※この作品はR-18です。

特務エスパー司書シリーズ   作:駒由李

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公式キャラブネタ有、文アル比重重め 別名妖怪枕返せ。「【腐】尊敬していた先生が転生したらDKぐらいの子に手を出してた」(https://novel.syosetu.org/107656/7.html)(鴎花+高村。腐向け注意)からの続き。一応文豪の時代にもエスパーがいたということになっています。文豪が他の文豪にくっついてる(物理)描写がありますが彼らの間にある感情は精々ブロマンスぐらいです
▼糸色チルの方は戦後ifでお送りしています。館長超捏造。館長がある人に会っていた間の話も書きたい。



【文アル腐×糸色チル】帝國図書館幽霊騒動事件【司書啄他】

 結局その幽霊を退治したのは啄木だった。それは美事なフランケンシュタイナーだったとのちに記される。さして身長差のない若い男に正面から飛びかかった度胸はさすがといえた――「第1次帝國図書館幽霊騒動事件」を執筆担当したのは小林多喜二だった。理由はそのとき一緒にいたからだ。

 

 遡るのはその週末明け。冬眠明けの熊もとい司書が私室から彷徨い出てきたのを目撃したのは多喜二だ。思わず低く驚いた。

「うぉっ。お。お早う司書サン」

「……………………………………お早う御座います。月曜日の使者が憎たらしいです」

「労働はこんなものだろ」

「えぇ全くその通りなんですけどね。もう1日寝込んでいたかったです。俺のアルケミストパワー的なものが完全回復してませんもん……」

 いいながら肩の骨を鳴らす司書の顔色は確かに青白い。目の色と合わせて蒼白という言葉が浮かぶ。いつもならきちんと着ている書生服も乱れたままだからいつも以上に萩原に特徴が似ていた。「2Pカラー」とは俗世に染まった文豪の言葉である。

 この前の週は少しばかり事件があった。文豪同士が図書館内で喧嘩をした。幸い書物には危害を及ばさないように文豪たちは「設定」されているものの本棚や家具などはそうはいかない。テロリスト対策に窓ガラスは良いものを使っているものの1部が堅いと他がかえって損をする。そこで文豪たちで後片付けをする際司書が活躍した。「館長が帰ってくる前にせめてきれいにしとかないと」と右足を椅子に乗せたかと思えば懐から端末を取り出した。つぶやいたのは「リミッター解除」。途端に右足からなにかが光る。周囲の壊れた器物が浮かび出しスマートフォンを懐にしまった司書はそれらに手を翳しながら「ゴミ袋たくさん用意してください。今から燃えるゴミや燃えないゴミなど分別していきますんで」と宣言した。

 宣言通り10分後にはすっかり分別も済み裏庭にゴミは出され業者に頼んで本棚などの修繕を依頼。あとの掃除は騒動の渦中の面子に任せた。あまりにあっさりと片付いてしまったのでなにもしなかった文豪も出たほどだ。啄木は特に気にした様子もなく終わった終わったと自室に引き取ろうとしていたし司書はなにやら再びスマホをいじっていた。当たり前のようにことが進んでいたので思わず尋ねると啄木はあっさりと答えた。

「あれが司書のアルケミストとしての能力……の1部らしいぜ。館長も全部は把握してないらしいけどな。ほら。俺らが生きてた頃は超常能力者ってのがいただろ。あれの末裔らしいぞ。あれもアルケミストに含めてるんだと」

 超常能力者。聞き覚えはある。自身が様々な活動をしていた頃には既に怪しげな研究もされていた。実際に能力を持っていた者は生前はほとんど見なかった気がする。よもや転生後に見ることになるとは。しかもよく考えてみればさっさと仕事に戻ってしまった司書はさり気なくサイコキノ以外の能力も使っていたから複合能力者というものではないか。いろいろ聞きたいことがあったが司書と親しくなっていた啄木は北原に追いかけられ逃げてしまった。その週はその後啄木と接する機会もなくそしてやけに忙しなく司書が能力を使う機会を見ることも多かった。力の配分がまだ下手な新卒だ。次第に司書が疲弊しているのは目に見えていた。金曜には「ユ●ケル・ファ●ティ」とやらを朝から3本立て続けに飲んでいたがあれはなんだったのだろう。重治は「司書さんは働き過ぎだ」と嘆いていたからろくなものでないのは確実だろうが。

 そして土日。彼は引きこもった。「面会謝絶」の看板を下げて司書は自室に引きこもった。

 経済が豊かになり子どものペット化が進む昨今では引き籠もりとやらが盛んになっているらしいがそれとはまったく別だ。司書は寝込んでいたのだ。文字通り48時間食事時と風呂以外でベッドから出ることは一切なかったようだ。あまりに静かなので窓からそっと様子を窺ったときは司書は蒲団を頭から被り僅かに黒髪と緑色のカバーのビーズクッションの枕が見えただけだった。枕が変わると寝付けない体質らしく潰れやすいビーズクッションはネットで注文するかこの街にはない実家近くの家具屋で買い求めるらしい。蒲団はちゃんと上下していたということだったので安心して啄木を肩車から下ろしたものだった。

 しかし文字通り丸2日休んでもダメらしい。あと1日は休みが欲しかったと宣う司書はたしかにまだ疲れが残っているようだった。欠伸をして両腕を天井に突き出す司書の目元には隈が覗いている。普段の態度が真面目だから気の毒だ。だから今日は半日で仕事を切り上げたらどうだ。そう尋ねかけてふとその両腕を見る。いつもはきちんと閉じられている袖口のボタン。その両手首に嵌められているもの。

