第四話 日常
任務がないポッキー戦士は、とても暇である。
職員ではない彼女たちは、普段は中学校に通っているのである。
しかし今日は土曜日。中学校も休みである。
ならば、どこへ向かうのか?
答えはあまりにも単純である。
「初売り、ってこんなにやばいのか?」
「そうなんじゃあ……ない?」
町田市にある小田丸百貨店町田店は今日もクリアランスと謳ってたくさんの人でごった返していた。
「別に服とか靴とかを買いたいわけでもないんだがなあ……」
「ほら、でもこういうのって楽しいじゃあない?」
初売り、とは――。
名前のとおり、一年の初めに売り出す営業日のことをさす。また地域によっては初売りが伝統行事になっていることもある。
例えば、仙台の初売りは他の地域と比べて群を抜いて幅広い種類のものが初売りに出されている。
例を挙げれば恐ろしい程の種類があるが、少なくとも仙台市民はこう語るという。
――初売りを見に行きたいならば、仙台市民と共にいけ、と。
そんな話題はさておき、ぐり子と江崎は初売りを見に行くためにこのお店に来たのであった。
とはいえ、何も買わないでただ物を見るだけ――いわゆるウインドウショッピングを彼女たちはしに来たわけでもあるまい。
彼女たちは、様々なお店を見て、最後にあるお店にやってきた。
柵を構成している大きな棒一本一本がポッキーのように彩られており、とてもカラフルである。
そこには『ポッキーショップ 町田店』と書かれていた。日本初のポッキー専門店である。普通のポッキー以外でなく、このお店でしか売られていないポッキーや、全国ご当地のポッキーも売られているのであった。
彼女たちは職業柄ポッキーが好きだ。だからその情報を得て、ここまできたのである。
「ここがポッキーショップか……。初めてきたが恐ろしい程の種類のポッキーがあると聞いたけれど?」
ぐり子が訊ねると、江崎はスマートフォンを操作して頷く。
「そうだね、僕も調べた限りではここまでの情報は知らなかったな……」
ポッキーショップには期間限定で売られていた商品も多数販売されている。その一例が節分限定のまるかぶりポッキーだ。
「おっ、まるかぶりポッキーだ。今のうちに買っとけばやすく済むな」
「それより期間限定の冬のくちどけはどう? ココア風味で美味しそうだよ」
「あーこれか。でもここで買うんじゃあなくて普通にコンビニで買えよ。美味いぞ」
「もう買ったのか……ほんとぐり子ちゃんは早いなあ」
「ポッキー戦士をなめるなよ」
そういったぐり子と江崎のやり取りはおおよそ五分ほど続いた。
一人一つ持っていたカゴはあっという間に埋まっていて、そこで売られている四十種類近いポッキーを二つずつ、計八十個あまりのポッキーの箱でいっぱいになっていた。
「ポッキー買いすぎちゃったなー」
「とか言っておいて江崎、お前だって後半ノリノリだったろ?」
「まあ、いいか」
そう言って江崎は会計に向かう。
会計に居る人は、一つ一つをレジスターに付けられた読み取り機に通していく。
そして八十個凡てを通し終え、その結果が画面に出力される。
「あ、これ『東日本在庫監視委員会西多摩支部』って領収書にお願いします」
そう言ったところで、ぐり子に肩を叩かれる。
「なに、ぐり子ちゃん?」
「江崎、『支部長』を忘れているぞ」
それを言われて、江崎は慌てて、
「ああ、そうでした。えーと、『支部長』も追加で」
「かしこまりました」
そう言って、店員は領収書に言われたとおりの名前を書いていく。
「よし」
江崎は袋いっぱいに詰め込まれたポッキーを見て、言う。
「……やっぱり、いくら三割引とはいえ、買いすぎたんじゃあないかな……」
「何を言うんだ、ポッキー戦士だぞ。ポッキーの研究くらいして何がおかしい」
それをするのは恐らく製造元の方な気がするけれど――江崎がそんなことをつぶやいた、その時だった。
『みっなさ~ん!』
壊れたラジオを引き伸ばしたような、そんな奇っ怪な音声が天井から聞こえた。
