8
「ぐり子ちゃんが――ミカド教団の探している相手、だって?」
「ああ。そうだ。正確に言えば、ポッキーの神と言ってもいいだろうな。或いは、菓子の神と言っても過言では無いのではないかな? 実際問題、菓子戦士の中でポッキーに適合する戦士は一番多いと言われている。私だって、その一人だ。それを鑑みるに、ポッキー戦士の頂点に立つ存在こそが……牧場ぐり子だ。そのことは、お前も知らなかったとは言わせない」
「……でも、それって」
僕には理解できなかった。
僕は理解したくなかった。
だってその言葉の意味は――とどのつまり、ぐり子ちゃんが神となるということ。
そんなこと、ありえない。
でもぐり子ちゃんは確か……。
「牧場ぐり子は、開発された人造菓子戦士だ。ポッキー戦士、とは聞こえがいいが、簡単に言えば、怪物化残売品対抗人型兵器。それを体よく一般市民にもわかりやすくしたのが、菓子戦士。そしてその中でポッキーでその力を引き出すことができる戦士が、ポッキー戦士である。『天然』の菓子戦士は七千万人に一人と言われていて、その確率はもはや天文学的だ。それくらいは知っていると思うが?」
「……それは、知っているよ。けれど、それとぐり子ちゃんに何の関係が……」
「だから、言っただろう」
僕の言葉を遮るように、彼女は言った。
そして、取り出したのはストロベリー味のポッキーだった。
「知らないとは言わせないぞ、江崎カカオ。お前も知っているはずだ。牧場ぐり子が生まれた街へ向かったはずだ。そこで、生まれた真因を知っているはずだ」
知っている。
知っているけれど――それが何だって言うんだ?
「お前は知らないと思っているかも知れないが、それは間違いだ。お前は知らないと思いたいだけ。思っていたいだけだ。知っていることに蓋をしているだけだ。そしてお前は……ただ逃げているだけだ」
違う。
違う。
違う。
「違うのか? いいや、そんなことは無い。現にお前は経験しているはずだ。世界のリセットを。世界が終わってしまったことを。世界が終わった後、何らかの見えざる力によってリセットされていく姿を目の当たりにしているはずだ。しかしながら、それを強引に白のペンキで塗り潰して、記憶そのものをミルクパズルのようにされたかもしれないがな。それでも、お前の頭の奥底には記憶が残っているはずだ」
「いいや、そんなことは無い! お前はデタラメを言っている!」
「じゃあさ」
彼女はケタケタと笑いながら、言い放った。
「……何でお前は、さっきの私の言葉に対して『知っている』なんて肯定的発言をしたんだよ? この時系列じゃ、お前はまだ何も経験していない。菓子戦士について、そして、牧場ぐり子について何も知らないはずだ。だのに、どうしてお前は『知っている』なんて言った?」
9
リセット。
セーブしている状況を最後に、それ以降の記憶は保存されない。
それがリセットの定石だ。
とどのつまり、リセットをしたとなればその段階からの記憶は誰も保持しているはずがない、ということになる。
「……思い出せ、江崎カカオ。お前は覚えているはずだ。世界のすべてを。なぜ牧場ぐり子が狙われているのかを。そして、なぜお前と牧場ぐり子がともに菓子戦士として活動しているのかを」
「菓子戦士として……なぜ居るのか……」
僕は思い返す。
ゆっくりと。そして、ゆっくりと。
虚空の夢へ――落ちていく。
10
「久しぶりだね! 牧場くん! いやはや、どうして君がこのタイミングでここに居るのかな?!」
「……それはこっちの台詞ですよ、ヌガー先輩」
ヌガーというのは確かハンドルネームだったはずだ。私の記憶が正しければ、の話だが。
確か、夏と冬のある時期だけにおける、非常勤の菓子戦士だったと記憶しているが――。
「いやはや、最近イベントが増えてきているものでね。それに従い、アンソウルド・モンスターも増えている。だから、僕としても出番が増えてしまうというわけだ。とはいっても、知っている人は居ないと思うけれどね! 一応僕は公式キャラな訳だけれど! よろしくね!」
「いったい誰にその自己紹介をしているんですか、ヌガー先輩」
溜息を一つ、私は吐いた。
そろそろ現状の説明をしなくてはいけないだろう。
私は支部長から新任の菓子戦士――『塩ポッキー』を媒体とした存在――の極秘資料を読み解いた後、暇になってしまったため支部の中をふらついていた。
そこで、私服姿と思われるヌガー先輩に遭遇した、というわけだ。
一応、先輩といっているのは――私よりも先に菓子戦士という地位に就いたから、ということになるのだけれど。
「と、いうか。そもそもヌガー先輩は江東区管轄のはずですよね。となると、西多摩支部ではなくて、在管本部に所属しているはずでは?」
「あれ? 支部長から聞いていないのかい? 僕は、非常勤だからね。どんなところでも行くのさ。因みに今回は町田市で行われるイベントのためにこちらにやってきた次第。本部から向かってもいいのだけれど、朝のラッシュの小田急線には乗りたくなかったから、前乗りしたのさ。いい考えだろう?」
確かに、朝の小田急線は地獄と言っても過言では無い。
しかしそれはどちらかといえば神奈川から新宿方面へ限った話。逆向きに向かえば、あまりその混雑具合は感じられないはずだ。
「……ま、あまり気にすることでもないとおもうよ。いずれにせよ、今回は君たちの協力は必要無いし。……ところで、江崎くんは? 彼も同じ菓子戦士として、君と共に戦っているのだろう?」
「江崎は」
まだ来ない。
あいつはまだ――やってこなかった。既に私が連絡を入れてから二時間は経過している。定期ミーティングは結局江崎抜きで行われてしまったので、私は「体調でも悪いなら早めに連絡しろ」とだけショートメッセージを送信しておいた。返信はまだ無い。
ヌガー先輩は私の表情の変化を細かく読み取ったのか、
「ま。喧嘩はあまりしないことだね」
「は?」
――いいや、前言撤回しよう。どうやらヌガー先輩は私の表情の変化を、見当違いに読み取っている。
「菓子戦士とは、孤独な存在だ。たとえその存在が多数であったとしても、菓子戦士はあまり協力することはない。それは君も知っていることだろう。けれど、君たちは珍しく、協力する菓子戦士だ。江崎くんがフォローし、牧場くんが攻撃を加える。それにより、キリトリセンを破壊する。非常に珍しい存在なんだよ。二人で一人の菓子戦士と言っても、過言では無いくらいに」
二人で一人。
何かどこかで聞いたことあるようなそんなフレーズを私は脳内で反芻させる。
「……ま、君たちが喧嘩しているならば、それを早々に解決させることだね。問題は君たちが思っている以上に深いものとなっているかもしれないし、そうでないかもしれない。……おっと、僕は今から前準備をしに会場へ向かわないと! 会場のスタッフの手伝いをすることも、非常勤の菓子戦士たる僕の役割なのさ! それでは!」
そう言って、ヌガー先輩は早々に出口へと向かっていった。
……ああ、だからジャージ姿だったのか。汚れても良い格好にしていたのも、納得。
「それにしても……」
私はスマートフォンの画面を見つめる。
返信はまだ無い。江崎はスマートフォンが苦手――というわけでは無いから、メッセージの返信は早いほうだ。それに、嘘を吐くようなやつでも無い。私とあいつの関係は、そんな関係では無いのだから。
「……江崎、お前はいったい、どこに居るんだ……?」
スマートフォンは、まだ返信の通知を教えてくれやしない。
それは私を試しているような、そんな雰囲気にも感じられた。