僕と亜希菜は地面に横たわっているリョウの元に近づいた。
その顔は鼻が右にひしゃげ完全に折れていた。
上の前歯も3本ほど綺麗になくなっており、顔は鼻血で血だらけだ。
「いてぇ〜! いてぇ〜ぞ! チクショウ!
この俺が…、なんでこんな奴らにっ!」
奴は顔面を押さえ、呻いている。
「亜希菜、近づきすぎるな! 」
僕は彼に近づこうとしていた彼女に注意を即した。
この状態なら、もうバリアを張られることはないだろう。
ただ、拘束蛇や黒い刃の危険性があった。
僕はリョウに言う。
「僕たちの勝ちだ。あんたには死んでもらう」
亜希菜がハッと僕を見る。
僕は手を上げレーザーを放つ用意をした。
リョウが上体を起こし鼻を押さえながら答える。
「てめぇ、俺を殺すのか?
殺人だぞ!
それがお前に出来るのか!?」
「ああ、やれる。あんたにそれを言う資格はない」
僕は無表情で答えた。
しかし、心の中の葛藤は激しかった。
奴はもう死に体だ。
その上で命を奪うのは、人の道を外れる様な気がした。
だが、奴を見逃してはいけないことも分かっている。
こいつは今から改心する事はないだろう。
このまま見逃せば、レイカさんを苦しめ続けるだろうし、更に他の人を殺すかもしれない。
今、始末をつけるしかない。
「チクショウ! 助けてくれ! お願いだ! もうあんたらには手出しはしねぇと約束する、頼む!」
リョウは突然、土下座の姿勢をとり頭を地面に擦り付けた。
僕のこめかみに汗が流れる。
なんで奴は命乞いなんかするんだ…。
なぜ、最後まで悪人で居てくれないんだ。
僕はレーザーを撃つ構えのまま、動きを止めていた。
亜希菜が悲痛な表情で僕を見ていた。
「圭太君…、他に方法は無いのかな?」
彼女が言う。
「無い!」
僕は言い切る。
「他の人ならともかく、こいつは無理だ。また必ず人を苦しめる!
僕にはわかる!」
それは本心だ。
今、こいつを許しても、必ず裏切るだろう。
ここまで心が捻じ曲がった奴は、今からの改心は無理だ。
それは今までの奴の行動からの推測だったが、ほぼ確信に近かった。
そして、今見逃せば先々復讐されるかもしれない。
僕はリョウを殺さなければならない理由をいろいろ並べた。
だが、それがリョウを殺す心の呵責を和らげる事はなかった。
僕はそばに来たレイカさんを見やった。
彼女は腕を拘束されたまま、ようやくここにたどり着いて、この状況を把握したところだ。
彼女は散々リョウに苦しめられ、何度も殺された。
彼女を解放するには、やはりリョウを殺すしかなかった。
リンカーがフリーになる3ヶ月の間、奴が大人しくしているとは到底思えない。
僕は良心の呵責を封じ込め、彼を殺る事にする。
「リョウさん、やはり死んでくれ…」
僕は無表情のまま、彼に告げる。
彼は顔を上げ、目を見開いていた。
潰れた鼻が痛々しい。
僕の覚悟を悟り、突然叫ぶ。
「クソッ! ならレイカも道連れだ! お前が殺した事になるんだ!」
レイカさんが突然苦しみだす。
「あっ…、クッ…」
彼女の体に巻きついていた蛇が、レイカさんの細い首を絞めていた。
彼女は膝をつき、苦しげに地面に倒れこむ。
クソッ最後の悪あがきか!?
「レイカさん!」
僕はナイフを実体化させ、彼女の首に巻きついている蛇を断ち切ろうと近づいた。
亜希菜がハッとし叫ぶ。
「圭太君! 気をつけて!」
その時にはレイカのさんの首に巻きついていた蛇が身を躍らせ、僕に飛びかかってきていた。
しまった! 罠かっ!
僕はナイフを振り回したが、蛇はそれを躱し、僕の首に巻きつく。
そのまま体にまで巻きついてくる。
クソッ! やられたっ!
