※この作品はR-18です。

ストライクあべこべウィッチーズ   作:8782

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目覚めたら逆転世界で

 目が覚めると、そこは現代日本ではなく随分と終わりが近づいた世界だった。

 ……なんて言葉から始めると、もうその時点でこの物語は限りなく駄作に近い何かになるだろう。それが果たしてよりマシなのか、よりブザマなものなのか、決めるのは自分じゃない。話によると、世の名作と言われる小説は書き出しから一発で読者の心を攫っていくものらしいから。名文から遠く離れた文章ならば、やはり名作からも同じくらい距離を置くことになるのだろう。

 さて、そんなことはどうでもいい話で。今だからこそ当時の自分を鑑みたときそういった揶揄さえ吐ける程度に落ち着いていたけれど、その瞬間に関して言えば自分自身の混乱は並大抵のものじゃなかった。

 まず最初の混乱は自身が目を覚ましたときにいた場所が、床に入ったはずの自分の部屋、自分の布団じゃなかったんだから。

 それじゃ、次の混乱。白の壁紙が貼られた天井がどういう手品か木目のものに変わっているのを数瞬眺めて、「成程これが明晰夢って奴か」と一人得心しつつ布団から這い出すと――これもまたフカフカの、だが重い布団から薄く寒風防ぎそうにない煎餅へと変わっていた――妙に視線が低い。おやなんだか違和感が、と四肢を矯めつ眇めつ眺めてみても原因が分かるようで分からない。部屋に目線をずらしてみれば、障子と畳に囲まれた和室の中に一枚の姿見が。これ幸いとそれに近づこうとした瞬間、派手にすっ転んだ。顔から位って鼻を思い切り強打したのを覚えている。……無論、痛かった。

 夢だというのに痛覚があるという現実。いや、現実だったんだけれど、その時はまだ夢の中だと思っていた。その痛みのせいで一気にその確度が半分ほどに急落していたけれど。背中に嫌な汗が浮かんだのを覚えている。それからは同じ轍を踏まないように、ペンギンのようにちょこちょこと歩いた。雪国育ちだったのが幸いして、その歩き方には慣れていた。今度はスムーズに……とまでは言わないけど、まあなんとか姿見の前に無事辿り着いたわけだ。それで其処には、若返った俺がいた。……夢のようだったよ。夢だと思っていたよ。無事二十歳を迎えた男が目を覚ました瞬間引くことの十七歳だ。三歳、明確な歳は後々母さんから教えてもらったわけだけど、兎に角姿見には幼児になった俺がいたわけだ。

 あまり思い出したくないけど、三つ目の混乱。どうやらすっ転んだときの音に母親が「何事か」と思い俺の様子を見に来たらしいんだよ。それはまあ、本当に思い出したくないからサラっと流す。「はいてなかった」。……うん、「はいてなかった」んだよ、スカートとか、ジーンズとか、もんぺでもいい。パンツを守るべき下半身の防具が。……母もね、若返ってはいたよ。写真で見た若かりし日の母だった。父も若返った父親だった。どうやら両親はそっくりそのままこの世界に当てはまっていたらしい。だけどさ、幾ら若返っててもさ、流石に母親のパンツ、スク水……ああ、どっちでもいいや。兎も角この世界では「ズボン」なんだろうけどそれを直視するのは流石にキツかった。

 四つ目の混乱。母親との多少の問答を終えて、とりあえず腹の虫が抗議していたから朝飯を取ってから、外に出てみたんだよ。家の中にはテレビもパソコンもゲームも何もなかったから。間取りや内装も実家と比べてすっかり変わっていた。確かに和室はあったけれど、それも一室。残りは全部洋室だったんだけれど、この世界の実家は全て和室。何時かテレビか教科書の中で見た、大正だか昭和だかの家そのものだった。することもないし、玄関から靴……草鞋みたいなものを履いて、外に出た。一面田んぼと藁葺き屋根の家が幾つかある、そりゃもう長閑な風景だった。時間は昼にさえなってなかったかな。朝の八時くらいだったと思う。それでも田んぼには農作業に勤しむお爺さんお婆さんがいて、元気に道を駆け回る女の子が何人かいた。……幸いなのは、ご老人ははきちんと股引、もんぺを履いていて、女の子は「はいてなかった」こと。……ああ、ここら辺から「どっかで見た風景……というか設定? だな」と勘付き初めていたんだ。

