バスを降りるとシンは、ジュリを見て言う。
「僕は、直ぐそこにある会社に行くけど、君はどうするの?」
「私は…図書館に行きたいのだけど…、どの辺にあるのかしら?」
「図書館なら、ほら…向こうに市役所が見えるだろ、その隣だよ」
シンは、目の前に見える白い屋根を指した。
「分かったわ…じゃあ、仕事が終わったら迎えに来てくれるかしら?」
「仕事が終わったらって…、今日は遅番だから終わるの遅いよ…夜8時過ぎになるかもしれないし…」
「それでも良いわ。読書しながら待っているから」
ジュリに何を言っても無駄か…と思ったシンは
「分かりました。迎えに行きます」
2人の話が終わる直後、白のクーペスタイルの車が勢い良く走って来て、キキーッ!とスリップ音を立てながら急ブレーキして止まる。
僅かにタイヤのゴムが焼けて煙が立ち上る中、クーペスタイルの車の中からサングラスを掛けた若い男性が現れた。スーツが肩からよれて、服が少しシワになっていた。顔には無数の赤いキスマークが見られた。
「初めましてオダ・シン君、お取り込み中申し訳無いのだが…私はこう言う者です」
彼は、WBを指先で、軽く弾き自分用の顔つきの名刺を映し出す。
『タナカコーポーレーション研究課ミヤギ』
と、そこには表示されていた。
「失礼を承知の上で申し上げるのだが…少しだけ、私との話に付き合ってもらえないかな?時間は取らせないつもりだけど…」
突然自分の前に現れた不思議な人物に対して、シンは立ち止まっていた。
「何なんですか貴方は?」
シンは反抗的な態度を見せた。
ミヤギはチラリとジュリの方を見る、麦わら帽子を被り、お下げ髪をしている姿からは相手がアリサとは判別しにくかった。しかも女性には表情があった。
タナカコーポーレーションに限らず、他のメーカーを含めて、生産されるアンドロイドは、そのほとんどが無表情と言って良い程のモノ…。ミヤギは別人を相手にしているかも…と一握りの不安を抱いていた。
「幾つか質問させてもらいたい。返答次第では、撃つかもしれないので覚悟して頂きたい」
ミヤギは懐の内側に隠し持っていた光線銃を取り出し、それをシンに向ける。
「くッ…」小型の光線銃を向けられたら打つ手が無かった。光線銃の威力は秒速コンマ0.1秒で、相手の身体を貫通させてしまう。しかも…噂では100m離れた鉄板さえ軽く遮断させてしまう…と言われている。そんな物に撃たれたら、一瞬であの世へ逝ってしまう。相手の言う通りにするしか無かった…。
「イヤッ!コワイー」
ジュリは頭を抱えてしゃがみ込んだ。その時、左手を強く握り込んで「電子波動…オン」と、小声で呟く。
ジュリが呟いた瞬間、バスを降りて駅方面に歩いている女子大生のWBが軽く点滅した。
「あら?貴女のWB…今、点滅したわよ?」
「え…本当、メールかしら?」
女子大生は、画面を開いて中を確認するが、受信された形跡内容の項目が見付からなかった、不思議そうに首を傾げながら女子大生はWBを腕に装着させる。
女子大生のWBが点滅した直後、タナカコーポレーションの本社の全ての電源がシャットアウトした。社内の全てのコンピュータシステムを始め、電気やエアコン及び、空気清浄機まで一時的に機能停止した。社内にいるほとんどの従業員が停電か?と…思いながら天井を見上げる。しばらくして社内のシステムは全ての機能が戻り、社員達は業務を再会し始める。
「何だったんだ?」
コンピュータフロアを見回っているタナカが何気なく呟いた…。その直後、社員の1人が大声で叫んだ。
「か…会長ー、た…大変です!」
「どうした?」
「アリサに関するデータが全て抹消しています!」
「何だって!」
「こちらもです。アリサに関する記録が、見付かりません!」
「バックアップを取れ、保存のデータが残っている筈だろ!」
「ダメです、バックアップデータ及び、過去の記録全てが抹消しています」
「これは一体…?」
タナカは突然起きた非常事態に呆気に取られて、目の前にあるスクリーンマップを見ていた。
タナカコーポレーション本社のコンピュータシステム等がシャットダウンした直後、本社と通信回線を取りながら行動していたミヤギは、サングラスの通信モニターが一時停止した事に気付き、
