ストライクあべこべウィッチーズ 作:8782
少女が一人、轟沈していた。
頭頂部を僅かばかりに膨らませて、撃沈していた。
しかしその表情に一切の曇りなく、ただ緩んだ笑みを浮かべたまま少女は、冷たい床を舐めていた。
きっと、それに、悔いはない。
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武力を持った示威行為に続いて行われるのは、無駄な犠牲を避ける為に互い互いが出方を伺う冷戦時代の到来である。拮抗した戦力同士が、じりじりと一つの目的の為に無言の圧力を周囲に撒き散らす。果たしてその結果が。
(至極、重苦しい空気……!)
この場においての冷戦国家たちの「目的」であるところの光(あきら)はどうにも座りの悪さを自覚しながら、手に持ったグラスの中身を飲み干した後、右手の甲に残った柔らかな唇の感触を思い出していた。
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一之瀬光が501統合戦闘航空師団基地に到着した当日、待ち受けていたものは基地に住まう全軍人たちの前に出ての挨拶であった。
流石に屋内にその規模の人員を整列させるスペースが存在しなかったのか、戦闘機用の滑走路に彼女たちは並び、ぎらつき、そして何処か粘っこい視線でやってきた「男」をガン見していた。
思わず引く、ところだったのに、間違いはない。しかし光は既に似たような経験を何度か経ていた。慰問先で向けられた視線の数とその熱量は今この場においてのものと比べて勝るとも劣らぬものであったのだから、都合二度目だ。それ以外にも色々な劣情入り交じる死線もとい視線を潜り抜けて生きてきたのだから。
そのおかげでこの世界における女性の情熱に対して心の準備がしっかり出来ていたのが幸いした。向けられる数十数百の瞳。静穏であるはずなのに、そこかしこから聞こえる荒い息づかい、生唾を飲み込む音。その全てを光は咀嚼して、用意された台の上に立っている。
そして、小さく息を吸って、声が上擦らぬよう逸る心音をどうにか落ち着かせてみせようと無駄な努力をしながら口を開く。
「私が本日付で501統合戦闘航空師団に配属されました一之瀬光です。若輩者ではありますが、ご指導ご鞭撻のほどをよろしくお願い致します」
刹那、大地が鳴動した。
帽を被っていた者は卒業式さながらに天高く放り投げ、またある者は慟哭し、ある者は滂沱の涙を流した。幾人かの気絶者も出した。光からすれば一種の恐慌状態のように思えた。正直この光景には引いていた。
光は思わず傍らに立つ上官に救いの目を向ける。彼女は目尻に浮かんだ小さな雫を人差し指でそっと拭い、慈母の表情でもって叫び、震え、互いに抱き合う一個師団を見つめていた。
――収拾の付け方が分からない!――
とりあえず光はぺこりと一礼してそそくさと台を後にした。色々と考えていた挨拶の言葉は全て吹き飛んで、流石にこれはヤバいと戦略的撤退の一手を打つこととした。
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「ごめんなさいね、驚いたでしょう?」
ええ、そりゃもう盛大に。
内心に浮かぶその言葉を心の奥底に深く仕舞いこんで、光は微笑を湛え先ほどまで慈母の表情を見せていた上官――ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ――に答える。
「はい、少しばかり」
随分と水で希釈して、光は応える。幾らなんでもあそこまでの爆発は駆り出された扶桑海軍の慰問でも無かった。光からすれば何故彼女たちはあそこまでの激発を起こしたのか不思議でならなかった。
答えは簡単なもので、前回の慰問に際してはただ顔を見せるだけのもの。だが今回は「今後自分も此処に住みますよ」という宣言であったという質の違いが及ぼした結果である。
おおよそこの世界の女性たちの性欲は現実の思春期男子中学生のそれを増幅させたものである。思春期男子の前に突然現役トップアイドルが現れ「今日から一緒に住むことになったんだ。よろしくねっ」と言われた衝撃、光の言動はそれを悠々と越えていく。
そりゃあ、咽び泣く。そりゃあ、気を失う。
「長旅で疲れているとは思うのだけれど、この後細やかながら光さんの歓迎会を用意してあるの。良かったら出席して貰えないかしら」
ああ、無理にとは言わないわ。疲れているのならすぐに休んで?