僕は自分の迂闊さを心底呪った。
レイカさんに巻きついた蛇を見た時、僕はこの可能性も見越していたはずだ。
それなのに、まんまと奴の罠に掛かってしまった。
「あ…、ああっ!! 圭太君!」
顔を上げたレイカさんが絶句している。
今だからわかる。
レイカさんを助ける前に、先にリョウを撃っても良かったのだ。
人を殺そうとしていた心の呵責が、現実世界では死なないとわかっていてもレイカさんを助ける事を優先させたのだ。
僕は無意識の内に逃げ出したのだ。
それがこの結果を生んでいる。
亜希菜がリョウに向かい剣を抜こうとした時、彼の怒声が響いた。
「おい、リンカー! 動くんじゃねえ! お前のメイカーがどうなってもいいのか!?」
亜希菜は剣を抜いたところでピタリと止まる。
「あの蛇には猛毒が仕込んである。一噛みすれば30秒でお前の大切なマスター"圭太君"はあの世行きだ!」
僕に巻きついた蛇が鎌首をもたげ、口を開け威嚇した。
最悪の事態だ…。
僕が招いてしまった…。
僕はあまりの事態に、呆然としていた。
亜希菜はリョウを睨みつけていたが、観念した様に剣を元に戻した。
彼が血だらけの顔をニヤリと歪ませ、立ち上がって言う。
「形勢逆転だな!」
僕を見据え、高らかに宣言した。
残忍な目が爛々と輝いていた。
リョウは亜希菜を見据えると彼女に言った。
「おい、武装を解除しろ。剣も鎧も全部だ!」
亜希菜はこれ以上ないくらい厳しい目で彼を睨む。
リョウはその視線を受け止め、言い放つ。
「とっととやれ!」
彼女は彼を睨みながらも、剣や盾、弓を外すと地面に放り投げた。
与太郎はそっと地面に置くと『ジッとしててね』と声をかけた。
「武器はこれで全部よ」
亜希菜は言う。
「俺は鎧も解除しろと言った。
防具も全部外せ! その頭のヘッドバンドから全てだ! ようは素っ裸になれって言ってんだよっ!」
亜希菜は無言でリョウを睨んでいる。
しばらく佇んでいたが、やがて観念したように装備を外しだした。
「あなたって、最低ね…」
ポツリとリョウに向かって言う。
肩当、小手と一つずつ外し、目の前の武器といっしょに積み上げる。
僕は取り乱していた。
叶うはずもない願いを吐く。
「リョウ! 止めてくれ! 僕はどうなってもいいから、彼女には手を出さないでくれ!」
彼は蛇に巻き取られ、身動きの取れない僕を見下ろしながら言う。
「何言ってやがる。お前を苦しめるために今からお前の"亜希菜"ちゃんを目の前で犯すんじゃねーか!
しっかり目を見開いてこいつが泣き叫ぶ様を見とけ!」
彼は下卑た表情で僕に言った。
潰れた鼻と血だらけの顔が、醜悪さに拍車をかけていた。
僕は吐き気を催すほどの絶望を感じていた。
隣でレイカが泣きながら叫んでいる。
「圭太君、亜希菜さん! ごめんなさい! 私のせいで! …ごめんなさい!」
いや、レイカさんのせいじゃない、僕のせいだ…。
歯が砕けるかと思うほど、自分の愚かさを噛みしめる。
亜希菜は黙々と鎧を外し続け、胸当てやビキニの部分も外し、とうとう一糸纏わぬ姿になった。
口を真一文字に閉じ、少し俯き気味にリョウを睨んでいる。
少しでも裸体を隠すように、豊かな乳房を片手で押さえ、もう一方の手で陰部を隠していた。
透き通る様な白い肌に黒髪が流れ落ち、とても艶めかしい。
背中から腰、お尻へのラインがとても美しく、その裸体は全ての男性の理想とも言える、完璧なプロポーションだった。
リョウは目を見開き、驚きとともに嬉しそうに言う。
「おいおい…、可愛い奴だなとは思っていたが、こいつは極上じゃねえか!
レイカよりいい女かもしれねえ!
しかもまだ小娘のくせに、すげぇいい体してやがる!
