- 亜希菜視点 -
私はいつものベッドの上で目覚めた。
強制的な覚醒!?
こんな事は初めてだ。
夢の世界から現実に戻る時は、いつもはゆっくりと夢の世界から消えていき、そのまま眠りつづけ現実世界の朝に目覚める。
今回のようにいきなり暗転して目覚めた事はなかった。
彼に何かあったに違いない。
すぐに彼の携帯に電話をかけてみた。
夜中の1時過ぎだが気にしていられない。
15コールで留守電になる。
何回かコールしたが毎回留守電になった。
ナイトモードになっているのだろうか?
私は気が動転していた。
翼竜にぶつかった時、どうだったかを思い起こす。
彼は私を庇うため体勢を入れ替えた後、腕を突き出し空気バリアを張ろうとしていたようだが、その前に衝突した。
何か嫌な音がした様な気がする。
たぶん骨のひしゃげる音だ。
弾き飛ばされて空中に放り出され落下している途中で世界が暗転した。
彼の姿は見なかった。
ひょとしたら彼はまだ夢の世界にいるのかもしれない。
私はベッドから飛び起きてクスリ箱のあるリビングに向かう。
すでに家族は寝ており誰もいない。
以前、母が処方してもらっていた睡眠薬があったのを思い出し、それを見つけて口に放り込むと水で流し込んだ。
急いでベッドに戻り眠ろうとする。
彼がまだ夢の世界で戦っていて、私に助けを求めているかもしれない。
眠らない事にはそれに応えられない。
彼が呼び出してくれる事を強く願いながら眠りに吸い込まれていった。
頭の中で誰かが悲鳴をあげている。
人見君の声だ!
私はその声の元に向かおうとするが、
薄闇の中で何も見えない。
彼の呻き声だけがだんだん大きくなる。
私は手探りで声の方向に進むが一向に何も見えてこない。
やがてその声は我慢できないくらいに大きくなり私を包み込む。
頭の中でドラを鳴らすような音がガンガンと鳴り響く。
もう耐えられない!
ふと目が覚めた。
目覚まし時計が最大音量で鳴っている。
私の目覚ましは段々音が大きくなっていく仕組みで、いつもは最初の音が鳴った時点で目覚めていた。
今は近所から苦情が来るのではと思うほど大きく鳴り響いており、私は慌てて目覚ましを止めた。
こめかみを押さえながら考える。
この寝覚めの悪さは…、そうだ昨日睡眠薬を飲んだんだ。
なんで…。
私は昨晩の出来事をはっきりと思い出した。
結局、彼からの夢の世界への呼び出しは無かったのだ。
携帯に手を伸ばすと再び彼に電話した。昨日の晩と変わらず、留守電になるだけだった。
仕方なくSNSでメッセージを送る。
"人見君、無事なら連絡ください"
簡潔に要点のみ伝える。
とにかく学校に行こう。
無事なら学校に来るはずだ。
私はいつもより一時間も早く学校に向かった。
家にいるより、体を動かし気を紛らわせたかったのだ。
学校に着くとソワソワしながらみんなが登校してくるのを待つ。
「あれ、アッキー?今日は早いじゃない?」
みんなが気軽に声をかけてくれるが、私は気もそぞろに答えていた。
人見君を待ち構えるが、一向にこない。
そのうちチャイムが鳴り、とうとう朝礼が始まってしまった。
担任が一通り点呼して最後に「今日は人見は休みだ」と簡単すぎる説明をした。
予測はしていたが、全く状況がわからない。
"なぜ休みなんですか?"
