前話、おまけ4にはR-18描写がありませんので、通常版に投稿しています。
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時は少し遡る。
これは蘭丸との戦いが終わり、九十郎達がオーディンとの戦いの準備に奔走していた頃の事……テンポが悪くなるため省略された出来事である。
蘭丸との地獄のような戦いが終わり、久遠と美空の尽力によって織田・長尾間の全面戦争は回避された。
そして織田・長尾の即席連合軍は江戸城にポータルを設置し、大江戸学園のある異世界へと転移すべく移動を開始……しようとしていた頃の事である。
「残る問題は江戸城が思い切り北条の勢力圏内だって事なのよ……
こんな大勢で、しかも武装して領内を通ろうとしたらまず間違い無く迎撃されるわ」
美空がはぁ~っと深々とため息をついた。
「名月って、北条の現当主の親戚なんだろ? 伝手とかねぇのかよ?」
「そりゃもちろん、ある程度の交渉はできるわ。 だから事前に手紙は出しておいた。
『敵意はありません、領内を通過するだけです、邪魔しないでください』ってね」
「んで返事はあったのか?」
「『信じられません、来ないでください、もし来たら実力をもって退去させます』って」
「案外信用無いんだな、上杉謙信って」
「上杉謙信ったって限度はあるわよ。
九十郎が越後に来るちょっと前にね、小田原城を包囲する戦があったの。
武田に背後を襲われそうになったから諦めて帰ったんだけど」
「小田原城って北条の本拠地だろ、
確か豊臣秀吉がニホン中からとんでもねぇ人数をかき集めてやっと落城させたって」
「実際問題、たいした堅城よアレは。 正攻法で陥落させるのはまず無理ね。
支城も多いから包囲戦を成立させるためには冗談みたいな人数が必要で、
今の長尾家の財産ではそんな大人数を落城まで養い続ける事は不可能。
正直、あの城に立て籠もられたら相当難儀するわ」
「なあ、俺達ってこれから、
ヴァルハラ宮殿ってトコに殴り込んでオーディンを倒すんだよな?
小田原城すら落とせねぇ戦力で神に喧嘩売って大丈夫なのか?」
「……そう言われると、ちょっと心配になってくるわね」
美空は内心の不安を押し流すかのように、手元のウイスキーをグイっと飲んだ。
「飲み過ぎだぞ、神に喧嘩売るんだからもうちょっと自重しろ。
ノ〇キングマスターだってグ〇メ界じゃ酒を断つんだぞ」
「飲まなきゃやってられないわよ。 いつも通り吐く時はよろしく頼むわ」
「……お前のゲロを捨てに行った回数、そろそろ100回に届くんじゃねーかな」
斎藤九十郎がエチケット袋を美空に差し出すタイムは、僅か0.05秒だ。
少しでも遅れるとそこら中に吐瀉物が撒き散らされるので、九十郎も必死である。
「本格的に酔っぱらう前に聞いとくが、北条との戦いになったらどうする気だ?
火薬不足でドライゼ銃は使えねぇ、長引いたら旧武田家の連中が爆発する、
織田軍はここ何ヶ月か軍事訓練を全くせずにセックス三昧だったから戦力にならねぇ、
言いたかねぇけど、ちょっとキツいんじゃねぇの」
「長引いたら旧武田家の連中が爆発する……それは北条も知っている。
深刻な火薬不足(第142話)と織田軍の弱体化はたぶん漏れていないわ……
どうせそのうちバレるでしょうけど、今この瞬間は隠し通せている。
では北条の立場に立って考えてみましょう、この状況下で北条が採るべき最適解は?」
「右ストレートでぶっとばす!」
九十郎は力強く断言したが、ぶっちゃけ大外れである。
「もう一つ、越軍は精強で知られる武田の騎馬軍団を一方的に射殺して、虐殺して、
勝利しているわ(128話)。 そしてこれは北条も知っているわ、隠しようがないからね。
ほら、これなら分るでしょう?」
「弾避けに束ねた竹を準備するな、俺なら」
「何を言ってるのよ、
北条は竹束よりもずっと頑丈で有利に戦える弾避けを既に持っているわ。
北条は必ずそれを使う筈よ、武田の二の舞にならないために」
「竹束より頑丈……?」
九十郎はしばらく考え込み、一つの答えを見つけ出す。
「……あ、小田原城の城壁とか?」
「そうそれよ! 賭けても良いわ、
北条は必ず小田原城と周囲の支城に兵を入れて立て籠もる。
野戦を挑めば武田と同じように一方的に射殺されるもの」
