▼この司書には夏目先生が悪戯コンビのように息ぴったりで書いてて吃驚しました。悪のりしてくれる……
それをいわれれば自分だって自慢できる恋愛遍歴ではない。刃物を持っての色恋沙汰をやらかした覚えがあるし破れた恋をいつまで経ってもぐずぐずと引き摺っていた。しかしそれはそれこれはこれだといいたい。
「KとT」のKの話だ。
「ったく。困った困った」
腕組みをして前方から歩いてくる彼は既に知り合って久しい。軽く手を上げると「お前は田山に用か」と呼び捨てにする。最も自分たちの今の見た目では敬称など意味も成さないが。それよりも意外だったのが彼――啄木の口から出た名前だ。当初はやや容姿の特徴が似通っていたので間違う人間が多かった者だ。
「花袋がそっちにいたのか。新しい本が手に入ったからさっきから捜していたんだが自室にいなくてな。これから司書に聞こうかと思っていたんだが」
「司書に聞いてもこっちに行かされると思うぜ。田山は部屋から出ねーってよ。まぁ本を一緒に読むぐらいなら大丈夫だろうけど」
「どこにいるんだ」
肩を竦める啄木は薄く下卑た笑みをこぼす。顎で示した。
そちらは森の部屋だ。
「森先生。独逸の医学書を訳してる最中に寝ちまったから代理で所用を窺うってよ。お陰で俺の今日のバイト分がふいになっちまう。かといって勝手に応対してたらあとで怒られるからなー。精々司書にうまくいってあとで森先生からその分せしめる」
「……おう。頑張れ」
自身よりも十歳も若くしてはかなくなった文豪はその場をさっさと去る。逃げ損ねた自分は仕方なく書物だけでも親友に渡すべく腹を括った。
それだけならよかった。たとえやや服が乱れていて「えっ独歩お前もか」と頬を染めていたとしても。
「あぁ。国木田くんか」
刹那。10cm程飛び上がったのはきっと気のせいではない。完全に油断していた。だから思わず声を上げた。
「待ってください。今返事をしたのは花袋でしたよね」
「そうだ。俺の物まねではない」
「そんな隠し芸があったら今度の飲み会で披露して貰いたいところですよ。――じゃなくているじゃないですか花袋!」
「待て待て国木田くん」
「悪い独歩。今ちょっと筆が乗ってて……」
ドアに立ちふさがる巨体。……とまではいわないが分厚い体。それをなんとか押し退けて部屋を覗けば机に向かう花袋の金髪。左手に万年筆。いつになく真剣な横顔に原稿用紙。あれはたしかに執筆するときの顔だ。だけれども。
医者とはいえ軍人らしい逞しい腕に押し戻される。立たせ直されると森はやんわりという。いつになく優しいのははて誰の影響か。口をとがらす自身に森はいう。
「すまない。国木田くん。今は偶々最初から私がいたから私が所用を申しつけられる係りになってしまった。恐らく君がいたら君がその係りに」
「わかってますよ。今は前とは違います。子どもっぽい嫉妬はしませんよ。……っていうかむしろ俺があなたと反対の立場だったらあなたの焼き餅の方が凄そうですし」
声を潜めていう。以前のとある事件よりも前から花袋と森の関係は勘付いていた。花袋が隠そうとも司書に口止めしようともばればれだ。多少おもしろくないことがあろうとも幸せそうな2人を見ればそれで満足だ。
照れたようにやや崩れた前髪を直す彼に「この前貸した本は終わったら返してくださいと言づてお願いします」とだけ伝えた。
その足でである。司書室に駆け込んだのは。
「ものもぉす!!」
「国木田くん。館内ではお静かに」
「これはどうも夏目先生……じゃなくて司書! のんきに饅頭なんて食べてないで俺の話を聞け!」
「夏目先生には好評なんだけどな~~」
「余裕派の方々には大体好評だろ甘味は!」
「否めませんねぇ」
今日の助手は夏目だったらしい。のんびりと椅子に腰掛け茶を啜る紳士を尻目に独歩は机を叩く。茶が零れない程度だったので勢いは今ひとつだ。しかし意気込みは買ったらしい司書は「森先生と花袋先生の件かな」とあっさり答える。隣で紳士が「おやあの2名ですか」とやや目を伏せた。
「田山くんは少々元気が良すぎる気がするんですが」
「嫁姑争いは勝手にやっててください。今はそれより独歩先生との話し合いですからね。饅頭を俺の分もあげますから」
