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今日もいい天気だ、と僕は思う。
僕は誰か、って? 忘れないでいただきたい、この物語の主人公である江崎だ。ちょいと一年ばかり姿を見せなかったことがあったかもしれないけれど、まあそんなことはどうでもいい。
でも、なぜ僕が今走っているのか――って?
それはあまり言いたくないことなのだけれど、簡単に言えば遅刻。
もともと集合時間が午前十時だったのだけれど、この時点で午前十時三十五分。とどのつまり、都合三十五分の遅刻ということになる。
「……どうしてこんなことに」
僕は呻いた。だって普通に考えればこんなに遅くなることはなかったのだから。予定では午前八時半にアラームが鳴り、そのまま起床して十分前に集合場所に着くように調整していたはずだ。けれど、どうしてこうなった?
――いや、今それを考えている暇はない。
もう僕のスマートフォンには何度も着信が入っている。ぐり子ちゃんからだ。急がねば、急がねば。一度電話に出たけれど、「電話に出ている暇があるならさっさと来い」という理不尽な返答があったので、以降電話を無視している。
電話を無視し続けていたら、逆に怒ってしまうのではないか? なんてことも思ったけれど、最初にそう言ったのは彼女だ。解釈が若干違うかもしれないけれど、まあ、そのあたりはどうでもいいだろう。まずは急がないといけない。間に合うかどうか――というかすでに間に合っていないけれど。
さて。
僕は走っていたのだが、そこで立ち止まった。
そこはT字路だった。どちらを走っても駅までの距離はあまり関係ない。だからあまり迷う必要はないのだけれど――。
「……よし、こっちだ!」
少しの間考えて、僕はひとつの決断を下した。
「たまには違う道を行ってみるのもありか……」
普段は左に行くのだが、気分を変えるのもいいだろう。とはいえ、遅刻している以上気分を変えるもどうもないのだが。
右に曲がって先に進む。進んでいくうちに鉄橋をくぐり、駅前へと到着した。
とはいえ、ここが目的地ではない。さらに向こう側にあるターミナル駅まで向かわないといけない。ちょっと遠いが、致し方ない。電車に乗ってもいいかもしれないが、乗るくらいだったら歩いたほうが案外早い。というか乗って人身事故でも起きてしまったらそれこそゲームオーバーだ。
駅前通りを抜けて、閑静な住宅街に入る。
住宅街を歩いていると、僕に一人の男が声をかけてきた。
「よう、江崎。何しているんだ、そんな焦った表情で」
そう言ったのはクラスメイトの布律だった。
僕は事情を説明すると、うんうんと頷いた。
「それはお前が悪いな、江崎」
そう前置きして、布律くんは話を続ける。
「約束をしたのなら、さっさと急がないといけない。余裕をもって、たとえ遅刻しても少しの遅れにしかならないように調整しないといけない。そうだろ?」
「一理ある」
というより、十理ある。もう完全に言い返すことなんてできやしない。
「それじゃ、僕はここで。急いでいるからさ」
そう言って僕は別れようとした――そのとき、布律くんが言った。
「待てよ、江崎。目的地は大野駅なんだろ? だったら俺の親に頼んでそこまで車で乗せて行ってもらおうか? ちょうど大野駅の伊勢丹に行こうとしていたところなんだよ。ほら、今北海道物産展やってるし」
それは有難い。それが可能なら相当なタイム短縮だ。
そう思って――僕は布律くんの誘いを受け入れた。
◇◇◇
「しかし、車だと快適だな……」
これなら間に合う気がしてきた。いや、間に合わないのはすでに確実なのだけれど。
「それにしても大野駅で男女二人が待ち合わせなんて……何をするのでしょうな? 母さん」
「そうですわねえ、お父さん。でもまあ、見守ってあげるのが大人ですわよ」
なんだか布律くんの両親が運転席と助手席からそんな会話をしているのが聞こえてくるけれど、僕は全力で無視した。そんなことより、前見て運転してください……!
「まあ、別にいいのだけれど。とにかくお父さん、急いで北海道物産展にいかないと。お父さんの大好きなマルセイバターサンドが売り切れてしまいますわよ。あと、私の好きなじゃがぽっくるも!」
「おっと、それはいかん。急いで向かわないとな。……だが、もう法定速度オーバー気味だぞ?」
良い子のみんなは安全運転しようね!
いや、でもオーバーが十キロ未満ならみなしでOKとも聞いたし、その範疇かも……。
「たった二十キロじゃないですの。もっと出せるでしょ。五十キロオーバーくらいしないと」
それはもう逮捕されちまえってレベルですよ!?
