- レイカ視点 -
圭太君は私から見たらまだ子供だ。
体は大きくても、少年特有の純粋さを残していてとてもかわいい。
ただ単に純粋なだけでなく、マスターを出し抜くしたたかな知性も持っている。
あれが今の普通の高校生なのだろうか?
いや、彼の特有のものなのだろう。
彼は私を一生懸命に抱いてくれた。
彼にあったのは私に対する憐憫かもしれないが、それでも私は彼を愛おしく感じた。
圭太君をマスターに殺させるわけにはいかない。
前回の戦いで彼は殺される寸前だった。
マスターを裏切り何とか逃がす事が出来たけど、その代償は私にとってとてつもなく辛いものになる事は分かっていた。
それでも彼を逃がせたことが、せめてもの救いだった。
私はマスターから逃れられない。
近いうちに死のうと考えていた。
私の前にいたリンカーも自殺したと聞いていた。
二日間、寝ずに過ごして、少しでも圭太君の逃げ出す時間を稼いだ。
マスターは私の事を優先するだろう。
おそろしく歪んだ形だが、マスターが私を愛している事は分かっていた。
圭太君はマスターの恐ろしさを十二分に感じた筈で、もうこの世界を諦めて逃げ出すだろうと思っていた。
普通ならそうするだろう。
今までマスターと対立したメイカーは全てそうだった。
逃げ出すか、その場で殺されるか。
彼には逃げ出すチャンスを与えた。
そのまま生き延びて欲しかった。
不眠の限界が来てとうとう寝てしまい、私はマスターに捕まった。
私には絶望しかなかったが、彼が生き延びていてくれる事だけが救いだった。
これから始まる彼の拷問を耐え忍ぶ、唯一の光だった。
だが、圭太君はマスターの前に現れてしまった。
私があれだけ苦労して何とか逃がそうとしたにも関わらず、彼はその純粋さのまま、まだ私を救おうとしてくれていた。
私は絶望し彼を責めた。
なぜまたここに来たのか?
苦労して逃がしたのが水の泡だ。
彼の様な人は、マスターみたいに人の心を持たないケダモノに勝つ事は出来ない。
なぜ、またここに来てしまったのか…。
そう言いながらも、私は彼が来てくれた事が本当はとても嬉しかった。
涙が出るくらい嬉しかった。
死んだほうがマシだと思えるほど辛い中にある私を、彼は見捨てなかった。
彼の純粋さは本物だった。
でもそれは、絶望に変わる可能性が高い。
純粋なままでは、マスターに勝つ事は出来ないだろう。
だが、彼女が現れて状況は違った。
圭太君のリンカーが嵐と共に現れた時、私は彼女から溢れ出るオーラに圧倒された。
彼女は女の私から見ても、とても美しく神々しささえ感じられた。
マスターを睨む彼女の眼差しは力強く、自信に満ち溢れていた。
そしてマスターの事を『キライよ!』と言い切った、その潔さが清々しかった。
彼女が、"亜希菜"さんが圭太君のリンカーだった。
私を助けるように彼に依頼し、そしてマスターと対決する為にとうとうこの世界に来たのだ。
彼女は私より年下のはずだが、そんな感じは全くしなかった。
まだ少女と言っても良いくらいの歳の筈だが、並外れた美貌が彼女を大人びた女性に見せかけていた。
そして何よりも彼女からは、何者にも屈しないという信念が感じられた。
私が遠い昔に捨ててしまったものだ。
私は彼らの戦いを見ていた。
ただ見ている事しか出来なかった。
後手に縛られて、岩の陰から彼らを見ているだけだった。
私は戦闘に参加した事はない。
ただ、戦いに疎い私の目から見ても明らかに圭太君達が不利な状況に見えた。
マスターのバリアはどんな攻撃も受け付けない。
彼らは散々攻撃を繰り返しているが、マスターには全く効いてなかった。
私は今まで何度もメイカー同士の戦闘を見てきた。
ほとんどのメイカーは、マスターにはどんな攻撃も全く通用しない事を知り、絶望し、戦意を喪失して最終的にマスターに敗北した。
彼らはマスターにひたすら攻撃を繰り返し続けた。
そして、亜希菜さんが放つ強力な打撃に私は身震いした。
彼女が剣を叩きつける度、まるで杭打機の様な轟音が鳴り響く。
これにはマスターも驚いていた。
強化魔法が使われているとはいえ、あの華奢な体からどうやったらあんな打撃が繰り出せるのだろう。
まるで彼女の想いがこもっているかの様な、強烈な打撃だった。