「おいちょっと待て、お前さっき小田原城に籠られたら難儀するって言ってなかったか?」
「今の戦力では攻略は無理ね、ドライゼ銃が十全に使えたとしても相当厳しい、
包囲戦になったら先にこっちの物資が尽きて退散する事になるわ。
逃げる所を襲われて全滅するかも」
「それ駄目だろ! どうすんだよ!?」
「九十郎、私達の目的地って小田原城だったかしら?」
「いや、江戸城だが……」
そう言われて、九十郎がハッと気づく。
「江戸城はね、掘っ立て小屋よりはいくらかマシって位のボロ城なの。
戦略的な重要さもたいした事ないから、北条も最小限の人数しか送らない。
今の私達の戦力でも攻略は簡単よ」
「なるほどねぇ。 流石は上杉謙信だ、色々と考えているんだな」
「頭を使った後はお酒が美味しいわね~」
美空と九十郎がグイっとウイスキーを飲む。
地獄のような蘭丸戦を乗り越え、織田と全面戦争になるかならないかの修羅場も乗り越え、2人の疲労レベルと心労レベルは大分マシになっていた。
いや……
「問題は、だな……」
「ええそうね、あまり考えたくないけれど、
今、私達の頭上には相当どデカい問題が重く重ぉ~く伸し掛かっているわね」
「こればっかりは剣丞に押し付ける訳にもいかねぇよなぁ……」
美空と九十郎は手にしたウイスキーの杯を傾ける。
佐渡で採れた金を張り付けたそれは山吹色に輝いていたが、2人の心は暗雲に包まれている。
そして2人は昨日あった愛菜との会話を思い出す……
……
…………
………………
「空が!?」
「無口になったぁ!?」
山のような仕事に追われ、息も絶え絶えになっている美空と九十郎が愕然とした表情になっていた。
地獄のような蘭丸戦の後始末と織田との全面戦争回避のために過労死寸前になる程に奔走している2人にとって、これ以上面倒事は増やさないでくれという思いはあったが、かといって聞かなかった事には決してできない報告であった。
「そ……そうなのです……この越後きっての義侠人、
直江愛菜兼続にもどうしたら良いか分からず……正直、助けてほしいのですぞ……」
普段は無駄に自信たっぷりの愛菜も、この日だけは本当に弱りきっている様子だった。
「あの娘、前から結構口数少ない方じゃなかった?」
「常識的な範囲な無口ならコイツがこんな顔する訳ねぇだろ。
愛菜、どういう無口なんだ?」
正直嫌な予感がして、ぶっちゃけ聞きたくないという思いもあったが、かといって聞かなかった事には決してできない状況であった。
「それは……その……表情が完全に死んでいると言いますか……
一日中置物のように硬直していると言いますか……
直視すると寒気がするような怖い顔で固定されていると言いますか……
あの、愛菜達家臣が一度も声を聞かなかった日が頻繁にあると言いますか……」
「なるほど、要するに尋常じゃ無い無口になったって事か……」
「そ、そうなのですぞ……」
愛菜が滝のような汗を流しながら2人に報告をしている。
本当は越後長尾家の総大将である長尾美空景虎の耳に入れる前に、空の直臣である愛菜達で問題を解決するべきで、超絶多忙な美空に報告すること自体、自分達の無能を宣言するにも等しい行為である。
しかし、愛菜達ではどうする事もできないと、美空に直接報告しなければと判断せざるを得ないと考える程に、今の空の状態は危険なものであった。
「おい美空、どうするよ?」
九十郎が美空に尋ねる。
九十郎は基本的にクズ野郎であるが、多少は交流がある空が不調だというのなら、それなりに心配になる。
「う~ん……そう言われてもねぇ……」
美空も悩む。
直接産んだ子ではないとはいえ、空は美空の大事な家族の一員だ。
いくら忙しいといっても、様子を見に行く時間くらいは捻出したい。
したいが……
「……ごめん、九十郎。 今は手が離せないから、代わりに見てきて」
美空は非常に重苦しく、苦々しい表情だ。
空がこの前の戦いの中で見ず知らずの男達に強姦された事は知っている(第161話)。
自分を強姦した相手に全裸で土下座をさせられあ事も知っている(第171話)。
空の口数が異様に減ったというのなら、きっとその時の心労が原因なのだろうとアタリをつけてもいた。
だが……
「(ここで空を気遣う姿を見せすぎれば、
