突然の中止命令に周囲は驚いてタナカを見た。
「どうしたのですか、突然停止命令なんて?」
「我々の行動は、アリサに見られているのだ!」
「え…?」
その場に居合わせた作業員達のほとんどが…皆、不思議そうな表情でタナカの言っている意味は直には理解分かない状態で作業の停止を行う。
「何で、突然作業を停止するんだ?」
作業員の1人が小声で言う。
「アレが原因じゃないのか?」
1人の男性が天井に着けられている防犯カメラを指す。それを見た作業員達は皆、息を呑んだ。
アリサがその気に成れば、現場のシステムは全て機能停止する事も簡単だ…と、言う意味も込められた状態での電子波動…。タナカはそれに気付いて全ての作業の停止を命じた。このままアリサを追い掛け続ければ、会社が大きな損失を招くに違いないと気付いたのであった。
捜索打ち切りの報告はミヤギにも届いた。
「何だって⁈どうしてだ?」
「このままアリサを追いかけていると、我が社の損失が拡大すると会長は申し上げています」
通信の相手がそう言い、納得いかない表情でミヤギはシンとジュリの側
に戻る。
「突然呼び止めて申し訳無かった、こちらの手違いで君達を疑ってしまった様だ…失礼した」
ミヤギは悔しそうに一礼して立ち去る。
ロボカーに乗って立ち去って行く男性を見て呆気にとられていたシン。
「何だったんだ…アレは?」
「さあね…」
シンの腕に掴まりながらジュリはクスっと笑みを浮かべた。
突然現れて理由も告げず立ち去ったミヤギを見てシンは不思議な感情を抱いた。
ふと…WBに表示されている時間を見てシンは出勤時間が狭っている事に気付く。
「そろそろ時間だから仕事に行くね。何かあったら連絡してね」
「分かったわ、気をつけてね」
ジュリは手を振ってシンと別れた。
電子ペーパーが普及され一般化された22世紀では過去の産物となったが…紙での書物類、本等は時代が変わっても利用する人達は絶えなかった。
市役所の隣に設けられた図書館へ足を運んだジュリは、図書館内に入ってフロア内をくるりと一望した。受付に居た女性がジュリを見て。
「こんにちは、いらっしゃいませ」
と、軽く挨拶する。
「思ったよりも蔵書の種類が少なそうね…」
溜め息混じりに呟くジュリの発言に対して
「失礼ですが…当館は国内でも有数の書籍を置いてます。館内は新書及び知識に必要最低限の書籍を並べている事にしており約30万冊以上はあります。ご要望があれば地下に保存してある書籍類等も用意しますが…いかがでしょうか?」
女性は不満を堪えて言う。
「そうね…そうして頂くわ」
「では…こちらのモニターで、探したい項目を選び下さい」
受付の指示に従いジュリはモニターを開くと、物凄い速さでスクロールして受付に置いてあった紙とペンを使ってジュリは、サラサラと筆を走らせて数十冊の本の題名を書き上げる。
「多分…こちらの館内の倉庫にある筈なので用意してくれますか?私はそこの机で軽く読書してますので…」
「ハイ…えッ⁈」
紙に書かれた本の題名の数を見て女性は驚いた。全て専門書や辞書類の書籍ばかりだった。
(これ…全部読むの?)