これなら、お前が隠したがったのも分かる…」
顔をニヤつかせ、彼女を舐め回すように見ている。
僕は叫ぶ。
「亜希菜! 僕に構わず逃げろ! 頼むから、逃げてくれ!」
彼女は気丈にも、僕を安心させるかのように微笑みながら言った。
「圭太君、私は大丈夫よ…」
僕は目を見開き、もう呆然としているだけだった。
リョウが亜希菜の正面に立ち、顔を近づけて言う。
「おい、妙な気は起こすなよ。あいつの命は俺が握ってる」
彼女は体を手で隠しながらも、臆することなくリョウを睨みつけていた。
奴は手を伸ばすと、亜希菜の顎をグイッと引き上げ彼女の顔をのぞき込む。
「おーっ、この睨みつける顔もたまらねぇ~。
お前みたいに、気の強いやつをいたぶるのは最高にゾクゾクするぜ!」
リョウはそう言いつつ彼女の乳房に手を伸ばそうとした。
パシンッ!
亜希菜が思いっきりその手をはたき、大きな音が鳴り響く。
「いってぇっ! てめぇ、まだ自分の立場が分かってねえなっ!」
そう言ってリョウは彼女の頬を思いっきり張り飛ばした。
皮膚を弾く大きな音がし、亜希菜が横ざまに地面に倒れ込む。
僕はまるで、我が身の様に痛みを感じ叫んだ。
「亜希菜! もういい! 頼むから逃げろ!」
彼女はすぐに身を起こすと、キッとリョウを睨みつける。
頬が赤くなっていた。
そのまま体勢を低く起こし、突然彼女は跳躍した。
鎧がなくなって身軽になった彼女のジャンプは素晴らしかった。
身体強化の魔法は今も効いていて、20メートル近くは飛んだかもしれない。
長い髪をなびかせながら空中でクルリと回転し、そのまま近くにあった大きな岩陰に身を隠す。
「おいおい、そこでかくれんぼか? 出ておいで子猫ちゃ~ん!」
リョウは楽し気に、からかう口調で亜希菜に呼びかける。
「それなら引きずりだしちゃうよ~」
そういうと手を振りかざし、黒い刃を放つ。
バリアは無理でも、負荷の少ない攻撃魔法はまだ使えるらしい。
それでもそれなりの負荷はかかるらしく、折れた鼻から鼻血がまた噴き出ていた。
奴はそれにすら気づいていない。
黒い刃は彼女の隠れている岩を削った。
奴は何度も黒い刃を放ち、少しづつ岩を削っていく。
大きな岩がだんだん小さくなり、彼女の隠れれる面積がジワジワと少なくなっていった。
「ほらほら、だんだん岩が小さくなって隠れる場所がなくなっちゃうよ~! 早く出ておいで亜希菜ちゃ~ん!」
彼女をいたぶって楽しんでいるのだ。
醜悪な顔をさらし、彼女を嬲りものにしようとしているリョウを僕は心底憎んだ。
しかし、何もできない…。
レイカさんもハラハラしながら、その様子を見ている。
岩が小さくなり、とうとう耐えきれなくなった亜希菜が岩陰から飛び出した。
また素晴らしい跳躍で、リョウの頭上を飛び越えその反対側に着地しようとする。
「ようやく出てきたな! ほれっプレゼント!」
リョウはそう言って手を振りかざすと、拘束蛇を放った。
彼女は着地した瞬間、奴の放った蛇に巻き付かれ捕らわれてしまう。
「ああっ…!!」
僕は思わず絶望の叫びをあげた。
リョウは最初からこの瞬間を狙っていたのだ。
どこまで奴は僕を苦しめるのか…。
僕の心は完全に折れていた。
亜希菜が彼にいたぶられるのは、自分がやられる以上に辛かった。
リョウが亜希菜に近づいていく。
太ももから首にかけて白い裸体に巻き付いた蛇は彼女の乳房を強調し、ことさら卑猥で艶めかしい状況を作り出していた。
亜希菜は何とか逃れようと必死に体をくねらせていたが、それはリョウを喜ばせるだけだった。
僕の蛇のように単純に拘束するのではなく、ワザと卑猥に見えるように蛇は動きを変えているようだ。
「うへっ、エロいねぇ。そそるねぇ。美女と蛇は最高の組み合わせだな!」
亜希菜は彼を睨みつけながら言う。
「あなたなんかに、絶対に屈しない!」
僕は気が狂いそうな絶望の中、ただただ彼女の名前を叫んでいた。
だが、そこでふと思いついた。
そうだ!
『強制排出』だ!
リンカーへの排出指示なら、僕に巻き付いている蛇も反応しないかもしれない!
何とか立ち上がり、亜希菜を見やるとすぐに強制排出を念じる。
首に巻き付いた蛇がピクリと反応する。
ただ、攻撃魔法や自分の離脱とは違って、その反応は鈍かった。
今の反応の鈍いうちに、亜希菜を強制排出させるしかない!