「なんだ? デパートのイベントか?」
ぐり子は呟く。
しかし、それに答えたのは天井からの音声だった。
『みなさん、お買い物中のところ、もうしわけごっざいませ~ん! 我々は「カカオテック」といいま~すっ! この名前に聞き覚えがないかもしれませんが~! ななんと、この「デパート」を占拠いたしました!? わわわー驚きだね!』
ぐり子は舌打ちをし、江崎の手を引き急いで隠れる場所へと走る。その場所は――非常階段だった。
「ここまで来れば……一先ずは問題ないだろう。江崎、そのポッキーの袋を捨てろ。ここで捨てるのは非常にもったいないことだが、捕まってしまって何かあったら元も子もない」
「……そうだね」
江崎は名残惜しそうだったが、それを非常階段にそっと置いた。
「さて」
ぐり子は胡座をかき、姿勢を楽にする。しかし、その姿勢だと江崎の方からぐり子のスカートの中が丸見えになってしまう、男子中学生としてはあまりよろしくない事態となっていた。
「ぐり子ちゃん、さすがにスカートを履いていてそれはどうかと思うよ」
「周りに人がいないんだ、別に楽な姿勢をとったってなにも言われないだろ?」
そこで議論を打ち切った。途端にぐり子の目つきが変わった。
ここが境界線。
ここから、彼女は『ポッキー戦士』となる。
「さて、これからどうするか」
これから、とはこのデパート占拠をどう乗り越えるか――ということである。デパート占拠をするくらいだから、大まかな計画を敵は立てているはずである。その牙城をどう崩すか、それが問題であった。
「そもそもアンソウルド・モンスター関係ないしな……」
そう。
彼女たちが躊躇っている理由はそこだ。
彼女たち、ポッキー戦士はあくまでも在庫の怪物『アンソウルド・モンスター』を倒すために戦っているに過ぎない。即ち、それ以外にポッキー戦士の力を使うのは、彼女たちの存在意義を考えると非常にナンセンスであった。
「せめてあいつらがアンソウルド・モンスター関連で何かやってくれればいいんだがなあ……」
「それはどうかなあ……」
『……我々は今、警察と連絡を取った。脱出を試みている者もいるだろうが、すでにシャッターは閉めており、脱出することは不可能であることをここに報告する』
彼女たちがそんな話をしていると、さっきとは違う声色(ボイスチェンジャーを使っているのか、極端に低い声色であった)が天井から聞こえてきた。
天井からの声は続く。
『しかし、我々としては人質である諸君がばらばらに離散しているのはどうも気持ち悪い。そこで我々はこうすることとした。これからアンソウルド・モンスターをこのデパートに各フロアーに数体解き放つ。彼らは我々には従順であり、人を見つけると直ぐに一階のイベントホールへと連れて行くシステムとなっている。人質諸君の抵抗は認めない。そもそも、アンソウルド・モンスターに抵抗出来るかどうかは解らないがね。では、諸君のいい返事を待っている』
そして、天井からのアナウンスは聞こえなくなった。
「やつらアンソウルド・モンスターを従順に扱うことが出来る、だと……?」
「確かにそう言ったね。でも、そんなことが可能なの?」
江崎が訊ねると、ぐり子は首を傾げる。
「不可能ではないと思う。恐らく機械か何かを取り付けているんじゃあないか? まあ、アンソウルド・モンスターはまだまだ解らないことがある、って聞くくらいだし、な」
そもそも、アンソウルド・モンスターは開発されてできたのか、自然の摂理でできたのか――というのは現時点においても判明していないというのが一般の(『アンソウルド・モンスター』を知っている、という前提が入るが)人間の中では常識である。
「一先ず、アンソウルド・モンスターが絡んじまったからには行かなくてはいけないよな?」
「そうなるね」
江崎とぐり子はそれぞれ顔を見合わせて、言う。
そうして彼らは向かった。
それはただのデパートではない。
彼らのよく知る――『戦場』だ。