・既存モブキャラ問わず欠損描写
・モブも結構出るでよ
・義肢は既存のスポーツ用義足などを参考にしていますがすべてはフィクションです
・諸々進撃も文アルも捏造しています
・コラボだが進撃キャラはほぼ名前のみ。世界観のみお借りしている
・進撃の原作と同時進行しているが接触はほぼない
・鴎花です
・大事なことなので2回いいました
・お題はわるものマニア」(http://www.w-mania.com/)より。
自身の左手を掴んで引っ張り上げてくれる人がいる。階段を上っている自分たち。そこは普段は使わぬところ。非常時のものだ。腰には立体機動装置もついている。さてなにか作戦があったのだろうか。朝日が壁の向こうから見える。この巨大な壁の向こうから。金色の揺らめいた髪が見える。背は高いがまだ細い体つきの兵士だ。
「――――――――――」
何事かを自身に叫んでいるようだが光が眩しくて聞こえない。あの少年の頭の光がそれを増幅しているようだ。引っ張られるがままに叫び返そうとしてもままならない。
やがて壁の頂上に到達する。兵士になってから何度か見た光景だ。どの壁かはわからなかったがここはウォール・マリアだろう。後方には復興途上の町並み。前方には巨人が彷徨き向こうには巨大樹の森。そして――その向こうには隣の少年に重なるように。笑顔に重なるように朝日が。
「――。――――――――――――」
声は聞こえない。けれど自身の頬が緩むのを感じた。そして袖が落ちる。
「あぁ。そうだな」
左手の袖が風に揺れた。
鏡花が振り返ったのはその特徴的な足音のためだ。向こうは知らぬ顔だったが向こうはこちらを知っていたらしい。そういえば貴族としても会った覚えがあった気がした。駐屯兵団のワッペンに拳を当てた年若い青年は人懐こそうにこちらに歩いてきた。軍靴と金属の軽い音が交互に煉瓦を鳴らす。無意識に目を落とせば彼の左足がない。代わりに鉛色のS字フックが彼の歩を淀みなく進ませていた。彼は人好きのする笑みを浮かべる。
「こんにちはイズミさん。新聞社のお仕事お疲れ様です。いつも義肢装具士の募集宣伝広告ありがとうございます」
「こちらこそ。そちらの田山さんのお手伝いのおかげもあるんですよ。彼は本当は記者志望だったなんて仰有ってますし。実際文章もうまいんですよ」
「ははは……仕事中もよく聞きますよ。その愚痴は。もっとも――全部終わればその夢も叶えてあげられるんでしょうが」
そういって青年は腕章を揺らす。彼の記章は盾に片羽と鉛の義足が交差したものだ。その部門の長を示すその腕章を持った青年はある方角を見遣った。それでもすぐに鏡花に目を戻し彼の背を押す。
「ほら。トクダ先生やオザキ先生も心配されますよ。以前の事件のときのようにあなた方まで憲兵団に追われては申し訳が立ちません。お送りします」
「もう大丈夫なんでしょう。それに僕は大の男ですよ。リヴァイ兵士長そっくりって評判ですし」
「声だけです」
「ばっさりといいますね」
「別の筋……どっpDの筋だと中央憲兵団に追われてトクダ先生に抱えられて逃げてたという目撃情報が」
「送ってくださるんですよねさぁこっちの道ですよ」
やや破壊の跡がいまだ残るウォール・シーナの道。新聞社が軒を連ねつつある道を通りながら鏡花たちは歩く。足早の鏡花に追いつけるほどになったのもあのトロスト区の事件から随分時間が経ったおかげだ。目指しはした。しかしまさかこんなに早くに義足をもっての立体機動装置の運用が現実化すると思わなかった。
ウォール・ローゼの一角。その片隅に小さな古城がある。「そこ」の性質上林というよりは森に覆われており壁にほとんど隣接している。白から白い人影が出てきたときに木々の中で影が揺れて落ちた。影は言葉を発した。
「この配合の鋳造だと丈夫なのは間違いないけどやっぱ機動性に欠けますね。巨人との遭遇の可能性が低い場での運用に適性があるかと」
「それは今の情勢だとつまり使えないとはっきりいったらどうだ」
「わかった。ゴミだ!」
「そこまでいえといってねぇ!!」