僕はしっかりと亜希菜の強制排出を念じた。
しかし、亜希菜に変化はなかった。
なぜだ!
もうこれしかないのに!
拒否してるのか!?
リョウが亜希菜を見下ろしながら言う。
「さあ、お楽しみと行こうか!」
彼女の白い肌の上を蛇が滑るようにうごめきながら移動し始め、彼女は嫌悪感で顔をしかめていた。
蛇はレイカさんと同じように、彼女を後ろ手にさせた状態で腕に巻きつき、落ち着いた。
彼女の美しい乳房や、陰部がさらけ出され、もう隠すこともできなかった。
僕は彼女の排出拒否が信じられず叫んだ。
「亜希菜! なぜだっ! なぜなんだ!」
もう一度、強制排出を試みる。
とうとう蛇が反応し、僕の首を締めあげてきた。
それでも構わず、強制排出を念じつづける。
息ができなくなり視界が狭まる。
このまま気絶できれば一番いいのだが、苦しめるだけでそこまでは強く締めてこない。
レイカさんが僕の動きに気づき、僕の首を締めあげている蛇に噛みついた。
彼女は蛇に噛みつきながら、僕の首に巻き付いている蛇を必死にひきはがそうと引っ張る。
そのおかげで少しだけ楽になり、僕は強制排出を念じ続けた。
絶対に彼女に届いているはずだ。
それでも亜希菜は消えなかった。
拒否しているとしか思えない。
リョウは亜希菜に馬乗りになっていた。
彼女の様子がおかしい。
グッタリしている。
僕の目からは涙があふれ出していた。
心の奥底から叫んだ。
「なぜだっ!!!
なぜ受け入れてくれないんだ!!!
もう、これしかないんだ!」
「圭太君、強制排出すぐにやめて! 意識が飛んじゃう…」
不意に、僕のすぐそばで亜希菜の声が聞こえた。
横を向くと、隣で全裸の亜希菜が顔をしかめながら、手で頭を押さえていた。
「へっ!?」
僕はバカみたいに呆然としてしまった。
レイカも同様に目を見開いて驚いている。
前に顔を戻すと、リョウに馬乗りになられた亜希菜は奴に卑猥な言葉を投げかけられていた。
「あっ…、人形…」
「そう、岩の陰で入れ替わったの」
彼女はそう言いながらナイフを実体化させ、僕の体に巻き付いた蛇をあっけなく切り落とした。
僕にナイフを渡すと彼女は言う。
「レイカさんをお願い。私、あの人に報復してくる! いくら人形でも屈辱だわ!」
亜希菜はリョウにむかって歩いていった。
僕は彼女の方を気にかけながらも、レイカさんの蛇を断ち切る。
「彼女、すごい子ね…」
レイカさんが腕をさすり、亜希菜を見ながら言う。
「うん…」
僕は素で答え、同じく亜希菜を見ていた。
自分の感情のあまりの起伏に、心が麻痺した様になっている。
レイカさんと二人で亜希菜を追った。
亜希菜は途中で装備を呼び出すと、山積みになっていた装備が消え、彼女の体にしっかり収まった。
そのままリョウに近づき、その背後に立つ。
リョウは亜希菜が後ろいる事に、全く気づいてなかった。
彼女の人形の乳房を揉みしだき、醜悪な血だらけの顔を、その首筋に這わせていた。
「静かになったな…。どうした、感じてきたのか?」
この上なくいやらしい顔で人形に向かって囁いている。
亜希菜はそれを突き刺さる視線で一瞥した後、盾をリョウの頭に構えて言う。
「お人形遊びは楽しいかしら?」
「はっ!?」
リョウは初めて、背後に誰かいる事に気付いた。
ゆっくりと振り返る。
「ごめんね。
たとえお人形でも、その胸は圭太君の物なの。
あなたには…、これをあげるわ」
リョウは呆然とした後、事態を把握し大きく目を見開きながら言う。
「おっ、おい!やめ…」
「バッシュ!」
亜希菜の盾は空間をずらす。
轟音と砂煙と共にリョウは盛大に弾き飛ばされた。
バッシュの威力は大分絞ってあったが、それでも奴はボロ雑巾の様に何度もバウンドし、40メートル以上吹き飛ばされていた。
最後に岩にぶつかりやっと止まった。
まだ死ぬなよ…。
僕はその様子を見ながら心の中で思う。
