3
遠いどこか。
山奥にある研究所。
人はそれを研究所と呼ぶか、或いは廃村と呼ぶか。はたまた別の名前で呼ぶのか。
少なくとも西暦二〇一四年現在その場所に人が立ち入ることは少なく、よってその場所に何があるのか誰も知り得なかった。
その場所を、知る者はこう呼ぶ。
『怪物化残売品対抗手段研究開発施設』。それがその施設の名前だった。
怪物化残売品、それはいわゆるアンソウルド・モンスターを堅苦しく表現したものであり、それに対抗する手段ということは代表的なものでいえばポッキー戦士であろう。しかしポッキー戦士だけが対抗手段ではない。ポッキー戦士が生み出されたのはいわゆる『偶然の産物』であり、必然たる対抗策では無かった。
今、廃村の中心に立つのはひとりの少女。
華奢な身体だった。身長は普通の女子中学生よりも頭一つ分少なく、いわゆるお子様体型というものだ。優雅なお嬢様を思わせる亜麻色の髪はツインテールとなっており、それが風に微かに揺られている。服装はセーラー服、頭にはインカムを付けていた。
『――これより実験を開始する』
インカムに装着されたイヤホンから聞こえる声は彼女にとってとても耳障りだった。
だが彼女にとってその声の主は直属の部下であり、感情を理由に投げやることなど出来ない。今の彼女にとってこの状態が凡てであり、これ以上のものなど無い。今の状況を自ら投げ捨てることなど彼女にはできなかった。
「……実験内容を確認します。今回の実験は、」
インカムを通じ、質問する。
だが。
その余裕すら、彼女に与えられなかった。
横から振り下ろされた大きな剣によって、彼女の行動は遮られた。
彼女はそれを瞬時に判断し、その剣とは逆の方向に跳躍する。
高い跳躍。空に浮かぶ彼女の姿はまるで天女のように美しかった。
その美しさ、襲いかかっていた人間も見とれてしまう程だった。
そして、少女は優雅に着地――しなかった。
それは着地というよりも落下に近かった。
地面にモロに叩きつけられた彼女の身体は無事では済まない。普通の人間が見ればそう思うことだろう。
だが、彼女は違う。
普通の人間などではない。
襲いかかる人間たちを横目に彼女が取り出したものは――アーモンドポッキーだった。
こんなタイミングで優雅におやつでも食べるのか? 『普通の人間ならば』そう思うに違いない。
だが、彼女は違う。
ただの人間などでは無いのだ。
刹那、彼女の周りに氷の華が咲いた。
襲いかかる人間たちだけではなく、地面、木々、家などを一気に凍らせたのだ。その景色はもはや芸術的とも言える。
それを行った彼女といえば涼しい顔で、インカムを通してこう言った。
「……こんなもんでいいかしら。実験は?」
イヤホンからは何も聞こえなかった。その時は大体オーケーという意味だと彼女は知っていた。
空を見上げると、そこには月が見えていた。
「最強のポッキー戦士と最強のアンソウルド・モンスター、か……」
彼女は呟くと身を震わせながら、その場を後にした。
4
「新しいポッキー戦士を投入……ですか?」
支部長は、電話の相手にそう問いかけた。
電話の相手は何か難しいことを言っているようだったが、支部長の周りには誰もいない。よって、その事実を知り得ることが出来るのは支部長ただひとりであった。
電話を切り、支部長は舌打ちする。
「いかがなさいましたか、支部長」
そう言ったのは能美だった。
能美の言葉に支部長は首を横に振る。
「ああ。別に何の問題もない。ただ少し厄介なことになってしまっただけだ」
「厄介なこと?」
「新しいポッキー戦士を『開発』したらしい。そしてその試験運行をここで行うというのだ」
言葉だけ聞くと、ポッキー戦士がロボットか何かだと思えてしまう。能美もそう思う。
しかし違う。ポッキー戦士はただの人間だ。確かに人間離れした動きを見せることもあるが、普段はただの人間なのだ。
「……お言葉ですが、それだけを聞くとポッキー戦士を人間的に扱っていないと思われます。言葉を選んだほうがいいかと……」
「そう言ったのは、在庫監視委員会の委員長だ」
場の空気が、明らかに凍りついた。
在庫監視委員会委員長。
それは即ち、アンソウルド・モンスターと戦っていく人間たちからすれば、逆らうことの出来ない絶対的立ち位置に居る存在だ。その委員長からポッキー戦士を機械呼ばわりして、新しいポッキー戦士を寄越すというのだ。
「何か裏があるのでしょうか……」
「しらん。そんなものは知りたくもない。私にとって、面倒臭いことばかり増えていくのは非常に面倒なことだよ」
支部長は言った。だがそう言っても現実が変わることはない。
あくまでも、現実逃避だ。
現実逃避をしたいくらい、実直な事情と対面しているのだ。
「しかも厄介なことに、新しいポッキー戦士と古いポッキー戦士のマッチングはこちらではなく、委員会が直々にやると言い出している」
「委員会が直々に!?」
能美はその言葉を聞いて思わず仰け反った。当然だろう、今まで委員会は各支部に自治権を与えていた。即ちそれが意味しているのは、自治権を剥奪しているということに等しい。
「どうして抗議なさらなかったんですか!」
「私が抗議もせずにただ従う、狗のような存在だと思ったかね」
能美は何も答えなかった。
支部長はそれを見て、さらに話を続ける。
「私だって抗議した。私だって否定した。それくらいの権限はこちらに与えられているはずだ、とね……。だがそれでも許可されなかった。こちらがやると言って聞かなかったのだよ」
「即ち……何か裏があると?」
「可能性は大いにあり得る」
支部長はそう言って机に置かれていたコーヒーカップを持つと、コーヒーを一口啜った。少し熱かったようだが、それでもそのまま一口飲み続けた。
「まあ、彼女たちのことだ。普通に何とかしてくれるだろうが……。それでも油断は出来ない」
「確かにそうですね。相手が正義であるとは限りません」
「そう。だからこそ不安なのだよ。疑問に思っている、と言ってもいいかもしれないな。どうすればいいのか解らない。我々の考えている以上に、ぐり子くんと江崎くんは強くなっているのだから」
「でもいつか、彼らも壁にぶつかるのではないでしょうか」
「と、言うと?」
「いや、あくまでも仮定の話ですよ」
微笑んで、踵を返し。
能美は支部長室を後にした。
支部長はそれを見て疑問を浮かべたが――すぐに忘れた。