思わず口から飛び出そうになる質問を、かろうじて飲み込んだ。
そのまま授業が始まった為、仕方なく休み時間の間に人見君が休んだ理由を聞くことにする。
一限目の授業は全く頭に入らなかった。
終了のチャイムが鳴り担任が教室を出て行く。それを追って教室を飛び出した。孝典君が話しかけてきたが無視してしまった。
職員室に戻る手前の階段の踊り場で担任を捕まえた。
「先生、人見君の休みの理由を教えてください」
単刀直入に聞く。
「……。なんで真野が人見のことを?」
怪訝な顔をされた。
「今日、志望大学の資料をもらう約束をしてたんです」
私はとっさにでまかせを言う。
「そうか…」
担任はしばらく考えた後、私にいう。
「人見は大怪我をしてしばらく入院するらしい。今朝母親から連絡があった。詳細が分かるまではみんなには内緒だぞ」
私は目の前が真っ暗になった。
やはり酷い怪我をしたのだ。
私のせいで…。
ただ生きていることはわかった。
私は担任にどこに入院しているのか聞いたが、そこまではまだ分からないと答えた。
次の休み時間に、以前に調べた人見君の自宅に電話を掛けてみた。
誰も出ない。
その日、私は休み時間の度に人見君の自宅に電話をかけつづけたが繋がらず、学校から帰った夕方6時になってようやく人見君の妹が電話に出た。
「真野と申しますが、人見君が入院したと聞いたんですが…」
「えー! あの真野さんですか?」
人見君の妹は私の事を知っていた。
「真野さん、美人で有名だから、私のクラスにもファンが多いんですよー」
彼女は同じ学園の中等部に在籍していた。
思ったより明るい調子に、私は少し安堵する。
人見君の状況と入院先を聞く。
「兄は寝ぼけて階段から落ちたらしくて、骨折して全治二ヶ月らしいです。ほんと馬鹿ですよねー」
階段から落ちた事になっているらしい。
私は入院先の病院名を聞いて電話を切った。
彼女の様子では命に関わるような事態にはなってないようだ。
私はその日初めて少し気が楽になる。
明日は学校を休んで病院に行く事にした。
翌日、私は学校に行くふりをして家を出で、自分で学校に体調が悪いので休むと連絡を入れた。
生まれて初めて嘘をついて学校をサボってしまった。
とにかく人見君に謝りたかった。
私は昨日聞き出した病院へと向かった。
そこは郊外にある大きな総合病院だった。
受付で彼が入院している病室を聞くと個室らしい。
「手術したばかりなんで、無理はさせないでくださいね」
看護婦からそう言われ私は不安になる。
彼は手術したのだ。
昨日の彼の妹の口調からは、もっと軽い感じがしていたのだが…。
とにかく病室に向かう。
入り口に人見圭太の名札が貼られていた。
私は緊張しながら扉をノックする。
しばらく待っても返事がなかった。
扉に手をかけそろそろと開ける。
人見君がいた。
両腕と上半身に分厚く包帯を巻かれ、人工呼吸器まで付けられている。
彼は目を閉じており、眠っているようだ。
私は彼の妹が真実を知らされていないことを知る。
彼は重傷だ。
一ヶ月の入院で済めばいい方だろう。
両腕と上半身はギブスで固められていて、身動きできない様になっていた。
呼吸器が一定のリズムで酸素を送り込んでいる。
私は衝撃を受けていた。
想像していたよりもはるかに酷い状態だ。
ただ彼は呼吸をし生きている。
あの時の状況を考えると、今はそれに感謝するべきかもしれない。
「人見君、ごめんなさい…、本当にごめんなさい」
涙が頬を伝う。
私の為に彼はこんな大怪我をした。
私が苛立ちに任せて無謀な行為をした為、その犠牲となったのだ。
申し訳ない気持ちを言葉にできなかった。
私は彼のそばに座り、ひたすら彼が目覚める事を願った。
途中で診察に来た看護婦に彼の状態を聞くと両腕の複雑骨折と肋骨が3本折れて肺に突き刺さっていたそうだ。
肺の治療の為に緊急手術が行われ、それは成功して、今は安静にして意識が戻るのを待っている状態とのことだった。
階段から落ちてここまでの大怪我は聞いたことがないとも言っていた。
その日は夕方まで彼のそばにいた。
面会時間が終わるまで様子を見ていたかったが、彼の母が来ることになっているらしい。
私は彼の母親に合わせる顔がなく、仕方なく帰ることにした。
翌日には担任から人見君が怪我をしてしばらく学校に来れないことが告げられた。面会も当面は無理だとも言っていた。
「あいつ最近、怪我多いよな。前も鼻を怪我してなかったっけ?」
誰かが言う。
前回も私が原因だ。
私はいたたまれない気持ちになる。
その日も私は少しだけ病院に様子を見に行った。
その時は呼吸器は外されていたが、まだ眠っていた。
両腕のギブスが痛々しい。
私は彼の顔を見つめ、頬に手を添える。暖かかった。
耳元で謝罪の言葉を囁く。
早く目覚めて欲しかった。
その翌日は部活の打ち合わせで遅くなり病院に行くことができなかった為、1日あいだを置いて金曜日の夕方に行く事にした。
”最近、顔色悪くない?”
