− 亜希菜視点 −
今日は人見君は午前休だと担任が朝礼でいっていた。
私は不思議に思った。
彼から何も聞いてなかったし、SNSにも連絡はなかった。
彼の性格なら何かあって休む時は、私には連絡をくれてるはずだ。
どうしたのかな?
なにかあったのかな?
私は退屈な4限目の数学の授業を受けながら、彼のことを考えていた。
休み時間にSNSでチャットを送ったけど今の所返事は来ていない。
窓の外は12月半ばの冷たい風が吹いていた。
最近はいつも圭太くんの事ばかり考えてしまう。
彼と離れていても、今何してるのかなとか、このお店は今度一緒に来たいなとか、いつも私の頭の片隅に彼がいた。
今までの私の生活からは、考えられ無い事だ。
今年のクリスマスは圭太くんと一緒にどこかに遊びに行きたいな…。
今も圭太くんの事を心配しつつも、そんなことを考えたりしていた。
彼が他のメイカーと関わりだしてからは、私は夢の世界に一度も呼ばれていない。
もう一週間になる。
前回、圭太くん会った時、そのメイカーの素行がかなり悪いらしくて、私が行くと話がややこしくなるからしばらく任せて欲しいと言っていた。
そのメイカーのリンカーであるレイカさんの扱いも酷くて、私は圭太くんになんとか彼女を助けてあげて欲しいとお願いしたのだ。
彼はそれを実現しようといろいろ動いてくれていて、電話でもその状況は聞いていた。
私は夢の世界の空が恋しかった。
恐竜島の攻略も、あともう一歩のとこまで来ている。
その''リョウ''というメイカーが改心して、レイカさんと上手くやってくれることを願っていた。
そうすればまた圭太くんと夢の世界で一緒にあそべる。
ひょっとしたらその訪問してきたリョウさんやレイカさんとも仲良くなれるかもしれない。
でも、圭太くんの話だとリョウさんと仲良くするのはちょっと無理かな…。
そんな事を私は考えていた。
お昼を挟んで午後になっても圭太くんは来なかった。
午後最初の授業の世界史の先生が"人見は来てるか?"と聞いていたが、学校にも連絡は無いらしい。
SNSにも何の返事も無かった。
私はいよいよ心配になった。
学校が終わったら、彼の自宅に電話をかけてみようと考えていた。
だが、授業が終わる直前に彼はきた。
「すいません。遅くなりました。」
彼はそう言って教室に入ってきた。
とても疲れた顔をしていたが、何よりも彼の右手に包帯が巻かれている事に驚いた。
彼の様子を見た生徒が少しざわついた。
彼は何事も無い様にそのまま席について、授業を受け出した。
私は何があったのか気になってしまい、授業どころでは無くなってしまった。
休み時間に話ができればいいんだけどな…。
しかし、いざ休み時間になると、彼と仲の良い男子二人が彼を取り巻き、とても呼び出せる雰囲気では無かった。
「人見、また怪我してどうしたんだよ! お前、最近呪われてんじゃないか?」
「まあな。ちょっとした事故だ」
彼らの話に聞き耳を立てると、彼は夜中にコンビニに行こうとして、自転車で側溝にハマったらしい。
中指を骨折してしまったそうだ。
私は違うと直感した。
圭太くんが本当にそんなドジをしたのなら、悔しそうに話す筈だけど、彼は笑いながら話していた。
きっと夢の世界で何かあったんだ。
後で本当の理由を聞かないと…。
次の授業中、私はこっそりSNSでメールを送った。
"放課後いつもの喫茶店で待ってる"
彼から"了解"と一言だけ返信が来た。
また知美に部活を休むと伝えてもらう事になってしまった。
放課後、いつもの喫茶店で私は圭太くんとテーブルを挟んで座っていた。
店内には私たち以外に数人の客がいた。
私は彼と向き合って、彼の異変を感じていた。
全く自分から話そうとしない。
あと、私と目を合わせてくれない。
いや、私を見ているのだが、目の焦点が合っていない様な感じだ。
どうしたのだろう?