 それは菊池が常に嵌めている腕時計に似ていた。奇妙なことに彼の親友の代わりといわんばかりに菊池は常に時間を気にする。せっかちな性分が表れたのかも知れない。しかし司書の嵌めているそれは違った。どちらも球体を深くはめ込んだような形でデザインが多少異なるものだ。なんなのだろう。視線に気付いたらしい。司書は青い顔で苦笑した。

「あぁ。俺のアルケミストパワーのリミッター。普段使ってるのに寿命がきちゃいましてね。先週の金曜」

「金曜……」

「本当なら国からもらえるんですけど個人的事情で民間企業から買い上げてて。これはできるまでの代品なんです。代車みたいなもんだから性能よくなくて2つ使わないと効果がろくに出ないんですよ」

 食堂へ歩く途次。そんなことをすらすらという。疲れているからだろう。金曜に壊れて土日の間は会社が休みだと考えれば本来の製作はこれから取りかかるところだろう。それに対し文句をいわない司書にいじらしさを感じつつもふと思い出す。

 そういえば先日の司書は右足を上げていた。食堂の入り口に立ちながらなんとなく尋ねる。

「ひょっとしていつもは右足かなにかにつけてるのか」

「よくわかりましたね。アンクレットなんですよ。目立たなくていいなって思って」

「あぁ。谷崎先生も右足に鈴を」

「あいつと一緒にするな」

 見下ろす司書は戦闘時の中島と同じ声を出した。怖かったので黙った。

 

 悲鳴が上がったのはその日の夜からだ。月が控え目で星のきれいな夜だった。

 最初の被害者は太宰と永井だった。

 

 

 寝癖のついたおかっぱ頭で上着を着た司書は呆然としていた。

「……太宰先生はともかく」

「俺はともかくってなんだよ」

「荷風先生。あなたまで佐藤先生にしがみついてるって何事ですか」

 奇妙な光景だった。ひとまず1番近いからと避難所にされたシガールーム。そこで起きてきた寝間着の佐藤に2人の青年がしがみついている。太宰はいつものことだ。しかし永井は表面上は彼を嫌っていることで有名だった。それも形無しの姿で今は彼にひたすらしがみついている。言葉もない。近くに彼が尊敬している森や尊敬され懇意にしている谷崎もいるというのに。永井はコアラだった。太宰が佐藤の息子なら彼はコアラだった。佐藤は今生でも変なものに懐かれる。永井はなにもいわない。

「……………………」

「口が利けないほどですか……太宰先生。一体何を見たんです」

「いっただろ。ゆーれいだよ幽霊! 俺ら1度死んでるし今も幽体みたいなもんだけど!! 和服姿の幽霊!!」

 司書は永井からの聴取を諦めて太宰に問う。怯えながらも意外に落ち着いていた太宰は話に応じてくれた。

 曰く永井と太宰は評論に興じていた。口の悪い偽悪者同士通じるものがあるらしい。太宰の部屋に永井してしまった彼を送るべく2人は部屋を出て永井の部屋へと向かった。その途次だ。ふと天使が2人の間をシャッセのちジュテで通り過ぎて行ったとき。永井が見たものを太宰も見た。

 カーテンの影かと思った。しかしまだ肌寒い時期。しかも夜間に窓を開け放しておくことは重要な文献もあるから考えられない。ならばあの白いものはなんだ。こういうとき恐怖小説の主人公と心理は変わらないものだと身を以て知る。眼を閉じることができないのだ。

 その白い影はふらり。揺れてはふと姿を消す。かと思えばまったく違う場所に出る。顔はよく見えない。髪の毛だろうか。それで覆われている。白い和服を着ている。夜の図書館の中では何もかもがモノクロームゆえに肌色が見えない。ゆえに白く見える肌色と相俟ってまるで死に装束のような。ひたり。

 その影はこちらに背を向けたまま立ち止まった。こちらの息も止まった。

「――」

 振り返った。悲鳴を上げた。刹那に影はかき消えた。

 

「……幽霊かぁ。まぁいるんじゃないですかね。図書館だし」

「あっさり肯定しないでくれよ! ここは否定して欲しい流れだった!!」

「……」

「…………」

「荷風先生は早く佐藤先生でSAN値回復してください! 俺ばっかり証言してるじゃないですか!!」

「へぇ。司書は幽霊を信じている口かい」

 興味深げなのは寝間着そのまま。菊池この事態を想定して持ってきた余分な上着を羽織っている芥川だ。なお自身を嫌っているはずの師匠にユーカリの木にされて絶賛困っている佐藤は放置だ。同様に寝癖頭の司書にいう。

「君はたしかにアルケミストとやらだけどやけにリアリストのようだから幽霊というのは信じない口だと思っていたよ」

「魂があるんです。幽体もあるんです。それが独立してその辺をふらふら漂っていたってなんら不思議ではありませんよ」

 煙草を口にした芥川は自分たちが普段手に入れる「語魂」「想魂」などを思い出す。そういえばあれらは魂なのだ。司書という人間が触れられる形ある魂。……成る程。信じないわけがない。「それに」と司書はいう。

「どこかで聞いたんですがね。読書という行為は死者との交流なんです。作者は読者を置いて疾うに死んでいる場合が多い。日本の近代文学だと今はそういう訳にもいきませんが……それにあなた方が存在していることが証明になっている」

「何のだい」

「本には幽霊が宿っている。その証明ですよ。幽霊屋敷を殺すにはその家の書庫を壊せばいい。そこがその屋敷の魂だからなんて話も聞きました。とても俺には真似できませんがね」

「おもしれー話を聞いたなぁ。つまりその幽霊をなんとかすりゃいいのか」

「ひぇっ」

「ぐぇっ」

 太宰が別の恐怖で佐藤に再びしがみつく。佐藤はいい加減内臓が圧迫されて顔色が悪くなってきた。シガールームの出入り口。珍しく酒瓶は持っていない彼はそこを塞いで笑っている。いつもより健全に機嫌が良さそうだ。それを見て司書は首を傾げる。