「おい、どうした?何があったんだ?」
と大声で言う。一時的に音信不通になったものの、しばらくして相手からの音声が確認出来た。
「こちら本社です。ただいま社内で、一時的な停電が起きました。現在は特に問題はありません」
「そ…そうか…」
ミヤギが、ホッと一安心したのも束の間…。
「すみません、重大な問題が発生しました!本社内に保存してあった、アリサに関するデータが全て消去されています」
「な…何だって?」
そんなのデタラメだ…と、思ったミヤギは目の前の女性の顔を、保存してあったアリサの顔画像と照合させようとデータを検索するが…、保存してあった筈のデータ画像が検索出来ない。
(まさか…外部の通信データにまで影響したのか…)
タナカコーポレーション本社のコンピュータフロア内では、社員のオオタと言う名の男性が地下倉庫から外付けHDを持って来た。
「これです。以前こちらにアリサのデータを入れて置きました」
「取り付けてくれ」
タナカや他の社員達が皆、コンピュータの前に釘付けになってディスプレイを覗き込む。
「では…いきますよ」
コンピュータを稼働させる。ごく普通に画面は映った。しかし…直後、外付けシステムにアリサのデータを認識すると、もの凄い早さでコンピュータがデータを消去し始める。
「これは…ウイルス性のバグですね。それも高度な機能を持ったヤツです」
見ていた1人が呟く。
「何者かが外部から侵入して、我が社のデータを揉み潰そうと企んでいるのでしょう…」
「一体どのようにして潜入したのだ?セキュリティも打ち破られた形跡を示していないのに」
「電子波動…かな…」
何気なく呟いた社員の1人に、周囲の視線が向けられた。
「何だ…その波動とか言うヤツは?」
「過去にそう言われる事態が発生した記事を見た事が有るのです。外部にいる者の行為で、電子回路に波動状の電気回流を忍ばせるのです。電気回流は波動状である為、セキュリティの壁を簡単に通過出来るのです。しかも電気回流内に何重もの信号が組み込まれているのです。システム内のチップに潜り込むと、データの一部となって機能し続けます。しかも…組み込まれた信号は生き続けていて…予めセッティングされた信号を感知すると、データが作動すると言う仕組みなのです。かなりの高度な技術で、未だに確認の例が少なく一説に伝説だと言われています」
「その伝説が、今…我が社で起きたのか…」
「社長…どうしますか?」
タナカは目を閉じてしばらく考え、通信を行っている女性を見て言う。
「この電波障害が発生する直前、アクセスして来た経歴を確認する事はできるか?」
「はい。通信は健在ですので大丈夫だと思われます」
「調べてくれ」
そう言われて女性は、通信の情報を調べる。一時全ての電源が作動不能になったものの、タナカコーポレーションのHPへのアクセスや電話等は、毎時間に数万件もの利用数があった。その中で、わずか1件のアクセスを探し出すのは困難に等しい限りだった…。しかし…、事態が発生したばかりで、まだ数分しか経過していなければ、見付けられないとは限らない。
タナカは、そう考えていた。
「確認できました。電波障害時直後にアクセスして来た件数、約30件あります。その中で不特定な件数は約5件…。更に不明なアクセスは1件です。その不明のアクセスと、電波障害時との時間は、コンマ単位までほぼ一致しています」
「その情報をモニターにアップしてくれ」
「了解」
そう言って女性は、アクセスして来た情報を公開する。
「アクセスしたのはモバイル端末のWBです。利用者は20代女性だと思われます。名前はマエハラ・ユイと言います」
モニターに映し出された人物の顔写真を見てタナカや他の社員は目を丸くして見ていた。WBの持ち主の経歴には『大学生』と表示されていた。どう考えてもハッカーやサイバーテロ等といったIT世界とは一生、縁の無い人生を送るであろう…と思われる人物であると、誰の目にもそう映った。
「会長どうします?まさか、この子を捕える…何て思いませんよね?」
「単なるモルモットかもしれませんですよ…」
