……その日、粉雪は悪夢を見なかった。
砥石城での一件から、毎晩毎晩悪夢を見ていた。
家臣達が鬼に喰われる夢、家臣達が鬼に引き裂かれる夢、家臣達が鬼に犯される夢、一人また一人と傷つき、倒れ、泣き叫び、殺され、犯され……粉雪の苦悩と後悔が生み出した悪夢であった。
それは粉雪が見る悪夢であったが、同時に粉雪がかつて現実に見た光景でもあった。
そんな鬼の夢を、悪夢を、その日の粉雪は見なかった。
その代わり……
「んっん……ちゅ……」
その代わり、粉雪は淫夢を見ていた。
粉雪は自分が筋肉質な男性……九十郎と唇を交わしている光景を見ていた。
それが夢だという事はすぐに理解したが、粉雪は幸せそうに男に吸い付く自分から目が離せなかった。
「ん……あ……これ、好き……これ、好きなんだぜ……」
蕩けきり、緩みきった自分の表情から目が離せなかった。
舌先が絡み合い、恍惚としながら男の唾液を啜っていた。
はしたないとか、いやらしいとか、こんな時に何をやってるんだとか、そういう事は色々と脳裏に浮かんだが、その蕩けきり、緩みきった自分を否定しきれない所も確かに存在した。
「あ……あぁ……」
呆然としながら、粉雪は無意識に自分の唇を撫でた。
指先が触れる感触が、一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、九十郎の唇の感触のように思えた。
「あ、あたい何をやってるんだぜ!?」
我に返り、粉雪は頭をブンブンと横に振る。
粉雪は何故か、九十郎に吸い付く自分の胸の内が想像できた。
失意も、絶望も、屈辱も、そこには無い。
あるのは一つ……歓喜のみ。
雌の本能、性の欲求が満たされる歓喜のみであった。
そんな自分の……いや、自分ではない粉雪の心中を、粉雪は必死に否定しようとした。
「……なんで否定するんだぜ?」
声が聞こえた。
その声は確かに粉雪の声であった。
気がつけば、九十郎と口づけを交わす粉雪の視線が、それを覗き見ている粉雪の方に向いていた。
「な……いや当たり前だぜ! こんな……こんな、会ったばかりの男に、
媚びるみたいに……その……あ、あんな事を! あんな……」
……羨ましい。
自分もあの粉雪のように、愛したい、愛されたい、愛し合いたい……粉雪は自分の心の中にあるそんな想いを否定しきれなかった。
「あ……」
粉雪が見守る中で、粉雪ではない粉雪が九十郎を押し倒した。
押し倒して、櫓のようにそそり立つ逸物を握り、自分の股座に導いていく。
「挿れたいか? 挿れたいよな?」
その言葉は横たわる九十郎に言ったのか、覗き見る粉雪に言ったのか……粉雪は肩に力を入れ、ごくりと唾を飲み込み、そんな光景を瞬きもせずに凝視する。
「あ……入って……」
その言葉は九十郎に跨る粉雪が言ったのか、それを覗き見る粉雪が言ったのか、粉雪には分からなかった。
しかし、まるで暴れ馬のように跳ねまわる心音だけは確かに感じ取れた。
「あ……ん、あぁ……」
ずぷずぷと、粉雪の膣内を肉棒が掻き分け、突き進んでいく。
それを覗き見る粉雪は、まるで自分が九十郎に抱かれているかのような錯覚を覚えた。
「んんっ! んああっううぅぁあっぁ!」
九十郎が杭打ちのように何度も何度も腰を上下させ、肉棒を膣内に叩きつける。
粉雪は未だ男を知らぬ身の上だ。
男女の交合による快楽は知らないし、想像もできない。
故に夢の中であろうとも、交合の快楽を味わう事は出来ない筈だ。
だが……
「あ……れ……?」
夢の中の粉雪が、じゅぷりじゅぷりと接合部から水音を響かせながら跳ねまわる。
その度に粉雪は……抱かれる粉雪を眺める粉雪は、自分の下腹部の辺りからえも言われぬ快感が迸るのを感じていた。
「んんっ! ぁあっんんっ! ぁあっぁあっぁあっああふわ! ううぅぁあっううぅ!!」
九十郎と交わる粉雪が、まるで雄たけびのような嬌声を上げる。
