※当時のノリで某作品の展開を利用しております。
18
雨が降っている。江崎はそれを憂鬱な表情で眺めていた。
「雨は嫌いだ。だって憂鬱な気分になるから」
場面は移り、夕焼けを眺めるぐり子。
「夕日は嫌いだよ。消えていく命を彷彿とさせる。大嫌いだ」
さらに場面は移り朝日を眺める能美。
「朝。一日の始まり。……これから大嫌いな一日が始まると思うと、鬱屈で仕方ない。嫌いだよ、朝というのは」
三度場面は移り、青空を眺める江崎。
「青い空。希望。暖かいもの。慣れないもの。怖いもの。いらないもの。……僕が持っているものを凡て持ち合わせているみたいだ。けれど、好きじゃない」
そして場面は再びぐり子。
ぐり子は夕日を見つめ、言葉を吐き捨てた。
「……ほんとうに、みんな大嫌いだ」
「何を願うの?」
能美は言う。
――不安が怖い?
「何が欲しいんだ?」
ぐり子は言う。
――安らぎが欲しい?
「君が何を求めているのか、それははっきりと僕の口から言える。……君は自分が嫌われることが嫌いなんだよ。拒絶されたくない。接触してほしい。承認して欲しい。自分がここにいることを認めてくれる、誰かが欲しい」
ゼロは言った。
だけれどぐり子と江崎には、まるで耳に入らないようだった。
「だから自分が嫌われるより、その持っている不安と寂しさを消し去りたい。自分からポッキー戦士以外の価値を手に入れたい。そうだろう?」
「……」
「だがその価値は自分自身で認めるしかないわけだ。ほかの人がそう簡単に君たちの価値を認めるほど、時間は余分にもっちゃいないよ。世界ってのはそういうものだ」
「だから僕は……」
「ポッキー戦士でいる、か?」
「僕にはそれしか価値がないんだ」
「生きていくだけの価値がない」
江崎についで、ぐり子が言う。
「なら、あなたはいったい?」
試験管に沈む試験体《ぐりこ》が言う。
「じゃあ僕っていったい何なんだよ?」
「君が持っているのは『江崎』という記号にほかならない。身体、顔、表情、名前の凡てそうだ。全部君は記号化されたものを組み合わせたことによって生まれた結果にしか過ぎないんだよ」
「じゃあ、僕っていったい何なんだ?」
江崎の言葉にゼロは舌なめずりする。
「君は君という固定的な空間を持っている。それでいて境目がある。その境目をどうするかは……はっきり言って君次第だ。それ以上でもそれ以下でもない。でもね、その固定的な『君』という空間に干渉する存在はたくさんいるわけだ。誰でもいい、ぐり子でもいいし……君が支部長と呼ぶ彼でも構わない。とにかく誰でも干渉してくる。平気でその空間にずけずけと入り上がってくる。それも土足でね。でも、最終的にそれらは君のことを理解出来ない。誰も君の事なんて理解できないんだ。そしてその取り巻く環境は君の心自体で変わってしまうものなんだよ」
「……これは?」
江崎が最後までゼロの話を聞いていると、気が付けば空間は何もない真っ白な空間へと変貌を遂げていた。
そこは彼が願った、何もない空間だった。束縛されることもない空間だった。
「でもここには誰もいない。君の望んだ空間だけれど、ここには誰もいないんだよ」
「そんな……。どうしたらいいのか解らないよ」
「人は人、君は君だよ。凡て理解しようとしなくてもいい。でも、君の母親も父親もぐり子も、もちろん僕もみんな違う固定的な空間を所持している。そしてそれにみんな土足で踏み入れる。それが普通だ。そしてそれによって人格ってものが形成されていく。……もっというなら、自分というものが形作られていくんだ」
「……そんなものなんですか?」
「そうだよ」
「僕は僕で……ほかの人が僕の心を、僕自身を形成している……?」
「ああ」
ゼロは頷く。
「やっと気づいたか、江崎」
唐突に。
江崎の耳にぐり子の声が飛び込んできた。
19
目を覚ますと、ぐり子ちゃんが僕の上に乗っていた。
「え、えーと……これはいったい?」
「これはいったい、ってどういうことだよ。まだ目が覚めていないんじゃないか?」
「そりゃ眠いよ……」
そう言って僕はもう一回眠りに……
「って馬鹿! 今から学校だよ! 遅刻するぞ遅刻!」
階下では父親と母親が食事をしていた。僕はパンだけ掴んでぐり子ちゃんとともに外に出る。
「いってきまーす!」
もちろん、そういう常套句は忘れずに。