「……ひょっとして宮沢先生や南吉先生とかと一緒でしたか」

「おう。よくわかったな。夜空をスケッチしたいっていうから付き添いをお願いされたんだ。そしたらこっちにも出やがってよぉ。さっき2人とも寝かしつけてきたが」

「子持ちヤンキー強い……」

 庭は林や下手をすれば森に近い自然に通じている。その中で白い着物の幽霊だ。しかし見た目年齢でいえば最年長の中也が動じる訳にはいかなかったのだろう。内心で拍手を送りながらも司書は中也に尋ねる。

「それでなんですって。また出るとは限らないですよ」

「でも俺たちの前に出た奴が太宰たちの前にも出たんだろ。2回ありゃ3回あるだろ。まだウチに来てない文豪の誰かかも知れないし捕まえりゃお前の研究も進むんじゃね。俺たちにはここの本は壊せないしましてやお前が壊したらクビだろクビ。俺たちが数人で交代で見張って捕まえるってのはどうだ」

「……正直俺先週の疲れが残ってて夜起きてたくないんですよ」

 司書の最大の本音だ。多喜二は思わず司書の前に出そうになる。司書が飲んでいた栄養ドリンクとやらは相当やばいものだと配布された端末で知った。せめて毎日8時間は寝させたい。そして今週は3日は休ませたい。プロレタリア派として今はすっかり司書に同情してしまった。

 だが中也は「なにいってんだお前」とソフト帽のずれを直した。

「うちの図書館ってもう充分人員が揃ってるから暇な奴も増えてるだろ。昼間に活動する奴と夜に番を張る奴をひとまず今週分決めようぜって話だよ。それで捕まえた奴になんかご褒美くれって話。館長にうまく話を持っていけば政府から褒賞もらえるだろ司書!」

「……あぁ。そういうのだったら任せて。ただし館長が帰ってきてからってのと昼間ね。俺今もうねむい……」

「うぉっ俺様潰れる潰れる」

「司書サン啄木サン!」

 仏像が倒れるよう。ふらぁりと丁度背後で芥川からうまいこと煙草を1本もらった啄木が火を点ける前に司書にのしかかられた。慌てて支える多喜二はわざわざ羽織ってきたコートのフードが剥がれた。荷風はまだ佐藤にしがみついていた。

 

 こうして幽霊捕獲作戦は翌朝。他の文豪に周知されたのち計画を実行されることとなったのだ。

 本当に周知されていればそれらは無駄なことだとは知らずに。

 

 

 

2日目

 

 事情はわかった。誰よりもアルケミストらしくオカルトのような力を使いこなす癖に変にリアリストの司書が断じたのだ。何かが起きているのは確実なのだろう。その点は信用している。しかし。なぜこの班編成にしてしまったのか。

「なぁなんでこんなばらんばらんの面子の中にしかも俺を入れてしもたん!?」

「静かにしろよ無頼派。司書が起きるだろ」

「うっさいわ頑丈が取り柄のチャリ狂い」

「疲労がポンでその場凌ぎしてた連中よりはマシだと思ってるぜ」

「いてまうどごるぁ」

「うるせーのはてめぇらだ」

「サーセン」

 異口同音。床に銃口を落とせば途端に黙る。一応それでも間に芥川と自身が入ると彼は苦笑して囁いた。

「有難う中原くん。僕だと一方的に志賀さんの味方をしちゃいそうだったから」

 それを聞いて自身は顔を歪めた。

「それで俺を混ぜたのか。この班編成」

「腐っても司書は文学研究者だからね。為人は把握してると思うよ。それより幽霊っていうのは中原くんの方にも出たそうですね」

 夜中の図書館。まだ薄ら寒い季節。厚着とホッカイロなどの個々の暖房器具の使用を許されたものの幽霊が出る条件は「気温が極端に下がる」こともあるらしい。仲が悪かろうと自然身を寄せ合い囁き合う。特に仲が良くも悪くもない芥川と中原はそっぽを向き合う志賀と織田の間で話を進める。

 昼間と翌日の活動は免除。その代わりの夜の張り込み。幽霊が出たらその状況の観察。できれば撮影。可能な限り捕獲あるいは「退治」。用意されたのは塩と仏壇の灰とどこからかもらってきたらしいお札。あとリ●ッシュ。嫌煙家の文豪には愛好されているアイテムだが俗に除霊にも使われているらしい。芥川は俗信で使われていた箒のようなものだろうかと密かに考察していたがその傍らで小説の神様が皮肉そうにこぼした。

「退治といっても俺たちはどちらかといえば退治される側だよなぁ」

「その辺は同意するわ。俺ら幽霊みたいなもんやし」

「それをいったらきりがないねぇ。司書も『公式か非公式かの違い』っていっていたし。非公式にはこの際退去願う腹積もりらしいからね」

 静かな。静まりきった夜の図書館。囁き声に自嘲が含まれる。自分たちはこの世に顕現され素体に留まった幽霊のようなものだ。生まれ変わりだの前生だのいいつつも自分たちが人間かどうかは怪しいところだと常に思っている。夜はついつい深追いしてしまう。果て自分がいるのはあの世かこの世か。自分は狂った気性のまま生まれ変わったという。ならばこれ以上生きる自分はなにかあればどう狂えというのだろう……。

「そういや中原さんも見たんやろ。太宰くんみたいに。おばけ! どういうおばけやったん」

 不意に明るい声が際限ない思考を遮る。見れば図書館の片隅でこうして地べたに座り込んでいた自分たち。椅子の背もたれに跨っていた中原を織田が見上げていた。そういえば太宰を介して縁があったのだったか。中原はふと首を傾げながら拳銃で肩を叩く。どうでもいいが既に臨戦態勢な辺りに性格が出ている。