こんな圭太くんは初めてだった。
「圭太くん、夢の世界で何かあったの?」
「……」
「その手はどうしたの?いったい何があったの?」
彼はずっと俯いたままで、なかなか話してはくれなかった。
彼は無表情だった。
なのにとても苦しそうなのだ。
「圭太くん、一体どうしちゃったのよ…」
ようやく彼は口を開いた。
「亜希菜…。僕は君との約束を守れ無いかもしれない…。
僕があまりにも無力で、不甲斐ないばかりに、昨日、レイカさんを死なせてしまった…」
「えっ?!」
私は突然出てきた『死』と言う単語に驚いた。
「圭太くん、一体何があったの…? レイカさんが死んでしまったって…、事故か何かあったの?」
彼は自分の手元を見つめたまま言う。
「彼女は、リョウに捕まり殺されるとこだった僕を庇おうとして、彼に逆らって殺されたんだ…。
僕にリョウを殺す覚悟があれば、あんな目にあう事は無かった…。
彼女が機転を利かせて僕を救ってくれたおかげで、こうして僕はまだ生きている。
でも彼女は死んでしまった…。
短剣に胸を貫かれて…」
最後の方の声は高ぶり、震えていた。
彼の話は断片的で、よく理解できなかった。
ただ、彼がとんでもない状況に巻き込まれている事だけはよく分かった。
圭太くんの口から人を"殺す"と言う言葉が出てくること自体、異常な事で私は彼が違う世界の住人になってしまったかのような感覚に陥った。
「その手も彼に…、リョウって人にやられたの?」
圭太くんは顔をあげて私を見たが、目の焦点が相変わらずあっていない様に感じられた。
「ああ、彼に僕の作った夢の世界を渡せと拷問され、中指を折られたんだ…。
レイカさんのお陰でこれだけで済んだ」
彼は続けた。
また視線は自分の手元に戻っていた。
自分の考えに沈んでいく。
「次は、もう僕に有利な状況は作れないだろう…、なんとか刺し違えてでもあいつを殺せれば…。
僕自体に機械式の爆弾を仕込んでおけば、奴が近づいた時に一緒に爆破して殺せるかもしれない…。その為には・・・」
彼はブツブツととんでもない事をつぶやいていた。
私は驚いて言った。
「圭太くん、何を言ってるの!
爆弾って…。
あなたが道連れになってどうするの!」
店員が何事かとこちらを見ている。
彼は生死に関わる様な、とてつもなく酷い目にあって心が壊れかけている。
私の目の前にいるのに、彼の心はここには無かった。
彼には私の言葉は届いておらず、心の奥底に沈み込んで、恐ろしい構想を一人で考えている様だった。
私は彼にとんでもないものを背負わせてしまったのだと悟った。
「圭太くん、もうやめて。レイカさんを救う為に、あなたが命を捨てる必要は無いのよ…」
私は涙声で言った。
彼は顔を上げた。相変わらず視線は私を通り越してなにか違う物を見ていた。
「今さらやめるなんて、できない…。
リョウは、君に出会わなかった僕なんだ。
彼は僕が最初に君にしてしまった過ちを、今もレイカさんにし続けているんだ。
そしてレイカさんは、ずっと僕に苦しめられてる君なんだ。
彼女を救わなければ、僕は君といる資格は無い。
彼の過ちを正さないと、レイカさんも僕も、そして君もずっと苦しいままなんだ。
だから、何としても彼を止めなきゃならない。
たとえ彼を殺してでも、あの状況は変えなきゃならない」
彼は淡々と語った。
彼がこんなにも辛い目に遭いながら、それでも諦めようとしない理由がわかった。
彼はレイカさんと私を重ねて見ている。
そして自分とリョウも。
今の彼はリョウの行いを、まるで自分の行いの様に感じているのだ。
だから自分の命を投げ打ってでも、彼を止めようとしている。
彼がそこまで深く罪の意識を持っていた事に私は気づいてなかった。
彼は私にした自分の罪を償う為にも、レイカさんを救おうとしている。
それはある意味理解できた。
でも、私とレイカさんは違う。
私は圭太くんがとても好きだ。
初めてできた私の恋人だ。
彼が死ぬかもしれないなんて事に、私は耐えられない。
今、彼を失うなんて考えられない。
私は彼に言った。
「私を夢の世界で呼んで!
私も一緒にレイカさんを助ける!」
彼は初めて私に視線を合わせた。
今日、初めて私を見てくれた。
彼の表情が酷く歪む。
「亜希菜、何言ってるんだ!
