ミマツ・カンパニー。タナカ・コーポレーションと並んで国内屈指のアンドロイド製造業である。決まった年間生産台数しか製造しないタナカ・コーポレーションとは違って、要望次第で常に売り上げを伸ばすミマツ・カンパニーは、そのシェアを幅広く伸ばしていた。
2つのアンドロイドの製造業の大きな違いは…常に完璧さを重視しているタナカ・コーポレーションとは相反してミマツ・カンパニーのアンドロイドは、やや欠点が多い。アンドロイド1体に付き1500万円以上〜3000万円以上もするタナカ・コーポレーションに対して、ミマツ・カンパニーは用途次第で1000万円以下からの購入が可能と言うのも大きな魅力の1つであった。
そのミマツ・カンパニーの本社施設の入り口に、ある1人の男性の姿があった。
白く大きな建物の本社、そこに隣接する様に広く連なる工場の敷地内。本社ビルは、工場の敷地を通過した先にあり、男性は案内役の人に付き添って歩いて、目の前に聳え立つ本社へと向かう。
本社内へと入ると建物の中は、広く綺麗だった。アンドロイドを製造している…と言わなければ一般的なオフィスビルと見間違えてしまう程だった。
男性は受付のモニターディスプレイの前に立った。画面は工場に関する映像が映り変わっている。画面をジェスチャーすると映像は受付のキーコードへと変わり、何通りもあるコードの表示の中から1つ選び、WBの画面を開いて専用のコードを入力した。しばらくして、目の前のエレベーターから女性社員が現れた。
「こんにちは。ようこそミヤギさん」
「こんにちは。お久しぶりだねカオル」
「まさか、貴方が本当にタナカ・コーポレーションを辞めるなんて想像もして無かったわ」
「今、起きている事態が事態なだけに、急を要する事なんだ」
「で…こちらに協力を求めて来たのね…」
「僕の記憶が確かなら、タナカ・コーポレーションが製作したLコアSの1つは、ミマツ・カンパニーにある筈だと思ってね」
ミヤギは、これまでの一連の事態をカオルに話す。
「なるほどね…そう言う事なんだ。ただ…アリサ…ジュリって言うアンドロイドの性能が、どの程度なのかも知りたいから、一度電話で話をしても良いかしら?」
「構わないけど…僕は、あまりオススメしないね。以前、電話して気を落とした人がいるから…」
少し前に電話したルカと言う女性の事を思い出した。アリサとの電話で気を落としたルカは、その後会社を辞めてしまった。小耳に挟んだ情報だと彼女は立ち直れず結局…実家に帰ったとの事だった。
「アンドロイドの処へ電話するよりも、まず先に僕を研究課課長の処へ案内してくれると嬉しいのだけど…」
「分かったわ…じゃあ、車に乗って行きましょうか」
2人は工場内専用のコンパクトEVカーに乗って移動をする。
工場内を車で通過する時、ミヤギは工場の中を眺めていた。最新式の設備が整っていて、更に工場と言う雰囲気を全く感じさせない施設の中は、知らない人が見たら公共施設と錯覚してしまうと思った。
「それにしても、貴方がウチへ来る程って事は…かなりの高性能なのねアリサって言うアンドロイドは…。少し前にユリナちゃんが、工場に来て特殊部隊の要請もしてたけど…それでもダメなわけなの?」
「ジュリを前にしたら、多分…誰も勝てないと思う。それよりもまず、同じ性能のアンドロイドを派遣させて見る方が少しは、相手の動きを鈍らせる事が可能と思ったんだ」
「それでウチに来たのね…なるほど。ところでジュリってアリサの事?」
「ああ…今はジュリって言う名前なんだ…とても高性能だよ。機能停止させてしまうには惜しいくらいだけど…」
「それは分かるよね、自分達が作った物だから…やっぱり壊したり解体してしまうのはイヤだよね」
「まあね…」
2人を乗せた車は、工場の奥にある研究施設に到着した。
研究課の施設は工場の1番奥にあった。他の施設とは違って独特の雰囲気が感じられた。
「課長は、いつも自分専用の部屋にいるのよ…」
やや口ごもった言い方でカオルは言う。ミヤギも研究課の課長の人柄は知っていた。少々近寄りがたい人物で、周囲からも少し距離を置かれている人物であった。
研究課の施設の中に入ると数多くのアンドロイドがガラス製の容器の中、液体に浸けられている。その辺の設備はタナカ・コーポレーションとさほど違わない。
1番奥の一角に、まるで施設の中に家がある様な作りの建物が見えて来た
建物の横に玄関のチャイムの様なスイッチがあり、カオルがそれを押すと
「誰じゃあー」
と、声が聞こえて、中からボサボサの白髪で、背丈の低い年配の男性が現れた。
「どうも、こんにちは。オオタ課長」
ミヤギは一礼する。
「おおー、ミヤギ君では無いかー!それにカオルさんも久しぶりだのー」
「お久しぶりです課長様」
オオタ課長と呼ばれる人物は、ミヤギから一連の話を聞いて頷いた。
「まあ…ある意味、タナカ・コーポレーションを去ったのは正解かもしれないな…、そのアンドロイドに近付く手段としてはだな…」
「こちらにLコアSを搭載したアンドロイドがある筈です。それを使えば、多少なりともジュリに何らかの効果を与えられると思います」
「まあ…使って見る価値はあると思うが…正直、ワシとしても少し怖い気はするのだ。アレを動かすのに、どんなリスクが出るのか…?とな」
「やはり、危険ですか…アレは?」
「通常のアンドロイドの約1千倍、人間の1万倍以上の能力がある…と言う事は、普通に考えても恐ろしい程だよ、それが2つぶつかれば…何が起きるのかも分からない…全く未知の領域と言って良いだろう」
それを聞いてミヤギは感じた。過去にミヤギは、アンドロイドの性能をもっと上げるべきだ…と、会議の場で言った事がある。しかし…タナカ会長は、今以上の性能は不要と答えた。
その時は分かったが、改めて現実を目の当たりにして会長の言葉が頭を横切る。
(会長も、こうなる事を予測していたのかな?)
