−亜希菜視点−
授業が終わった放課後、各々が帰宅や部活へ向かう準備をしていた。
今日は部活のある日だったが、私は参加出来ないことを同じ部員の知美を捕まえて伝えていた。
「えっ、亜希菜が部活サボるなんて珍しいね。さては…」
彼女がすり寄ってきて耳打ちする。
「人見とデート?」
「え?! そ…そんなんじゃないよ」
私は少し顔を赤らめ、彼女に答える。
「まーまー、隠さなくてもいいって。顔に出てるよ。先輩には言っておくから」
また耳打ちする。
「くれぐれも他の人に見られない様にね。あんたに彼氏が出来たなんてばれたらパニックになるから」
彼女はそう言って教室を出ていった。
実は圭太くんから今日の放課後、会って話がしたいとメールがあったのだ。
昨日の晩、夢の世界に呼んでくれなかった事への文句を書いたメールの返信だった。
現実世界での彼からの誘いは初めてだったので、私は部活に参加せずに圭太くんと会う事にした。
現実世界でのデートはまだ数えるほどしかないが、今まではすべて私から誘っていた。
まだ遠慮しているのか、彼の方からはなかなかデートに誘ってくれない。
今日、初めて彼の方から現実世界で会いたいと言ってきたのだ。
これは断るわけにはいかない。
私は少しワクワクしていた。
学校での二人は以前と変わらず、そんなに接点がなかった。
いや、そうゆう風に見せかけていた。
圭太くんはその辺はしっかりしていて、二人が特別な関係にあるようなそぶりを一切見せない。
当然二人の関係をしらない孝典君は、相変わらず私にいろいろアプローチして来ていたが、その様子をみても圭太くんはまったく動じていなかった。
その方がいい事は分かっていても、私は少し寂しい気がしていた。
少しは動揺してくれてもいいのに…。
圭太くんは、そういう女心には正直、
教室を見回すと圭太くんはもういなかった。
先に待ち合わせ先の喫茶店に向かったはずだ。
一緒に行くわけにはいかない事は分かっているが、もう少しは気にかけて欲しい。
私も鞄を持って教室を出た。
圭太くんと付き合い出してしばらくしてから、私は親友の知美にだけはその事を打ち明けた。
知美には隠し事をしたくなかったのと、また色々相談にも乗って欲しかったからだ。
初めて知美に打ち明けた時、彼女の驚きようは凄かった。
「ええええっっっ〜〜〜! とうとう彼氏がっ!」
学校の帰り道、二人で入ったファーストフード店の店内に響き渡る大声を彼女ははりあげた。
周囲の客が驚き、皆、私達に注目している。
私は恥ずかしくて、思わず彼女の口を手で塞ぐ。
彼女は我に返り、席に座ると小声で言った。
「もしそれが知れたら、大変だよ。うちの学校、あんたのファン多いしファンクラブのメンバーも黙っちゃいないと思うよ」
「そうなっちゃうかな…」
「なるよっ、なるに決まってる!
あんた学園のマドンナだって事、もっと自覚しなさいよねっ。
絶対大騒ぎになるから秘密にしといたほうがいいわ。
…ところでその幸せ者って、どこの誰なのよ?」
私は小声で彼女に耳打ちする。
「同じクラスの、人見圭太くん」
「えっ、ええええっっっ〜〜〜! 人見なの〜〜!!」
彼女はまた飛び上がって大声で叫んだ。
もうっ、いちいち恥ずかしいな〜。
私はあたまを抱えてテーブルに突っ伏する。
店内の客が再び私達に注目した。
彼女はハッとして、周りの客に会釈して席に着くと言う。
「まー恋愛は自由だし、あんたが選んだ人にとやかく言うつもりはないけど、なんでまたあんな銀縁メガネでガリ勉でネクラな奴が相手なのよ!
そりゃ一時期は知的男子って女子受けしてた時もあったけど、あんたならもっと他にいい人、いっぱいいるじゃない?!」
酷い言われようだ…。
そこまで言われると傷つく。
「だいたい、あんた彼とそんなに接点無いよね。今言われるまで私も全ッ然、気づかなかったし。
どんなきっかけだったのよ?」
私は言葉に詰まった。
どう説明したら良いのだろう。
「うーん、きっかけは事故って言うか、なんていうか…」
「……。
はっきりしないわね。なんて告白されたの?」
「えっ?」
そういえばはっきり告白とかなかったな…。
彼が入院してる時に私がキスして、それから何となく付き合うようになって…。
知美は私のきょとんとした顔を見て言った。
「か〜っ、その辺りもはっきりして無いの? 本当に付き合ってる?」
「うん、それは本当。デートも何回かしてるし」
そう、ほとんど毎晩会ってるし。
「ふーん。…前にあんたが人見を屋上に呼び出してブン殴った事あったよね。あの辺りから?」
彼女は私が圭太くんを屋上に呼び出して問い詰めた時の事を言っていた。
「うん、まーあれはきっかけで、付き合いだしたのは彼が入院してからかな」
「そーなんだ…。
あんたあの時、何も言わなかったから黙ってたけど、彼に脅されたり騙されたりしてるわけじゃ無いよね?」
彼女はそこは真面目な表情で聞いてきた。
「それは無いわ。だって、私が彼を好きなんだもの」
私も真面目な顔で答える。
彼女はしばらく無言で私を見ていたが、小さくため息を着くと言った。
「そっか、何があったのか知ら無いけど、あんたがそう言うなら影ながら応援するわ。何か問題起きたら言ってね」
「ありがとう。いつか上手く説明できるようになったらちゃんと伝えるわ」
私は彼女に真相を説明できない事を申し訳なく思った。
ただ夢の中での事はどう話して良いのか、皆目見当がつかない。
その後、店内にいた大学生らしき二人組が遊びに行こうと声を掛けてきたが、知美が"彼女はデビュー前だから事務所通して"とか適当にあしらっていた。
彼女には本当にいつも助けてもらっていて、気の置け無い私の唯一の親友だ。
待ち合わせ場所は、以前も使った事のある学校から少し離れた古風な作りの喫茶店だった。
ここなら他の学生が来る事はまず無い。
私が店内に入ると、圭太くんは店員にコーヒーを頼んでいるところだった。
私も同じコーヒーを店員に頼み、席に着く。
彼と現実世界で会うのはいつも新鮮だ。
私は意味もなく嬉しかった。
彼も私を見ると照れ臭そうに微笑んでいた。
「亜希菜、急に呼び出してごめん。どうしても話したい事があって」
彼がそう言うのを不思議に思う。
夢の中だと話せない事なのだろうか?