渋滞を横目に僕とぐり子ちゃんは走っていた。
「そういや江崎。今日は転校生が来るらしいぞ?」
「転校生?」
路地に差し掛かり、学校が見えてくる。あと十分。今日も遅刻は無さそうだ。
「そうだ。男か女かどうかは解らないがな……」
「可愛い子だったらいいなあ」
そう言って僕は笑みを浮かべる。
浮かべただけなのにぐり子ちゃんに殴られた。痛い。
そんな時だった。
出会い頭に現れた誰かに――僕はぶつかってしまった。ちょうど頭をぶつけてしまった。
その反動で倒れてしまうが、僕はすぐに立ち上がると相手の方に手を貸した。
相手は女性だった。もっというなら、金髪の少女だった。ツインテールの少女はツインテールの根っこの部分に赤いリボンをつけている。見るからにどこかのお嬢様みたいな気品がある。
「ごめんね、急いでいたんだ」
そう言って、少女は僕の手をとり立ち上がると、急いで走っていった。――ぼくたちと同じ、学校の方角へ。
「……で、ぶつかった女の子はどうだったんだよ江崎。可愛かったか?」
「そりゃあまあ……可愛かったよ?」
という顛末を布律くんに話していたら意外にも布律くんが食いついてきてくれた。面白い話をするから、僕は彼と仲が良かった。
「よおし! 今日もいい天気だなあ! ハハハ!」
勢いよく扉を開けて先生が入ってきたのはちょうどその時だった。タンクトップ姿の先生は年中その格好だ。冬でもそうだ。寒くないのかな、と思うけど本人が気にしていないんだし別に問題ないか。
教壇に立って、先生は言う。
「今日は転校生を紹介するぞお! よし、入れ!」
そう言って入ってきたのは……ええっ?
「はじめまして、結風雪穂です……って」
「「あああ~っ!」」
僕と結風さんは同時にそれぞれを指差し、声を上げた。
「なんだ、知り合いか?」
「「知り合いじゃないです!!」」
同時に言う僕たち。
なんだかぐり子ちゃんがむすっとしているけれど……あとが怖い。
その光景を見てクラスのみんなは大声で笑った――。
20
「……そうだ、こんな未来も考えられるんだ」
僕はミニチュアを見て、言った。
「そうだよ。君の選択によってはこんな未来だってありえた。そう思えばこの世界も決して悪いものだとは思えないだろう?」
「でも……この世界は……」
「悪い、かい? 果たしてそうだろうか。僕はそう思わないね。現実を嫌だと思うのも真実と置き換えたりするのも、凡て君の心のせいだろう。真実は人の数だけ存在する。受け答え方だけで無限の可能性が与えられているのさ。それをどう考えるのかは君次第だし、君の責任にもなる。けれど、それがいいんじゃないかな人生というものは。人と向き合い、人と楽しく。その人生ってものを人間は楽しく生きているからこそ、僕たちも一緒にその楽しさを享受していけるのではないかね?」
「……そうでしょうか」
「そうだとも。自分が嫌いな人は、他人を好きになることも信頼することもできない。これは事実だ。でも、君自身が変わればどうなる?」
「そうか」
僕は立ち上がる。
「ここにいても、いいのかもしれない」
空間に亀裂が入る。
「僕は僕だけじゃない」
僕だけの空間が、終わりを告げようとしていた。
「僕は僕なんだ」
僕は漸く――受け入れることができた。
「僕はここに居たい……!」
新しい世界を見つけることができた!
そして――世界は暗転した。
21
そこにはみんながいた。
みんな拍手してくれた。僕を祝福してくれているのだろうか。
「おめでとう」
ぐり子ちゃんが代表して、僕の前に立つ。
ぐり子ちゃんは右手を僕に差し出した。
僕は微笑んで、握り返した。
「……ありがとう」
漸く受け入れることのできた、この世界に――僕はそう言葉を送った。
世界は改変された。
世界は改変された。
元通りになった。
元通りになった。
彼女が、彼が、望んだ世界を。
神が望んだ世界を、そのままに。
意図せず送る世界を。
夢見た世界を。
他人と向き合える世界を。
他人と喜びあえる世界を。
他人と分かち合える世界を。
他人と楽しむことのできる世界を。
……あなたは望んだ。
神は望まれた。
望まれた者に世界を与える。
望んだ者は誰だ?
神だ。
神しか有り得ない。
世界を、戻そう。
もう一度やり直そう。
神が望んだ、『可能性』の世界へ。
神が選んだ、『世界』へ。