「若かったな。印象だと」

「女ですか」

「いんや。男だなありゃ」

「へぇ。どうやってわかったんです」

 志賀も自身も中原に目を遣る。やや得意そうだ。

「帯の結び目だ。和服で寝間着が男の結び目だった。まぁ好きこのんで男の結び方をして寝る奴だったかも知れないが女にしちゃごつかったしな」

 成る程。それならわかりやすい。納得したところでふと気になる点が増える。

 あの晩は宮沢や南吉を部屋に戻してから来たと中原はいっていた。あの2名の証言をそういえば得ていなかった。思い立って振り返る。

「ねぇ中原く」

「よし。出た」

「は」

 中原が銃を構える。刹那にナイフと剣が出る。1歩遅れて立ちふさがり剣を構えれば――それらの構えが無意味に思える光景が広がっていた。

 証言通りだ。白い和服の男がそこにいた。簡易な着流しのようだ。男結びの帯。髪が少しだけ長め。俯いていて顔がよく見えない。月光が差し込んでいる。両手を振りかざしてモノクロームの夜の図書館では肌の色もよく見えない。

 その中で書架たちが抗議の地団駄を踏んでいる。どっすんどっすん。どっすんどっすん。音が響くのも構わずに。書架から本が溢れんばかりだ。白いカーテンが棚引き月光の中。どっすんどっすん。書架の奇妙なダンスだった。

(――)

 芥川の気のせいか。それが見えたのは。

「退け」

 刹那蹴倒される。遠慮呵責もない動作だ。一瞬頭も踏みつけられた気がする。それから銃声が4発。それきり。ダンスもなにも聞こえなくなってしまった。

「おい龍。大丈夫か。中原どいてやれよ」

「くっそ。逃がした――そこにいた芥川が悪い! お陰で逃がしたじゃねーか」

 硝煙の登る銃口。さすがに今の銃声でまばらに文豪たちが部屋から出て来る。蹴倒され踏みつけにされた芥川は志賀に引き起こされながら頭をさする。ブーツが痛い。しかしお陰で銃声はさして頭に響かずに済んだ。背後で織田が覗き込むようにいう。

「いや~今のは向こうさんが上手ですって。寧ろ中原さんの腕前が凄いわ。どてっぱらに2発に足に頭4発それぞれぶち当てたはずですよ」

「全部あの化けものは『消しやがった』んだよ!」

 いわれて6つの目がそちらを見遣る。ややずれて落ち着いた書架の群れ。その向こう。駆けつけてもどこにも弾痕は残っていなかった。

 その日の被害は「ちょっと本棚がずれたので翌朝司書にサイコキノで直してもらった」ぐらいだった。

 

報告書:あの幽霊には浸蝕者に有効の弾丸が無効

 

「司書……肩揉むよ」

「いいよっていいたいところだけどお願いします。すいませんね……」

 2日目の朝。報告を受けた司書は前日より隈が濃くなっていた。あの騒ぎを受けても起きてこなかったから熟睡しているものかと思ったがどうやら眠りが浅かったようだ。今日の助手となった志賀は菓子パン――リンゴの餡を入れた変わり種のあんパンである――を頬張りながら昨夜の事件の報告書を読む司書の肩を揉んでやる。マッサージも武者小路の世話でお手の物だ。まだ23才のはずの体からあらぬ音が出るので思わず眉を顰めながら苦言を呈す。

「司書。おい。あんたあんだけ複合能力のアルケミストとしての能力を持ってるんだろ。自分の体のメンテナンスしろよ。これ……ここまでばっきばきってやばいぞ。素人でもわかるぞ。特に首周り」

「あー……首周りの原因ははっきりしてるんで……休みがあればなんとかなるんですけど週末まで頑張るしかないですね。何せいつどんなトラブルが起きるかわからないから力は温存しておきたいですし。あーその辺特に肘でお願いします。ぐりぐりっと」

「めっちゃ硬い! めっちゃ硬いぞここ!! あとで森先生に湿布貼ってもらえ!!」

 腕まくりをして肘で肩を抉る。どうやら館長のこのところの長い不在で司書の疲れはピークに達しているようだ。その中で司書はふとつぶやく。

「それで塩とか灰とかは使わなかったの」

「中原が咄嗟に撃っちまったもんだから」

「まぁ次のグループには試すよう引き継ぎしといて。ふぁー眠い……」

 そういって司書は菓子パンを食べ終わると抽斗から茶色い小瓶を取り出す。1。2。3。次々と蓋を開けて一気飲み。

 ゴミ箱に放られたそれは「ユ●ケル・ファ●ティー」と記されていた。あれ。それって週末に飲んでるじゃなかったっけ。志賀の心配を余所に何事かをメモに走り書きをしはじめた司書は「マッサージ有り難う御座います」を合図に振り返る。

「それでは今晩はこの面子で。まったく。テレポートで銃弾を掻き消すなんて器用な真似をする幽霊だ」

 志賀はその言葉に首を傾げながらも伝言すべく司書室を出た。

 司書室の前に寄りかかっていた誰かに気付かずに。

「これは興味深い」

 

 

 

 

3日目

 

 至極真顔で鏡花はいう。

「露伴先生。お寒くはないのですか」

「筋肉は存外暑いんだ」

「実のところその通りだ。正直詰め襟は暑い」

「むくつけき男所帯ですねぇ。うふふふふ」

 傍から見れば男女比が2対2に見えたことだろう。正解は4対ゼロだ。片や女形のような風情ゆえ片や線の細さゆえだ。そして普段着の彼らは司書に持たされた「幽霊退治セット」を置いているといえどとてもではないがこれから幽霊退治に向かう雰囲気は欠片もない。本人たちにその気もないのだから当然だ。刃使いの揃う中。唯一鞭を撓らせる露伴は他の三者に向かって目を配らせる。

