銃が違うから……なんてそんな野暮な理由ではない。
解ったよ。勇気を出したほうがいい。
僕は、人を殺す。
そして、僕は引き金を引いた。