僕は建物のそばにある大きな岩の上で、彼らを待っていた。
空を流れる雲を見上げ、心を落ち着かせながら、その間に険しくなってしまった表情をときほぐす。
僕はリョウが許せなかった。
あの行為を見る限り、レイカはどう見ても苦しんでおり、彼の異常な性欲を吐くための道具になっている。
彼女を一刻も早く救わなくてはならない。
レイカを救うパターン『1』の”リョウにレイカを愛し、大切にしててもらう”はあの状況からして無いなと思った。
パターン『2』のリョウを懲らしめて、レイカに手出しできないようにさせる方向性を探る事にする。
しかし、それでレイカへの虐待を辞めさせることができるのだろうか?
だが、これしか方法が無い。
その為にもリョウの強さを知る必要があった。
そして、僕は彼らを見て、あることにも気づいてしまった。
それがことさら僕を狼狽させた。
リョウは僕だ。
亜希菜に出会わなかった僕だ。
あるいは亜希菜に嫌われ続けた僕かもしれない。
そして、レイカは亜希菜だった。
かつて僕が犯した過ちを、リョウはいまも続けている。
僕とリョウの違いは、単にそれだけだ。
僕はそれに気づいてしまった。
亜希菜の願いというよりは、僕自身の為にレイカを救わなければならない。
レイカを救う事によって、亜希菜に過去の過ちに対する償いをしたかった。
しばらくして、彼等が赤い建物から出てきた。
リョウは僕を見つけると声をかける。
「アキラ、待たせたな」
二人は前に見たパンクファッションの姿になっており、レイカは何事もなかったようにリョウの後に付き従っていた。
さっきみたリョウの異常な性行為を全く感じさせない、初めてあった時と同じ雰囲気に戻っている。
レイカの肩を見たが、治療したのか噛み跡はなかった。
彼は彼なりにレイカを大切にしているのかもしれない。
僕はリョウがレイカに対して酷い事をした時に助けれるように、さっき思いついたことを試してみる事にした。
「リョウさん、お願いがあります」
「なんだ?」
「レイカさんをもっと大切にしてあげてください」
リョウの目が険しくなる。
レイカもピクリと眉をひそめ、僕を見ていた。
「オメーにそんな事言われる筋合いはねーな。俺のリンカーをどうしようが、お前には関係ねーだろ!」
「そうかもしれないけど、僕、ああいう、痛々しいのダメなんです。レイカさんが可哀想で…見てられないんです」
僕はレイカを見ながら、悲痛な顔をして言う。
その言葉は本心だ。
「…なんだお前、レイカに惚れたのか?」
リョウが面白そうに言う。
「そんなんじゃ…。いや、でもそうかもしれません。僕、今のリンカーとは別れました。
なんか、一緒にいてもつまんなくて…」
僕は嘘をついた。
リョウと敵対せずにレイカを護り、かつ亜希菜を呼ばない為の、理由付けをする。
レイカには失礼な話かも知れないが、今はこうする方法しか思い浮かばなかった。
リョウが楽しそうにレイカに問う。
「だとよ、レイカ。こいつお前に一目惚れらしいぞ」
レイカは僕を見たが、目が険しい。
「あなたなんかに好かれても、迷惑なだけよ」
彼女は僕に向かって初めて言葉を発した。
初めての言葉は、とても辛辣だった。
レイカは明らかに敵意を持って僕を睨んでいる。
何でこんなに、嫌われてるんだ?
今まで話した事も無いのに。
リョウに対して忠誠を立てているのか?
「レイカ、せっかくお前に惚れた男にそんなに酷く言わなくてもいいじゃねーか。なあ、アキラ、傷ついちまうよな」
まるでリョウが面白おかしく取りなすように、二人に声をかける。
僕は思わずリョウに同意しそうになった。
本当はリョウの事が好きなのか?