ふるふると首を振りながらそう付け足すミーナに断りの言葉を告げるほど無情なわけではなく、光は「喜んで」と首を縦に振った。
結果が文頭である。
電撃作戦(ブリッツクリーク)。
ドイツ……この世界においてはカールスラントの御家芸と言っていいそのお株を奪ったのは、「敗北」という言葉が辞書にない国の少女だった。
ミーナに先導された部屋に待ち受けていたのは、今後光が深く関わっていくこととなる501ウィッチの面々であった。
そこに一人の欠員もなく、全員が満面の笑みを浮かべて光の到着を迎えていた。
「ようこそ、一之瀬光さん。501統合戦闘航空師団へ」
ミーナが光に声を掛ける。数瞬の間を置いて、光は深く、より深く頭を下げた。
「皆さん、よろしくお願いいたします」
「さあさあ光さん。この日のために腕によりを掛けて料理も作っておいたの。肩の力を抜いて、気楽に楽しんで貰えたら嬉しいわ」
ミーナが言うようにテーブルの上には扶桑、ガリア、ブリタニア、カールスラント、ブリタニアエトセトラ……所属するウィッチたち各国の料理が所狭しと並んでいた。
「これは……すごいですね」
光も見たことのない料理が幾つかある。北欧圏の料理だろうと当たりをつけて、皿とトングを手に持った。
「……?」
そこで、気付く。どうにも居心地が悪いというか、一心に視線を浴びているこの感覚。周囲を見回す。光をぐるりと囲むようにして微笑を浮かべるウィッチたち。若干名挙動不審な者も存在するが。
「……えと」
「その、皆さんも、どうぞ?」
食べる気満々で両手に食器を装備しているのが自分しかいないこの状況。流石にそんな中うわあいと諸手を挙げて料理をどんどんと皿に盛る度胸はなかった。
「大丈夫よ、今日の主役は光さんなんだから、私たちのことは気にせず、ね?」
「……はい」
そんな光の姿を少女たちは見る。見る。ただ一心不乱に、見つめる。同時に周囲の同輩の動向を睨む。まんじりと睨む。出来ることならいの一番に話しかけたい。他の連中はまだ話しかけるな。だけど、まだ無理。今はまだ話しかけるなんて無理。だってしょうがないじゃない、
有り余るリビドーと同じくらい炸裂している
故の、膠着。ミーナは? 業務以外で何を話せばいいというのか。バルクホルンは? 開口一番お姉ちゃん要求が尾を引いている。
多少の接触があった二人でさえこれである。果たしてこの調子でこの歓迎会は成功に終わるのか。主賓であるはずの光の脳裏にそんな言葉が過ぎる只中。一人の少女が、その戦端を開いた。
淡い金髪をふわりと揺らし、すらりと伸びた脚は黒のストッキングに覆われていて。知性宿る瞳を飾る眼鏡がきらりと光った。
「一之瀬光さん、よろしいでしょうか?」
「はい」
「私はガリア出身のピエレッテ=アンリエット・クロステルマン中尉ですわ。どうかペリーヌと、お呼びくださいまし」
「ではペリーヌさん、とお呼びしても?」
「構いませんわ」
「私も改めて。扶桑から来ました一之瀬光です。光でも、一之瀬でもお好きなように呼んで下さって構いません」
「ええ、では光さんと。良い、響きですわね」
ペリーヌはそういうと右手を差し出して。ああ、友好の握手なのだろうなと光もまたその手を取ると彼女は。
その場にゆっくりと、優雅に跪いて、紳士が淑女にそうするように、この世界においては淑女が紳士にそうするように、光の右手の甲に口付けを。
「ちゅっ」
刹那。神風が吹いた。
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ペリーヌ・クロステルマン。彼女は確かに貴族であった。高貴なる者の義務をよく理解した、善き貴族であった。そして同時に、貴族とは権力者でもある。権力者はこの世界において、男性によるハーレムを作ることを権威の示し方だとしていたことがあった。
流石に、現代においてその思想は殆ど生きていない。一部地域ではまだ残っているようではあるが、世論がそれを許していないのが大多数である。
だが、ペリーヌには貴族としての立ち振る舞いが叩き込まれていた。いきなり顎クイからの「お前……俺の物になれよ」と迫るほどの俺様っぷりではないが、初対面の人間の手の甲に口付けることを躊躇わぬ程度に、貴族としての彼女は「ガンガンいこうぜ」だった。
それを眺めていた処女はどう反応するだろうか。その答えの一つが、今目の前のこの惨状だった。
神風が吹いた、そう言った。「神」速の「風」が吹いたのだ。その風は黒と白、二色を纏いペリーヌを襲い、そして地に叩きつけた。
「……安心しろ。峰打ちだ」
正しくは、鞘打ちであった。坂本美緒による、仕置きの一閃がペリーヌの頭をしたたか打ち据えていた。
ペリーヌは、どこか満足そうな表情だった。だって男子の手の甲に接吻できたのだから。
電撃作戦。払った犠牲は大きかったが、もたらした戦果は余りある。ペリーヌはこの軍事行動をそう捉えたまま、まどろみに意識を手放す。
やがて歓迎会(せんそう)は合コン(れいせん)に変わる。