全身全霊で男女の営みを楽しみ、恍惚とした表情で貪っていた。
「あん……あ、あん……」
気が付けば自分の口から喘ぎ声が出ていた。
最初は戸惑いながら、おずおずと拙い物真似を披露するかのように。
九十郎と交わる粉雪に釣られるように、追従するかのように。
「んっっ……んんっ! っぁううぅあっ!」
徐々に激しく、艶めかしく……そして……
「んんっ! ぁあっあっふわっぁあっ!」
じきに九十郎と交わる粉雪と、それを眺める粉雪の声が重なっていく。
徐々に粉雪は、自分が自ら喘ぎ声を出しているのか、それとも不思議な力で言わされているのか、分からなくなってきていた。
頭がぼうっとなって、アソコが熱く切なくなって、そして……
「「んんっ! あっんんっ! ぁんんっ! ああぁあっふわっ!」」
粉雪と粉雪の声が完全に重なった。
完全に2人の声が重なった時、九十郎と交わる粉雪と、それを眺める粉雪の視界も重なり、反転していた。
粉雪は九十郎の身体の上に跨り、肉棒を膣内に納め、じゅぷじゅぷという愛液の音を聞き、その筋肉質な肉体を見下ろしながら腰を上下させていた。
「あ、あれ……あたい今、セックスして……?」
一瞬、ほんの一瞬だけ疑問が粉雪の脳裏によぎる。
自分は九十郎と交わる自分を横から眺めていたのではと、自分は『セックス』なんて言葉を知っていたのかと……そんな疑問と違和感は、津波のように押し寄せる快楽と、肉棒の熱さと硬さで吹き飛んだ。
「そんな些細な事、気にするな……ぜ」
交合する粉雪を、別の粉雪が見ていた。
そして囁いた、『気にするな』と。
その言葉に導かれるかのように、粉雪の意識が散漫になっていく……
「ぁあっ! あううぅっ! ううぅああっ!」
恍惚とした表情で、獣のような喘ぎ声を、喉も枯れ果てんばかりに出しながら、粉雪は思った。
まあ良いか……と。
「んんっ! んああっあんぁん!」
こんなに気持ち良いのなら、こんなに幸せなら、別にどうでも良いか……と。
自分や主君・武田光璃晴信を逃がすべく、鬼に殺され、喰われ、犯され、落ち武者狩りに殺され、囚われていった赤備え達の事も、主君や友人との誓いも、全部全部手放してしまっても良いか……と。
「ふふ……うふふ……そう、それで良い、それで良いの……ぜ。
あたいも女なのぜ、男に愛されて、貫かれて、気持ち良くなっても良いのぜ。
気持ち良くなっても、絶頂しても、イキ顔を晒しても、児を孕んでも」
粉雪を眺める粉雪が、粉雪と同じくらい恍惚とした表情でそう呟く。
九十郎と交わる粉雪が、快楽に溺れ、思考をドロドロに溶かしながら、ガクガクと腰を揺さぶり、振るい、叩きつけ、セックスをしていた。
「んんっ! あっふわっあっ……んんっ! 」
喉も枯れんばかりに喘ぎ声を出しながら、もうすぐイクな……と、粉雪はどこか他人事のように考えていた。
「気持ち良くなってきたのぜ? ならイクと良いんだぜ」
「イ……イク……?」
「子宮から押し寄せる快感に身を預ければ良いんだぜ。
子供を作る肉袋をゴツゴツ衝かれて、とっても気持ち良いんだろう?」
「あ……」
何故か主君・武田光璃晴信の顔が浮かんだ。
何故か親友・内藤心昌秀の声が聞こえたような気がした。
何故かここで踏みとどまらなければ、ここで引き返さなければいけないような気がしたが……
「何を恥ずかしがってるんだぜ? 何を戸惑ってるんだぜ? イッても良いんだぜ。
どうせここは夢なんだ、セックスでドロドロに溶けて、派手にイキ顔晒しても」
気がしたが、あまりの快楽にそんな考えはすぐに消し飛んだ。
粉雪がそう言っているんだ、間違いない、問題ない。
粉雪はそう思った。
「っんんっ! んんっ! ふわっぁぁあっんんっ!」
九十郎が肉棒を突き上げる、粉雪が腰を揺さぶり、尻を叩きつける。
ゴリゴリと膣肉や子宮口を抉られ、衝かれる度に、粉雪の心が、頭が、魂すらも快感一色に染まっていく。
「ほら、鈴口からカウパーが出てるのが分かるか?