友達からそんな心配をされたりもした。
あの事故以来、あまり眠れていないせいかもしれない。
金曜日、学校が終わるとすぐに病院に向かう。
今日は意識が戻ってるかな?
私は早く人見君の声が聞きたかった。
彼が怪我をしてから5日たっている。
考えてみると、彼の夢の世界で遊ぶ様になってこんなに間が空いたのは初めてだ。
病室に入ると彼は相変わらず目を閉じて横たわっていた。
ただ左手の大きなギブスは取り払われ、金属板の様な簡単な造りの物に変わっている。
右腕の大きなギブスと上半身の包帯はそのままだ。
私は少しずつだが回復に向かっている事が分かって嬉しかった。
横に座り彼の顔を見つめる。
メガネの無い人見君の寝顔を見るのは新鮮だった。
整った顔立ちで、結構美形だ。
メガネじゃなくてコンタクトにすれば良いのに。
……。
キスしたら目覚めたりして…。
そんな不謹慎なことを考えたりしていた。
時間が過ぎ、帰り際にまた彼の頬に手をあて、おまじないを耳元で囁く。
「人見君、ごめんなさい。早く良くなって…」
「真野さん!?」
彼の声が聞こえた。
顔を上げると彼が驚いた様子で私を見ていた。
時が止まったようにお互い見つめ合う。
私は驚きと安堵で、しばらく声が出なかった。
不意にポロポロと涙がこぼれ落ちる。
瞬間、私は彼に抱きついて叫んでいた。
「ごめんなさい! 私のせいでこんなことになって…。本当にごめんなさい!」
私は今になってあの事故以来、自分の神経がずっと張り詰めていたことに気付く。
彼の声を聞いた途端、それが一気にほぐれ私は泣きじゃくっていた。
私は彼にしがみつき謝罪の言葉を繰り返しながら泣き続けた。
「真野さん、痛い…、苦しい…」
彼の声が聞こえた。
ふと気がつくと彼の頭にしがみついていた為、無理な角度に首が曲がり、鼻と口を体で塞いでしまっていた。
「あっ、ごめんなさい!」
私は慌てて体を起こし、涙を拭う。
私は改めて彼に謝罪しようとしたが、彼はそれを遮って私に言った。
「いや、今回の件は僕の責任だ。僕が真野さんの事を良く見ていなかったせいでこんな事態になったんだ」
続けて聞いてくる。
「真野さんこそ、あの時地面に落ちて痛い思いをしなかった?」
夢の世界でも痛みや苦しさは現実と同じな為、私が落下して怪我しなかったかを心配してくれていた。
私はあの日、落下中に世界が暗転してベッドで目覚めた事を彼に伝える。
「そっか、間に合って良かった…」
私は彼のそのつぶやきが気になって、何が起こったのか聞いた。
彼は私を夢の世界から強制排出したのだと説明した。
通常は夢の世界から戻るとそのまま眠り続けるのだか、強制排出されるとあの日の様に突然目覚めてしまうらしい。
彼はあれだけの打撃を受けながら、自分よりも私の身を案じていたのだ。
私は責める口調で言う。
「私はどうせ目覚めれば元に戻るのだから放っておけばよかったのよ。自業自得なんだし…。こんな大怪我をするくらいなら私を助けなくてもよかったのに…」
彼はしばらく黙ったあと、私に真剣な目を向けいう。
「夢の世界でも死の苦しみは現実と同じなんだ。
君が怪物に襲われてるのを、そのまま見てるなんて…。
僕には絶対にできない!」
それを聞いて私は体が震えた。
ベッドに近づくと、髪を押さえながら身を屈め彼にキスする。
彼の驚きと緊張が唇から伝わってくる。
しばらくして顔をあげ、私は泣き笑いしながらいった。
「助けてくれて、ありがとう」
彼は放心した様子で私を見つめていた。
「いや、こちらこそ…」
彼がポツリと言った。