「君たち。そろそろ暗くなる」
芝生を分け入ったのは軍靴だ。白衣が靡く。終いには掴み合いになっていた若い兵士たちに苦笑しながら声を掛けた。
「研究熱心なのはいいがそろそろ屋内に入りたまえ」
「あっはい。失礼しました」
「わかりました!」
鉄の塊を持ちながら敬礼する。見れば向こうに馬が見えた。あれは中央から帰ってきたここの長たちだろう。彼――医師の森の仕事場は2階にあるから迎えに行ったに違いない。自分たちも行こう。そうでなくともこの部門は兵団の中でも特質だ。ここは対巨人戦などにおいて四肢を欠損した兵士に義肢を与え前線に復帰させるための部署なのだから。今でこそなんでもないように馬を歩かせていたこの部門長もまた左足を失った駐屯兵団の一兵士だった。
彼の隣で白衣を靡かせる森も左腕がない。軍靴と金属音を立てて馬から下りる彼は右腕で馬を連れて行く。他の者が買って出ようとするのを「偶には他の仕事もさせてくれ」と断る森のあとを花袋はついていった。他の者達は義足を抱える彼に問う。
「その試作品どうだった」
「ゴミ。また一般人向けに改造だな」
「おかげでうちは一般人から収入を得てるのはいいんだけど肝心の兵士用の義足の新しいのが部門長が開発したもの以上のブツができないんだよなぁ。結局なまくらになったブレードを鋳造し直したのが1番バネが利くしコスパもいい。ただ今度はエルヴィン団長が左腕をなくしたっていうからなぁ……あの人は問題なく片手で立体機動して例の巨人に立ち向かったらしいが」
「あの域に達するまでに全身喰われて死ぬよ。普通はバランス崩して倒れるから馬にも乗ってられないし。ウチの連中みたいに慣れてないと。腕の方はどうしようもない。今度技術を解放してくれたっていうから立体機動装置で片手で立体機動装置のガス噴射を操作できるようなものを見つけられればいいがそれは俺らの仕事ではないだろ。……それより大丈夫だったのか」
声を潜める。部門長に追従していったその兵士は厩へと消えていった森の背中を見送った。
「あぁ。一応貴族としての体裁は保っているらしい。俺らは少しばかり特殊な立ち位置にあるからな。ただやっぱりモリ先生を帰して欲しがっているらしい」
「だろうな。俺らとしてはいてほしいんだが……医者がいなきゃ義肢は作りにくい」
馬をつなぐ。水を汲んできた花袋は右手で馬の毛並みを整えてやっている森のそれに気付いて桶を馬の元に置いた。
「先生。左袖が解けてます」
「あぁ。道理ですずしいと思った。頼めるか」
「そのつもりでした」
いって馬から少しだけ離れる森の左袖を掴む。花袋が遠慮もなく掴むそこは肘から先がない。触るとそれがまだつやつやとしておろし立てだとわかる。それに花袋は微笑んだ。
「新品ですね。新調したんですか」
「部門長がな。店屋で見かけると買ってきてくれるんだ。勿論予算で」
「いいなぁ」
しっかりと結び留める。皺を刻み込むように。金色の頭を見下ろせば花袋は上目遣いに唇を尖らせる。
「俺も先生になにか贈りたいです」
「ばかだな。予算だ。つまり税金だ。いわば壁の中の人々からの贈り物だ」
「……それはそれで妬ましくなってきました」
「それなら俺は君の体温を奪うこの宵風にも嫉妬してやるぞ。さ。入るぞ。先程の義肢について報告を上げてくれ」
「…………はーい」
空いた手で頭を軽く叩かれる。そして尾のように靡く袖の塊に慌ててついていった。この人の後ろではなく左側にいなくてはならないのだ。
自身はこの人と出逢ったその日から兵士としてあるのはこの人を支えるためにあるのだと決めたのだから。
あの日まで生き延びていたのは偏に運だろう。壁内に再び超大型巨人が現れ焦臭い空気が流れてしばらく。その辞令が下ったのは丁度ウォール・シーナでの事件があった頃だっただろうか。自身が所属していた駐屯兵団の所属部隊にて
「は。俺が……っすか」
「君は104期生の中でも立体機動が『そこそこに』優秀な方だったそうだね」