もうすぐ射精するのぜ、絶頂したら射精して、すぐに孕んじまうんだぜ。
絶頂したら子宮がエレベーターみたいに降りてきて、受精準備をしちまうぜ。
そんな時に濃密でドロドロの子種を注がれたら、絶対確実に孕むんだぜ」
「孕……む……? ぁあっ……んぁあっぁあっううぅぁあっ……んあぁっ!!」
聞き捨てならない言葉を聞き、一瞬……ほんの一瞬だけ粉雪にまともな思考が戻りかける。
しかし、津波のように、雪崩のように押し寄せる快感が、僅かに戻った冷静さをあっという間に押し流し、搔き消してしまった。
「粉ゆ……き……やめ……ろぉ……」
粉雪と九十郎の目が合った。
九十郎はギリギリと歯ぎしりをして、喉の奥から絞り出すかのように必死に訴えかけてきた。
それでもなお、粉雪は止まらない、止められない。
既に初めて味わうセックスの快感、恍惚感と高揚感に溺れてしまっていた。
もう全てどうでも良い、今この瞬間、この快楽を貪れればそれで良いとすら思っていた。
「ほら、もうイキますって言えば良いんだぜ。 そうすればもっと気持ち良くなれる。
男を受け入れて、セックスを受け入れて、はしたなく絶頂しますって言うんだぜ。
そうすれば……極上の快楽の中で、ママになれるんだぜ」
粉雪が囁く。
粉雪がコクコクと頷き、ドロドロに溶けかけた思考で必死に言葉を紡ぐ。
「イ……イグッ……イッグゥ……!!」
既に思考も言葉も定かではないが、もう絶頂すると、孕んでも構わないと言わんとしていた。
白目を剥き、汗や涎をまき散らし、狂ったように腰を振り、男根を貪り、武将として、武人としての尊厳も捨て去り、女の快楽に屈しきっていた。
「あ……ぅあく……ま、待て……俺ももう、収まりが……
出る……な、膣内に出る……ううあぁあっ!!」
九十郎が視線で、あるいは呻き声で、必死に粉雪にやめてくれ、止まってくれと訴える。
しかし、粉雪は止まらない。
発情期の獣のように跳ね回り、射精寸前の肉棒を膣肉でしごいていく。
ヒダヒダが陰茎をぎゅうぅっと締め上げ、先走りはさらに陰嚢がキュッと持ち上がり、濃密な孕ませ汁が射精管を通り、尿道を流れ、鈴口へ、子宮口へと向かっていく。
「あんんっ! ふわっ……あんんっ! ふわっ!」
粉雪は止まらない。
さらにさらに激しく腰を振り、快楽を貪り、射精を導こうとしている。
射精と同時に絶頂する、絶頂と同時に射精させる。
粉雪の頭の中はそれだけになっていた。
そして粉雪もまた、達しようとしていた。
達すれば射精される、達すれば孕む……それが自然な事、当然の事と疑問にも思わずに。
「うふふ……」
セックスをする粉雪を眺める粉雪の口角が歪む。
自分の目的が達成されると……そう信じた、確信した笑みであった。
そしてついに、粉雪はおOんこは一際強く大きく収縮し、亀頭からは3憶の子種を満載した白濁液が溢れ、子宮全体に流し込まれる。
ドクンッ! ドクンッ! と肉竿がのたうつ。
ビクンッ! ビクンッ! 粉雪が痙攣する。
そして女体と肉棒の動きが止まった時、粉雪は自分の身体がナニカに掴まれ、指一本、瞼一つ動かせなくなっている事に気がついた。
「う……あぁ……」
肺も、喉も、舌も、顎も唇も動かなくなっていた。
呼吸は完全に止まっていたが、何故か息苦しさは感じなかった。
「あぁ、イッっちまったな、絶頂したな、夢魔の魅せる夢の中で……
これでもう、お前は私から逃れられない」
粉雪が近づいてくる。