その日、遅番だった若い女性が何時もの様に図書館へ出勤して来る。エアバイクと呼ばれる地面から数センチ空中に浮く小型のバイクに乗って何時ものように出勤して来た。ヘルメットを置き、館内に入ると館内は何時もとは違う雰囲気に包まれている事に気付く。
館内で働く従業員が慌ただしく地下から書籍を運んでいる姿を見つけた。
「どうしたの…棚卸しでもしているの?」
「違うよ、何か凄い利用者さんが現われて、色んな本を頼んで来るんだよ」
息を切らした女性従業員が紙を持って走って来た。
「さらに追加注文よ。今度は100冊…」
「ひええ…勘弁してくれよ…一体何冊読むんだよ」
それを聞いて女性は溜め息を吐いた。
(たまにいるんだよね…そう言う、変な利用者が…)
そう思って館内の人だかりが出来ている場所を覗くと、女性はギョッと驚いた。人だかりの中央には1人の少女が机を前に、椅子に座って本を読んでいる。しかも…その周辺の本棚が、ほぼ空の状態で周辺には彼女が読み終えたと思われる本が山積みの状態で置かれていた。
「あ…あの、お客様…」
「今、読書中です。話し掛けないでください」
そう言って、凄い速さで本を捲り終えると本を閉じて少女は女性を見る。
「ハイ、何でしょうか?」
「え…今ので読んだの?」
「百科辞典一冊なら数分あれば読み終えます」
「え…?」
まさか…一冊500項目もある本を僅か数分で読み終えてしまうなんて、女性が見るに少女はページを捲っていたにしか見えなかった。
「本当に読んだの?」
「宜しければ、その辺にある本を持って来て適当に本を開いて下さい。今読み終えた本も含めて、この辺にあるのは全て記憶しましたから…何でも良いですよ。私が中身を当てますので…」
女性は言われて足元にある百科辞典の項目を適当に開いた。
「ブリタニカ百科辞典ですね。開いたページは、347項目。鳥類の事が書かれているわね」
それを聞いた女性が冷や汗が出た。自分が何処を開いているのか気付く前に相手は本の中身を言い当てた。まるでマジックに掛けられた状態だった。
「内容は…脊椎動物門の鳥綱に分類される動物の総称。体は流線形で、羽毛に覆われ…」
「わ…分かりましたから!」
とてつもない利用者が現れた事に女性は震えた。
「ご…ごゆっくり、利用して下さい」
そう言って女性は立ち去ろうとした。
「ちょっと待って下さい。あなた、館内の従業員ですよね?」
「ええ…そうですが。何か?」
「申し訳無いけど、読み終えた本を棚に片付けてくれますか?私、まだ読書しますので…」
それを見た女性は、周囲に何十冊と山積みになっている本を見て絶句した。
(これ、全部棚に戻すの…?)
「あと、従業員さんに早く次の本を持って来て欲しいと…伝えて下さい」
夕方9時過ぎシンは仕事を終えてオフィスビルを出る。夕方5時頃にジュリからメッセージが入り、図書館が閉まるので先にマンションに戻るとの連絡を受けた。
シンがビルから出ると彼を待っていた男性の姿があった。午前中に現れて結局何も言わず立ち去った男…ミヤギと言う人物だった。
彼はシンに近付くと
「ちょっと付き合え」
と、言って先に歩き出す。
数歩彼が進み、振り返りシンが立ち止まっている事に気付くと
「大丈夫…襲ったりはしない、話をするだけだ安心しろ」
それを聞いてシンは、ミヤギの後を付いて行く。
2人は近くの居酒屋に入り、自分達だけの個室を利用する。
「君は飲めるか?」
「はい」
ミヤギは生ビールを2つ頼んだ。
「何の用です、いったい?」
「今日、午前中君と一緒にいた女はアンドロイドだろう?」
それを聞いてシンは冷や汗を掻いた。
返事に戸惑ったシンを見てミヤギは軽く笑う。
生ビールが届き、ミヤギは軽く飲んだ。
「ウソを付かなくても良い、全て分かっている事だ」
「な…何故ですか?」
「昨日の晩、我が社が新たな製品開発し、それを輸送中トラックが崖から転落した、その時、トラックの中にいたアンドロイドが行方不明なままだった。それを捜索していたのだ。君は、事故当初現場付近のハイウェイを走行していて、何かと接触したのを確認した。今日午前中に君に近付いたのも、それが理由だった」
「何が言いたいのです」
「君は、我が社が極秘開発したアンドロイドと一緒にいるのだろう?」
シンは返事に迷った。真実を伝えるべきかどうか…?