亜希菜を殺人者にしたくなかった。
走り寄りリョウに近づいてみると、まだ息があった。
僕はホッとする。
岩に背中を預け、ちょうど正面をこちらに向けている。
顔は前にもまして血だらけで、全身ボロボロで右手と左足がおかしな方向に曲がっている。
奴はしぶとかった。
「ウッ…、クソッ、最後まで騙されたか…」
息も絶えだえだが、意識はあった。
今度こそ、僕が始末をつける。
「おい…、住所を言うから、…救急車を呼んでくれ。このままじゃ…朝まで持たねえ…」
リョウは生に執着していた。
ここまで来てまだ命乞いをしてくる。
「…ダメだ」
僕は一言そう言って手を上げた。
亜希菜がまた辛そうな顔をする。
僕はもうあれこれ考え無いようにして、リョウに向け光の収束を念じた。
その時、トスンと言う音と共に彼の胸に短剣が突き刺さった。
「ガッ!」
リョウが声を上げ、目を見開く。
レイカさんの短剣だった。
僕と亜希菜は驚き、背後を振り返る。
レイカさんが短剣を投げたポーズで立っていた。
「レイカ…、てめぇ…」
リョウが呻く。
「一度の死だけで済むなんて…、感謝して欲しいくらいだわ!」
彼女はリョウに厳しい声で言い放った。
リョウは少しだけ落ち着いた表情になる。
「…そうか。まぁ…レイカに殺られるんなら…、しゃー…ねーな…」
彼はそう言った後、そのまま動かなくなった。
リョウは死んだ。
目の前で人が死ぬのを初めてみた。
僕と亜希菜はリョウを呆然と見ていた。
「圭太君、亜希菜さん」
レイカさんが僕たちに声をかける。
「君達がこんな人の為に、一生の重荷を背負う必要は無いわ。
それは私の仕事…。
二人のおかげで私は彼の呪縛から逃れられた…。
本当にありがとう」
「レイカさん…」
僕は彼女の名を呼んだ。
彼女はにっこりと笑っていたが、少しだけ悲し気な様子も感じられた。
もちろん彼女も知っているのだ。
リョウが彼なりにレイカさんを愛していたことを。
彼女の体は少しずつ透明に薄れ始めていた。
「私の現実世界での名前は『
また、いつか君達に会えるといいわね」
彼女は少しうつむいて言う。
「君達には迷惑かけてばかりで、本当に私は何にもできなかったわ。
申し訳なく思ってる…」
彼女の体がどんどん薄れていく。
別れが近い。
「そんなことないです! 僕はあなたに何度も助けられました!」
「レイカさん!」
亜希菜は突然彼女の名前を叫ぶと、彼女に駆け寄り、その前で片膝を着き胸に手を当てた。
彼女を真剣な眼差しで見上げながら言う。
「あなたのおかげで…、圭太君は生き延びることができました。
我が身を顧みず、身を挺して彼を守ってくれた、あなたの勇気とその行動に、心から深く…、感謝と敬意を表します。
本当に…、本当にありがとうございました」
彼女はそう言って、深く、とても深くレイカの前に頭を垂れた。
いささか大げさに思えたが、彼女の今の姿からはそれが一番自然に感じられた。
レイカさんは亜希菜の最敬礼するその姿を見て、咄嗟に両手で口を押さえる。
彼女の目からは大粒の涙が溢れていた。
彼女はその姿のまま薄れて、最後には透明になり消えていった。
彼女が消え去っても、亜希菜はしばらくそのまま頭を垂れていた。
やがてぽつりという。
「くさすぎたかな…」
僕はそれに答える。
「いや、君の想いは十分彼女に伝わったと思うよ」
「そっか…。ならよかった」
亜希菜は顔を上げ、少し涙ぐみながら晴れやかに笑った。
ようやく、本当にようやく、すべてが片付いた。
僕は一気に気が抜け、彼女の隣で地面の上にそのまま大の字に倒れ込んだ。
レイカさんがいつも見ていて褒めてくれた、青く透き通った綺麗な空が広がっている。
レイカさん…。
この美しく青い空は、いつかレイカさんがこの世界に遊びに来てくれた時の為に、僕が…、僕と亜希菜が守り続けます。
深く青く広がる空を眺めながら、僕は心にそう誓った。