その見た目は確かに粉雪だった、その声も確かに粉雪だった。
だがしかし、何故か粉雪は、自分の姿と声をしたナニモノかが、自分が今まで見聞きした何とも決定的に異質な存在のように思えた。
「お……まえ……は……」
ここにきてようやく、粉雪は自分が取り返しのつかない事をしたと考えた。
この存在の声を聞くべきじゃなかった、この存在の姿を見るべきではなかった、快楽に誘われるまま絶頂するまで腰を振るなんて、するんじゃなかったと。
「さあ仕上げだぜ」
粉雪らしき存在が、粉雪のお腹に手を伸ばす。
触れられたらおしまいだ……粉雪は本能的にそう感じて、力一杯手足を動かそうとしたが、その努力は全く報われなかった。
粉雪らしき存在が、粉雪の臍の辺りに触れた。
指先が微かに触れただけだというのに、粉雪はまるで子宮そのものを鷲掴みにされ、揉みしだかれているかのような感覚に陥った。
「……強制排卵」
そんな言葉を聞いた瞬間、粉雪の子宮が跳ねた。
排卵した。
排卵という言葉がどういう意味なのかは理解できなかったが、自分の肉体が今、子種を受け入れて児を孕む準備をした……奇妙な事だが、粉雪はそれがハッキリと理解できた。
「そら、排卵されたぜ、卵子が受精準備整えちまったぜ。
お腹の中で孕ませたい、孕ませたいって叫びながら、
精子が卵子目掛けて突撃してるのかが分かるかのぜ……・」
そして粉雪は理解した。
自分の身体の奥で、たった今出された九十郎の精液が蠢くのを……
「見・ツ・ケ・タ・ゾ……」
ゾワリと……粉雪と粉雪らしき存在は同時に、全身の毛が逆立つような悪寒を感じた。
「あっ!? 何がっ!? ぎ……ぎゃあああぁぁぁーーーっ!!」
直後、空間全体に断末魔の叫び声が響き渡る。
ガリッ、ボキリッ、ゴキリッと、肉と骨が力任せに噛み砕かれ、噛み潰される音が聞こえ、粉雪を刺し貫き、化外の快楽を与え続けてきた肉棒の感触が消えうせた。
胎内で蠢く精液の感触も消え、粉雪らしき存在も視界から消えた。
「え……あ……れ……?」
世界がモノクロになっていた、世界が止まっていた、静止していた。
視界に映るあらゆる景色が歪み、掠れ、まるで素人の書いた絵巻物のように現実味が無くなっていた。
ふと粉雪が下をのぞき込むと、自分の下の口が男根を銜え込んでいるのが見えた。
だがしかし、ソコに手を伸ばそうとしても届かず、ソコに触れようと触れられず、膣肉を掻き分ける感触も異物感も全くなかった。
「ゆ……夢……なのかぜ?」
そしてふと気がつくと、男女の交合を眺めていた粉雪が居なくなっていた。
粉雪ではない粉雪が立っていた場所には、夥しい量の血痕、肉片、骨片、内臓、そして……鬼。
焔のように輝く紅い髪、煮えたぎる溶岩のような赤い皮膚、漆喰か黒曜石のように鈍く輝く2本の角をもった鬼が立ち、ゴキリ! ミシリ! という肉と骨が砕き潰される音を鳴らしながら何かを咀嚼していた。
背丈は粉雪よりも小さく、体つきは幼い童女のようであったが、その異様な存在感は確かに粉雪が畏れる鬼のものであった。
「あ、赤鬼……ま、また鬼の夢を見てるのか、あたいは?」
「オ前、ママニナッテタ」
「え? まま……飯の事か?」
「メシ、チガウ、ママ。 夢魔、オ前、ママニシヨウトシタ」
赤鬼がプッと口の中にある肉片を吐き捨てる。
銀色の髪のようなナニカが自分の髪に似ていて……怖気がした。
「オ前、ヤナ事アッタカ? クズロー、好キナノカ?