僕はレイカに話しかけた。
「レイカさん、僕が勝手に貴方の事を気にしているだけなんです。それだけでも許してもらえませんか?」
レイカは僕を睨んだまま、ピクリと眉をひそめる。
胸の下で腕を組んでいて、豊満な胸がことさら強調されている。
そのたたずむ姿はまるで魔界の姫のように美しかった。
「おいおい、お前、あわよくば俺からレイカを奪おうとでも考えてるのか?」
リョウが楽しげに二人の間に入り僕に言う。
「いえ、そんな事は毛頭考えて無いです。だってレイカさんはリョウさんのリンカーなんだし、僕がどうこうできるはずも無い。ただレイカさんに優しくして欲しくて…」
僕はリョウに向かって言った。
「はあ? だからお前にそんな事言われる筋合いはねーんだよ。お前の言うようにあいつは俺のリンカーだ。どうしようが俺の勝手だ」
リョウが僕の目の前に顔を近づけて言う。
「ただし、お前がこの世界を俺に譲るってんなら話は別だがな」
彼は唐突にいった。
あれ? こいつ今、本音言って無いか?
「それなら、レイカをお前に譲ってもいい」
僕はリョウを見返した。
彼は目を細めながらも、その奥が爛々とかがやいている。
リョウは僕のレイカへの恋心を利用して、取引しようとしている。
彼がレイカを手放すとは思えなかった。
扱いは酷いが彼はレイカを気に入っている。
さっきのこの世界を譲れといった言葉は本音で、彼は僕からこの世界を奪うのが目的なのだろうか?
しかし、なんでこの世界を欲しがる?
自分で作ればいいだけじゃないか?
そこでふと僕は思い当たった。
僕はこの世界を作るのに何年かかった?
物心ついた時からコツコツ作ってきたから、おそらく10年以上拡張し続けて今の形になっている。
ひょっとしてリンボ界だとこういう世界は貴重なのだろうか?
「よくわかんないけど、リョウさんこの世界が欲しいんですか?」
リョウはハッとした表情の後、開き直る様に言った。
「ああ、レイカと交換ならこの世界ぐらい貰わねえとな」
こいつ、さっきは失言したんだな。
やはりこの世界を奪う事が目的か。
「本当に悩んじゃうな。少し考えさせてください」
僕は笑いながらリョウにそういった。
なぜかレイカが悲痛な顔をして、地面を見ていた。
これ以上、この話題を引っ張るとまずそうだ。
僕は話題を変えるため、彼らにいう。
「これから遊びに行きませんか? 楽しめる場所があるんです。僕が案内しますよ」
「ほう、そんじゃ頼むか。少し探索したが、海と島ばかりで良く分からねえんだ」
リョウはそういって乗り気になった。
僕は彼らを恐竜島に連れて行くつもりだ。
そこで彼らの戦闘能力を確認する。
「それじゃ最近僕がハマってる場所を紹介しますね。ゲームみたいに遊べる島です」
僕は彼らを連れ立って、恐竜島へ向かった。
3人で空を飛び、恐竜島に向かう。
やがて島が見えてきて、僕は島の端にあるスタート地点に向かったが、リョウが島に入る手前で止まった。
「おい…、なんだよこの島は?
結界が張られてるじゃねーか」
リョウは突然厳しい表情になり僕を睨む。
「お前、俺を嵌めようとしてねーか?」
僕は驚いていった。
「えっ、結界? ああ、能力制限のエリアの事ですか?」
僕はリョウにこの島の仕組みを説明した。彼は説明を聞きはしたが、終始胡散臭げだ。
「お前、たかだかゲームを楽しむ為にこの結界を作ったってのか?
結界ってのはな、メイカーが一番恐れるもんだ」
「へー、そうなんですか? 僕、知りませんでした」
結界なんて認識はなかった。
だが、確かに僕も自分で造っておきながらこの島を敬遠していた。
メイカーが恐れると言うのも理解できる。
「まー、確かにこの結界はかなり特殊だな。能力が完全に使えなくなる訳じゃねえ」
「ええ、だからゲームを楽しむ為に造ったんですって。リョウさんそんなに心配しないでくださいよ」
リョウは僕を胡散臭げに見ながらいう。
「もし、おかしな事が有れば、お前をぶっ殺すからな。どうもお前は信用ならねえ」
少しずつ本性が出てきてるな。
リョウの物騒な言葉を聞いて僕は思った。
リョウはブツブツ言いながらもスタート地点に降り立つ。
僕は再び彼らに説明し、ここで使う武器や魔法を決めさせた。
「今ここで決めた武装以外、使えなくなるんでよく考えて設定して下さいね。
奥に入っていくと恐竜や、より危険な怪獣が出てきます。
危なくなったら空だけは飛べるので、それで逃げてください」
僕はアトラクションのアテンダントの様に彼らに説明した。
しばらく各々が、使う道具や魔法を呼び出し準備を行う。
「俺は用意できたぞ、さっさと行こうぜ」
なんだかんだ言ってもリョウも少しは楽しんでいる様だ。
僕はレイカが何も準備をしていなかった事に気づいていた。
「あれ? レイカさんの武器は?」
「私? 私はマスターから貰ってるこれだけよ」
彼女は腰の鞘から小さな短剣を抜き出して見せた。
「え? それじゃ何にも出来ないですよ!
