※この作品はR-18です。

特務エスパー司書シリーズ   作:駒由李

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前提鴎♀モブ 義理の父子になった医者の森とDKの花袋の話。
▼正確にはまだ後見人と被保護者ですが。ツイートで見かけた話より。そういえば雑草とか特定の植木とかしか生えてないなとは思ってたけど理由は知らなかった……
▼パラレルとかいっていますがひょっとしたらあの白い本の世界かも知れないとか思ってるのでいつものシリーズ入りです。このシリーズもどこかに説明入れたい
お題は「わるものマニア」(http://www.w-mania.com/)より。


【腐現代パラレル】桜【鴎花】

 今年の天気はいかれてる。田山家の事情のように。

「今年は寒かったり暑かったりおかしかったからね」

 隣でスマートフォンをいじる藤村の手は確かにやや赤い。まだ春風は冷たく彼は下に着込んだセーターの袖をできるだけ伸ばしている。生真面目に制服を着る独歩が「手袋してこいよ」とぼやく。そういう彼もポケットに手を突っ込んでいたが。花袋はといえばいつも通りに腕まくりをした手で腕組みをしている。背負うリュックには書類が入っている。今年度から担任になった新任の教師には自身の「家庭の事情」はまだ把握し損ねるところらしい。引き継ぎがうまくいかなかったようだ。職員室内部での事情は今後の新聞部での課題にするとして自身は友人たちとの帰路の分かれ目。真っ直ぐ歩いてきて見えていた民家。そこに白梅と紅梅。それに桜が同時に咲いているのを見て雅さの欠如を覚えながら溜息を吐いた。友人たちが肩を叩く。斜め上に見えるマンションはここ数ヶ月住むようになった新しい家だ。

「悪い人じゃないんだろ。むしろ結婚できなかった相手の息子を戸籍そのままで引き取ってくれるような人だし」

「お母さんのことは本当に気の毒だけど慣れてくれた方がお母さんも嬉しいと思うよ。元から同居の予定だって聞かされていたんでしょ」

 双方からいわれ肯いてから手を振る。マンションは立ちふさがる。単純に勤務先の病院に近いという理由でこのマンションの一室を買ったらしい。勤務医の給料はあまり高いものではないと聞いたが名高い森鴎外ならばまた別なのだろう。一応チャイムを鳴らしてみれば返事があって飛び上がる。そこに自身が心底望んでいたはずの「父」が前髪を崩していた。

『ああ。花袋くん。お帰り』

「……ただいま」

 呟く声は小さい。すぐにドアへと向かった。

 

 あの氷雨の日は一生忘れられないだろう。タクシーで向かった先。制服をきちんと着せられた自身にいつもの立ち居振る舞いよりも軽やかに身を飾った母は微笑んでいた。

『今度同じ病院の森先生と結婚することになったんだ。素敵な人だしあなたは私似だから仲良くなれると思うよ』

 さてどういう経緯でその森先生とやらは仲良くなったのだろう。その答えは母からは一生聞けなかった。先にタクシーから降りた先。料金を支払っている母は車の中に残っていた。そして背後から突き飛ばされたような衝撃。……雨によるスリップ事故。それによる玉突き事故の巻き込まれ。報道では短く纏められていた。その中に自身の母の名が被害者として刻まれているのを病院のテレビで見届けた。自身は事故現場で倒れていたものの割れたガラスで額を切っただけだった。あのとき突き飛ばしたのは。それを考えると額が痛んだ。その痛みのためにすっかり忘れていた。あのときに待ち合わせをしていた「母の再婚相手」を。

 思い出したのは包帯のとれぬまま喪主を務めたときだ。実父は自身が生まれる前に亡くなったため疎遠で母方も支援を突っぱねひとりで息子を育てた娘に対して頑なだった。もっと年数を経れば話は違っただろうが既に終わったことだ。母の数少ないスナップ写真を引き伸ばした遺影に埋もれかけた自身に遠慮がちな影が差した。友人たちも見た。母の同僚の代表の人が目を瞠って「先生」と呼んだのを覚えている。