夢ヲ現ニ、現ヲ夢ニ……願望アル奴、コレ、好ム」
「クズローって九十郎の事なのか? お前一体何者なんだぜ!?」
吐き気と恐怖を必死に噛み殺しながら、粉雪は叫んだ。
「オレ……鬼ノ子……」
その声を聞いただけで、粉雪はますます背筋が寒くなった。
異質で悍ましき存在感があった。
「鬼の……子……鬼が子供を産んだって事なのか?」
粉雪の脳裏に浮かぶのは、先日の砥石城での戦い。
鬼に喰われた戦友、鬼に刻まれた戦友、鬼に潰された戦友、鬼に引き裂かれた戦友……そして鬼に犯された戦友達の姿である。
「オレ、鬼ノ子。 半分ハ鬼、半分ハ人間。
鬼ダケド鬼ジャナイ、人間ダケド人間デモナイ。 幻想ダケド生物、生物ダケド幻想……
ゴメン、喋ル、上手クナイ。 説明、難シイ」
目の前の存在が敵なのか、そうではないのか、粉雪は話を聞けば聞く程混乱していた。
「オレ、クズロート犬子探シタ。 夢、渡ッテ探シタ。
夢ニ入ッタ、クズローノ匂イスル夢。 クズローノ夢見ル、クズローノ知リ合イ。
オ前、クズロート交ワル夢見テタ。 オ前、夢魔ニ魅入ラレカケテタ。
オレ、夢魔噛ミ殺シタ」
「む、夢魔……?」
「夢魔、夢ノ悪魔、サキュバス、オ前危ナカッタ、絶頂スル、ママニナル」
「あたいが喰われてたって!?」
「チガウ、オ母サン、ナル」
「お母さん……て……」
言われて、自分が今まで何をしていたか、何をされていたかを思い出す。
粉雪は処女だが、一通りの知識はある。
あの行為が、男女の交わりが、子を孕み、子を産むための行為であると……
「いや、でも……これは夢で……」
「夢ト現、交ジリ合ワセル、ソレガ夢魔、夢デママニナル、現デモママ。 ソレガ夢魔」
「洒落じゃ済まない話なんだぜ……」
その場合、父親は九十郎になるのだろうか、それとも自分の姿をしていたナニカであったのかと、粉雪は1人頭を痛める。
いずれにせよ、懐妊が発覚した時点で大騒ぎになるのは間違いなかった。
「現ヲ夢ニシタイ、夢ヲ現ニシタイ、ソンナ人、夢魔ノ好物。
夢魔ニ狙ワレル、夢魔ヲ呼ビ込ム。
夢ノ中、夢魔ノ夢ノ中、絶頂スル、女孕ム、良アルコト」
「そ、そう……なのか……?」
「オレモ危ナカッタ。 夢魔、夢ノ悪魔、夢ノ中、強イ。 オレヨリ、強イ。
マトモニ戦ウ、勝テナイ、オレモ絶頂スル、夢魔ノ夢デ絶頂スル、夢魔ニ支配サレル。
逆ラエナイ、魂ガ屈服スル、魂ガ縛ラレル。
エジプトノ神様、太陽ノ神様、ラー、名前知ラレ、縛ラレタ。
夢魔、同ジ事デキル。 ダカラ奇襲デ殺シタ、一回デ噛ミ殺シタ」
そう言われて、ようやく粉雪はその辺に散らばっている肉片……粉雪の姿をして、粉雪と九十郎の交わりを嗤って眺めていた存在が夢魔だったのだと気づく。
「らぁとかえじぷととか、神様とか言われても正直分からねえけど、
助けて……くれた……のか? 鬼が? あたいを?」
「迷惑ダッタカ? 邪魔ダッタカ? クズロー、好キカ?