見た所、たいした防具も無いみたいだし」
リョウが言う。
「レイカは俺の後に着いて来てりゃいいんだよ。何も必要ねえ」
「危険ですよ! 死んじゃいますって!」
僕は思わず言っていた。
「リンカーは死なねえだろうが。いちいちうるせえんだよ、てめーは。
だいたいリンカーにやばい武器なんか持たせてみろ。こっちが寝首かかれらぁ」
レイカは黙ってそのやりとりを聞いていた。
なるほど、そういう考えか。
こいつ根っからのクズだな。
僕はリョウの事がますます嫌いになった。
彼は自分のリンカーを全く信用してい無い。いや、そもそもそう言う関係を望んでいない。恐怖で縛り付けているだけだ。
僕は彼女に自分の為に用意していた防具を一つ分け与えた。
30センチ程度の大きさの金属製の円盤を実体化させる。
それをレイカから少し離れた空間に放つ。
円盤はブーンというハム音を放ちながらレイカの周囲をゆっくりと回り出した。
僕はレイカに説明する。
「オートガーターって言います。この盾があなたを守ってくれる筈です」
この盾は対象の周りを浮遊し、もし対象を狙った攻撃が有れば、即座に移動してそれを弾く。
雷撃があっても避雷針の役割を果たし、対象を護る様に作られていた。
以前の事故の教訓から造ったものだった。
レイカは自分の周りを回る盾を不思議そうに見ていた。
興味ぶかげに盾の動きを目で追っている。
その様子は意に反して可愛い。
レイカは何も言わなかったが、僕に目を向けると、感謝の思いを視線で伝えている様に思えた。
「チッ、余計なことを」
リョウが苦々しくいう。
だがそれ以上何も言わず、レイカへの防具の使用を認めた。
僕たちは漸くスタート地点を出発した。
リョウが先頭でそれにレイカが続き、僕が最後だ。
リョウは何の構えも無く、スタスタと先を歩いた。
「リョウさん一人で先に行くと危険ですよ! 恐竜達は一斉に襲ってきますから!」
僕は注意したがリョウはそれを無視して進む。
見た所全くの無防備だ。
あのままだと本当にやられるぞ…。
やがて一頭の恐竜が彼に気づいた。
いつものアウカサウルスだ。
案の定、群れでいてそいつらもリョウに気づき、鳴き声と共に一斉に襲いかかる。
リョウが立っていたところに10頭近くも恐竜が集中し、彼の姿は恐竜達に隠れ見えなくなった。
「ああっ!喰われた!」
僕はさすがに焦る。
前に出ようとした僕の服を掴み、レイカが後ろに引っ張る。
「少し離れたほうがいいわ」
「でも、リョウさんが!」
僕がそういった瞬間、キンッと金属音がし、目の前に巨大な黒い棘の塊が現れる。
30メートル近くもある棘の長いウニののようなそれは、群がっていた恐竜達を串刺しにして一瞬にして全滅させた。
僕は目を見開き驚愕する。
やがてシュンと言う音とともに、その棘が縮まると、その中心にリョウが薄く黒い半透明の膜に包まれて立っていた。
なんだあの武器は、いやバリアか?!
「なんでえ、歯ごたえねーな」
リョウは余裕の表情で、汗一つかかずに恐竜の屍体を乗り越え先に進んでいく。
レイカが僕に目を向け説明する。
「あれがマスターの防具であって武器よ。
近づきすぎると一緒に串刺しになるわ」
レイカに引っ張られず、あのまま前に出ていたら一緒に串刺しになっていたかもしれない。
僕は彼女の忠告に改めて感謝した。
最初のあまりにも辛辣な言葉から、かなり柔らかくなった様に感じられる。
盾のプレゼントのお陰だろうか?