『君が……田山さんの息子さんの花袋くんだね』

 疲弊していた体でそれでもなお顔を上げたのはその声が優しかったからだ。たとえるならひりついた喉を癒す水のような優しさで思わず見上げた。遺影を抱えたまま葬儀場のソファに座り込んでいた自身を見下ろしていたのは喪服の偉丈夫だった。彼の目元にも隈が刻まれていた。この人がそうだったのか。雨が降っている。

 

「ただいま帰りました」

「よく帰った。茶を淹れよう」

 このマンションの一室で一緒に暮らすようになった「後見人」はいれば必ず出迎えてくれた。整えられた前髪の青年はリュックを抱えた自身にそういって台所へ立ち去る。改めてこの部屋を見渡した。生前の母も1度はこの部屋に来たことがあるのだろうか。高校に上がってからの母の行動は把握していなかった。この広い部屋であのスリッパを履いて歩いたりしたのだろうか。ひとまず自室として宛がわれた一室へと向かう。表札には「森」その下に「田山」と並んだこのマンションの部屋が現在の花袋の自宅だった。以前のアパートとは大違いだと今更感慨に耽る。引っ越してきたばかりの頃は森と彼が呼んだ弁護士が間に入ってくれたものの遺産の相続や人をあの世へ送る書類の手続きで忙しくて互いに自宅は寝るだけの場所だった。

 森鴎外。生前の母が勤務していた病院の外科医。見るからに引く手数多だろうに年上のシングルマザーの母を婚約者に選んでいたということが葬儀で明らかになり勤務先では騒然となったらしいが花袋はよく知らない。聞かなくてもいいことだといわれた上で葬儀の日。もうすぐ養父になるはずだった人は途切れるはずだった縁を引っ張った。

『君の父親になりたい』

 いわれた言葉の意味を把握するのに数十秒かかったのは疲れか。あるいは幼い頃の忘れていた夢が叶いそうだったからか。葬儀でも構わず明るく光る金色の目に森の墨色の目が映った。

(先生は「誑かされてたんだ」。せっかくウチのお袋が死んでくれたんだ。他の女を選んで俺のことなんてほっとけばよかったのに)

 制服を脱いで家着に着替える。このマンションに来てからはどうにも折り目正しく生活する習慣がつきすぐにハンガーに制服をかける。母と2人で寝ていた生活と違い今は家人とは違う部屋で寝起きする。それにまだ慣れないのもあるだろうか。ぎくしゃくとした動きをしながら思い出すのはいやでも耳に入ってくる言葉だ。どう考えても森と花袋の母では「釣り合わない」と考える他人は多いらしい。友人たちはあえてからかって「玉の輿じゃねーか」「養子の場合はちょっと違うんじゃない。ねぇねぇ高級マンション暮らしってどんな気持ち」と囃し立ててくれる。それでも大人の視線からすれば文系志望の花袋の面倒を見るのはどう考えても割に合わないと考える人が多いようだ。森家はどこかの典医の家系で今なお続く名家。さらに鴎外はその長男で跡継ぎのはずだったという冗談のような話だ。知らないところで自分は恐ろしいポジションに据え置かれるところだった。否。すでに置かれているといっていい。今は養子縁組はまだ避け後見人として世話をしてもらっている身だ。そうでないとどちらにせよこの寒風荒ぶ世間では文系志望の男子高校生などすぐ中退に追い込まれて放浪するはめになるだろう。だから森の手には縋らざるを得なかった。それで余計に唸ってしまう。