オ前……現ヲ生キルヨリ、クズロー、交ワル夢、見タイノカ?」
「んな訳ないんだぜ! 九十郎とは、その……まだ会ったばかりで、どんな奴かも……」
紅い鬼はそれを聞くと、スゥ……と姿を消していく。
闇に紛れるように、あるいは霧の中に。
「クズローノ場所、分カッタ。 オレ、ソッチニ行ク……」
そんな言葉が聞こえると、急激に粉雪の意識が遠のいていった。
……
…………
………………
「……とんでもねー夢を見たのぜ」
まるで熱病にでも罹っているかのように、全身が火照っていた。
衣服が汗でびっしょりと濡れていた。下着はさらにぐっしょりと濡れていた。
「ああ、やっと起きたか。 今ちょうど朝メシの用意ができた所だ」
野草、山菜の味噌煮込みをかき混ぜる九十郎と視線が合うと、粉雪は自分の顔がかあぁっと熱くなるのを感じてしまう。
脳裏に浮かぶのは、先程まで見ていた夢……自分が九十郎の上に跨り、はしたなく、いやらしく、艶めかしく腰を揺さぶる光景だ。
「あたいが、九十郎と……」
出会った日、落ち武者狩りの連中に追われ、取り押さえられ、犯されそうになった日、
九十郎が受け取り拒否をしなかったら……粉雪は脳裏に浮かんだ光景をすぐに振り払った。
「……妙な事を考えるなよ、粉雪。 あたいには生きて甲斐に戻らなきゃいけないんだぜ。
生き延びて武田赤備えを再建するっていう大事な仕事があるんだぜ」
そう自分に言い聞かせる。
敗走中に出会って、良く分からない理由で護衛を始めた男に惹かれるなんて、ありえない事、あってはいけない事なのだと……そう言い聞かせる。
「ほら粉雪の分だ、しっかり食って早く元気になれよ」
差し出された味噌煮込みの具は、九十郎のものよりも、犬子のものよりも多かった。
程良く温められた食事を口に運び、敗走中に感じた飢えと渇き、疲労と睡魔、赤備え達の断末魔、そして暗闇に対する不安と恐怖を思い出し……粉雪は少しだけ泣いた。
「食ったらすぐ出発するぞ、怪我が治りきってない状況下で悪いが、
今日は少し急ぐ……嫌な予感がするからな」
「え、嫌な予感するの? 九十郎の予感って結構当たるんだよなぁ……」
この男がビビリでヘタレなだけである。
「今朝は夢見が悪かった」
「夢ってどんな?」
「粉雪に逆レされる夢」
「逆レ……?」
「金縛りみてえに手足が動かない状態で、全裸の粉雪が俺の上に跨って腰振ってる夢だよ」
「ぶほっ!?」
そんな九十郎の言葉を聞いた瞬間、粉雪は瞬時に脳髄が沸騰したかと思うような感覚に襲われ、朝食を口から噴き出した。
口の中の食べカスと一緒に、しんみりとした気分が一気に吹き飛んだ。
「粉雪に似てる女が耳元で囁いてくるんだよ。
出したら妊娠するよ~、パパになっちゃうよ~って感じで。
振り払って逃げたかったけど体は動かんし、声も出ねえし、
我慢しようにも腰が抜ける程に気持ち良いしでどうしたもんかと考えてたら、
急に断末魔みたいなのが聞こえて目が覚めた」
九十郎が夢の内容を解説すると、粉雪は益々顔が熱くなっていった。
聞けば聞く程、横たわる九十郎の上で腰を振っていた自分の夢と似ていると感じたからだ。
「良く分からない夢だね」