「誤魔化さなくても良い。全て終わった事だから…」
「え…?」
「我が社が総力を挙げて作ったアンドロイドは、我が社に強力なウイルスを送り付けて、彼女に関する情報を全て抹消させてしまい、捜索出来ない状況にしてしまったんだ。我が社の会長は捜索を打ち切り、彼女を追わない事に決めたのだ」
「では…貴方は何故、僕と一緒にいるのですか?」
「知りたかったのだ。彼女の事を…何故アリサは君を選んだのか?君と一緒に居て彼女は今、何をしているのか?とか…そう言う事を聞きたかったんだ」
少しシンは落ち着いた気分になり、ミヤギこれまでの経緯を伝える事にした。
2人は飲み屋を出て少し歩き出す。
「君が安全な男性で良かったよ。彼女が持つAIシステム…我々の間では『LコアS』と言うネーミングで呼ばれているスペシャルコンピュータ・システムは。一般的に提供しているアンドロイドの数千倍もの性能を引き出す事が可能だ。タナカ・コーポレーションが総力を上げて独自開発した最先端テクノロジーの結晶であり、世界にまだ3個しか存在しない、そのうちの1個がアリサに搭載してある。とても巨大で、その性能がどれ程なのかは未知数であり、まさに天井知らずだ。その気になれば世界中のコンピュータシステムのデータさえ書き換えてしまい、現代社会の秩序さえ狂わせる事も可能だよ。しかし…今、こうしていて何も起き無いのは、彼女が君と一緒にいて安心して暮らしている証拠とも言えるがね…」
「そうですか…1つ聞かせて下さい。これから貴方は彼女をどうするつもりですか?」
「彼女は多分、君との関係は誰にも邪魔されたくないと思っている。我々が介入すれば、彼女はあらゆるやり方で、我々を追い出すに違い無いと思う。実際…君も今日、その目で見た筈だ。彼女は、我々が動いた事に敏感に察知して先手を打ったんだ。我々は何もしない状態で引き上げさせられる目にあったのだよ」
「では、彼女との関係を続けさせてくれるのですか?」
「残念ながら、そうとも…言い切れない。いずれ何か起きるかもしれないが、その時は気を落とさないで欲しい」
「それは一体…?」
シンはそう言ってミヤギを見つめる、ふと…ミヤギの視線が自分で無く別の方に向かれている事に気付いたシンは後ろを振り返る。
そこには白いワンピースを着た少女ジュリが立っていた。
「シン、何しているの?」
「ジュリ、何でここに?」
「貴方の帰りが遅いから心配になって来たの」
「大丈夫だよ、ちょっと君の事に付いて話をしていたんだ」
それを聞いてジュリは、前に進み出てミヤギを見る。
「ミヤギ!貴方、まだ私を追うつもりなの⁈」
「イヤ…追わないさ、我が社は君への捜索は打ち切ったんだ」
「ならば、今直ぐに消えなさい。さもなくば…」
ジュリの体から見えない大気が発生しワンピースや長い髪が揺れ出す。右手には不思議な発光が浮き上がった。
右手を伸ばして発光が発射されると、近くにあった駐車場のコンクリートの壁に「ボンッ!」と大きな音を立て当たり、砂煙の中…壁に大きな穴が開いた。
「辞めろジュリ!」
そう言われるとジュリは、落ち着きを取り戻す。
大きな物音ともに付近の民家から犬が吠え、気になった住宅から明りが灯される。
「今後、彼に無断で近付いた場合、私が貴方を許さないから」
ジュリはシンの手を引っぱり
「行きましょう」
と、一声掛けて暗闇の中を去って行く。
誰もいなくなった闇の中、ミヤギは1人残っていた。
「電子波動に空気弾か…、次は何が出て来るんだ…?」
もしかしたら…とんでも無い者を相手にしてしまったのかもしれないと、そう心に感じてもいた。
シンとジュリは手を繋いで一緒に歩いて行く。
「ところでジュリ、どうやって僕の場所が分かったんだ?」
「フフ…どうしても知りたいなら貴方に話すわ」
「まあ…ちょっと知りたいね」
〜約30分程前…
図書館から借りて来た本を全て読み終えたジュリは、貸し出し用のバックに本を戻して時計の針を見る。時刻は夜9時を指す所だった。彼女はシンが好きそうな料理を作り待っていた。
(遅すぎるわね…)
何処に居るのだろう…と思ったジュリはPCの電源を入れて、モニターに手を付けると、そこからシンのWBのコードを拾い居場所を突き止める。
(見つけた…ん?)
ジュリは付近に居る者のWBも感知して、そのコードを読み取るとタナカ・コーポレーションに関係する人物と情報が出た。
(タナカ・コーポレーションがシンに直接近付いて来たのね)
ジュリは急いでマンションの部屋を出る。廊下を走りながらメインシステムのリミッター解除を行う。その瞬間、ジュリの脚力が倍増された。通常の人間の数倍もの速さで走り出す。
目の前に非常階段が見えて来ると、それを飛び越えて壁を上手く蹴って落下速度を緩めながら地面に向かって着陸を目指す。