「とりあえず、LコアSのアンドロイドを見せよう、ちなみにアンドロイドは地下だよ」
そう言って3人は、建物の地下深くへと進んで行く。
地下を降りた先に一体だけガラス製の容器の中、液体に浸けられているアンドロイドがいた。
「こ…これが、そのアンドロイドですか⁉︎」
ミヤギは驚いた表情でアンドロイドを見た。
「そうだ、これだよ」
オオタ課長は、満足そうな笑みを浮かべて答える。
夕暮れ時、ムラタとシライシはマンションにある公園のベンチに座っていた。オダ・シンの彼女と言う人物を見る為であった。公園で遊ぶ子供達を見てシライシは溜め息混じりに言う。
「良いよな子供達は…気楽で俺も子供に戻りたいよ」
「フン、俺は子供だった時の事なんか覚えてないよ」
「イヤァ…僕はムラタさんの子供時代が想像出来ませんよ、生まれたの平成でしったっけ?」
「テメェ〜!」
そう言ってシライシの襟首を掴もうとした時に、目の前に子供が居る事に気付き、大人しそうに、ベンチに座り直す。
「で…お相手さんは、まだ現れないのですか?」
「多分…もう直ぐ来る筈だ…」
そう言っていると、公園で遊んでいた子供たちが何かに気付き、マンションの方へと走って行く。
「ジュリ姉ちゃんー」
「ジュリ姉ちゃんー」
大声で子供達が1人の少女に会いに行く。
「私100点とったよ」
「僕、ジュリ姉ちゃんのおかげで漢字が得意になったよ」
「ジュリ姉ちゃん、私最近調子がおかしいの診てくれる?」
ジュリは少し困った様子で
「1人ずつにしましょうね」
「どう見ても彼女のようだな…例のオダ・シンの恋人って言うのは…」
ムラタが、そう言ってジュリに近付く。
「すみませんジュリさん、私は週間誌の記者をしている者ですが…ちょっと、お時間を頂けますか?」
「皆…ゴメンね、ちょっと話がある見たいだから…あとでね」
子供達は残念そうな表情で、ジュリを見つめる。
公園のベンチに3人で座ると、ムラタはペンと紙を用意してジュリに話し掛ける。
「随分な人気者ですね」
「それほどまででは無いですが…」
ジュリは微笑みながら言う。風が拭き、ジュリの長い髪が靡き、それを整える仕草を見たシライシは惚れてしまった。
「聞くところに寄ると、貴女は随分と知的で頭も良く、綺麗だとの評価がありますね」
「それは、ちょっと褒め過ぎです」
ジュリは笑いながら答えた。
「では…それほどでは無いと言う事でしょうか?」
「ハイ、私は単なるアンドロイドに過ぎませんし…」
その言葉に2人は驚いた。ムラタは、今日…シライシに向かってアンドロイドは無表情であり、感情のある者がいれば、それは…もう生体と言っても良いと言ったが…そうと呼べる者の存在が目の前に現れたのだった。
「ハハ…ご冗談を…」
ムラタは苦笑いしながら答えるが…
「少し能力を見せましょう」
そう言ってジュリは、手を伸ばしてムラタのWBを触る。そして軽く指を動かすと、ムラタのWBの画面が拡張されて、保存してあるデータの数々が彼等の前に現れる。
「うわ…凄い!」
「信じられん…」
「そう言う事ね、大体…貴方達の事は分かりました」
僅か数秒もしくは数十秒、データのパネルを開いただけで、ジュリはWBのデータを戻す。
「今ので、何が分かったのですか?」
「貴方達は、『文明時代』の記者達で、今回記事にする内容に行き詰まり、最近起きた世間があまり目を点けない出来事の関連から、総合的に私達の処へと足を運んだ。内容としてはアンドロイドと人間との私生活を纏めた記事に仕上げたかったのですね。週間誌らしく批判的な内容で…。違いますか?」
的を射た意見にムラタは、おぞましい物を感じた。まだ自分達がどうするかも言わない間にジュリは相手の狙いを言い当てた。
「ハハ…面白い被害妄想ですね。我々は、何も世間を批判する様な内容ばかり書いている訳では無いですよ。むしろアンドロイドと人間をテーマに記事を書きたいとさえ思っているほどです」
ムラタは苦笑いしながらタバコに火を点ける。
ジュリは「フ…ン」と、少し疑った目で相手を見つめる。
「貴方達は、今日タナカ・コーポレーションに行きましたね。その時、そちらのシライシ君がお茶を運んで来たアンドロイドのユキちゃんに見惚れている時に貴方はユキちゃんに対して『疑似人間』とおっしゃりませんでしたか?」