そこそこは余計だ。口から飛び出しそうになる反発の声はなんとか抑え込んだ。訓練兵団生活3年間。猫を被ることは覚えた。実際手を抜いていたのだから「そこそこ」だったのは事実だ。ジャンが一等優秀だったのは認める。さてしかしまさか調査兵団に転属しろとでもいうのだろうか。そのときはこの禿頭に辞表を叩き付けるときだ。だが出された辞令に目を瞬く。
「……兵団義肢装具開発部門」
「新設される部署だそうだ。扱いは一応駐屯兵団だが調査兵団とも連携する。簡単にいうと君は立体機動をする上での『モデル』として選出された。なんせ若くて平均的な体格。平均的な実績の立体機動の成績の若者の兵士となると選抜が難しく――一応あちこちに声を掛けた結果君に決まった」
「それで俺は飛んだり跳ねたりしていればいいと」
「あとお茶汲みでもしていたらどうだ。どちらにせよ好成績だったにもかかわらず最初から駐屯兵団に来たんだ。平和な方がいいだろう」
そういって彼は紅茶を飲んだ。やはりその禿頭を叩き付けたくなったのは本音を言い当てられたからか。
つまりはよくわからない部署に自身は生贄として捧げられたのだ。やって来た先の部門長だという青年はあまりに若くそれにも不安が募ったものだ。青年は片脚が義足でS字型のそれはスタイリッシュで軽くよく跳ねた。仕組みやその素材のコスパも聞けばなるほど企画が通ったのもわかるとは理解できた。問題なのは部門長が若すぎることだった。聞けばトロスト区奪還作戦にて囮役に着任。その際に生還したものの左足を損傷したという。それを聞いたのは1年経ってからのことでやはりあの禿頭を叩きのめすべきだったと怒りに燃えるのだった。
それでも自身がその部署に馴染んだ頃のことだ。この部署に必須でありながら不在だった医者が来たのは。
「森鴎外だ。以前は駐屯兵団で軍医をしていた。解剖程度のことしかできないが知識だけでも役立てたい。よろしく頼む」
兵服に身を包んでいる。その上に白衣を纏っていた。そして左腕はやけに風に靡いていた。黒髪を撫で付けた顔色の悪い壮年の男性。彼にひと目で惹きつけられた。
気が付けば左腕が潰れていた。一般には「なにもなかったことにされた」ウォール・シーナでの女型の巨人との乱闘事件。被害は甚大で仕事で偶々ここを訪れていた自身は同僚と共に巻き込まれた。同僚はひとりは全身が吹っ飛びひとりは下半身が吹き飛んでどこかへ転がっていったのを見た気がした。ごった返した医療テントの中。医師として肘から切り落とさなければならないと自分で診断しそのようにしてもらった。資材の問題で麻酔の量が薄かった。心臓が停まらなくてよかったと今でも思う。
世界は残酷だ。誰がこの台詞をいったのだろう。兵士になってから何度そう思っただろう。しかしその世界で助かった命だが問題が生じた。自身は駐屯兵団の軍医だ。しかも外科医だ。外科医とは両手を使ってやる仕事だ。極めれば片手でもできるかもしれない。しかしさすがにこの年から極めるのには自信がない。かといって実家に帰るのには都合が悪かった。動けない身を好き勝手されることだけは巨人に嬲られるよりも厭わしい。
そんな矢先だ。入院先のベッドに見たことのない記章と真新しい腕章をつけた青年に辞令と共にやって来たのは。自身が怪我もまともに治らないうちに逃げ込んだのは「義肢装具開発部門」の解剖医師としてだった。
助手としてモデルとして与えられたのは新兵の少年だった。怪我のためにアドレナリンが出ていたのだろうか。やけに金髪がきらきらとして見えたのが懐かしい。
「今回のは重すぎたか」
「俺も多少うまくなっちゃってることを考えてもこの配合だと重いですね。部門長が開発したのはガスの消費も抑えられるブツですがこれは動き次第じゃ2倍になっちゃいます。ガス切れで巨人に喰われてお陀仏です」
「ふむ……」
2階の研究室。報告書と共に持ってきた試作品を見せる。今の部署においての至上命題は最上の鋳造素材の配合バランスだ。安定して生産できるのはただなまくらになったブレードを血脂を落とし鋳造し直すことが仕事だ。しかしブレードと同様の強度で筋肉で詰まった人間を支えるには前線では脆いのだ。コストパフォーマンスは悪くないもののそう取り替えていては命が足りない。ゆえに頑丈さが欲しい――しかし今日も失敗だ。森は床で軽く義足を叩いてみる。たしかに流通しているものよりも頑丈だ。ゆえに重い。しかしそれをふと持ち上げてみた。