その打撃音は、マスターを憎む私の心の奥にまで響いた。
それでも、マスターのバリアには歯が立たない。
でも、ひょっとしたら…。
私はわずかな希望が胸に灯るのを感じていた。
私は彼女を見ていて胸が騒いだ。
私も…、私も彼女の様に戦えたら、どんなにか良かっただろう…。
バリアで防がれてもいい。
とにかく、溜まりに溜まった胸の中の鬱屈を、彼女の様にマスターに叩きつけたかった。
私はいつもマスターに、一方的に蹂躙されるだけだった。
反抗する度に、言葉では言い表せない程の酷い拷問を受け、心を支配されてしまった。
心底、彼を嫌っているにも関わらず、未だに彼の事をマスターと言ってしまう。
夢の世界に呼ばれた時は、私はいつも心のスイッチを切っていた。
そうしないと狂ってしまうと思ったからだ。
私は彼を恐れ、尻尾を振る負け犬だった。
彼女を見る度に、私は自分自身が酷く惨めで憐れな生き物の様に感じた。
だが、私は彼女が心配でならなかった。
マスターが彼らをねじ伏せてしまった場合、彼女は死ぬほど辛い目にあうだろう。
私と同じ目には合って欲しくなかった。
その為には、彼らはマスターに勝つしかないのだ。
私は彼らが全く無駄と思える攻撃を繰り返し続ける姿を見て、少しづつ不安が高まっていった。
彼らは前衛と後衛に分かれてしっかりと役割を分担し、淡々と攻撃を繰り返していたが、あれでどうやって勝つつもりなのだろうか。
いや、彼らにはあれ以外打つ手がないのかもしれ無い…。
それでも彼らは戦い続けていた。
マスターと違って無言で黙々と自分の役割をこなし、しっかりとしたチームワークが感じられた。
小さな肉食獣が大きな獲物を追い詰める様子を私は連想した。
だが、マスターの近接攻撃で圭太君の盾が壊れてしまった時、私のわずかな希望が急速に萎んだ。
彼は次の攻撃を防げない。
彼らは敗走するしか無いだろう。
だが、私の予想を裏切り彼らは戦い続けた。
私にはもう勝ち目は無いように思えた。
マスターが3回目の瞬間移動とガンガゼの連携攻撃をした時、私は驚き感動してしまった。
亜希菜さんは圭太君が串刺しにされる直前、驚異的なタイミングで瞬間移動しマスターの攻撃を防いだ。
彼女は弾き飛ばされながらも、しっかりと圭太君を守っていた。
私はマスターと共に驚愕していた。
あんな形での奇跡的な防御が成功した事に心底驚いていた。
彼らは立ち上がりマスターと対峙した。
自分たちが不利な状況である事を全く感じさせないばかりか、マスターを威圧する様な雰囲気すらあった。
マスターが言う。
「そんな曲芸じみた防御が続くはずがねえ! テメーらは次で終いだ!」
すかさず、亜希菜さんが揺るぎない口調で言い放った。
「あなたが何回攻撃しようと、何度でも私が防ぐわ! あなたは圭太君を傷つける事は絶対に出来ない!」
マスターはそれを聞いて、言い返すことができなかった。
それほど自信に満ちた口調だった。
隣で圭太君も驚いているようだ。
私は思わず岩の陰から身を乗り出す。
亜希菜さんの姿をよく見たかった。
彼女はまっすぐにマスターを見返していた。
その美しい瞳には、全く不安も陰りもなかった。
彼女は本当にそう出来るのだ。
その後、彼らは今までと違った戦い方をした。
前衛と後衛に分かれての攻撃は変わらないが、亜希菜さんの攻撃が明らかに激しくなった。
今までの様な間合いを測っての強い一撃では無く、素早く動き回り前後左右からマスターを攻撃する。
バリアに弾かれるのは変わら無いのだが、全く息をつかせない連続攻撃だった。
マスターは時々棘を繰り出し反撃していたが、以前より棘の伸びる勢いが落ちている様に思えた。
全く攻撃を受け付けていないにも関わらず、マスターは厳しい表情だ。
考えてみると、こんなにも長い間バリアを連続で張り続けているマスターを私は見たことがない。
彼らの絶え間ない攻撃にさらされ、バリアを解除する暇がなかったのだ。
傍目から見てもマスターは明らかに疲れてきている。
私は今になって彼らの作戦を理解した。
亜希菜さんの攻撃は、前にもましてスピードを上げていた。
一番の武器であるガンガゼは彼女を弾き飛ばしはするが、盾で防がれるため致命傷にはならない。
