僕はゲートのある島に向かって、一人で空を飛んでいた。
緊張で胸が高鳴っている。
とうとう彼らが来たのだ。
亜希菜にはアトリエにいるように言ってある。彼女は、今にも死にそうなほど心配そうな顔をしながらも、僕を送り出してくれた。
瞬間移動は使わなかった。
状況を見ながら、彼らに近づきたかったからだ。
彼らは結局、3日後に現れた。
もうリョウは、前回のようなレイカさんを僕に攫われるようなヘマはしないだろう。
いきなり戦闘になるかもしれない。
今日はそうなったら、すぐに逃げるだけだ。
まずは亜希菜に彼らがどんな人物か把握してもらうつもりだった。
僕は恐竜島攻略でも使っていたヘッドセットを付けており、映像と音声を彼女に送れる様にしていた。
レイカさんにはまだしばらく我慢してもらうしかない。
彼女がどうなっているか、この3日間ずっと気にかかっていた。
彼女はリョウを裏切って僕を助けてくれた。
この前の報復として、リョウからひどい仕打ちを受けているのではないかと気がかりだった。
彼らを待っていた3日間で、僕は彼と戦闘になった時の作戦を考えていた。
戦闘になった時のみ、亜希菜に協力してもらうつもりだ。
彼女を戦闘に巻き込むのは気が引けたが、正直、彼女がいれば戦術の幅も広がる。
そして何よりも、亜希菜はレイカさんを死なせてしまった事で病んでいた僕の心を癒してくれた。
一時はリョウと自爆する事も考えていたが、今となっては何故そこまで追い詰められていたのか、自分でもわからない。
普段ではありえない、自分の生死にかかわるような経験が僕をおかしくしていたんだと思う。
彼女がここに来てくれた事で、彼女とずっと一緒にいたいという気持ちが僕を正常な状態に戻してくれた。
彼女にはいくら感謝してもしきれないくらいだ。
ゲートのある島が見えてくる。
今のクジラの位置からだと恐竜島よりも近くて、15分くらいの飛行で着いた。
僕はゲートのそばまで飛んで彼らの姿を探す。
二つの人影があった。
彼らは赤い建物のから少し離れたところに立っている。
リョウの黒い刃の攻撃を警戒し、少し距離をおいて彼らの前に降り立った。
ヤツはすでに僕に気づいていて、すぐに声をかけてきた。
「いよう、アキラ。元気そうじゃねーか。折れた指は大丈夫か?」
リョウは気易く僕に話しかけてくる。
顔には笑顔を張り付けているが、目が危険な光を放っていた。
「しっかりギブスしてますよ。リョウさんが綺麗に折ってくれたおかげで直りは早く済むそうです」
リョウと同じように笑顔で鋭く見据え、それに応える。
すでに駆け引きは始まっている。
リョウに弱みを見せず、あくまでも対等な立場で彼と交渉をするのだ。
レイカさんは彼と並んで立っていた。
僕はその姿をみて少なからずショックを受ける。
彼女は両手を後ろに廻され、腕全体にクルクルとあの拘束蛇が巻きついており、また別の蛇が首にも巻き付き体を這っていた。
その姿はとても痛々しく卑猥だった。
彼女はひどく疲れているようで、やつれた感じがした。
それでも彼女の妖艶な美しさは変わっていない。
彼女のがんじ搦めの状況をみて、リョウが彼女に何をしようとしているのか気になって仕方なかった。
すぐにでも彼女を助けてあげたかった。
レイカさんに声をかける。
「レイカさん、あなたのおかげで僕は生きています。助けてくれてありがとうございました」
彼女は僕を見て、苦悶に満ちた表情で言う。
「なぜ、君はまだここにいるの? なぜ、リンボ界に逃げなかったの? 彼にかなわないことはこの間の戦いでわかったでしょ?」
僕が答える前にリョウが口を開く。
「レイカの言う通り、お前はバカだな。
また俺に殺されにノコノコと現れたんだ。
俺がレイカに構ってる間に逃げてりゃ、命だけは助かったかもな」
「レイカさん、大丈夫です。危ないと思ったら、今からでも逃げますよ。
あと、リョウさん。
僕はまだあんたと交渉出来る余地はないかなと思って今日は来たんだ」
「ほう、何を材料に交渉するんだ?」
リョウが僕を見据える。
「最初の約束通り、レイカさんを解放すれば、この世界をあんたに渡す」
「バカかお前は。
レイカもこの世界も俺がもらう。
それが前提だ。
お前が交渉材料に使えるのは、テメェの命だ。
もし、今すぐこの世界を俺に渡せば、命だけは助けてやる」
僕は溜息をついた。
やはり無理か。
交渉にすらならない…。
相手がどんな奴かは、今のやり取りだけでも十分亜希菜に伝わっただろう。
今日のところは引き上げるしか無い。
レイカさんに向かって声をかけた。
「レイカさん、また来ます。もう暫く我慢してください」
そこでリョウが言う。
「おっと、お前にはもう一つ交渉材料があったぞ。
俺は今からレイカを再教育する。
この間俺を裏切ったからな。
今からこいつを切り刻んで、二度と俺に逆らおうなんて思わないように洗脳しなきゃならん」
身体中の血液が逆流し出すのを感じた。
レイカさんを見ると、全てを諦めたように俯いたままだ。
「こいつはな、この2日間寝なかったんだ。
ようやく今日、捕まえることができた。
で、今からまた苦しみながら殺される。
お前を助けたばっかりにな…。
つくづく報われない女だぜ」
僕はそれを聞いて怒りで目がくらむ。
ただ、前回同様、奴がこの駆け引きで僕から冷静さを失わせようとしている事も理解していた。
ギリギリと奥歯をかみしめる。
そして密かに深呼吸した。
落ち着くんだ…。
「もし、お前が今すぐ世界を渡せば、レイカの再教育はやめてやる」
やはり前回、躊躇なくこいつを殺るべきだった。
真剣に悔やんでいた。
僕の心を折るために、自分のリンカーの命すら交渉の材料にする、ヤツの神経が理解できない。
ここまで腐りきった人間は初めて見た。
「やっぱりあんたはどうしようもないクズだな。
か弱い無抵抗の女性を、そこまで縛り上げ無いと安心できないなんて。
腰抜けもいいところだ」
「ふん、ほざいてろ。
ほれ、とっとと逃げねえのか?