「……最近は焦臭いし物騒だ。立体機動装置が使えないような市街戦ならばこれぐらいの義足を扱える者なら寧ろこれは使えるんじゃないか」
「先生も物騒な発想をしますね」
「兵士だからな。いくら兵団が政権を奪取したとはいえ有用な発想をしないと予算が切られる。できれば君と一緒にいられる口実は長くしておきたいしね」
「……ちょいちょい口説いてくるのやめませんか。サブリミナル効果ですか。まだ職務中です。いっておきますけど職務時間外なら大丈夫なので!!」
「……セクハラの口実も塞がれてしまったか。それはともかく」
「職務時間以外ならいいのか」というベタな発言は予期されていた。しかも男らしく許可されてしまった。これは今晩期待しておくとしようと森は決めつつ先程帰ってきた部門長から告げられたことをいっておくことにする。大事なことだからだ。
「やはりうちの実家から帰ってくるよう頻繁に求められているらしい。さらにスポンサーの件もちらつかせてきている。俺の家にはそんなに金はないはずだからはったりなのはわかりきっているがなにをしてくるかわからん。君も気を付けて欲しい」
とたんに花袋の顔が曇る。唇が結ばれた。いけない。彼の顔は常に華やいでいて欲しいのに。それで自分はあの家から逃げてきた甲斐があったというのに。非常階段を見つけられた気がしていたのに。
調査兵団を中心とし「真の王家」レイス家が政権を奪取した。そしてこの100年間隠匿されていた技術が解放されその恩恵を受けて義肢と立体機動装置を連携して改造することなどが可能になりそうだ。さらに鋳造の技法などにも画期的な刷新が加えられそうだ。今回部門長たちが中央に赴いたのもそれをたしかめるためだ。明日からはまた忙しくなるだろう。ウォール・シーナは今は混乱している。ひとえにそれは革命に等しいことが行われた。ヒストリア・レイス女王の即位。それに伴う兵団による兵団内部の「刷新」。貴族たちへの内輪もめを煽る拘束――モリといえば有名だった。表向きの王家の典医の家系・モリ家。そこに森林太郎という優秀な長男がいたはずだった。
義肢を机に置く。頬杖を突くと右腕しかないので自然と花袋に横顔を見せる形になった。花袋はこちらを真っ直ぐに見詰めている。彼はいつも人を真っ直ぐ見詰める。良いことだ。それが誰に対してもなのかどうかの是非を森は知らない。
「そもそも物書きになりたくてそれができなくて。それができないぐらいなら家を出てやろうと。それで13のときに兵団に入った。……けれど気が付いたら医者の真似事をしていて軍医ということになっていた。それも今ではその医者の真似事すらまともにできなくなった。……せめてここで少しでも皆の役に立てていたらいいと願っている。右手だけでも文字は書けるしな。多少疲れるが」
「俺もですよ」
横目で見ていた花袋が立ち上がる。すっかり夜になっていた。窓が開いていた。夜風が吹き込んでおり花袋はそれを閉める。玻璃の戸を閉めた。月が出ていた。
「俺の世代のことはご存じでしょう。……5年前の世論で若いのは人類のために特攻して死ね。そういう風潮になった。おかげで俺も本当は物書きになりたかったから無難に記者を目指していたのに13になったらとっとと訓練兵団に放り出された。……しかも俺も南方訓練兵団の104期生だったから『あいつら』のこと知ってるんですよ。責める気になれないのはなんででしょうね」
窓辺で疲れたように笑う花袋に椅子を回す。脚を開いた森。少しだけ迷った様子だった花袋はしかし歩み寄った。
彼は森の元に歩いてくる。右手で腰を抱き寄せる彼に紙片を示した。そしてそれを押さえて花袋はいう。
「俺が紙を押さえてます。だから先生は安心して文字を書いてください。ずれませんから」
「……ああ。そうか。そうだな」
そういって彼は名を書く。自身の名と花袋の名を。