名月ではなく空を後継者にと狙ってる連中が勢いづくわね、絶対に)」
越後長尾家の後継者は名月に決まっている(第102話)。
しかし、あからさまに北条家の紐付きである名月を当主に添えれば、越後長尾家は北条の走狗に、都合の良い鉄砲玉替わりにされるのではと危惧する者は数多い。
長尾の独立を守るために、空こそが後継者に相応しいと考える者は相当数いて、その中には名月を落ち度や空の素晴らしさを針小棒大に訴える等、具体的な行動を起こしている者もいる。
今はまだ美空の命令に背くまでの事はしでかしていないが、いつか大きな問題を起こすのではと感じる連中が何人も思い浮かぶ。
だからこそ美空は動けない。
内心では空のために動くべきだと思いつつ、どうしても躊躇してしまう。
「本当、悔しいわね。 上杉謙信ったって、何でもやれる訳じゃないって事が」
……
…………
………………
「空、見舞いに来たぞ。 何か体調良く無いらしいじゃねぇか」
「空様、九十郎殿が来てくれたのですぞ」
愛菜と九十郎が空の部屋に入る。
織田と長尾の状況説明と停戦交渉が終わるまで近所の農民から家を借りて簡易診療所としている。
空は現在、そんな簡易診療所で休まされていた。
空は……
「………………」
空は無言のまま、小さくぺこりと頭を下げた。
「(駄目だ……やっぱり喋れない……)」
そして本当に本当に申し訳なさそうに視線を伏せる。
愛菜と九十郎……自分の異常を知って、心配になって尋ねてくれた2人に対し、謝罪と感謝の言葉を伝えたかった。
『心配してくれてありがとう』『心配させてごめんなさい』と伝えたかった。
だがしかし、どれだけ強く感謝の気持ちを抱いていても、口は思うように動かせず、喉はコバエの羽ばたき程の音も出してくれない。
「………………」
必死になって腕に力を籠める、肩に力を籠める、首に力を籠める、顎に力を籠める、そして眉間に力を籠める。
だがしかし、空がどれだけ必死になっても、口は思うように動かせず、喉はコバエの羽ばたき程の音も出してくれない。
「(喋れない……喋れないよぅ……どうして? なんで?
愛菜がいるのに、九十郎さんがいるのに、どうして何も喋れないの!?)」
思わず我が身の不幸を呪い、突然降りかかった理不尽を呪った。
「………………」
怒りの言葉も、嘆きの言葉も、運命に対する呪詛すらも、空の口からは出てこなかった。
泣き叫びたい気分だったが、声も涙も何も漏れなかった。
「お、おい……何か凄ぇ睨まれてんだが……愛菜、あいつ怒ってるのか?」
「い、今の空様のお気持ちは、正直さっぱり分からないのですぞ……」
愛菜と九十郎はそんな空の無言の奮闘にドン引きしながらひそひそ声で相談をしている。
2人共、空がどんな時にどんな顔になるのかよく知っている筈なのだが、今の空は何を考えて何を伝えようとしているのかまるで分からず、困惑していた。
しかし少なくとも、嬉しいとか、楽しいとか、そういう肯定的な感情ではないという事だけはしっかりと伝わっていた。
「(あ、駄目……何か言わないと、伝えないと……何か、何でも良いから……)」
空は慌てて何かを伝えようとする。
声が駄目なら仕草で、仕草が駄目なら筆談でも、方法は何でも良いので『怒っていない、来てくれて嬉しい』と伝えなければと考える。
だが……
「(愛菜……愛菜はあの時、助けてくれる人がいたのに……
お母さんが助けに来たのに……なのに私のお義母さんは……美空お姉さまは……)」
愛菜の顔を見ると嫌でも思い出してしまう。
あの地獄のような蘭丸戦の中で、自分と愛菜に降りかかった屈辱的な出来事を。
嫌でも思い出してしまう。
愛菜の母が、愛菜を助けるために震えながら、顔を真っ青にしながら人殺しをしたあの瞬間を(第171話)。
自分の義母は助けに来なかったのにだ……
「(あ……や……な、なんで……? 腕が震えて……身体が固まって……)」
気がつけば全身が強張っていた。
全身が岩のように硬くなり、全身が錆びついたかのように鈍くなり、筆や紙を握る事すらできなくなっていた。
愛菜や九十郎に自分の意思を伝えたいと強く思えば思う程、空の心の余裕が無くなり、空の心に強いストレスを生じさせ、それが結果として空の身体の自由をも奪っていった。
「うげぇ、何か表情がさらに険しくなっていってねぇか?