殺されるかもしれないんだぞ!
そんなところに、君を呼べるわけがない!」
彼は凄い剣幕だった。
彼が私に対して、ここまで激しい口調で物を言うのは初めてだ。
私も思わず言い返した。
「なら、なぜあなたはそんな危険なところにいるの!
なぜ自分だけで解決しようとするの!
私もあなたと一緒に戦うわ!
そんなに苦しんで、指を折られて、死まで覚悟しているあなたを見て、冷静でいられるはずないじゃない!」
私は泣き出していた。
彼は席から立ち上がって、真剣な表情で私を見ながら言った。
「ダメだ…!
本当に危険なんだ!
君を守れる自信が無いんだ!」
私も立ち上がり、彼の顔を両手の平で挟むと彼に口づけた。
彼は驚く。
「……!」
店員が思わずカップを落し、割れる音が店内に響いた。
彼は面食らった様子で、目を見開いていた。
私は泣きながらキスしていた。
しばらくして唇を離す。
「あなたが私を宝物の様に、大切にしたい気持ちはわかる。
でも同じように私にとってはあなたが宝物なの。
あなたが傷ついたり、居なくなってしまうことに、私は耐えられ無いの」
彼は呆然と私を見ていた。
「私はリンカーだから夢の世界で何があっても、現実世界で死ぬ事は無いわ。
でも、あなたは実際に傷つくんでしょう?!
死んじゃうんでしょう?!
それなら、私があなたを守る!
剣で突き刺されようが、腕を切り落とされようが、真っ二つにされようが、あなたを失う苦しみに比べたら、そんな痛みなんてなんでも無いわ!
だから…、だから私を呼んで…。
私も一緒に巻き込んで…。
お願い…」
私は泣きながら、声を絞り出して彼に訴えた。
私の心からの叫びだった。
彼を、失いたくなかった。
彼は呆然とした表情のまま、ストンと椅子に座り込んだ。
私も腰を下ろし、彼を見つめる。
彼はしばらく考え込んでいた。
やがて、彼は顔を上げ言った。
「亜希菜、最初は遠くで見ているだけにしてくれ。
リョウに君を見られたくない」
私は彼がそう言ってくれたことに、心から安堵した。
「わかったわ…」
嬉しくて、また涙がこぼれてしまった。
彼は私を見ていった。
「亜希菜…、ありがとう。
君がいてくれて、本当に良かった。
…心の底から、そう思ってる。
ありがとう」
私は、彼を守る為、死なせない為に全身全霊をかけるつもりだ。
私の宝物を、何がなんでも、守るつもりだ。
喫茶店でなんとか彼を説得した夜、私は夢の世界に来る事ができた。
アトリエに呼び出された時、たった一週間しか経っていないのに、酷く懐かしく感じた。
アトリエは何も変わっていなかった。
大きな窓には青い海と空が広がっていた。
私はやっぱりこの世界が好きだ。
圭太くんに聞くと、まだリョウやレイカさんは来ていなかった。
最初に彼は彼らが来た場合の対応について私に説明した。
彼らが来た場合、まずは圭太くんだけが出て行って対応し、私はここのモニターを見ながら、彼らがどんな人たちかを確認する。
もし、戦闘になった場合は、彼はすぐに恐竜島に瞬間移動して、その日はそのまま現実世界に戻る。
少しでも話し合う余地があれば、レイカの解放の説得をするとの事だった。
ただ、話を聞くとこの世界とレイカさんを交換するという条件すら反故《ほご》にして、圭太くんを拷問して奪い取ろうとするくらいだから、話し合う余地は無いように思われた。
彼もすぐに戦闘になってしまう事を予測しているようだった。
そうなったら今日の所は逃げるだけだ。
レイカさんを救うには、話し合いが無理ならリョウを殺すしか無いと言っていた。
私は彼を殺人者にしたくはなかった。
私もなりたくなかった。
何か他に方法は無いのかな…。
あと、リョウの攻撃方法についても彼は詳しくレクチャーしてくれた。
彼の人形を呼び出して、人相を確認するとともに、彼がどのような攻撃をしてくるのかを説明してくれた。
リョウは見るからに悪人っぽかった。
彼の技で特に蛇での拘束はいやらしかった。
私は長い生き物が苦手だ。
絶対に捕まりたくない。
あと彼はレイカさんの人形も呼び出してくれた。
とても綺麗でグラマーな人だった。
退廃的でセクシーなファッションで、メイクもそれに合わせていたが、どこか悲しげな印象だった。
彼女に見とれていると、圭太くんからショッキングな告白があった。
「亜希菜、実は謝らなければならない事が…」
圭太くんがとても申し訳なさそうな顔をし、私に話し出した。
「あの…、レイカさんと…、エッチしてしまいました」
「え!?」
私は彼が何を言っているのか、咄嗟には理解できなかった。
メガネを激しくいじりながら、まるでイタズラがバレてしまった子供のように落ち着きがない。
「エッチってどういう事?」
「えーと…、やっちゃったっていうか、…はい、やっちゃいました」
彼は慌てて取り繕った。
「あの、最初はそうなら無いように、努力はしたんだけど、最終的にそうなったというか…、要は…ごめんなさいっ!」
バチーン!!!