 母が死んだ時点で彼が得るはずだった幸福はなくなったのだ。だから自身の面倒を見るという彼の行動は花袋にはかなしいものに思えてならない。

「花袋くん。茶を持ってきた。入るぞ」

「あっはいすいません」

 どうやらのんびりとしすぎていたらしい。せっかちなところのある森は花袋がスウェットを履いたところでドアを叩いて開けた。盆には湯飲みが2つと茶菓子らしい皿が2つ。ローテーブルにそれを乗せると自身が自分の分の座布団を持ってくる前にスマートフォンを取りだした森は手を伸ばす。

「座布団の前に。今日は新任の先生から俺と君の関係について問う書類が来たのだろう。寄越しなさい」

 なぜ知っている。目を瞠る花袋の前で森がスマートフォンを見せる。

『島崎藤村』

「あのやろっ」

「口が悪いぞ花袋くん。今日の茶菓子はもらいものだ。うまいらしい。食べながら見るからよこしなさい」

 そういえばスマートフォンをいじりながら歩いていた。歩きスマホだめ絶対。親友からの鮮やかな裏切りに花袋は叫びそうになりながら鞄を取った。

 葬儀の場で花袋を支えていた親友2人は独歩と藤村だった。

 

 茶菓子はリンゴの甘煮だった。渋い茶を飲みながら居心地悪く目の前の後見人を見上げていると彼はふと書類から顔を上げる。訝しげだ。

「これについては昨年度に学校側に申し入れなかったか」

「そのはずなんですけどね。新任の先生でその辺引き継ぎがうまくいってないみたいです。だからその辺去年の担任の先生捕まえてなんとかしときますから」

 友人からの裏切りがまだ恨めしい。明日覚えていろよとあとでメッセージを送ることを脳の片隅に置いておいて茶を啜る。ただでさえシングルマザーの家庭で保護者の印が必要な書類などに苦労させられたものだ。この手の処理には慣れている。だからこれで済むはずだ。しかし書類を握る鴎外は怪訝そうにしている。

「それでいいのか。必要なら俺が顔を出すが」

「大丈夫ですよ。必要な書類は学校側に揃っているんです。誤って破棄したとかになれば学校側の責任だしそのときになったらちゃんと相談しますよ。安心してください」

 慌てて花袋は湯飲みを置いて手を振る。はじめの頃。森に叱られたことがあったのだ。

「なにかあったらちゃんと先生に助けを求めますから。前みたいにむりしませんよ」

「……君は本当にお母さん似だがしっかりしすぎている。それが心配なだけだ」

 表情を隠すように森は湯飲みを口元に持っていく。それにやっと少しだけ親近感を覚えることができた。

 まだこんな風に茶を飲むことなどなかった頃。寒い季節。ただ寝床と食料があればよいと森との接触を極力避けていた。世話になっているのだからと家事全般を請け負ってテストもなにもかもすべてを受け入れようとして――友人たちに保健室に引っ張っていかれ。荷物を持ってきた独歩と一緒に藤村は森を連れてきた。丁度夜番から帰ってくるところを病院に連絡した藤村がありのままを話したと聞いた。保健室に現れた長身の男の気迫に養護教諭が小さく悲鳴を上げたのを聞いた。

 ベッドで寝ていた自身を引っぱたいた音が他人事に聞こえた。刹那の森の声が花袋にはあまりに悲痛に響いた。

『君たちはどうしてそう生き急ぐ……』

 その日から自身は森は頼っていい存在だと認識できた。頼る真似だけでもしないといけない。頼らないとこの人はきっと心配で体よりも心を壊すだろう。レストランの目の前。タクシーから引きずり出した血まみれの婚約者と近くに倒れたその息子の体を見たこの人は。

(そしてこのときに独歩たちが森とまともに接触していたことを思い出した。特に藤村は連絡先をこのとき交換したに違いない)