俺ら何かしたか? 空の機嫌損ねるような事したか?」
「あわわ、あんな表情の空様、見た事が無いですぞ……」
空の心に強いストレスが伸し掛かる事で、空の表情はさらにさらに険しくなり、愛菜と九十郎に誤ったメッセージが伝わっていた。
そして……
「あ、あのぉ……ほ、本日はお日柄も良く……」
「き、機嫌を直してほしいのですぞ……いつもの優しい空様に戻ってほしいのですぞ……
愛菜が悪かったのなら、謝るのですぞ……」
愛菜と九十郎が若干震えながら空に話しかける。
「(ち、違……待って! 怖がらないで! 愛菜! 九十郎さん!
来てくれて嬉しい! 心配してくれて嬉しいの! お願いだから伝わって!)」
空が必死に声を出そうと藻掻き、足掻く。
しかし、必死になればなる程、空の全身は硬直し、空の口も声帯も思う通りに動かなくなっていく。
「あ、すまん……何か調子が良くねぇみたいだな……」
「そ、そうですぞ! また後で、折を見て尋ねるのですぞ! 今は一旦退散して……」
愛菜と九十郎がそそくさと立ち去ろうとする。
「(嫌ぁ! 待って! お願いだから待って! 一人は嫌ぁっ!
一人ぼっちは嫌だぁ!! お願いだから一人にしないでぇっ!!)」
空は2人を呼び止めようとしたが、やはり声は出ず、身体も強張って何もできなかった。
そして……愛菜と九十郎は簡易診療所から去っていった。
「う……うっぐ、えぐ……うあぁぁ……」
2人の姿が完全に見えなくなった直後、空の目から大粒の涙が零れだした。
全く動かなかった口からは、止めどない嗚咽と、嘆きの言葉が漏れ出した。
「愛菜……愛菜ぁ……九十郎さん……嫌、嫌だ……戻ってきて……1人にしないで……
助けて! 美空姉さま! 傍に居て! 助けて! 助けてよぉ……」
そんな空の涙も、叫びも、誰にも届く事は無かった。
……
…………
………………
「そんな訳でなぁ……全く取りつく島も無いって感じで、どうしたもんか……」
「はぁ……ごめんなさい、今回ばっかりは本当に何も思いつかないわ」
美空と九十郎が同時に深々とため息をついた。
基本無能、剣術馬鹿、しかもクズな九十郎もともかく、百戦錬磨の美空にも妙案は浮かばない。
「まぁ、この前の戦いは控えめに言って地獄だったわ。
心に深い傷を負ってるのも大勢いる。
こうなってしまったら空も含めて、時間が癒してくれるのを待つ以外に無いわ」
美空の判断は決して妙案ではないが、次善の方法ではある。
下手な荒療治は行わず、時間かけて無難な手段で心の傷が癒えるのを待つ……決して悪い方法ではなく、悪い判断でもない。
「そう……だな……そうするしかねぇよな……」
美空と九十郎が手にしたウイスキーをグイっと飲み干す。
蒸留により自然発酵した酒よりも数段強いアルコール度数となった酒が、2人から判断能力を奪い去る。
「……ぷはぁ。 全く、世の中は上手くいかねぇ事ばっかりだよな」
「本当、飲まなきゃやってらんないわよね」
美空と九十郎が全く同じタイミングで苦笑する。
犬子と九十郎が越後に流れ着き、美空に士官を願い出た時(第29話)からずっと、九十郎の思惑通りに上手くいった出来事は皆無である。
だから貴様は九十郎なのだ。
「………………」
「………………」
2人が無言になる。
特に理由は無い、何となく話題が尽きた時の空気だ。
美空が静かに杯のウイスキーを飲み干す。
九十郎が酒を継ぎ足す。
美空にとって、どんちゃん騒ぎをしながらの酒盛りも決して悪くないが、こうやって心を許した者と静かに酒を傾ける時間はもっと好きだ。
特にそれが、心の底から好きだと思える男性となら……斎藤九十郎が傍にいるならば、その時間は何物にも代えがたい幸福な時間になってくれる。
美空は自分の口元が緩んでいくのを感じていた。