「それでだ。皆もこの珍しい騒ぎを楽しんでいる頃だろうが……そろそろ司書が気の毒だ。解決策を考えたい」

「私としてはもう少し司書さんが頑張るところを見たいのですがねぇ」

「医者としては司書の体には若いのにだいぶ体にがたが来ているのは見ていられん。あれが23才の体だとは……」

 眉間を抑えて頭を振る。森の言葉に鏡花が首を傾げた。彼に森はいう。

「どうにもあまり寝ていない……というより眠れていないというべきか。志賀くんに引き摺られて今日湿布を貼ってやったときに見たんだが体のあちこちが軋んでいた。俺は整形は専門ではないがここ1週間か2週間ほどで疲れから急激に筋肉が凝り固まったんだろう。少なくともちゃんとした姿勢で寝ていない。机に向かったまま眠っているのか……」

「今は枕のせいで血行不良になって不眠になるという話も聞きますよ。『枕が変わると眠れない質』っていうのもあながち嘘じゃないんじゃないんじゃないでしょうか」

「しかし司書は去年の秋にはもうここに着任していたんだろう。聞けば今年の初夏には百合の花が咲くと聞いたぞ。秋には着任しているはずだ。あの頃が植え付けの時期だからな。俺が来る前からいるお前らから見て元気だったんだろうその頃は」

 幽霊退治はどこへやら。いつの間にか新卒の司書の話になってしまっている。比較的小言の多い――つまりそれだけ心配性の――者達が顔を合わせればこうなるのは自明だ。はて司書はこれをわかっていて班を編制したのか。誰もが心中でそう思いながらも司書の健康談議をしていたときだ。

「えぇ。こんな風に」

 谷崎が避ける。髪が棚引く。彼のすぐ横の壁。そこには定規が突き刺さっている。凝視する3名。悠々と眺める被害者1名。ゆるりとそれが突き飛ばされてきた方角を見遣る。それはいた。

 幽玄……というには少しばかり存在感がある気がする。なまなましいなにかだろうか。俯いていて顔が良く見えないというのは一致している。黒髪だろうか。白い和服に男結びの帯。足は多分ある。が。自分たちも幽霊のようなもので足はあったのでそれは除外していいのではないかと思いながら谷崎は深々と定規を見遣った。これが刺さったら耗弱や喪失ではちょっと済まなそうだ。

 幽霊ははじめて声らしきものを放った。否。それはテレパシーだろうか。

『……カエセ…………カエセ……!』

「散開!」

 谷崎が怒鳴る。4人は飛び散った。文房具が凶器になる事実は文豪の彼らこそがよく知っていたのだ。

 どうやらこの図書館の中央。受付のある広場が気に入りの場所らしい。そこで「彼」はそこら中の文房具を掻き集め――射出してきた。中にはカッターや鋏もある。しかし自分たちとて遠慮はない。修羅場は潜っていないのだ。

 谷崎が森が長い柄を回し弾き飛ばす。鏡花もまた取り出したるサーベルで斬り捨て谷崎と共にアストロノーツのように書架を蹴った。露伴だけは地に足をつき巻き取ってはお返しといわんばかりに「彼」に投げ返している。ただですまさない辺りが彼らしいと思ってしまう。ただ投げ返してもまるで幕でも張っているかのように弾き返されてしまうのだけれど。

「……それで。何を返せといっているんだ」

 一際冷静だったのは森だ。薄暗い図書館。白黒の館内でうすぼんやりとしたそこで重力も引力も関係なく浮いているその「幽霊」に語りかける。医は仁術というが果たして森の言葉に耳を傾けてくれるだろうか。それとも――しかしふと。鏡花の隣で谷崎は首を傾げる。

「――あなた……」

『――カエセ。……っカエシテ…………』

 幽霊は幕の中で足掻くよう。口を押さえ首を押さえ苦しむ。谷崎がそんな彼の顔を覗き込もうとする。

「待ってください。あなた。思い出す前に」

『ッ』

 ぱちん。泡が弾けた。文房具の雨が降ってくる。あとには戦場の爪痕――という名の文房具。

 

 朝焼けと共に迎えたのはなんともいえない罪悪感のようなもの。だいたいの文房具をひとまず集めて仕分けた。明らかに疲れている司書にこれ以上能力を使わせるのは酷だとわかっていた。それを思いながら鏡花は依り代を懐にしまった彼に尋ねる。

「そういえば谷崎さん。あなたは先程なにをいいかけたのですか」

「あぁ。いいえ。詮無きことなのですが」

「君にとって詮無きことでもこの際いってくれないか。どうにもあれでは後味が悪い。いじめたようだ」

 黙って後片付けに専念していたかと思えば森と露伴が同時に尋ねてくる。前髪を掻き乱した森はそれを整えていた。それに谷崎は彼にとって珍しいことに苦笑する。

「ちょっとしたことなんですがね。本当に。彼。まるで溺れているように見えて」

「溺れて……」

「どちらかといえば喋ろうとしてもうまく喋れない。自分の思い通りに動けない状況。でも体は勝手に動いてる。そういう状況……どこかで聞いたことがありませんか」

「……」

「彼は一体何を探しているんでしょうね。どうしたら彼は安らかになれるのでしょうか……あんな苦しそうな顔をせずに」

 最後の言葉は本当に珍しく憐れんでいるようだ。鏡花は「ひとまず今夜の報告書は僕が書きますね」と手を上げた。

 