 最後の一つ前の混乱。ずぅっと夢だ夢だと信じていた、いや、信じ込もうとしていたけれど、一向に目覚める気配がなくて、きちんと五感も存在して、お決まりの痛覚刺激も色々やってみた。だけどやっぱりこの世界に飛ばされて一番最初の衝撃だった痛覚は決して勘違いじゃなく、此処にあるものとして機能していた。それに、夢が覚めないでいるのは時間で言えば数年もの長い間だ。それは今も地続きだけど、これが万が一夢の中だったとしても、最早現実のものとして受け止めている自分が其処にはいた。何処か既視感のある世界、時代に飛ばされたと決着をつけて数年、小学校に通いだしてから教科書にこの文字が躍っていた。「第一次ネウロイ大戦」という文字が。

 確定だ。ストライクウィッチーズの世界だ。美少女が大勢だやったー! パンツじゃないから恥ずかしくないよっしゃー! とか喜んでいる場合でもなく、この世界は中々に詰んでいる。謎の浮遊体「ネウロイ」に世界中の国大陸は陵辱されて行く世界だ。正直、TVアニメシリーズでしか話は知らなかったけれど、それだけでも人類はジリジリとその生存範囲が狭まっていることは知っていた。作品に対しての記憶もうろ覚えだったし、アニメの中ではヨーロッパの戦線が中心だったはずだが、この国――扶桑皇国。日本日本と言っていたら父から訂正を食らった――にいても戦時体制になるかも分からない。作品世界に詳しいわけではないから、ひょっとしたら極東にある扶桑も安全とは言いきれなかった。……事実、扶桑海事変が起きた。安心安全、鉄火と血風とは無縁だと思っていた扶桑もまた、戦中、間違いのないそれだと認識した。

 最後の混乱。この世界はどうやら、男女の貞操観念が逆転しているようだった。まず、男の数が極端に少ない。次に、男の性欲が極めて薄い。そして一部の女性は魔女(ウィッチ)として、超常の力が備わっている。これはどうやら古来から変わらぬようで、数が多く一部に魔法を扱う女性が狩りや戦争、労働に従事し、希少価値の高い男性が家を守るというのが至極当然だった。でなければ、種としての繁栄が危うい。ただでさえ少ない男性を事故、病気、戦争で喪ってしまっては、人口数は先細りだ。事実、ネウロイ襲来以前から人口問題については幾つもの論争がされているようで、男性に対する庇護、保護が凄まじいことになっている。昨今は極端なメンズファーストだ。古代から中世に関しては男は財宝のように扱われていたらしい。権力者の女性が多くの男を侍らせるのが最も権威を示す方法だとさえ言われていた。

 なんでも、若い女性の「パンツじゃないから恥ずかしくない文化」はここから生まれたものらしい。数自体が少なく、競争率がべらぼうに高く、しかし性欲は希薄な男子に対してのセックスアピールの一種だそうな。悪い女は「手早く乱暴出来るからいい」とのたまったものもいるそうだが、事実かどうかは定かではない。というか、襲われても勃たない男のほうが多そうだ。だが悲しいかな、小さな小さな男子ネットワークの中ではそのあからさまなアピールに対して「そこまでしてヤりたいか」「性欲強すぎて恐怖さえ覚える」と言われていることを女性たちは知らない。政界にも男性が進出していないし、その意見を述べる代表者が存在しない。……俺個人としては、全く価値観が違う世界から精神が飛んできたので、むしろ眼福なのだが。

 だが、この事実は馬鹿には出来ない。人口というのはそのまま国力、戦力に直結する。元の世界でロシアが戦争に勝つことについて「ロシアでは畑から軍人がとれる」とまで言われていて、それが強さの一因だったのだ。100対1000の練度が等しい軍隊が真正面からぶつかるとどちらが有利か、論ずるまでもないだろう。この点について、「この」ストライクウィッチーズ世界は「元の」ストライクウィッチーズ世界よりも遥かに大喜な危機に直面している。だからこそ、「終わりが近づいている世界」と評した。

 

 押され続ける前線、ネウロイによる侵攻に伴いどうにか横ばいを保っていた人口は右肩下がりに落ち込んでいき、人類は窮地に立たされつつある。俺は単なる一般人だった。現代日本でのほほんと生きていた男だった。それでもしかし、この世界を現実のものだと決めて生きていた俺は、一握の勇気をもって軍属になることを決意した。友がいて、父がいて、母がいる。守るべき理由はそれだけで十分だった。それこそが重要だった。

 今、俺は扶桑皇国の軍服を着た女性と向かい合っている。既に俺の年齢は十六になっていた。軍に所属するになんら問題のない年齢だ。両親からの「男が軍に入るなんて!」と激しい反対はあったが、俺の意志が固いことを知り、それについて話すことはなくなった。それでも「行って欲しくない」という気配は家中に漂っていたのだが。