「(空が大変だっていうのに、これから異世界に行って、
オーディンの本拠地に殴り込みだというのに……
この胸の内の、幸せだと思う気持ちは止められない……)」
美空は九十郎のすぐ隣に座り直す。
肩と肩が触れ合う距離で、少しだけ体重を預けてみる。
九十郎は美空を拒まない。
何も言わずに、身体を強張らせる事も無く、そうある事が当然であるかのように美空を受け入れている。
……美空が酔った勢いでボディタッチを試みるのはよくある事で、過去の経験から逃げたり引き剥がしたりすると凄く不機嫌になると学んでいるのである。
「好き……好きよ、九十郎。 貴方が好き、愛している。
他の誰よりも強く強く愛しているわ」
九十郎の隣で、美空がそう囁く。
酔って自制心を削られた結果の言葉ではあるが、それは美空の噓偽りの無い本心からの言葉である。
九十郎とて、美空を憎からず想っている。
大事な主君だと思っているが、同時に良い女だと思っているし、美人だと思っているし、その豊満な胸を揉みしだきたいとも思っている。
だが……
「不倫はちょっとなぁ……」
それはそれとして、九十郎はNTRが嫌いだ。
前々から嫌いだったが、戦国時代に来てからもっと嫌いになった。
自分の女が他人にNTRれるのも嫌いだが、自分が他人の女をNTRるのも嫌だ。
美空が剣丞を好んでいないのは知っているが、それでも名目上は剣丞の嫁なのだから、九十郎的には手を出したくない。
「あ、そういえばまだ言ってなかったか。 私、離婚したの」
「はぁ!? 離婚したぁっ!? 剣丞と!? 何で!?」
九十郎が口に含んだ酒を噴き出す。
「え? そりゃ剣丞が嫌いだからよ」
「その辺、良く分からねぇんだよな……あいつ俺より強いし、俺より賢いし、
俺より正しいし、俺より優しい、ルックスもイケメンだ。
わざわざ離婚する事ないだろうに」
「あんたの剣丞に対する信頼はどこから来てるのよ本当に……」
「まあ、そこはほら……あいつは主人公だからな」
「また出た、主人公主人公って、そんな重要な事?」
「重要だよ、俺にとってはな」
「私にとっては重要でも何でもないわ」
美空と九十郎が同時に杯のウイスキーを飲み干した。
美空は九十郎の、九十郎は美空の杯に次の酒を注ぐ。
「たぶん……貴方のその『主人公』ってのは、単なる思考放棄よ。
諦めているだけなのよ」
「諦め……?」
「自分の限界を自分で決めてるのよ。
秋月八雲っていう奴に負けた貴方は、自分が負けるのが当然だったって思い込んだ。
『主人公』には『脇役』は勝てないって勝手に思い込んで、勝手に諦めてるだけよ」
「そういうんじゃねぇよ、そういうんじゃ」
九十郎はぱたぱたと手を振って美空の想像を否定する。
しかし同時に思い当たる節が何個かあり、ぎょっとしたのも事実である。
「でもね九十郎、この前の戦いで新田剣丞を投げ飛ばしたのは聞いているわ(第162話)。
途中何回も危うい所があったけれど、
最終的には蘭丸を斬って勝利したじゃない(第171話)」
「俺だけの力じゃねぇよ、色んなヤツが力を貸してくれた。
吉音だろ、犬子だろ、詩乃、小夜叉、姫野に小波、死んじまったが新戸も……
あと若干認めたくねぇが、一二三にも助けられたな」
「洗脳されてるのに裏切るあの娘って何なのかしらね?」
表裏比興と書いてクソヤロウと読む真田昌幸である。
「まあともかく、最終的に蘭丸を斬ったのは俺だが、俺だけじゃ勝てなかった。
皆の勝利って事だろ、それって」
「そうね、貴方一人の勝利じゃないかも。
それでも勝っているじゃない、貴方の言う主人公がいる相手に」
「んん~……?」
九十郎は再びウイスキーの杯を傾け、少しの間考え込む。
「ああ……そうか……考えた事も無かった……俺は主人公に勝ってたのか……」