「夢なんて往々にしてそんなもんだろ」
「欲求不満があるなら、犬子がさ……」
「おいおい、今日は急ぐって言ったばかりだろう、とっとと食って片づけて出発するぞ」
……と、ここで犬子と九十郎が、茹蛸か茹海老のように真っ赤になっている粉雪に気がついた。
「粉雪さん大丈夫!? 熱でもあるの!?」
「傷口から細菌でも入ったか? やっぱり手当てが不十分だったか?」
「だ、だだ、大丈夫なんだぜ!! 元気だから心配するなぜ!!」
「するなぜなんて意味不明な事言ってる奴が大丈夫な訳ないだろ!」
「う、煩いぞ! 近寄る……な、ぁ……」
粉雪のおでこと九十郎のおでこが密着する。
視線と視線が交差する。
粉雪の脳裏に浮かぶ光景は、自分……自分のような姿をした存在が、蕩け切った表情で、貪るように唇を重ねている光景だ。
粉雪は自分の顔が益々赤くなり、心臓がドクンドクンと高鳴っていくのを感じた。
「やばいな、かなり高熱だ」
「ど、どうしよう九十郎。 熱止めとか……持ってないよね?」
「流石に無いな、その辺で熱止めになる野草を拾えれば良いんだが……
正直この辺は土地勘がなぁ……」
「馬鹿! 察しろ! あたいは別に……」
そう言って、またもや先程見た淫夢を思い出してしまう。
粉雪の体温が、ますます上昇する……
ガサリ!
そんな時、草と草が、木々と木々が擦れ合う音が聞こえた。
犬子が、粉雪が、九十郎が剣を抜き、それぞれ背中を預け合いながら身構える。
「……粉雪、無理すんだよ」
「へっ、武田四天王が怪我の一つや二つで弱音を吐けるかよ」
「追手だったら犬子と九十郎で相手をするから、粉雪さんは身を護る事に専念してて」
「本気でヤバいと感じたら1人で逃げても構わんからな」
粉雪は小さく舌打ちをする。
刀がいつもの何倍も重く感じた。
身構えただけだというのに、膝や腰が悲鳴をあげていた。
粉雪は……武田勇将・山県昌景は未だ本調子からは程遠いのだと否応なく理解させられる。
ガサリッ!
ガサリッ! ガサリッ!!
……徐々に徐々に音が近づいてくる。
まるで密林を野獣が全力で駆けてくるかのように、尋常でない気配が尋常でない勢いで近づいてきている。
木々が騒めく、野鳥が騒めく。
何か異常な存在がすぐ傍まで迫っていると粉雪は否応なく理解させられた。
激戦に次ぐ激戦を経て、刃こぼれだらけになった刀を握る。
腕が震え、足が震えた。
寒気がする程の恐怖を……生物としての格の違いのようなもの感じていた。
しかも今の粉雪には刀を持つ事も、まっすぐ立つ事も億劫になる程に傷つき、消耗しているのだ。
「う……く……この傷で、戦えるのかぜ」
正直な所、状況は絶望的であった。
粉雪には逃げる体力も戦う気力も残っておらず、突然現れた2人組は今一信用できない。
今回ばかりは駄目かもしれない、死ぬかもしれない……粉雪がそう感じるも、無理からぬ事であった。
そして……
「クズローッ!!」
木々の隙間から出てきたのは、1人の幼女であった。
病的なまでに痩せ細り、病的なまでに白い肌、白い髪の幼女が出てきて、父親の帰宅を喜ぶ娘のような満面の笑みで九十郎に飛びついて抱きついた。
「ぎゃあーっ!?