 個人面談とのことで、こうして男女二人膝を突き合わせているのだが、先ほどから眼前の女性は所在無くもじもじと足を、身体を揺らしている。長時間の正座で足が痺れている……という表情ではない。どちらかというと……下卑た内容になってしまうが、足をすり合わせて股と尻に刺激を与えているかのような。

 女性軍人の表情は薄く紅潮していて、息もはあはあと荒い。彼女から舐めるような視線を感じる。全身をねぶるように視姦されているようだ、というか、されているのだろう。特に俺の股間付近に視線を向ける瞬間のガン見っぷりといったら酷いものがある。よく「女性は男性の視線に敏感」だと前の世界で言われていたものだが、彼女の視線はどれだけ鈍感でも、いっそ不感症でも、それを突き抜けて分かるほどの色欲が塗れていた。この世界では個人差は多少あれど、色気づいた年齢の女性でそういった視線を男性に……俺に向けない人は存在しなかった。面白がって色々と無防備な姿をちらりと見せたりもしたのだから、一概に彼女たちが性欲の権化だと誹ることはしない。だがそれにしたって限度がある。その視線に男性が気付いたら好感度が急落を超えて最早地面をぶち破って獄の果てまで行き着いてしまうことを女性陣は理解しているため、俺がどれだけ無防備でいても出来るだけそれを隠す努力はしていた。男性からはモロバレで、「やっぱ女子って猿並みの性欲だ」と俺を除く野郎連中から言われていたが。

 特にこの女性軍人の視線が酷いのは、俺が書面に書いた内容が悪いのもある。それが最も俺に適応していて、人類の力になれると思ったからその文章に了承と書いたのだが。……そこにこれっぽっちも下心は存在しないのだ。単純な善意と愛国心と人類愛とその他諸々を一緒くたにして鍋にぶち込んだこれ以上ないほど純粋な想いの発露だ。……全くの大法螺なのだが。

「一之瀬光(いちのせあきら)さん。……その、ええと、この文書に間違いはないのですか?」

「はい、ありません」

 頷く俺に色はそのまま、驚愕の眼を向ける軍人さん。先ほどより足がもぞもぞと動くのが加速した。

「……ふぅー。……ひょっとしたら、勘違いが存在しているのかもしれません。一之瀬さんは衛生兵として扶桑海軍に属することとなります。いいですね?」

「はい」

 自らの口で「そのこと」について述べるのに流石に羞恥があるのか、軍人さんは喋る前に深呼吸を繰り返している。顔はまっかっかだ。創作物の中でも中々見ない程度の赤さだ。りんごもかくや。

「……そ、そそっ、そしっ、そしてっ、その、下にあるっ、こ、こひょっ」

 吃って裏返って噛んでと悲惨な呂律になっている。軍人さんは文書を畳に置き、俺が読みやすいよう文書の向きを百八十度回転させた。文字は俺と正対する。そしてその文書内の一文を指差し、軍人さんは声を裏返らせ、噛み噛みになりながらも決死の想いで一息に言った。

「女性ぐん人ひぇの慰安ぎょー夢(む)への従事に同意ひているのも! まちひゃいではないのでしゅね!?」

 俺は、一呼吸、いや一つと言わず、二つ三つ四つと呼吸を置いた。軍人さんはその間に抗う術もなく、真っ赤に染まった端整な顔から滝のような汗を流しながら固まっている。あ、段々と目が据わってきている。出るはずもない顔からの煙を幻視できる。流石にこれ以上焦らしては頭が沸騰して卒倒してしまいそうだった。俺は最後に一つ、軽い悪戯を挟んで答えてあげることにした。

 俺は目をきょとりと一瞬だけ丸めて、薄く頬を紅潮させつつ――というか目の前の軍人さんに当てられて先ほどから俺もちょっぴり頬に熱を帯びていた――視線に僅かな躊躇……しかし贔屓目で見てくれればそれには多大な躊躇いが内包していると取ってくれるだろうものを含めて、あばずれではなく、貞淑だと感じてもらえるよう儚げに視線を落とした。そして言葉で伝えるのではなく。

 こくり、と。

 小さく頷くことによって肯定の意を示した。

「……て」

 て? 軍人さんは零すようにまずその一音を呟いた。そしてそれと同時に鼻からつつぅっと一滴の、いやさぽたぽたと、赤い赤い血が垂れてきて畳を染める。

「天使がここにおったんやぁ」

 その一言と共に、軍人さんは恍惚の表情を浮かべながら後方に倒れた。どうやら俺がやってみせた悪戯は、予想を遥かに超えたダメージを彼女に与えたらしい。

 




ド遅筆ですので、続きは気長にお待ちいただければ幸いです。
そも続くのかという不安。しかし一応連載として設定しているので出来る限り頑張ります…

あと、原作知識がゆるゆるです。
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