「いいえ、それは構わないけど、圭太くんからお誘いが来るなんて驚いちゃった」
私は思った通りの事をいう。
「実は昨日の晩、夢の世界に訪問者があった」
彼は前置きなしで突然いった。
「えっ…、訪問者?」
知美のような反応はできないが、私は大いに驚いていた。
「そう、僕にとっても初めての出来事だ。彼から色々と夢の世界の事を聞く事が出来た」
それから彼はメイカーやリンカー、夢の世界がリンボ界と呼ばれている事など、私達が今まで疑問に思っていても知り得なかった事を聞く事ができたと、私に教えてくれた。
私は"リンカー"なんだ。
圭太くんの能力で、現実世界から夢の世界へ呼び出されている存在なんだ。だから怪我とかしても現実世界に一切影響がないのか。
私はストンと理解できた。
だとしたら
私は圭太くんに物を創り出す創造能力を与えられている。
私もメイカーになれるのだろうか?
新しい疑問が湧いてくる。
「私もその人に合わせて!」
私は思わず言っていた。
その彼に会って、私も夢の世界の仕組みを教えてほしかった。
「ごめん、亜希菜。それはできない。
その今話を聞けてる相手だけど、かなり問題があるんだ」
私は即座に否定した彼の言葉に少なからず反感を覚えたが、彼は問題があるといっている。
圭太くんが「かなり問題がある」というからには、たぶん本当に問題があるのだ。
「問題?…どんな問題なの?」
「彼、名前はリョウって人だが、彼はおそらく、リンカーの事を『人』だと思っていない。」
人だと思っていない?どうゆうことだろう?
「彼はレイカさんていうリンカーを連れていたんだけど扱いがひどかった。
もし、君がその場にいたら絶対に黙っていられなくなると思う」
「圭太くん、具体的にいって。それだとわからないわ」
彼はしばらく飲みかけのコーヒーを見つめた後に私にいう。
「彼はレイカさんの目の前で、もし僕が彼女を気に入ったなら抱いていいと言ったんだ。そして僕のリンカー、つまり君の事を自分が気に入ったら抱かせろともいってた」
私はその言葉を聞いて、一瞬にして彼が「かなり問題がある」といっていた意味がわかった。
そのリョウって人は確かに私が会ってはいけないことも理解した。
もし、私がその場にいたら逆上していただろう。
その時点で貴重な情報を得ることができなくなるし、争いも起きるかもしれない。
私は見たこともないレイカって人が、とても可哀想になった。
「それを言われた時、彼女は…、レイカさんはどんな反応だったの?」
圭太くんはそこでさらに言いよどんだ。
が、しばらくして答える。
「何も…、まったくの無反応だった」
私はそれを聞いて息をのむ。
それだけ侮蔑的な扱いを受けていても、一切反論の許されない扱い…。
想像したくなかった。
思わず圭太くんにいってしまう。
「圭太くん、彼女を救ってあげて! お願い!」
「えっ!」
圭太くんが驚く。
「彼女は…、レイカさんはとてもつらい目にあっているはずよ。
なんとかして、助けてあげないと…。なにか私にできることはないの?」
私はレイカさんの事が、他人事には思えなかった。
実は圭太くんに初めて夢の世界に呼び出された、あの屈辱的な状況を思い出していた。
私たちは奇跡的に今のような関係になったが、レイカさんにはあの状況、いや、おそらくそれ以上のひどい状況が続いているのだ。
なんとか彼女を救ってあげたかった。
圭太くんは難しい表情で考え込んでいたが、しばらく後に答えた。
「わかった、やってみるよ…。
まだ、どうやったら彼女を救えるのか、まったく見当はつかないが、とにかくやってみる」
彼は顔の前で手を組み、真剣な表情でなにかを考えているようだった。
眼鏡越しに見える、とがった眼差しが少し怖い。
圭太くんがここまで、厳しく鋭い表情をするのは初めてみた。
私にはそれが、とてもかっこよく見えてしまった。
銀縁ガリ勉のネクラでも、私にとっては頼りになるナイトだ。
「まだしばらくは情報収集もあるから、僕一人で何とかしてみる。その間にレイカさんを救う方法がないかも探ってみるよ」
「うん、わかった。私が必要な時はいつでも呼んでね」
とても困難なお願いをしてしまったことは、私も理解しているつもりだ。
ただ、どうしてもレイカさんを救ってほしかった。
後になって知ることになるのだが、その時私は、彼にどれほど困難な依頼をしてしまったのか全く理解していなかった。