一六話 夢の世界の考察
秋も終わり、外は冷たい木枯らしが吹く季節になってきた。
僕は体の傷も癒え、以前とかわらぬ普通の高校生活を送っていた。
結局、今年の夏休みは入院とリハビリだけで終わってしまったが、夏休みを挟んで僕の生活にとても大きな変化があった。
以前は単なる友達としての付き合いだった亜希菜が、今では僕の彼女になったのだ。
彼女は以前と変わらず僕の夢の世界へ頻繁に遊びに来てくれていて、僕にとってとても幸せな日々がつづいている。
最近は現実世界でもデートするようになっていた。
夢の世界での二人っきりでのデートも楽しいが、現実世界のデートも同じように楽しかった。
周りに沢山の人がいる中を、二人で歩くだけでも新鮮だし、彼女と一緒に映画を見たりウィンドショッピングすることはとても楽しい。
そして一番驚いたのは、彼女の注目度の高さだ。
街を一緒に歩くと多くの男性が亜希菜を振り返る。確かに彼女は、完璧と言えるほど美しく可愛かった。
以前、同じ立場だった僕は彼らの気持ちがよく分かる。
亜希菜がそこに居るだけで、彼女の周りの空気が輝くよう感じられ、自然に目がいってしまう。
彼女にとっては、男性たちの視線はいつものことなので、ほとんど気にならない様子だが、となりを歩く僕は優越感を感じながらも、本当に自分なんかが一緒にいて良いのだろうかと気後れした。
この気後れは、彼女にふさわしい男になると誓った後でも、すぐにどうこうなるものではない。
いずれにしても夢の世界では味わえない体験だ。
その亜希菜と、夢の世界では人には言えないようないちゃつき方をしている。
彼女はとても解放的だ。
良い雰囲気になった時は、遠慮なく互いに触れあった。
ただし、二人には重要な約束事があった。
夢の世界ではセックスはしないという事だ。
それは、恋人同士になってから二人で決めた。
僕が最初に彼女を襲った時にすでにセックスしてしまっているのだか、それでも重要な事だった。
夢の中では何でも自由になる為、性的な行為も非常に快適だ。
そうなると、いざ現実世界でセックスした時に、夢の世界の方が良かったという事になりかねない。
現実世界の二人にとって、とても重要な行為をそんな事にはしたくなかった。
夢の中でのセックスは、現実世界でもそうなった時に初めて解禁にすることにしたのだ。
その分、現実世界でのデートは常に新鮮で、ドキドキする物になった。
そして、夢世界でのセックス以外の性的な行為は、より濃密な物になった。
今日もいつもの様に夢の世界で二人で過ごす。
最近、亜希菜はクジラの上の診療所を改装し、そこに自分の工房を作った。
看板も『Akina's Atelier」《亜希菜のアトリエ》に変わっている。
二人はこのアトリエで過ごすことが多くなっていた。
彼女を夢に呼び出すポイントもここに変えた。
以前の診療所の方に僕は特別な思い入れがあったので少し寂しい気がしたが、亜希菜はあっけなく改装してしまった。
これが男女の感性の違いだろうか…?
彼女はそこで夢の世界で使う新しい道具や、生き物を作り出そうとしていた。
現実世界で必要な勉強も、そこでするようになっていた。
アトリエといってもいろんな設計図や仕様書の書類が広がる大きな机が主で、あとは様々な作りかけの部品や、道具の棚がある。また、生物の方は考え出した生き物を入れておく、ゲージと飼育室が主だ。
彼女はまず大きなテーブルの上で紙に自分の造り出したい物を描く。
どんな形でどんな部品があって、どんな効果をもたらす物か?