 

 

 朝日が昇る。腰に手を当てユ●ケルス●パー黄●液Ⅱを飲み干している。その顔には朝から疲労の色が濃い。23才男子の「ぷはーっ」という魂からの声を白い目で見届けたのち自身は提案した。

「え。高村先生が今夜入りたいですか」

「えぇ。銃が完全に無効だとはいってないでしょう」

 既に昨夜の報告は受けている。どうやら幽霊はなにか「返して欲しい」ものがあるらしい。文豪たちに心当たりがないか捜索させているところだがもしあったとしても文豪たちが簡単に返してくれるかはなはだ謎だ。それに対し頭が痛い。そうでなくともこの代品のリミッターは合わず祖父や父が存命の頃から変わらない別の原因で夜もろくに眠れず困っている。このままではファ●テユンケルに手を出してしまう。先日ようやくN県から帰ってくるという館長から連絡を受けて一安心したところだ。それまでにこの幽霊騒動はなんとかしたい。そう思っていた矢先の意外な高村の指摘に自身は顔を上げる。

 2日目の夜。貴い犠牲となった芥川を踏み台に4発。中原の狙撃の弾は4発。どれもかき消えていた。だから自身はテレポートだと思ったのだ。テレポートで余所に移したのだと。

「なぜわざわざ彼の『幽霊』とやらは弾丸を瞬間移動させたんでしょう。弾丸より自分を移動させた方が早いじゃないですか」

「ふむ」

「それにどうにも本棚のタップダンスといい文房具での攻撃といい。人間への攻撃はしても本を傷つける真似はしたがらない。つまりなんらかの恣意的行動が見られる」

「……意思疎通ができるんじゃないかと」

「少なくとも僕たち文豪のように本への攻撃ができない。あるいはしたくない存在なんじゃないですかね。だから『仕留める』のを考えるならいくらでも方法はあります。だから今夜の編成に僕の案を採用してもらいたいんですが」

 そういってポケットに入れていたメモを差し出す。ゴミ箱に茶色い小瓶を入れ司書は防弾ガラスの床から天井へ伸びる窓からの朝日を浴びる。顔色は土気色だった。高村は思わずいう。

「司書さん。ちゃんと寝てますか」

「寝てるよー。だって全然気付かなかったもんここ2~3日の騒動。あ。そういえばさ。童話組は大丈夫かな。寝られてるかな。夜煩いけど」

 顔を上げる彼の顔色はより一層ひどかった。

「最近夜煩いんでしょ。彼らの体は今は子どもだからさ。子どもは夜寝ないと」

「君もね。彼らはこの間夜の星空の写生大会をしてたぐらいだから。――…………」

 不意に高村は口元を抑えた。しかしそれだけだった。

 

 

 

 

 

4日目

 

 

 あからさまに不機嫌なのは啄木だ。銃を片手に膝を立てる。首を傾げると耳のカフスが覗いた。

「それでよぉ。なーんで俺様まで駆り出されなきゃいけねーんだよ。めんどくせぇ」

「正体不明の新しい文豪かも知れないんだろ」

「新しいお仲間なら嬉しいんですけどね。志賀の話じゃとっても積極的な人らしいですよ」

「随分と好意的な解釈ですね……」

 見た目は若手4人といったところか。武器編成は偏重にもほどがある。銃使い3名に刃が1名。逃げ足の速い者とパワータイプが1名なのである意味バランスが取れているが。

 そんな彼らがいる場所は実のところこれまで見張り番の彼らがいた廊下ではない。扉を開け放しのシガールーム。それぞれが椅子を引っ張り出して座っていた。いつでも動けるように火は点けていないものの煙草を咥えている者さえいる。彼らは人待ちをしていたのだ。煙を噴く真似をした啄木が「それで」と友人を見る。金を借りている負い目からか視線はやや下に向いた。

「今まではだいたい4人編成だったんだろ。この班。なのに急に5人で。しかもその江戸川の奴はどこに行ったんだよ」

「彼には彼にしかできない仕事をしてもらわないといけなくてね。子ども受けもいいし」

「子ども受け……」

「……宮沢サンと南吉サンですか」

 武者小路と多喜二が顔を上げる。高村は肯いた。三者の間にそれぞれの速度で浮かんだのは最初の事件。太宰と永井が幽霊を見たという日のこと。

 中原が宮沢と新美を連れて星空の写生大会に連れて行った先で「幽霊」に出会したということ。そのときは既に中原は2人を寝かしつけていた。彼は子持ちだということはそれなりに知られており子育てへの信頼がかえって目を曇らせた。

 宮沢と新美が何かをしなかったとはひと言もいっていなかったのだ。たとえば中原の見ていない隙になにか「悪戯」をしでかした――とか。

「そもそも。時間がおかしかったのですよ」

 ゆらりと現れる江戸川は音もなく静かだ。思わず多喜二が飛び上がるのを武者は見た。いつもの派手な衣装ではなく寝間着でそれは存外温和しい色合いをしている。そう。白だ。あまりに刺激的な色をしていては入眠に妨げになるとは最近の医学の話だっただろうか。そも平井太郎が存外平均的な人物だったゆえか。紙芝居を語るように腰に子どもたちを纏わせたモノクルの青年は語る。

「中原青年がやって来たのは太宰青年と永井青年がこのシガァルームにやって来てからものの数分ののち。幽霊を見た子どもたちを寝かしつけるのにいくら熟達した親でも時間がかかる。つまりは幽霊は中原青年たち。彼らの方に先に出た。……きっと。本来はそこだけで現出して終わるはずだった」