「君は俺の左手になってくれるのか」
「帰りたくないっていう先生に俺が支えられることといったらこれぐらいですから」
自慢になるが後輩から慕われるのは慣れていた。ゆえに筋肉の観察の度に落ち着かなくされる花袋の態度の原因にはすぐに思い至ったしかといってこればかりは慣れてもらうしかないと考えていた。残念ながら衆道の気はないと憐れみすら抱いていた自身が今では恥ずかしい。
あれはまだ自身が体幹がうまく取れず乗馬のときは誰かに乗せてもらわないといけない頃だった。所用があったため町中で背は高いが比較的体重の軽い花袋の馬に乗せてもらっていた。細い腰に右腕を回すのが何となく申し訳なかった覚えが強い。よくこれであれだけの動きができるものだと感心してそのまま筋肉の観察すらしたかったものだ。そのときに横を通り過ぎた馬がいた。馬に乗っていた男はそれぞれあれは誰だったのかいまだに思い出せない。駐屯兵団の記章がついていたから恐らく同期の誰かだったのだろう。若く見目の整った花袋はどうやらやはりというべきか欲のはけ口の対象に目されがちらしい。自身が片腕をなくしたこととそれでも現役を続投していること。また新規のよくわからない部署(自覚はあった)でさらに見目の整った少年兵におんぶに抱っこの状態で運ばれているのか――という類のことを罵られたらしい。実のところそれよりも花袋の腰の筋肉が気になって話半分だった。
そしてその腰は去ってしまった。鐙を重点に花袋はその罵倒を放ったひとりにまず軍靴を喰らわせた。そしてそいつを改めて踏み台にすると奥のもうひとりを蹴り落とした……らしい。
あまりに鮮やかなやり口でたまたますべてを見ていた駐屯兵団の幹部が思わず笑い出したもののそのまま花袋は更なる口汚い罵倒を飛ばしながら殴りかかろうとしたし止めようとした森も落馬しそうになったからちょっとした騒ぎになった。幸い幹部が目撃していたということとすぐに下っ端がやり返したということで手打ちになったもののその後解放された花袋の言い分にすとんと彼は「落ちた」のだ。花袋は拳を振るって金色の目を瞠る。
「俺は本当は先生に怒っているんです。先生は不当なことをいわれたんです。事実でないことをいわれたんです。同期がいっていました。怒るべきときに怒らないのは家畜だと。俺は先生をお慕いしていますが怒らない先生は家畜です」
「……なるほど。わかった。田山くん。これは俺が怒るべき事案だったな。代わりに怒ってくれたことに謝罪と感謝の念を。それと花袋くんと呼んでいいかな」
「ふへっ?! は。はい」
彼はただ自身を慕うだけではない。彼は自身をまっすぐに貫き怒り誇りを持つ少年だ。30年近く生きてきて自身ははじめて恋というものを知ったのだ……。
夢を見た。
ウォール・マリア壁に階段がついている。だからこれは夢だろうと思った。あるいはかのイェーガー兵士の硬化能力だろうか。非常階段のようにとはいえない。手すりもなにもない。しかし自分が安心して登っているのはもうないはずの左手を掴んで引っ張ってくれている存在がいるからだ。
「先生。もう少しですよ」
階段を駆け上がる金髪の少年。自身の左手。彼は迷いなく階段を駆け上がる。彼は左手だった。自分が自信のなくなってできなくなった立体機動装置だった。まぶしい。
この少年と出会ってから階段を下りることはない。いつだって階段を上っている。それの意味するところはつまり。
「先生。ほら。天辺です」
途端。視界が開ける。朝日が眩しい。
まだ足元に巨人が見える。背後には復興しつつある町並み。前方にはまだ巨人が彷徨いている。巨大樹の森も見えた。両手を広げて見せる少年は。花袋は。それでも眩しくて。
「先生。ねぇ。世界は広いでしょう」
広げられていた両手。その片手が自身の左袖を握る。それに頬が更に緩んだ。
「あぁ。そうだな」
自身はいった。
「いくら残酷でも。人が人を殺していても。大人が子どもを使うような屑がのさばっていても。人はどこにでもいける。俺は君さえいればこうして逃げ出してどこにでも行けるんだな」
非常階段
了