この糞ニート4回も撒いたってのに、4回も追いついて来やがったぁっ!!」
「クズロー、オレ、ニート違ウ、オレ、虎松」
「虎松って名前が六つ子のニートっぽいんだよ」
おそ松さんの見過ぎである。
「おい九十郎、こいつ誰なんだぜ?」
「虎松! オレ、虎松!」
白髪の幼女……自称虎松が元気良く返事をする。
「……餌をやったら懐かれた」
間違った事は言ってないが、もう少し言い方というものがあるのではなかろうか。
「ちょっと前に倒れてた所を助けたんだよね。
分かれた時はもうちょっと血色も良かったんだけど……またガリガリに痩せて……」
「クズロート犬子ノオカゲ、オレ、助カッタ! 虎松、感謝スル!」
「感謝は良いけど付きまとうなよな。
結婚もしてねえのに子連れ狼気取るなんて冗談じゃないぜ全く」
大神じゃあるまいし……と、九十郎は心の中で付け加える。
大神伊都が連れて歩いていたのは剣魂であって子供ではないのだが、この男にとっては大差の無い事らしい。
「だいたいさっきから誰が屑だ! 誰がっ!! 俺は九十郎だよ!」
本人は否定するが、九十郎は屑なので合っていると言えば合っている。
「クジュロ……?」
「九十郎だ! 何だそのイントネーションは、俺はパジェロか!?
く・じゅ・う・ろ・うっ!!」
「クジュ……クジュ……ウゥ、言イニクイ」
「ははは、おい犬子、この糞餓鬼ぶった斬って良いか? ぶった斬って良いよな?」
「さ、流石に可哀想じゃないの」
「だったら適当な所で撒いて……
ああくそ、4回撒いて4回追いついて来たんだよなこいつ。
別の手を考えないとまた繰り返すだけか。
そういやお前、どうやって俺達の居場所を知ったんだ?」
「オレ、夢見タ、クズローノ夢」
「予知夢でも見たってか」
「違ウ、予知ジャナイ、クズローノ夢、見タ。
クズロート粉雪、セックススル夢」
「ぶほぁっ!?」
昨晩見た夢の内容を言い当てられ、九十郎は石のように硬直し、粉雪が口に含んでいたスープを噴き出した。
「わぁっ!? 粉雪さんどうしたの!?」
「い、いいいいやいやいや、何でもないのぜ、平気なのぜ」
「喋り方が全然大丈夫そうに聞こえないよ!?」
なお、粉雪は普段からこんな喋り方である。
「ははは、はははは、ははははははは……」
「九十郎、何か肩とか震えてない?」
「気のせいだ、ああ気のせいさ、気のせいね」
「五七五で答える意味あるの?」
「ははは、細かい事は気にするな」
「九十郎、もしかして粉雪さんと、その……したの?」
「してねぇよ!」
「してないのぜ!」
九十郎と粉雪が同時に否定する。
犬子は以前九十郎から『セックス』がどういう意味の言葉なのかを聞いていた。
だから自分が知らない所で、九十郎が粉雪と男女の関係になっているのではと思った。
妾でも良いと何度か言っている犬子だが、それはそれとして九十郎の人間関係に関心はあるのだ。
……しかし、犬子は気づかない、粉雪も九十郎も気づいていない。
何故粉雪が『セックス』という単語の意味を知っているのかを。
「クズロー、オレ、腹ヘッタ!」
「はいはい分かったよ、この欠食児童めが」
こうして、犬子と粉雪と九十郎の珍道中に、虎松……後の井伊直政が加わった。
九十郎は内心、粉雪を送り届けたら簀巻きにして太平洋に沈めちゃると決意していたが、虎松は海に沈んだ程度では死なないので何の問題も無い。
九十郎は気づいていない、虎松が井伊直政である事を。
九十郎は気づいていない、虎松が鬼子である事も。
「それにしても……虎松の声、どこかで聞いたような……」
そして粉雪も気づいていない、虎松が夢で出てきた鬼であると。
思い出そうとすると、頭に靄がかかったかのようになり、思考がぼやけてしまうのだ。