それらを書き込んでいく。
ある程度仕様が決まったら、彼女は頭の中にある設計に基づいて 、それを実体化させ道具を形にしていた。
物を創造する時は最初に紙に書いた方がいいとアドバイスしたのは僕だが、彼女がここまで本格的にやるとは思ってなかった。
僕よりもずっと研究熱心だ。
彼女が造っているのは、主には恐竜ハントで使うための武器や防具だった。
彼女には目標があった。
何が彼女をそこまで掻き立てるのか僕には理解できなかったが、彼女はあの恐竜島を攻略することを当面の目標としていた。
あれだけ恐ろしい目にあっていながら、彼女はまたあの島へ行きたいというのだ。
彼女がそれを言い出した時、僕は大反対した。
「どう考えても危険すぎる! あんな酷い目にあったのに、なんで自らそこに行きたがるの?! 」
「私はあの島に自分の『失敗』を置いてきたの。それを取り返しに行きたいの」
彼女独特の言い回しだ。
「君も知ってるけど、あの島は本当に危険なんだ。僕も君をカバーしきれないかもしれない」
「圭太君に迷惑をかけたことは十分認識しているわ。だから今度はそうならない様に自分ももっと勉強する。そしてあの時の失敗を克服したいの」
彼女は
彼女のやろうとしていることに賛同はできないが、彼女の気持ちは理解できる。
失敗を失敗のままで終わらせたく無いのだ。
そうやって今まで生きてきたから今の亜希菜がある。
彼女の美貌があれば、そこまでしなくても楽に生きていけるはずだが、そんな事は端から考えていない。
外見からは想像もできないが相当な努力家で、だからこそ僕は彼女を心から尊敬する事ができた。
彼女は切々と恐竜島攻略が、自分にとって必要だという事を訴えた。
その思いに僕の気持ちも揺らいでしまった。
彼女のいう『失敗』は僕の『失敗』でもあったからだ。
僕は渋々ながら了承した。
それでも僕は彼女のことが心配で密かに島の難易度自体を下げることも考えたが、今いる恐竜たちをすべて再構築しなければならず、それにはかなりの時間がかかり現実的ではない。
そしてそれは、彼女が望まない。
恐竜島攻略が決まって僕は彼女の支援を行う方向で、自分にできそうなことを考えた。
彼女が怪我をしてもすぐに治療できるような方法はないか?
今まではもし危ない状況になったら、すぐに逃げ出せばいいだけだった。
ただ攻略するとなるとそんな訳にはいかない。
少しくらい危険な状況でもその場で踏ん張らなければならない場面もあるだろう。
戦闘を継続的に行うのなら、治療法は重要だ。
今まではそのような治療を必要とした事が無いため、どういう『思い』が有効なのかを見つけ出す必要があった。
特に人格を呼び出した相手には、それが効くのかどうかもわからなかった。
少なくともマインドコントロール的な精神的な作用は一切効かない事は分かっている。
ただし人体の治療は物理的な物だ。
効くかもしれない。
あと一つ分かっている事は、僕には治療法が効かない。
理由は分からないが、それはこれまでの経験上分かっていた。
現実世界でも夢の世界でも、僕は怪我をすればそれは僕に反映されるのだ。
もっとこの世界のルールを理解すれば、自分を治療する方法も見つかるかもしれない。
僕は亜希菜だけでも治療できるように、彼女が怪我をした時に使えそうな思考パターンを何通りか考え出した。
今度、亜希菜が怪我をした時に使ってみようと思っている。
彼女が遊びに来るようになって、僕のこれまでの夢の世界の認識は変わりつつあった。
なんでも自分の願いが叶う、夢のような世界の筈だったが、こと亜希菜に関しては違う。
僕の『想い』が通じない事の方が多い。
亜希菜の服を勝手に水着にしようとしても、それはできなかった。
彼女が望めばそれは実現するが、僕が『想った』だけだとそうはならない。
まだ彼女の人形を作る方がずっと簡単だった。
”亜希菜と同じ物質を目の前に呼び出す”だけでよかった。
人形は自分の思った通りに操れるし、服を取っ払って裸にすることも簡単にできた。
この違いは明確で『人格』の有無が重要なキーであることは確かだ。
人格を持った相手だと僕の『想い』は弾かれてしまう。
ある日、以前考案した治療法を試す機会があった。
彼女が盾の部品を組み合わせているとき、指を挟んで切ってしまったのだ。
「いたーいっ!」
亜希菜の声が部屋に響く。
僕は驚き、彼女に駆け寄った。
彼女の人差し指の先が一センチ近くも切れて血が流れだしていた。
僕は亜希菜の手から血が滴っているのを見ていられなかった。
「うーん、今日は帰るしかないかなー。今日中に組み立てだけでも終えたかったんだけどなー」
彼女は痛みに顔をしかめながら、とても残念そうにいった。
「亜希菜、ちよっと手を貸して」
僕は以前考案した治療法を試してみることにした。
手を翳し亜希菜の傷がふさがる様に願う。
彼女の傷口に靄がかかり、傷はゆっくりと治癒していった。
「圭太くん、凄い! 魔術師みたい!」
彼女が感動して叫ぶ。
ただ、僕はがっかりしていた。
傷が治るのが遅すぎる。
この程度の傷でも、完全に治るまで1分以上かかっていた。
これでは、戦闘中には使えない。
ただ、治療ができることは分かった。
服は脱がせないのに、なぜ傷は治療できるのか?
この違いはなんだろう?