買収された紳士が黙ったところで「わかってるんじゃないか」と独歩が宣う。
「あの2人! もう同室にしちまえよ!」
「結論からいうと却下です」
「なんで!」
「まずお互いの交友関係もそうですが……」
饅頭を頬張り菓子の屑を自慢の髭につけながらも眼光はどちらにも向けたままの夏目。花袋とは生前なにかしらあったらしいとは聞いていた。それを抜きにしても森も田山も敵味方双方多いと司書は語る。
「100歩譲ってそれを良しとしましょう」
「良いのか」
「それいってたらどんな人間だって全く敵味方いないとなれば現代のカスパー・ハウザーになっちゃいますよ。まぁあの人は出生から敵がいたんだろうと推察されてたけど」
「1828年独逸で保護された少年ですね。生まれたときから地下室に閉じこめられていたと話し容姿がさる貴族に似ていたことから高貴な血筋だと噂されたそうです」
(これだからインテリは)
饅頭を食べながら語る司書と元教師は威厳はまったくなかったものの知識だけはあった。髭を整える助手の横で茶を啜る司書はいう。ごく真面目に。
「それはともかく。独歩先生。今でさえ週に何回花袋先生が部屋から出て来られない日があると思ってるんです」
「………………」
「森くんは絶倫ですからね」
「体格の良い男性はそれだけで常に体をいじめていますからね。常に生命の危機に晒されていると感じて子孫を残そうと脳が命令するんだそうです」
「さらに彼は烏の行水。子種が殺されにくいからなお有り余るという訳だ」
この場にいない森へのセクハラがされている。インテリジェンスな会話のふりをしてされている。存外この2人の相性が良いことに今更気付いてしまった。二の句を告げない独歩に司書は頭を振って追い打ちを掛ける。
「それで同室にしたら独歩先生。どうなると思います」
「……………………」
「それは困りますからね。彼らから言い出したら望み通りにする予定ですが……今は別の部屋のままにしておきますよ。彼らの戦力は惜しいですしね」
「納得しました」
「ところで君もリンゴ饅頭を食べますか」
「……頂きます」
夏目に進められ独歩は席に着いた。
「お。独歩。司書んところにいたのか。捜したぞー」
「そりゃこっちの台詞だ」
甘味を茶で流し込んだのち。司書室から出て来ると丁度階段から下りてきた花袋がこちらに向かってくる。その姿はきらきらと輝いて見えた。比喩ではない。薄暗くなってきた館内で全体的に明るい色彩の友人は本当に明るく見えたのだ。手には見覚えのある本。それを振り回しているから小言をいってから受け取る。彼は悪気なく笑っていた。
「ごめんごめん。でもこれのお陰でインスピレーションできたんだ。おかげで良い話が書けそうだ。さんきゅーな」
「……最初に読んでもらうのはやっぱ森先生か」
溜息を吐く。すっかりあちこちから中てられて皮肉もいいたくなった。あれだけ仲の良い2人だ。散々一緒の部屋に寝泊まりしているようだし――しかし花袋は怒ったようだった。
「なにいってんだよ。お前が添削して散々批評してくれなきゃ森先生に見せられてさらに批評しあえる良い作品にならないだろ! そういう訳で書き終わったらお前の部屋に行くからな!」
「……お前はそういう奴だよなぁ。もしかしていつか森先生と同室になってもそうする気か」
「えっ同室?! 何言い出すんだよ?!」
飛び上がった。10cmくらい。やはり自身と花袋は友人だ。変なところで共通点を見出す。真っ赤になる友人を観察していれば貸した本を握りしめて(皺になる)おどおどとしだす。常に堂々としている花袋には珍しい態度だ。
「だって俺今充分幸せだし。……会いに行くのも自分の部屋に戻るのも。『また会える』って思うと嬉しくて。……おい独歩。どうしたんだよ独歩。眠いのか? 変な顔してるぞ」
――現代の男性アイドルグループに島を開拓させる長寿番組に名言が頻発する。その中にリーダー格の人物が両目を瞑った悟り顔で放たれたこんな言葉がある。「素人は黙っとれ」と。
独歩は花袋の肩を叩いた。
「いつか同室になりたい日が来たら教えてくれ。応援するからな」
「お。おう。ありがとな独歩!」
相も変わらずヒマワリの笑顔だった。
独歩さんはもの申したかった
了
pixivより転載