リョウは常に先行しており、さっきの黒いバリアで恐竜たちを虐殺していった。
僕とレイカは後ろをついていくだけで、ほとんどなにもすることがない。
レイカと二人きりで話をする絶好のチャンスだ。
僕は歩きながら彼女に聞いた。
「レイカさん、リョウさんの事、どう思ってますか?」
単刀直入に聞く。
彼女の言葉で意思を確認したかった。
レイカは立ち止まり、僕を正面から見返す。
本当に綺麗だ。
目を縁取るメイクが大人の雰囲気をかもしだし、妖艶だった。
20代前半とおもわれ、亜希菜とは全く違うが、間違い無くとびきりの美女だ。
そして香水なのか、彼女からは淡いオレンジの香りが漂っていた。
パンクファッションとのミスマッチが印象に残る。
「私が彼の事をどう思っていようと、君には関係ないわ」
彼女は僕の質問につれない返事をし、その後唐突にいった。
「さっきの盾のお礼として警告しておくわ。彼は"メイカー殺し"よ。リンカーはもちろん、メイカーを殺す事もなんとも思ってない。死にたく無かったらすぐにでもこの世界を彼に明け渡しなさい。君はこのままだと殺されるわ」
僕はそれを聞いて言葉を失う。
いきなりの爆弾発言だ。
あいつは…、リョウはそんなに危険なヤツだったのか。
「メイカー殺しって…、殺人じゃないですか」
「そうよ、この世界での殺人は現実世界では捕まることがなく、完全犯罪ができるわ。だから彼は目的の為なら人を殺すことも躊躇しない」
彼女は続ける。
「彼は今焦ってるの。
他のメイカーから身を隠す必要があって、その為にこの世界を何としても手に入れたいの。
だから、君はこの世界を明け渡して今すぐ逃げるべきなの。
そう、今すぐ逃げなさい。」
彼女は僕を突き放す様にいう。
その言葉を聞いて自分の不運を呪った。
初めてあった他のメイカーが、よりによって"メイカー殺し"の異名を持つヤツだったなんて…。
逃げ出せたらどんなにか良かっただろう。
そう、僕は逃げるわけには行かない。
亜希菜を…、いやレイカを救う事が、僕と亜希菜の未来を決める重大なターニングポイントだと気づいていたからだ。
ここでレイカを見捨てて逃げ出したら、僕は亜希菜を苦しめていた頃と何ら変わらない最低な人間だ。
それに、無口なレイカが僕を危険から遠避ける為に、僕に逃げるように説得してくれている。
だから、どんなに怖くても逃げたす事だけは出来なかった。
僕は震える声でもう一度言う。
「もう一度聞きます。レイカさん、リョウさんの事、どう思ってますか?」
レイカは怪訝な顔をする。
僕が彼女の話を全く聞いていなかったのかと訝しがっているようだ。
だが彼女は答えてくれた。
「君、私の話聞いていた?あなたの命が危ないのよ。」
「ええ。聞いてました。でも僕はあなたがリョウさんをどう思っているのかが聞きたいんです」
レイカは不思議な生物でも見るように、僕を見返す。
「それを聞いてどうする気? あんな殺人鬼、大っ嫌いに決まってるわ」
その言葉を聞いて、僕は肝を据えた。
体の震えが少しおさまる。
「それなら、僕は全力であなたを救います。もうしばらく我慢してください」
彼女は目を大きく見開いた後、その目を険しくしていう。
「そんな事は止めて! 君なんかに出来っこない。殺されるわよ!」
そうかもしれない…。
本当にできるのだろうか?
でも、やるしか無かった。
僕は彼女に向かっていう。
「レイカさん、実は僕には大切なリンカーがいます。
僕はあなたと同じ立場のそのリンカーから、あなたを救ってほしいと頼まれました。
そして僕は僕の為にもあなたを救うつもりです。
だから、僕を信じてもらえませんか?」
「……」
彼女は何も言わなかった。
大きな絶望と微かな希望を目に宿し、彼女は僕を目つめていた。