 自身は茶菓子を飲み込んでから笑ってみせる。

「しっかりしてるってよくいわれますけどねーシングルマザーの子どもなんてこんなもんですよ。これからは甘やかさせてもらいますけど」

「あぁ。そうしてくれ。……甘えてくれた方が嬉しい」

 そういって森はうっすらと口元に笑みを刷いた。それに驚きながら自身はしみじみと述懐する。この人は自分たちに家族になって欲しかったのだと。愛する人が欠け。遺ったのは忘れ形見というには似すぎた息子。

 甘やかしてくれるという「父」は幼い頃から夢見ていたものだ。父性に憧れていた。森は将にそれに満ちた人だと思う。けれど早く自立しなければとも考えている。世話になるのは大学を出るまでだ。出版社か新聞社に入って記者になっていつか作家になってそうして自立して。この人は新しい幸福を見つけて欲しい。自分が与えられるのは桜が満開になり散りゆくような儚い期間だ。

 葉桜になる前に。葉桜になってしまえばきっとそのとき己もこの人の傍に幸福を見つけてしまう。それは爛れた幸福を。

 

「……森さん。ちゃんと書類見たって」

「お。さすが藤村。ぬかりないな」

 独歩の自宅。ゲームをしていた2人の間に着信音が鳴る。見れば「花袋パパ(仮)」からのLINEのメッセージ。そしてすぐにスマートフォンを放棄した藤村がコントローラを握るのを見て独歩はいう。探るような目で。

「どうだ。藤村。お前の目から見てあの人はちゃんと『父親』やってるか」

「今のところはね。婚約者の大事な忘れ形見だもの。まだ自覚するには早い季節じゃないかな」

 2人の会話の意味を知るものはこの場には彼らしかいない。制服の上着を脱ぎ散らかした彼らの間で密やかな会話が交わされる。

「ただ。花袋はちょっとわからない」

「なんだって」

「だって花袋は僕たちと同じ子どもだもの。僕たちはともかく花袋はお父さんに飢えていたから。最初こそ拒絶してたけど今は仮にも受け入れる姿勢に入ってるから……」

「よっしゃ勝った」

 独歩の言葉通り。テレビ画面では独歩の勝利を示していた。コントローラーを置いた藤村はベッドに頭を預けると再びスマートフォンに手を伸ばす。先程の森からの変身に適当なスタンプを押していた。ついでにあの間の抜けた梅と桜の同時咲きの画像も。そしてふと彼は呟いた。

「花袋が小説の題材にするからって教えてくれたんだけどさ。葉桜って毒があるんだって」

「まじか。でも学校に桜って植えまくってるじゃん」

「それが人には無害なんだって。それで他の植物を枯らして自分の栄養にするっていうの。だから桜の周りには雑草以外特定の植木や木ぐらいしか生えてないでしょ」

「成る程。桜の森は毒の森になるわけか」

 ある文豪の有名な言葉を引用した独歩に藤村はやや影を帯びた顔でいう。

「……だから桜は花弁をまき散らすけど葉桜になれば途端に毒をまき散らすんだ。自分以外余程強いものしか寄せ付けない毒をね。あるいは自分の傍にいるもの以外か」

 最後の言葉は藤村の口の中で消える。藤村の魂が葬儀のあの日。保健室の日。それぞれのときに森の目に宿った花袋へ向けられた感情の中に宿るある「なにか」に気付いていた。けれどそれを口出しする権利は当事者以外にはないものなのだ。だから藤村はそのまま口を閉ざし独歩は首を傾げて新しいゲームを探していた。

 

 

 

 

 

桜

 

 

 

 

 

 LINEで若い友人となった藤村が葉桜の面白い話をしてくれた。既に夜。夕食を終え花袋は風呂に入っている。自身はベランダで階下の桜を眺めていた。画像通りたしかに間の抜けた咲き方をしている家も見える。

 彼はそれを眺めた。

「葉桜になったところで放してやれるかな」

 それはまったく無意識のつぶやきだったので彼自身もましてや直後に風呂から上がった花袋も聞くことはなかった。

 

 

 

 

 

了




pixivからの転載
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