第五章 1
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年が変わり、二〇一四年。
僕はある場所へと向かっていた。格好はいつもと一緒だけれど、どことなく綺麗な格好にしている。どういう感じかといえば埃を落としたりとか糸くずを取ったりとか、そんな感じ。
それじゃあ、僕はどこへ向かっているんだ、って?
そんなことは簡単なことだし、今までこれを読んでいた稀有な読者ならば解っているんじゃあないかな。
そう。
「ここか……」
漸く到着して、名前を見る。
住宅街の中にひっそりと佇む一軒の家。住宅街だから普遍的な建物であることには間違いない。そして、この家には『彼女』がひとりで住んでいる。
ここはぐり子ちゃんの家だ。
ぐり子ちゃんの家は学校の裏山の中腹にある小さな新興住宅地の中にあった。
だから学校からとても近い。それは周りから羨まがられるくらいだ。
「そんなことを言いにわざわざ家の前まで来たのか、江崎」
そんな言葉が聞こえて、僕は上を向いた。
そこに居たのは、ぐり子ちゃんだった。ベランダに寄りかかり、僕の姿を見て笑っていた。ぐり子ちゃんは今晴れ着姿だ。なぜか、って? 理由は簡単。今日はこれから初詣に行くから。
ポッキー戦士の相方である、彼女と一緒に初詣に行く予定があったのだった。
「さあ、江崎。行くぞ」
「うん、そうだね」
そう言って、僕は踵を返した。
――その時だった。
僕の右腕が、無残にも切り取られた。
あまりにも唐突過ぎて、何が起きたのか解らなかった。
「……え?」
僕は腕の方を見る。
腕は無くなっていた。
はっきりとなくなっていた。
血も出ていない、痛くもない。
聞いたことがある。あまりにも鋭い剣で切ったその切り口は、痛みも感じないっていうことを。
ぐり子ちゃんはその間ずっと僕を見ていた。きっと何があったのか解らなかったんだ。僕だって、解らなかったんだから。
「ぐり子ちゃん」
声が、出なかった。
いったい、誰がこれを――。
僕は、前を向いた。
そこに居たのは『影』だった。大の大人程の大きさの影。それが、笑っているような感じがした。
「……ぐり子ちゃんっ!!」
叫んだ。でも、声が出ない。
そして影は容赦なく僕の体を貫いた。嗚咽が走り、血を吐く。ぐり子ちゃんは驚いていたようだった。だが、動けなかった。動かなかったのかもしれない。動いたら死ぬ――そんな本能が働いたのかもしれなかった。
だけれど。
ぐり子ちゃんだけには逃げて欲しい。
たとえ、僕は死んでも構わない。
だけれど、ぐり子ちゃんだけは――。
「死ね」
小さい声が頭の中に響いた。
そして、
影が伸びた。
僕の叫びも届かずに、
僕の叫びも聞かずに、
それは、
ぐり子ちゃんの腹を貫いた。
◇◇◇
「ぐり子ちゃん!!」
僕は目を覚ます。そこに広がるのは、僕の家の天井だ。
見知らぬ天井などではない、ただの天井。
それを見て、僕は漸く夢だと理解した。
「夢……かあ。それにしてもリアルな夢もあったもんだ」
そう言って僕は時計を見る。
今日は二〇一四年一月十一日。
初夢というには随分と遅い、最悪な夢だった。
2
あのあと。
僕はぐり子ちゃんに呼び出され、支部へと向かうことになった。
東日本在庫監視委員会西多摩支部。そんな長ったらしい名前だが、それが僕たちポッキー戦士の働く『職場』であった。ポッキー戦士は在庫の怪物『アンソウルド・モンスター』に対抗できる唯一の手段――戦闘を行うことができる。
通常、人間の脳は僅かしか使われていない。それを、ポッキーをスイッチのオンオフとして使用することで脳を格段に使用するようにした。そういうふうに僕達は調整されているのだという。ほんとうなのかどうか、真実は定かではないけれど。
「今日は来てもらってほんとうに助かっているよ、ぐり子くん。それに江崎くんも」