社員の1人が呟く。
周囲の反応を伺っているのか、タナカはモニターマップを見続ける。現在ミヤギが、オダ・シンと言う人物といる場所と合わせてみると、女子大生は真逆の駅方面へと進んでいる。電波障害の発生時刻は、ミヤギがオダ・シンと接触した時間帯に近い、そう考えると彼女が可能性として共謀者と考えるのはあまりにこじつけまがしく思われる。しかし…少ない情報ではオダ・シンとの接点を探すのは極めて難しい…。
2人のデータをコンピュータに移して住所や、学歴を調べるが…、一致する箇所は何処にも見当たらない。彼等の過去の経歴を全てしらみつぶし調べなければ分からない…。現時点ではどう見ても全くの赤の他人である。何よりも、どうして彼女が我が社へシステム障害をもたらしたのか…それ自体が不明である。
「我が社にシステム障害をもたらした者として、彼女の身柄を確保する様、ヨシナガ警部課長に報告してくれ」
それを聞いた社員は少し溜め息を吐いきながら指示に従い、警察への連絡を引き受ける。
「了解しました!」
待ってました…と、言わんばかりの返事をして、タナカコーポレーションからの情報を終えて警官達は勢い良くパトカーへと乗り込み、出動を開始する。
「で…被疑者達の数は?」
ヨシナガは、出動するパトカーの助手席に座りながら相手に聞く。
「女子大生2名…だ、そうです」
「女子大生?!情報の間違いでは無いのか?痴漢や暴力事件の被害者なら話は分かるが…通信トラブルの被疑者としての身柄の確保には、いささか無理が有り過ぎではないか?状況では、我々が捜査に協力していた事に対して、責任を問われる事にもなりかねないぞ」
「そうなった時には、警部課長の顔で世間に謝罪のお膳立てを、お願いします」
「ふざけるな!」
そう言いながら、彼等は目的地へと到着する。
ショッピングプラザが立ち並ぶ繁華街…、人気ヒット中のソングが響き渡り、天然石で覆われた白と赤の歩行者用道路を若い女性が2人、華やかな物に目を奪われながら歩いている。
2人は小物用の店の前に立ち寄って、アクセサリーに目を奪われている時、繁華街に似つかわしくないパトカーのサイレンの音が響いて来た。
2人は事件かな…?と、店の前を見ると、驚いた事に数台のパトカーが自分達の前に止まった。
ギョッとした表情で2人はお互いを抱き合う。
「マエハラ・ユイさんですね?」
「は…ハイ」
女性は震えながら答える。
「私は、警察署の者です」
彼は、自分の身分証をホログラムで見せた。
「ちょっと、調べたい事が有りますので、警察署に同行をお願いします」
怖々しながら2人はパトカーに乗せられて、警察署へと連行した。
通信障害によりアリサの画像データが消えてしまったミヤギは、シンとジュリがいる前で、データの収集を行っていた。シンとジュリは無言のまま慌てふためくミヤギを眺めていた。
「あ…あの〜、大丈夫ですか?」
「う…うるさい!」
思わず大声で叫んでしまったミヤギは場が悪そうに感じながら、車の近くへと行き、そこでデータの収集を行う。
警察署に連れて行かれた2人は、署内で事情調集を受ける事になった。取調室に連れて行かれた2人は、貫禄のある警察官を前に質問される。
「今日、コンピューターを使って、何処かのサイトにアクセスしませんでしたか?」
「いいえ」
「では…今日、誰かに頼まれて、OSを使って何処かのソースコードを操作しましたか?」
「いいえ…。それよりもOSとかソースって何ですか?さっきから言っている意味が全く分かりませんが…」
その言葉に警察官は唖然とした表情で女子大生の2人を見ていた。
警察官は、密かに通信を使ってタナカコーポレーションに連絡を行う。
「彼女等はシロじゃないですか?」
取り調べを行っている警察官の報告を受けたタナカは、1人ため息を吐く。こうなる事態は多少ながら予測はしていた…。女子大生達はシロである可能性が濃厚…そうなると、システム障害の要因は何処にあるのか?
頭を抱えながら、何気なく後ろを見た時…ハッとしながら、ある事に気付いた。そして大声で皆に向かって言う。
「今直ぐ、全ての捜索作業を停止しろ!」