ウイスキーの杯は黄金に輝いている。
それが何故か、今の九十郎には勲章のように、勝利を記念するトロフィーのように見えた。
「勝利の美酒の味はどう?」
美空が悪戯娘のような笑みを浮かべながら同じくウイスキーの杯を傾ける。
「そうだな……俺が守りたかった女は軒並み強姦されちまった。
ひでぇ目に遭った、何度も諦めかけた、
もう一回やれって言われたら全力で拒否したい戦いだった。 だけどな……」
九十郎は黄金の杯に残った酒を一気に煽る。
「……だけど美空、お前だけでも守り切れた事は、本当に良かったと思っている。
犬子とかには悪いかもだけどな」
美空が上機嫌になり、さらに九十郎と身体を密着させる。
九十郎もそんな美空を追い払おうとはしない。
そして九十郎を強く抱き寄せて……唇と唇を重ねた。
「ねぇ……貴方が守り切った私の処女、貰ってくれない?」
そう言うと美空は、着物をはだけさせて、九十郎にその豊満な胸を押し付けた。
「お前は良い女だよ、美空。 抱きてぇって思った事は何回もある。
だが……正妻は柘榴だ。 それは変えられねぇ、変えたくねぇ。
だからな、美空を嫁にするって話なら受けられん」
「そうよねぇ、柘榴は私の家臣だから、
私が側室で柘榴が正妻じゃあ、序列がおかしくなってしまうわね」
美空が苦笑する。
苦笑しながらも、九十郎に抱き着く腕の力は少しも緩めない。
自分が拒絶されるとは全く考えていない。
美空は自分と九十郎の性格が似ている事を知っている。
だから九十郎が次に何を言うのかをなんとなく予感している。
九十郎は……
「美空……抱くぞ、良いんだな?」
九十郎はそう言うと、答えを聞くよりも早く美空を近くに敷いてある布団に放り投げる。
酔い潰れた時に即座に寝かせられるよう、酒盛り前にあらかじめ準備されているのだ。
「ら、乱暴な感じかしら?
こういうの経験無いから、優しめにしてもらえると嬉しいのだけど……」
「美空相手じゃ俺自身を抑えられねぇよ。 自分が美女だって事、自覚しろ」
九十郎が美空を押し倒し、衣服を脱がす。
美空は少しも抵抗せず、されるがままだ。
「抱くだけ抱いて、結婚はしない。 本当にそれで良いんだな?」
「ええ、それで良い。 柘榴から九十郎を取り上げるのは本意ではないから」
着物が脱げ、肌着も脱げ、美空の裸体が露になる。
少し緊張の色が見える肩、思わずむしゃぶりつきたくなる形の整った乳房、絹のような光沢のある艶やかな髪……九十郎が思わず唾を飲む。
「ヤれば出来るってのは、どこの時代でもどこの国でも共通だと思うんだが……」
「その時は1人で産んで、1人で育てるわよ。 父親の事は墓場まで持っていく」
なお、美空は割と頻繁に九十郎への行為を周囲に漏らしているため、懐妊した時点で父親が誰かは瞬時にバレる事になるのだが、それはもう少し後の話である。
「ぶっちゃけかなり無責任な事しようとしてるよな、俺って」
「あら、良いじゃないの。 他でもない私がそうしてほしいって望んでいるのだから」
美空と九十郎が見つめ合う。
美空は九十郎に、九十郎は美空に魅了されている。
今すぐにでも目の前の異性を貪りたいという原始的な本能を抑える事ができない。
「ん……ちゅ……」
もう一度唇が重なる、舌と舌が絡み合う。
互いが互いを貪るように、互いが互いを慈しむように。
ぐちゅぐちゅと、ねちょねちょと、唾液が混ざる音を聞くだけで心臓の鼓動が早まっていく。
「ぷはっ……あ、なんか凄いふわふわした気分。
柘榴達もいつもかんな感じなのかしら?」
「どうだろな? 本人に聞いてくれ。 でも俺は凄ぇドキドキしてる」
「上杉謙信を抱くから?」
「それもある、それもあるけどな、
美空っていう最高に良い女をモノにできるっていうのが俺的に結構……