「で。結局原因ってなんだったんだ」

 雰囲気もなにもない。啄木は拳銃を点検してから尋ねる。それに構わず江戸川はしがみついてくる子どもたちの頭をそれぞれ撫でてから「それ」を取り出した。

 白い大きなマシュマロ。違う。それは。

「『彼』はこれを求めていたのですよ。恐らくぼんやりと持ったまま出歩いて。そっと後ろから不意を突かれて奪われてしまって。ぼんやりしたまま『ない』『ない』と探し求めて。夢から覚めてはどこでなくしたかさっぱりわからず……」

「おいそれって」

「うわっ」

 多喜二の高い声。本当に驚いたとき彼の声は裏返る。見れば傍に「彼」は浮かんでいた。

 白い和服。男結びの帯。俯いていて顔はよく見えない。……見えないが。はて。待て。こいつにはとても見覚えがある。ふわふわと浮いているがこの姿にはとても見覚えがある。この白い和服だって。ただの男物の寝間着ではないか。

 一方江戸川はにっこりと一見好青年然とした笑みを浮かべた。

「さてさてお立ち会い。最後の一幕。亡霊と見紛う青年と青年たちの追いかけっこが今はじまります――それ。高村さん!」

「えっあっはい」

 何がはじまるかと思えば。その白いもの――高村に投げつけられたことで気付いた。これは「ビーズクッション」というものだ。さらさらとした星の砂のような音が響く。走りながら江戸川はいった。

「追いかけっこ開始です!」

「え。ぱ。パス!」

「俺?! あっやわらかっ」

 受け取った多喜二が困惑の声を上げる。しかし彼も抱えたまま走り出した。

 よくわからない図書館内クッション争奪戦競走がはじまった。

 多喜二はよくわからないままそれでも生前の脚力でテレポートの裏を掻いて逃げ果せたし武者小路は運の良さで思わぬパスを見せる。高村は美事なロングパスを見せるし童話組の連係プレーは美事だ。時たま江戸川は鞭を使って軌道修正をする。

 追いかけ続けると次第に空が明るんでくる。こちらも息が切れてきたが「幽霊」も息が切れてきた。その声も聞き覚えのある低さで自身はそれが哀れになる。浮かんだままだった体は次第に時折地面につきそうになっていた。童話組が抱えたビーズクッションはよく見れば長方形の形をしておりそれが枕だと推察できた。それを見て啄木はふらふらとなおも追いかけようとする様に哀れに思う。立ち止まると向こうも止まった。だから声を掛ける。

「もうやめるか」

「……かえして……くれ……」

「寝たいんだろ」

「…………」

「でもねむれないんだな。普段の様子からすると」

「…………」

「安心しろ。俺様が今からがっつり寝かせてやるから」

「啄木サン。あんたなに」

 多喜二に声を掛けられる。ふらふらと浮いているから少しばかりやりづらそうだが仕方がない。あまりにも哀れだったからだ。顔がよく見えないままの男に正面から飛び上がり――頭を膝で挟み床にたたき付けた。

 静まりかえる館内。その中でことり。ようやく彼の体が地に着く。啄木が汗で貼り付いた髪をすいてやるとその顔が見えた。彼の祖父譲りだというその顔はたしかにこの図書館の司書だった。両手首に嵌められたリミッターの代品が意味を成してないことがよくわかった。

「き……決まり手はフランケンシュタイナー!!」

「相撲と混ざってませんか武者サン」

 

 

 

 

 

 

第1次帝國図書館幽霊騒動事件 完

 

 

 

 

 

 

 枕が変わると眠れない質。将に司書はそのタイプだった。だからわざわざ実家から図書館へ枕を持ってきたし新調するときはまったく同じものを選んでいた。しかしここしばらくは店によることも注文する暇もなく……。

「はぁ~? お前つまりあれからずっと座布団で寝てたのか!」

「しかも煎餅座布団!! 昼寝か!!」

「申し訳御座らぬ……」

 戦国武将に立ち返った如くベッドで縮こまる。あれから3日。注文していたリミッターが届いてからはきっちり「寝相」――夢遊病ではないらしい――を悪くすることなく寝込んでいた司書は食堂で作ってもらったおかゆを運んでもらった先で問い詰められていた。啄木と志賀だ。他にも私室の扉は開け放たれていて数人の文豪が集っている。彼らも同様の反応を示していた。彼らの前で司書はたしかに白い寝間着に同じ帯をしていた。黒いおかっぱ頭まで一緒だ。そういえば「朔太郎の2Pカラー」などとあだ名されるほど特徴が似通っていることを太宰と永井は忘れていた。幽霊の正体がわかるまでは佐藤の部屋に勝手に泊まり込んでいた2名は現在自室にて沈黙を保っている。頭を掻く司書はいう。

「昔からリミッターの効きが悪いと寝相が悪くって」

「あれは寝相が悪いってレベルじゃ」

「特に寝不足で」

「栄養ドリンク飲みまくってたな」

「さらに疲れてると」

「最悪コンボじゃねーか」

「フルコンボだドン」

「お前は冗談をいえる立場じゃねぇ」

「痛いドン」

 その場にあった本の背表紙で頭にチョップを喰らう。痛い。しかし粥は旨い。しみじみと生きていることへの感慨に浸っていると足音が響いてくる。

「司書! 無事か!」

 群衆を掻き分けてやって来た巨躯の中年男性。藤色を思わせる館長がそこに立っていた。手には何やら大荷物がある。いつから姿を見ていないか既に記憶の彼方だ。彼の言葉の内容をよく吟味せず笑って答える。