マスターは圭太君に近づこうと前にでるが、彼女がそれを猛烈な勢いの攻撃で阻んだ。
私はふと気づいた。
これまでは亜希菜さんの攻撃の合間を埋める様にレーザーが飛んできていたが、それがしばらく止まっている。
圭太君に目を向けると彼は離れたところで佇んでいた。
驚いたことに彼のすぐそばに青白く輝くボールのようなものが浮いている。
マスターの爆弾と似ていて、とても明るい光を放っていた。
彼は目を閉じひたすら集中している。
彼の周りだけ少し薄暗く、空間が歪んで見えた。
彼は…光をかき集めている?!
最初は10センチメートルぐらいの大きさだったそのボールは、少しずつ脈を打つように大きくなっていく。
何かを仕掛けようとしている。
亜希菜さんがマスターを足止めしている間、彼はひたすら意識を集中し続けた。
そのボールは今ではサッカーボールぐらいの大きさにまで成長していた。正視できない程に光り輝き、時折スパークを放っている。
やがて、圭太君が目を見開き何かを呟くと、亜希菜さんはマスターから飛び離れた。
青白く輝いていたボールが瞬時にマスターに向かって伸びる。
それは輝く光の帯となり彼に照射された。
極太のレーザー光線だった。
マスターがバリアごと白い光に包まれ、バチバチと空間が弾けるような音を立て、プールの消毒薬のようなオゾン臭が辺りに広がる。
今までのレーザーとは明らかに違い、ずっと照射が続いている。
バリアはレーザーを防いでいたが、光の奔流は止まらず、真っ黒の状態のままで中の様子は全く分からなかった。
マスターの周りの地面が溶け始め、あちこちから煙りが上がり始める。
私はその凄まじい威力に身震いした。
光の照射は10秒近く続いた。
やがて光の帯が細くなり、最後は光の粒子を残してそれは消えた。
マスターは!?
バリアの黒い色が薄れ、中の様子が見えてきた。
マスターは片膝をつき、歯をくいしばった顔からは汗が吹き出ている。
彼はあのとてつもないレーザー攻撃をなんとか凌いでいた。
だが、ここまで追い詰められたマスターを私は見たことがない。
圭太君を見ると、彼も力を使い果たしたのか同じく片膝をついている。
不意に彼が叫ぶ。
「亜希菜! 行け〜っ!」
彼女は一瞬にしてマスターの前に飛び込むと、周りの溶けた灼熱の地面も気にせず踏み込んだ。
彼女の足元から煙りが上がる。
マスターの目前に立つと、盾をかざして叫ぶ。
「バッシュ!」
盾から拳銃の様に薬莢!?がはじけ飛ぶ。
バリア越しにマスターの呆然とする顔が見えた。
一瞬後、凄まじい轟音と共に、彼女の前方の空間が爆発した。
数百メートルにわたって地面がめくり上がり、すべての物が一斉に吹き飛ぶ。
一瞬にして盛大な砂埃が巻き上がり、それは遥か彼方まで続いていた。
マスターはバリアごと吹き飛ばされ、砂嵐に紛れて見えなくなってしまった。
その嵐の中に、私をマスターのナイフから救ってくれた銀色の飛翔体がつっこんで行くのが見えた。
私は震えていた。
呆然と砂嵐を見つめる。
マスターが…、今まで誰にも負けたことのない、あの殺人鬼が…。
追い詰められている…。
私がどれだけ彼の敗北を、彼の死を望んでも、今まで一度も彼が負けたことはなかった。
その彼が、負けようとしている。
私は思わず岩陰から飛び出し、マスターがどうなったか見るため、目を凝らした。
蛇の拘束は解かれていない。
彼はまだ生きている。
亜希菜さんは背後から吹く強い風に煽られ佇んでいた。
小声で何かを指示しているようだ。
圭太君も彼女のそばにきていた。
彼は私に気づき声をかける。
「レイカさん、もうしばらく辛抱してください。彼はまだ生きてます」
鋭い視線だった。
彼はまだ戦闘の真最中なのだ。
私は怖くなって、後ずさった。
足手まといにならない様に、後ろに下がる。
私は全く役に立てない。
マスターを心底憎んでいる筈なのに、彼らに任せるしかない。
私はなんて無力なんだろう…。
自分自身の情けなさに、少し涙が出てしまった。
砂嵐が収まり唐突に亜希菜さんが前に出た。
遥か彼方に倒れた人影がある。
彼女はその姿に向かって、すごいスピードで突進していた。
圭太君も走り込んでいた。
マスターが倒れている!