実は事前に自分の人形でも試したのだが、人形なら傷はもちろん、たとえ腕を切断したとしても、直ぐに再生できることを確認している。
この世界に住む、他の生物でも同様に直ぐに治癒できた。
今回の実験で分かったが、やはり人格の有無が密接に関係しているのだ。
そこにどんな法則があるのか、明確にする必要があった。
恐竜島を攻略する上で、二人で作戦も練った。
恐竜を狩る時のフォーメーションだが、これまで同様、亜希菜は前衛で僕は後衛だ。
後衛の僕は前には出ずに亜希菜に狩るべき獲物の指示を出す。テレパシーとか使えればいいのだが、人格のあるもの同士それはできないので、僕はトランシーバー機能のあるへッドセットを造り出した。
亜希菜は鎧とセットになっていたヘッドバンドを改造して僕と通信できる様にした。
作戦の概要はこうだ。
まず狩りを始める前に撤退ポイントを決めておく。
何か問題があった際には、お互い声を掛け合ってそこに瞬間移動する。
狩場についたら、地上、上空の恐竜の数を見極める。
それと合わせて『怪獣』の有無を確認する。
この状況の見極めについては亜希菜が斥候となる様なペットを開発中だ。
それがあれば安全度はぐっと増す。
恐竜ではなく怪獣がいた場合、それを優先攻撃目標とする。次は上空の恐竜。
地上の普通の恐竜はいわば雑魚で、最後に狩る。
恐竜は自分たちに気づいたとたん襲ってくるから、数が多い場合は亜希菜の電撃を放つ弓で、何匹か足止めを行っておく。
怪獣は僕が遠距離攻撃で先に仕留め、数多かったり、仕留めきれなかった場合は、亜希菜が前に出て仕留める。
怪獣からの攻撃を受けてしまった場合や不意打ちを食らった際には、僕が亜希菜を緊急排出し、その後僕も撤退ポイントに瞬間移動する。
武器については亜希菜は近接戦用で僕は遠距離戦を中心に設定する。
武器は強力な物が望ましいが、これは諸刃の剣であまり強力にしすぎると、味方を傷つけてしまうかも知れない為、以前と同じレーザー等の範囲の限定される物を選択した。
ゲームの様に敵にはダメージがあって、味方にはダメージがないなんて都合のいい様にはできていない。
僕たちは二人で議論し、可能な限り安全に、恐竜を狩る作戦を練った。
僕は最近、彼女の恐竜島攻略の提案に、感謝する様にもなっていた。
二人で共通の目標を持つことにより、より二人の関係が親密になったと思う。
彼女とはこの夢の世界についても、よく話あうようになっていた。
クジラの上の草原に寝ころびながら彼女が言う。
「圭太くんと違って私は普通の夢も見るけど、この世界は単なる夢の中とは違うわ。あまりに異質すぎるもの。ここまで明確にルール付けされてる夢なんてあり得ないわ」
「僕は普通の夢ってのを見た事が無いからわからないんだけだど、そんなにいい加減なものなの?」
彼女は考えながらいった。
「いい加減というか、その場限りの幻みたいな感じかな? 自分が見たいと思って見れるものでも無いし…。
それに比べてこの世界は人の『想い』が明確に形になって表れる。それも無秩序じゃなく一定のルールに基づいているように見える。なぜこんな世界があるのか、とても興味があるわ」
彼女は遠くを見る目でそう語る。
僕は自分の夢が普通じゃない事は分かっていたが、どう違うのかは理解していなかった。
亜希菜からいろいろ話を聞いて、初めてその特異性がわかり始めていた。
確かに、なぜ僕だけが他とは違った夢をみるのだろう?
本当に僕だけなのだろうか?
「ひょっとしたら、ここは現実世界とは全く違う、別の世界なのかもしれない。圭太くんはその世界に通じる扉なのよ」
「そんな考え方もあるのか…」
一番最初にこの世界のルールを作ったのは僕だと思っていた。
たしかに今の海が広がり島々のある世界を作ったのは僕だし、その中での物理法則も無意識のうちに現実世界と同じような設定にしていた。
この世界は絵本に出てくる世界の真似事をして作ったはずだ。
それじゃ、この世界の海や空を作る前はどんな夢を見ていた?
小さいころにみた夢なんてほとんど覚えていないが、夢を見た時はどこか薄暗い空間をただひたすら漂っていたような気がする。
いずれそれがどこだったかも、分かる日がくるのだろうか?
最近はただ二人で夢の世界を楽しむだけでなく、色々考察しながら恐竜島攻略の目標を持って過ごしていた。
明日の晩は、亜希菜が新しく造りだした、道具のお披露目をしてくれるらしい。
僕はそれを楽しみにしていた。