私は無意識のうちに彼に平手打ちをしていた。
彼が壁まで吹っ飛んだ。
「私がいるのになんで!!!
圭太くん、それは本気? 浮気? どっちなの?!」
私は眉を吊り上げて彼を睨む。
右の頬に真っ赤な手形が付いていた。
私の手も痛い。
「う、浮気です!本命はもちろんっ、亜希菜さんです!」
彼は寝っ転がったまま、メガネを片方だけずり下げた、情けない表情で必死に叫んだ。
「圭太くん、どうしてそうなったのか、詳しく状況を聞かせてもらえるかしら?」
私は頭に血が昇っていたが、冷静な表情で彼に近づくと、倒れこんでいる彼のお腹の上にドシリと腰を下ろす。
「ぐうっ…。」
圭太くんは、苦しげな呻き声をあげ、恐怖におののいた目で私を見ていた。
私は彼の肩に手を掛け、顔を近づけて言った。
「私とはまだセックスはしないと約束しておきながら、レイカさんとはやっちゃうなんて…。とてもヒドイと思わない?」
私は冷静な声で、優しく彼にいった。
私は昔からそうだが、本気で怒った時はとても冷静になれる。
今がそうだった。
「亜希菜さん!?初めから話します!
しっかり詳細話しますから!お願いですから聞いて!」
彼は恐怖に震えながら話し出した。
レイカさんが圭太くんを誘惑するようにリョウから指示されていた事。
もし、それを断ったらレイカさんがリョウにヒドイ目にあわされる為、抱く振りだけでもいいとレイカさんにお願いされた事。
最初はセックスだけはしないようにしていたが、レイカさんが強姦紛いの行為ばかりで、普通に抱かれた事がないとわかり、不憫に思ってしまった事。
レイカさんをただ焦らすだけの自分の行為が、彼女に対して失礼だと思い、最終的に本気で抱いてしまった事。
彼は順を追って説明してくれた。
私はそれを聞いているうちに、なんだか彼の行為の方が正しかった様な気になってしまった。
彼はすべて話し終えると、最後にこう言った。
「亜希菜、君を裏切る様な行為をしてしまった事は、本当に済まないと思ってる。
でも、僕は間違った事はしていないと思う」
彼は真面目な顔だった。
私はもう怒る気も無くなってしまった。
レイカさんの人形を見上げ思った。
圭太くんはエッチだから、彼女を抱くフリだけで済むはずもないか…。
「それで、レイカさんは喜んでくれていた? 満足そうだったの?」
私は、今回はしかたないなと、諦めモードで聞いてみた。
彼は、私の口調から許してくれそうだと思ったらしく、嬉しそうに答えた。
「うん、だと思う。
最後は"もう出来ない、壊れそうって"言ってくれてたから」
なにそれ?
「えっ!? いったい何回やったの?」
「え? 4回」
バチーン!!!
私はまた彼をビンタしていた。
「いくら何でも、4回はやりすぎでしょ!!!」
「す、すいませんでした〜!!!」
彼は大の字に伸びながら、謝罪の言葉を叫んだ。
彼の両頬にしっかりと私の手形が残ってしまった。
男の人って、ホントにもうっ!