ああ、嬉しいんだよ」
「そうかそうか、私は良い女だったか。
惚れた男にそういってもらえるのは良い気分よ」
九十郎が美空の乳房に触る。
指先はクニクニと乳首を愛撫する。
「あ、あ……んぅ……」
自然と艶やかな声が漏れ始める。
単純な愛撫の上手さ、快感の強さだけならば、この前犯されかけた織田兵のほうが数段上だろう(第167話)。
あの時と決定的に違うのは、心の底から好きだと思える男に触れられているという一点だ。
「ひゃ、あぁっ! ちょ、待って、んんぅ! 身体、痺れて……あぁっ!」
喘ぎ声が次第に大きくなっていく。
あの時は気持ち良くなってやるものかと、声を聞かせてやるものかと意地になって我慢をしていた。
今は違う、愛する男との一時の交合を味わう事、この幸せな時間を堪能する事だけを考えていた。
「待って! ホント待って! 何か駄目になっちゃいそうだから待って……ふぁっ!
あぁぁあっ! うあぁっ! コラ! 聞きなさいよ!」
九十郎は美空からの抗議を無視して乳房への愛撫を続けている。
際限なく顔が緩んでいくのが分かった。
快楽と共に全身を包む多幸感にやられて、全身が蕩けていくのが分かった。
「もう……馬鹿……でも好き……」
好きだと口にする度に全身がビクンと震えて、幸せな感触に包まれるように感じた。
「ひっ! んんぅ! あ、あ、ああぁっ! な、何これぇ!?」
そして愛撫がお〇んこに移る。
最初は指先で、次に唇で、舌で、美空の下のお口がぐちゅぐちゅに解されるまであっという間だった。
そしてついに……
「挿れるぞ、本当に良いんだな?」
「うん……来て……」
美空が身体を開く。
男のモノを受け入れるために両手を開き、両足を開き、抱き寄せるように九十郎の身体を引っ張り込む。
「あ……」
くちゅり、と……愛液の音。
自分のワレメに熱く、硬く、太い肉の棒が宛がわれたのが分かった。
処女喪失の瞬間に、緊張で身体が強張った。
「ひ……う……は、挿入ってくる……」
ずぶずぶと、九十郎のモノが美空の膣内を進んでいく。
肉をかき分け、ヒダヒダをかき分け、奥へ奥へと挿入され……
「んっ、あぁっ!」
一瞬、身を裂かれるような痛みが走り、美空の最奥部まで男根が届いた。
処女膜が破れた、ハジメテの証が喪われた……自分のハジメテを九十郎に捧げたのだと、本能的に分かった。
「あ、あはは……全部挿入った……あんな大きいのが私の膣内に……」
自然と、笑みが出ていた。
心の底から嬉しかった、誇らしいとすら思えた。
接合部から僅かに見える血の色すらも愛おしいと思えた。
自分は心から好きになった男性にハジメテを捧げたのだ……ただそれだけで、美空は心の底から満たされた気分になった。
「悪い美空、たぶん加減きかねぇや」
「加減なんてしないで。 好き、大好き、愛してる、貴方の全てを愛している。
だから九十郎、今この瞬間だけは……私の事、全力で愛して」
そこから先は、あまりにも幸せ過ぎて何も覚えていられなかった。
夢のような、あるいは天国のような時間だった。
「あぁっ! ふあ、あぁぁっ! あ、あんんぅっ! ああぅうんっ! ふぁああぁっ!」
喘ぎ声が周囲に響く。
蘭丸戦後に急遽用意した簡易拠点の壁は薄く、美空の声は思い切り外にまで聞こえている。
誰かに聞こえるかもという心配は、心の底から、腹の底から響き渡る歓喜の喘ぎ声で瞬時に消え去っていた。
「やべぇ、もうイキそうだ!」
「射精して! 私のナカで射精して! 産むから! 孕むからぁっ!!」
美空が九十郎の身体を抱きしめる。
両腕で九十郎の背中を掴み、両脚で九十郎の腰を挟み、全身を密着させた。
九十郎はそんな美空の圧し潰すかのように腰を振り、ぐっちゅぐっちゅと淫靡な音と共に膣奥を何度も何度も突いていた。