彼は身を起こそうとしていた。
バリアごとめちゃくちゃに揺さぶられ、とうとう集中力が途切れたのか、バリアは解除されている。
無防備な今が絶好のチャンスだ。
彼を倒す唯一のチャンスと言えるかもしれない。
早く! 早くあいつを!
バリアを張る前に!
私も思わず彼らの後を追っていた。
彼女が突進しながら剣を大きく振りかぶり、彼に叩き込んだ。
ガコォォン!
杭打機の様な打撃音が響く。
間に合わなかった…。
彼らがこれだけ苦労して解除させたマスターのバリアが、また張られてしまった。
私にはその打撃音が、今は絶望の音に聞こえた。
亜希菜さんが悔しげに飛び退く。
マスターが必死の形相で立ち上がり、彼女に言う。
「てめぇ…、リンカーの癖になぜあんな強力な攻撃魔法を使える?
しかも精神集中もしてねえ…。
どんなカラクリだ!」
亜希菜さんは何も答えず彼を睨む。
マスターは息も絶えだえだが、辛うじてでもバリアを展開している限り彼らに手出しはできない。
「チクショウ! 今日は退散するしかねえな。貴様らを巻いてこの世界から離脱する。
次はこうはいかねえ。絶対にぶっ殺してやる」
マスターは逃げる気だ!
飛行と瞬間移動を駆使すれば、何とか逃げ切れるだろう。
今日、ここまで追い詰めたのが全て無駄になる。
私はまた絶望の淵に突き落とされていた。
やはり…、私はマスターから逃げることはできない…。
「そうはいかないわ! ここで決着をつける!」
彼女はそう言って叫んだ。
「与太郎!」
突然マスターの背後から、あの銀色の円盤が現れる。
足が生えている!? 生き物?
彼の体を素早く伝って、その顔に張り付く。
「ウワッ!!」
マスターが驚きの声を上げ、それを引きはがそうとした。
同時にバリアが解除された!
亜希菜さんはその瞬間、盾を水平に持ち一気に踏み込む。
「与太郎! どいてっ!」
銀の円盤が素早く飛び立つ。
マスターの大きく目を見開く顔が現れる。
彼女は渾身の力で、大きな盾の上辺をその顔面に叩き込んだ。
グシャっと鼻の潰れる音が響く。
彼女は盾を振り抜き、マスターが後ろに吹っ飛んでいく。
顔面から血を飛び散らせながら、彼は地面に叩きつけられた。
「よしっ!!」
圭太君の喜びの声が上がる。
「あっ…」
私の口からも思わず声が漏れた。
どれだけ…、どれだけ長い間この瞬間を夢見たことか…。
あいつが…、あの殺人鬼が地面に這いつくばるこの瞬間を、何度、夢見たことか…。
もう彼は、あの黒いバリアを張れないだろう。
とうとう彼らはやったのだ。
マスターを…。
『メイカー殺し』のリョウを…。
負けたことのなかったあの殺人鬼を…。
彼らが倒したのだ。