それを聞いてムラタはタバコの煙を吸い込んでゴホゴホと、咳き込む。
「ええ〜!貴女、その場にいたの?」
「何で知っているのですか?」
「貴方達の事は、大体分かったと言いました。私はアンドロイドに対して批判的な感情を抱く方には話す言葉はありません…。申し訳無いですが、これ以上貴方達と話す言葉はありません」
「ちょっと、我々の意見も聞かないうちから、立ち去るのですか?」
「私が貴方達に協力すれば、それが原因でアンドロイドと私生活を共にしている多くの方達に迷惑が及びます。自分達は雑誌の売り上げが伸びる事で嬉しいかもしれませんが、その一方で傷付く人達が大勢現れます。それに…私は行き場の無かった、自分に手を差し伸べてくれた大切な人に恩を感じ、尽くそうと思ってここに居ますが…貴方達に協力して、私の大切な人を傷付けたくは無いのです。もし…仮りに私達の関係を引き裂く者が現れたのならば、私は誰であろとも容赦しません。例えそれが国家的な相手で在ろうとも自分達の関係を守り抜く覚悟はあります」
そう言ってジュリは、公園のベンチから、皆が待っている場所へと向かう。
「クソッ!」
ムラタは悔しそうに煙草の火を携帯灰皿に入れて立ち上がる。
「帰るぞ!」
「あ…ハイ」
2人はロボタクシーを拾って乗って帰る事にした。
「上手く行きませんでしたね」
「偉そうな事ばかり言いやがって虫酸がはしるわ。少しはこちらの意見も聞けって言いたい位だがな…」
「でも…僕はジュリちゃん見たいな人だったら、アンドロイドでも構わないと思っちゃいますね…もう一度会いたいな…」
「けっ、あんなアンドロイド、人前じゃぁ、良い事言うが…裏では何して居るか分からないぞ」
「え…どうしてですか?」
「あんだけ美人ならよ、毎晩…金で色んな男に股を広げてたりして、相手して貰ってもおかしくは無いさ、そのうちアンドロイドAV嬢って言う名前で動画とかに出て来るかもしれないぞ」
ムラタが笑いながら話していると、ムラタのWBが着信を受ける。知らない番号で動画チャットを受けると画面にジュリの顔が現れた。
背景には、大勢の子供達の姿もあった。
「お取込み中すみませんねムラタさん」
「何の用ですか一体?」
「先ほどWBを操作した時に貴方の会話を、聞ける様に設定して置いたのよ。私…」
それを聞いてムラタは背筋が凍る思いをした。
「面白い事を言いますね貴方…私って随分と見下げられたものですね。アンドロイドAV嬢ですか…」
ジュリは微笑んで言うが、その表情は明らかに怒りを込めた言い方だった。
「1つ言い忘れてました、私は遠隔操作も出来るのよ。貴方達の為にちょっとしたサプライズを用意して置きました、無事帰れると良いですね。それでは…」
画面が消えて、呆気に取られたムラタ。ジュリのメッセージを隣で聞いていたシライシは、ある事に気付く。
「ム…ムラタさん!」
「どうした⁉︎」
「こ…これを見て下さい!」
ムラタがロボタクシーのメインモニターを見ると目的地が青森県と記されていた。
「お…おい、ウソだろ⁉︎」
「東京から青森までは700km以上あります。しかもタクシーだと…」
それを聞いてムラタは顔面が蒼白になった。まさか…ここまで相手が仕組んで来るとは思えなかった。自分は恐ろしい者を相手にしまった…と後悔した。
「ちょっと、目的地の変更をお願いします」
『目的地は登録済みです。変更出来ません』
モニターの音声が答えた。
ロボタクシーは首都高に入り、勢い良く北に向かって走り出す。
ムラタが無事東京に戻れたか不明の中、数日後…ジュリは図書館へと行く。既に読む本など無いが…とりあえず息抜き程度に利用していた。
その時、自分に何者かが近付いている事を察知して館内を歩き始める、辞書類が並んだ場所を選んで歩いて行く。辞書類がある周辺は人気が1番少ない場所だった。
相手が識別出来ず、ジュリとしては初めて危険な存在を認識した。沢山の書籍が並ぶ中、ジュリは足を止めて自分の向かい側に立つ者を見た。
ジュリの向かい側に立つ者は、背丈が低く、小学校高学年〜中学生位の、あどけなさを感じさせる少女だった。彼女はジュリを見つけるなり笑みを浮かべて話し掛ける。
「初めまして、お姉ちゃん」