「おやお帰りなさい館長。今回長かったですねー。高村先生との約束の品は持ち帰ってきましたか」

「司書。自分が無事かどうかいえよ」

「石川くんに真っ当なことをいわれたら終わりだからね司書くん」

「うん……!」

「てめぇら」

「ひとまず無事なようだが……話は聞いた。『また』枕が変わって眠れなくなったそうだな。それでこれは土産だ。……これを渡してくれないか」

 ただでさえ手狭な私室だ。人から人へと紙袋が2つ渡されていく。最後に粥の載った盆が退けられて紙袋が2つ乗せられる。その中のひとつを司書が手に取り――青い目を輝かせた。

「これは……! ビーズクッション枕の予備ですね!! しかも2つも!!」

「ビーズクッションは潰れやすいからな。帰り際にニ●リで買ってきた。大して高いものでもないから個人的なプレゼントだ。疲れていたようだしな……苦労をかけた。あと3日は休んでいていいぞ」

 微笑む顔はなぜか既視感を覚えたが最後の言葉でそれも吹っ飛ぶ。社会人にとって「休み」という言葉はなによりも甘美だ。渡されたプレゼントを未使用のうちに抱き潰しそうになる。

「本当ですか?! こんなご褒美もらって?! やった!!」

「お前寝るのが趣味なのかよ。さもしいやつ」

「なんとでも! なんなら啄木さんも一緒に寝ます?!」

「このベッド2人で寝るには狭いだろ」

「ぎゅうぎゅう詰めになればなんとか入れますよ!!」

「……司書さん。あの人興奮しすぎて自分がなんていってるかわかってるんですかね」

 ぎゃあぎゃあと騒ぎ出した私室。その中で高村は抜け出した。そもそもこんなに時間がかかった一端は自身が実家が旧男爵家である館長に「家にある美術品のうち彫刻品を持ってきてくれる」と約束してもらったからだ。今トラックから下ろしてもらっているのがそれだろう。期間限定の美術展に心躍らせながらも自身はひっそりと囁く。

「近代日本文学を専攻していたのなら僕たちの年代で同性と同衾する意味がわからないはずがないでしょうにね」

「つまりそういうことだろう。それより彫刻品を展示する部屋の鍵は君に管理を一任しておくからな」

「わかりました。……時間がかかったのはご母堂の許可の問題でしたか」

 空気が張り詰める。背中を向けようとした「蕾見」館長はそのままの姿勢だ。薄い月色の目がひたりと男を見据えた。

「司書さんのこと。また随分と聞かれたんじゃないですか。よく似てるでしょう」

「……君は生前のことをどれぐらい覚えてるのかな」

「映画ぐらいは観ましたよ。変に偏りがあるみたいですね。記憶は。生前に観た戦争のプロパガンダ映画も頭に残ってます。たとえば『陸軍超常能力部隊』の宣伝も」

 語る声は遠い。それはかつての想い出か記憶か。戦争への傷か。

「驚く程お祖父さん似ですよね。彼。隔世遺伝かな」

「……母は彼の祖父からそう聞いている。生憎と息子の嫁に手を出す屑ではないとね」

 振り返る男は藤色の扇子を握りしめている。名に由来する小物が多い。母は予知で名付けたという。末の息子が●●京介の孫息子と関わることになる。目印になるものをつけろと。

「残念なことに京介さんは孫に何も教えずに80才でお亡くなりになったから。我々がサポートするにもできずに今に至る訳だ」

 扇子を口元に添える館長は溜息を吐く。真に悩ましげでだからこそ高村は不可解だった。それ程気になるならばなぜ。

「自分からお伝えすることはそんなにいけないことなんですか」

「助けを求められたら助ける。でもそもそも京介さんは戦後は婿に出されることで世間から隔離されたんだ。諸国から彼とその子々孫々を守るために。それは成功していたんだが……」

 振り返る館長。その視線は高村より向こうを見ている。トイレ休憩にでも出てきたのか。さすがに枕は置いてきた寝間着の司書が啄木と共になにやら騒ぎながら歩いていった。それを見送ってから高村はいう。その微笑みは慈しみ。

「政府はかつてのように彼の血縁から能力を搾り取りたい。そう考えているから蕾見家は守りたいと考えているんでしょう」

「……」

「過去の亡霊に司書さんが囚われないように。微力ながらあなたのことも支えたいと願っていますよ」

「……気持ちは有難く受け入れておくよ。それと彫刻品は是非感想を聞かせてくれ。貸し出した甲斐もあるからな。うちの母が」

「蕾見家の女帝陛下からですか。それは光栄ですね……」

 外の天気は晴れている。もうすぐ春だ。

 

 

 

 

 

了

 

 

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未確認情報

 

蕾見藤彦館長

・旧男爵家蕾見家の末子。妻子持ち。アルケミストとしての才幹は弱いが文学研究者としての能力は非常に高い

 また旧日本陸軍超常能力部隊の関係者の身内であることから彼を斬り捨てることは得策ではない

・現在高齢となる蕾見不二子元超常部隊員が特に目にかけている息子である。また後述の理由から特に留意すべし

 

特務司書:●●●●●

・エスパー型アルケミスト。新卒の大学卒業生。能力の高さから捕殺やむない場合こちらの被害も覚悟すべし

・旧日本陸軍超常能力部隊の故●●(旧姓兵部)京介元中尉の孫。本人はこの事実を未確認の可能性が高い。このままの状態を持続すべし

 彼については祖父の能力をほぼそのまま遺伝及び表現している点に留意すべし。本人が隠匿していることと民間の個人情報の保護に重要視している企業にリミッターを発注しているため能力の詳細は不明。ただし政府内で使用されている格付けでは飛行している姿を確認したためサイコキノは超度6以上と推察される。

・特務司書の任務終了後は彼の捕縛を何よりも優先せよ。その際館長は政府を裏切ることが推察される。まずは館長の抹殺から優先せよ

 

未確認情報

未確認

未確認

未確認

 

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pixivより転載
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