そして……
「九十郎ぉっ! 好き! 好きぃ! あぁぁっ! ふぁっ! ああぁっんんぅ!」
びゅるるっ! びゅるるるっ! と、九十郎の肉棒が胎内で爆ぜる。
熱い熱い白濁液が勢いよく美空の子宮に注がれる。
「はぁ……はぁ……射精されちゃった……最後までシたのよね……」
自分は九十郎と交わったのだ。
愛する男に抱かれたのだ。
孕み袋に子種を貰ったのだ。
美空は歓喜の表情でセックスの余韻に酔いしれた。
……
…………
………………
さて、美空と九十郎の初セックスの場所は勝手知ったる春日山城ではなく、蘭丸戦後に近くの庄屋の家を借りて作った拠点である。
城塞に比べれば壁は薄く、隠れて近づく方法も複数あり、見張り兼護衛を何人も配置する必要があった。
つまり……
「あの2人……」
「とうとうヤッちまったっすね……」
美空の喘ぎ声は、処女セックスの生々しい痕跡は、親衛隊の指揮官である松葉や、ちょっと近くを通りかかった柘榴に丸聞こえであった。
「……どうする?」
松葉が柘榴にそう尋ねる。
「どうするったって……聞かなかった事にするしかねぇっすよ」
柘榴はため息をつきながらそう答える。
美空は前々から九十郎に好意を抱いていると公言していた(第76話)。
美空と九十郎が2人きりで酒を飲む事が何回もあった。
その内こうなるのではと思う者は、松葉や柘榴を含めて何人もいた。
もしもそうなった時にどうするか、考えた事も何度かあった。
「正妻は、貴女」
松葉が柘榴に事実を突きつける。
「そっすね、今はそうっすけど……こうなったら引き下がる他ねーっすよね……」
柘榴が自身の胸を見下ろした。
巨乳好きの九十郎が、何度も何度も揉みしだいて楽しんだ自分の乳房だ。
九十郎に何度も何度も愛されて、九十郎に何度も何度も抱きしめられた身体だ。
九十郎に好きだと言われる胸が弾んで、心臓が跳ねた。
だが……
「仕方ねーっすよね、こうなったら……」
……もう、自分は九十郎の正妻ではいられない。
柘榴はそう考えていた。
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「あぁっ! ふあ、あぁぁっ! あ、あんんぅっ! ああぅうんっ! ふぁああぁっ!」
そして美空の喘ぎ声を聞いていた者がもう一人いた。
「あ……ああ……」
小柄な少女が道端に蹲り、耳を塞ぎながら震えていた。
両ひざは泥まみれになり、顔は青ざめて、不安と恐怖に引きつっていた。
少女は……空はどうしても美空の顔が見たくなり、どうしても美空の声が聞きたくなり、夜中にこっそりと簡易診療所を抜け出していた。
しかしそこで、自身の義母である美空のセックスを聞いてしまった、知ってしまった。
美空が愛する男性に抱かれ、歓喜と共にいやらしいメスの声を出すのを聞いてしまった。
「そんな……そんなの、やだよぉ……」
空の目からは涙がぼろぼろとこぼれ落ちていた。
「九十郎ぉっ! 好き! 好きぃ! あぁぁっ! ふぁっ! ああぁっんんぅ!」
強く強く耳を塞いでも、美空の喘ぎ声が聞こえてしまう。
嫌でも思い出す、自分が顔も知らない男に押し倒され、犯された事を(第161話)。
嫌でも思い出す、愛菜の母が愛菜を守るために人殺しをした瞬間を(第171話)
そして嫌でも考えてしまう、心の底から考えたくない事実に、心の底から気づきたくない事実に思考が進んでしまう……
「(ああ、そうか……お義母さんは……美空お姉さまは……)」
考えてはいけない、気づいてはいけないと耳を塞ぐ。
全身の力を振り絞り、聞こえてくる声を跳ね除けようとする。
だが……そんな空の努力は無駄に終わる。
「(私のお義母さんは、私をどうでも良いと思っているんだ……)」