「休日を潰してまで話したいことがあるんだろうな? もしもそれほど重要じゃないものだったら……」
「何を言っている。きちんと重要だ。それも世界にかかわる、な」
そう勿体ぶって、支部長はあるものを見せた。
それは手紙だった。
「……手紙?」
「ミカド教団というのを知っているか?」
「ミカド教団。ああ、聞いたことあるよ。アンソウルド・モンスターは人間の怠慢が生み出したモノであり、それを破壊することは神に逆らうことになる……そんなクダラナイ考えを掲げているカルト集団だろ。私の家にもそんな手紙はいっぱいやってくる」
「やはりそうだったか……。すまない、徹底はしていたのだが……」
「支部長、あんたのせいじゃない。私は私の意志でここにいるんだ。それ以上でもそれ以下でもないしそれを変えるつもりもない。それを変えるということは自分の意志を強引に捻じ曲げる、ってことだからな」
それを聞いて支部長は頭を掻いた。
「……ほんとうに君は素晴らしい人間だよ。私がどんなミスをしても君だけなら何とかなりそうなくらいには」
「奢るなよ。流石に私にも出来ないことだってある。かといってここで言うつもりもないが」
「そうだな。それでこそ普通の人間だ」
「私たちはポッキー戦士だがね……。その時点でまったく、普通の人間と一緒とは言えないだろうよ」
「そりゃあそうだ」
そう、ぐり子ちゃんと僕たちが話をしていた。
ちょうど、その時だった。
基地が暗転した。
停電だった。
「どうした!! 停電か!?」
支部長は慌てて部屋にいる人間に問いかける。しかし返事はない。
「ちくしょう……! どうしたというんだ!! ここの設備は最高のセキュリティを誇るはずなのに!」
そして、今度は明転する。
そこに立っていたのは、少女だった。赤茶色の髪に、赤茶色の目。白いマフラーに茶色のセーター、ジーパンに両手を突っ込んでいた。
「お前……何者だ?」
「ミカド教団の人間……そうとだけ言っておきましょうか」
そして、少女は驚異的なスピードでぐり子ちゃんと間合いを詰めてきた。当然、僕と何か言葉を交わす時間も隙もない。このまま僕はぐり子ちゃんに頼むほかないのだ。信じるしかないのだ。
ぐり子ちゃんは即座にポッキーを噛み締める。しかし、それでも相手が有利だった。
相手もポッキー戦士だというのだろうか?
しかし、相手は間合いを詰めただけでそれ以上は何もせず、定位置に戻った。
だからぐり子ちゃんも僕も疑問に思って、それ以上攻撃しなかった。
「……どうした?」
「あなたの素質が本物かどうかを、確かめるため。それだけのことです」
「確かめたかった?」
「ええ。あなたは『カミサマ』の素質があるのですから」
「……カミサマ、だと?」
それを聞いてぐり子ちゃんは噴き出した。
「何を言っているんだ、お前? 突然攻撃したのをやめたと思ったら、カミサマになる素質があるから? それで私が納得するとでも?」
「するしないではありません。あなたにはカミサマの素質がある。そしてその素質が本物かどうか確かめるべく、私は今日姿を現した。……時に、あなた、『ネオ・ポッキー戦士』というのを知っていますか?」
それを聞いて支部長の眉が僅かに動く。
僕とぐり子ちゃんはそれを知らなかった。
少女は溜息を吐いて、話を続ける。
「簡単な話が、ポッキー戦士の強化版です。さらに強くした……と言ってもいいでしょう。そういうものが今研究されて、漸く実用化まで来たのですよ。強い力を身に付け、人類を支配する。ああ……なんて気持ちのいい話なのでしょうか」
時計を見る。
「おっ。そろそろいい頃合なので帰りましょう。それでは、また」
そして。
再び暗転する。
明転するまで数秒とかからなかったが、その時にはもう少女の姿はなかった。
まるで狐に抓まれたみたいな――そんな感じだった。