「どうした、江崎? 疲れているのか?」
「い。いや……大丈夫だよ。疲れていないよ。安心していいよ」
なんかインディアン悪くないとでも言いたげな感じになっちゃったけど、まあいいか。
もしかして、この車に乗っている中で唯一の常識人なのではないだろうか……。
「ところで、さっきトランクに入れなかった、そして今も持っている長い荷物は何ですの? 大事な荷物、とは言っていましたが……」
「あ、これですか? ええ、まあ……」
……中にライフルが入っています、なんて言えないしなあ。
そう、僕が持っているこの長い荷物の正体はライフルだ。ポッキー戦士として戦うときに使う、僕の大切な武器。
いつアンソウルド・モンスターがやってきてもおかしくないので、こうして肌身離さず持ち歩いているというわけ。
「まあ、いいですけれど……。伊勢丹に着いたらたくさん買い物するわよ~!」
そして布律さんのお母さんがガッツポーズ――した、その時だった。
目の前に隕石が落下した。
法定速度五十キロオーバーの車はあわや大激突――と思っていたが、なんとそこでうまくハンドルを切り、アクション映画よろしくうまく隕石を避けた。
……只者じゃない。ほんと。
「な、なんですの?!」
布律くんのお母さんは車から外を見る。
そこにあったのは隕石だった。
しかし、よく見るとその隕石はどこかで見たことのあるような――形をしていた。
有名なチョコのお菓子。
そう、なんといえばいいのか――。
「……チョコボール?」
布律くんの言葉の直後、チョコボールは真っ二つに割れた。
ぱっかーん。
最近CMでやっていたそんなオノマトペが聞こえてきそうな、綺麗な割れ方だった。
そして中から出てきたのは――。
「魔法……少女?」
きらびやかなドレスに身を包んだピンク髪の少女がそこにいた。
しかし、その恰好に似つかわしくない――本来ならあるべきものがなく、本来ならあるはずのないものがあった。
前者はステッキ。
後者はポッキーだった。
要するに、彼女はポッキーを食べていたのだ。ポッキーを食べている魔法少女……あり、なのか? 見たことが無いけれど。
「あなたが江崎くんね?」
ちょっと高周波気味の声で彼女は言った。
……って、なんで僕の名前を知っているんだ?
「そりゃ君のことは有名人だからね。少なくともポッキー戦士界隈では」
「また狭い界隈ですね、それ」
僕の言葉に答えることなく、くるりと回転する少女。
彼女は僕のことを知っているようだが、それに対して僕は彼女のことを知らなかった。
「君はいったい……誰だ?」
僕は訊ねた。
そして彼女は一瞬の余韻を置いて、答えた。
「私の名前はコロンだ。いい名前だろう? 江崎くん」
そうですか、と僕は小さく頷いたが、コロンはそうした僕のほうを睨みつけてきた。
……はあ、なんで僕の周りってこんな女子ばかりなんだ?
そんなことを思ったが、ひと先ず何も言わないことにした。なんかセーラー服の僕の知り合いがくしゃみをしてい そうな気がするけれど、それは置いておく。
「……布律くんのお母さん、お父さん。すいません、ひと先ずここで降りていきます。ここからなら大野駅までそう遠くないですし」
「あら、そう? 大丈夫? エスコートの心配は?」
そっちの心配ですか。
「ええ、まあ。大丈夫かと」
「ならいいわ。それじゃ、楽しんでね。ほら、いくわよ」
そうして布律くん一家の乗せた車を見送った僕は、再びコロンと対面する。
「……ポッキー戦士。新しいポッキー戦士、か?」
「まあ、そういうことになるかな。ちなみに私のポッキー、知りたい?」
「興味はあるね」
そう言った僕の言葉を聞いて、彼女は食べていたポッキーの残りを差し出す。
それはイチゴ味のポッキーだった。
「これは……」
「ストロベリー味のポッキーよ。普通でしょう? 別に。ずっと出ているロングセラー。ビターとノーマルに比肩する人気を誇っているわ」
「まあ、そうかもしれないが……」
「ともかく。私はあなたに伝えることがあってここに来たのよ」
「伝えること?」
僕は彼女の言葉を反芻した。
そして、彼女は言った。
「あと三日で――世界が滅びるとしたらあなたはどうする?」
彼女は笑みを浮かべて、そう言った。
――冗談にしては、ひどい話だと、僕は思った。