自分を命懸けで助けた女を見捨ててよっ。
それとも一緒に見てるか?
こいつが切り刻まれる様をよっ!」
そう言ってリョウはレイカさんを乱暴に突き飛ばす。
彼女は倒れこんだが、すぐに身を起こすと震える声で僕に向かって言う。
「逃げるのよっ! 私は慣れてるから大丈夫!」
こんな事に慣れさせてたまるか!
クソッ、予定変更だ。
今すぐこいつを止める!
ヘッドセットに囁く。
『亜希菜、直ぐにこれるか?』
『もう向かってる! あと3分待って!』
彼女は状況を察して既にこの島に向かっていた。
リョウはナイフを実体化させ、レイカさんに向け構えて言う。
「まずは足だ…」
まずはこいつを止めないと!
手を上げ、光の収束を念じた。
光が線上に集まり、レーザーとなって彼に放たれる。
黒いバリアで防がれるだろうが、ナイフも投げれなくなるはずだ。
しかし、レーザーは突然実体化した金属の盾にはじかれ斜めに飛んだ。
低いハム音が響いている。
僕は驚きで目を見開いた。
リョウはオートガーターを装備していた。
奴はニヤリと笑いながら言う。
「お前の盾をパクらせてもらった。
便利なもんだな。
これなら、いちいち面倒なバリアを張らなくて済む。」
盾の形状は菱形で少し違うが、動きは間違いなくオートガーターだった。
「ナイフも、投げれるしなっ!」
そう言ってリョウはレイカさんに向け、ナイフを放った。
彼女が痛みに備え、顔を伏せる。
「やめろッーー!!!」
僕は叫んでいた。
その時、銀色の光が走り、ヤツの投げたナイフがキンッという音と共に弾かれる。
それはギラギラと光を反射ながら、空気の圧搾音とともに高速で飛び去っていく。
「なんだ、ありゃ?」
リョウが上空で太陽光を反射し輝く飛翔体を見ながら言う。
レイカさんも不思議そうにそれを見ている。
与太郎!?
亜希菜がもうきたのか?
空を見渡すと地平線上に動きがあった。
周りの空気を歪め、盛大な砂煙が爆発的に広がりこちらに近づいてくる。
不意にシュンという風切り音がして、爆破音と共に僕たちの目の前の地面が破裂した。
一瞬後、 バリバリと空気を切り裂く凄まじい轟音があたりに鳴り響き、強烈な突風と体を揺るがす衝撃波が三人を襲う。
巻き上げられた砂が嵐となって僕らを包む。
全員が砂塵を防ぐため、顔を伏せている。
音速をはるかに超えて飛来した、彼女が巻き起こした衝撃波の嵐だ。
亜希菜…、どれだけスピード出したんだ!?
突風が収まってきたとき、地面が破裂してできた小さなクレーターから亜希菜の凛とした声があたりに響いた。
「圭太くん、助けに来たわ!」
彼女がクレーターから姿を現す。
黒髪をはためかせながら、金色に輝く艶めかしい鎧に身を包み剣を抜く姿は女神そのものの様だ。
リョウとレイカさんは驚きで目を見開き、亜希菜を呆然と見ていた。
亜希菜はリョウに向かって剣先を構え、鋭い視線で睨みながら言う。
彼女のこんなにもキツイ眼差しは初めて見た。
「圭太くん、安心して!
あなたとこの人は全く違うわ!
…私、この人キライよ!」
彼女は大声で言い放つ。
「ああ、僕もだ!」
それに答え、亜希菜の横に並ぶ。
リョウはまだ驚きの表情で僕たちを見ていた。
亜希菜を見つめながら呆けたように言う。
「おい、アキラ…、こいつがお前のリンカーか?」
僕は答える。
「残念ながら僕はアキラじゃない、人見 圭太が僕の名だ!
そして彼女は亜希菜、僕のリンカーだ!
もう、あんたに名前を伏せる必要はない。
ここで、くたばってもらう!」
リョウは最初、理解が追い付かず呆然としていたが、やがて意味が呑み込めると、見る見る顔つきが変わった。
彼は怒りで顔が真っ赤になり、まるで火でも放ちそうな鋭い目付きで僕をにらみ据える。
「てめえ…、最初から俺を騙していたのか…。
名前を偽り、リンカーと別れたと偽り、レイカを誑し込んで…。
ゆるさねぇ…。
今だかつて、ここまでコケにされたことはねぇ!
八つ裂きにして、ぶち殺してやるっ!
お前のその可愛いリンカーも目の前で犯しまくって殺してやる!」
リョウは激高していた。
そのリョウの眼差しを正面から受け止め、彼を睨みつけながら言う。
「その前に、僕がお前を殺す…」
そうだ。
僕がこいつを殺さなければならない。
僕たち二人なら、何とか奴を倒せると僕は考えている。
亜希菜は来た…。
来てしまった…。
いや、来てくれた…。
彼女を殺人者にするわけにはいかない。
僕が、奴を殺す。