▼ネタバレ:司書のせい
▼pixivからの転載
はぁ。あの2人がどうして付き合いだしたかですか。幸田先生は森先生と仲が宜しいのでしょう。……そういう話はまた別ですか。めんどくsいえなんでもありません。とはいってもあのお二方の隠密性は半端ないですよ。気が付いたら一応人気がなかったとはいえ誰が見ているかわからない廊下で接吻していたぐらいの仲ですから。ちょっと話をふってきたのはあなたなんですからこれぐらいで耗弱にならないでください。ほら調速機!
……それを見たのはいつかって。そうですね。彼らが着任して1~2ヶ月後ぐらいかな。多分あんな接吻してたぐらいだし話を聞いた限りじゃあの時点で体の関係も持っていたんじゃないかな。でもそれまでの彼らって飽くまで普通でいつ付き合いだしたかわからないんですよ。
幸田先生が推理するんですか。それじゃ耗弱になりそうだったらまたいってくださいね。いきますよ幸田先生――補修の準備は万端です。……俺が悪かったんでそんなきょとんとした顔をしないでください。恥ずかしい。
田山花袋がこの図書館に現れたのは比較的遅かった。なにせ彼に続いたあとは軒並み「レア」に分類される文豪しか残されていなかったからだ。今では誰が花袋を連れてきたかも判然としない。しかし彼の著作よりずっと明るく爽やかな若者が来たなというのが司書の第1印象だ。彼は司書の求める握手にあっさりと応えてくれ現在の習俗や図書館の構造などに興味を示した。一通り一旦の知的好奇心を満たすと今度はその時点でいた図書館の文豪たちについて名を求めてきた。今にして思えばあの「白い本」の中での田山花袋らしき人物が美少女リストを作っていたのもこのことが反映されていた気がする。求められるままに自身は名を応えていったものだった。
「秋声先生でしょ。独歩先生でしょ」
「お。自然主義は揃ってるな。藤村は」
「まだいらしてませんね。あ。それから尾崎先生もいらっしゃいますよ」
「懐かしい名前だなぁ」
歓談していたと思う。ときに花袋の笑みに苦いものが走ったのは研究者が察し得ない歴史の当事者のみが持つ感傷か。様々な名前が挙がる中「まだいらしてない方も多いのでご協力お願いしますね」と話を締め括ろうとした。途端。花袋が金色の目を瞠ったのを覚えている。
「おいちょっと待て」
「はい」
「……森鴎外先生はまだいないのか」
「あー……いらっしゃいませんね。俺にとっても興味深い方なのですけど彼の魂脈を掴むのも一苦労のようで」
手元の名簿を探る。現在図書館が有する戦力の中でまだ来ていない文豪はその時点で多くその中に「森鴎外」の名もあった。実のところ司書にとっても来て欲しい文豪だった。学生時代から有名な文豪の名。大学でも学んだ。自身が卒業論文に選ぼうとしたのは結局太宰治だったが魅力的な人物だったのは否定できない。
それは花袋にとっても同様だった。
「えー!? なんでだよ。なんであんな有名な人がまだいねーの!? 知名度的にぶっちゃけ俺より上だろ!」
「あなたも森先生のファンの方でしたか」
文豪の中にも典医の長男にして軍医にしてさらに作家として名を収めた森を尊敬する者は多い。初期文豪の佐藤などもそうだ。高村も捻くれているが生徒だったと聞く。事実上文豪の中で最も年上の文豪がのちの文豪に与えた影響は大きい。リストを片手に花袋は「そうだよ」と口を尖らせる。
「命の恩人だし名前も覚えててくれたし。俺にとっては先生っていったら森先生!」
「……そういえばあなたと森先生はお知り合いでしたね」
ようやく知識を引っ張り出す。田山花袋は森鴎外と従軍時代に知り合っていた。花袋の著作は彼と出会ってからは森の影響を受けていたといわれるほどだ。……森がどんな姿で顕現するかわからないがこんな年若い少年にそこまで影響を与えたと思うと変に落ち着かない気持ちにさせた。今にして思えばそれは予感だったかも知れない。それでもそのときの司書は笑って花袋に話を進める。
「宜しかったらあなたの口から森先生の話をしていただけませんか」
「おう」
「他の方にも他の文豪の方のことを教えてもらうことが多いんですよ。佐藤先生には太宰先生のことを。秋声先生には泉先生のことを……森先生については俺も興味深いので是非教えてもらいたいです」
「しょーがねぇな! じゃあ篤と聞くように」
椅子に片膝を乗せてふんぞり返る。見た目の若い今の花袋がやるとなにやらおかしくて微笑みながら花袋の長い長い長い森との「思い出話」を聞くことになる。
「あぁ。花袋先生からご高名はかねがね」
いざ森がやって来たとき。口を突いて出たのがそれだったのは必然だった。一瞬森が訝しげな顔をしたのも当然だろう。連れてこられた森は期待以上の偉丈夫でなるほど男が惚れる男だと司書は妙に納得したものだった。佐藤や花袋のような自立している精神の文豪が懐くような。実際司書も補修室の管理人が来てくれたと内心でほくそ笑んでいたし戦力が充実しつつあるのも司書の口が緩んでいた理由だった。廊下へと連れて出る司書に森は問う。大柄さゆえに声は頭上からだった。
「かたい……ひょっとして田山花袋くんか」
「そうですよ。露伴先生や夏目先生はまだいらっしゃいませんけど彼はいます」
この時点で幸田露伴の魂はまだ文豪として現出すると定まっていなかったし夏目は単純に来る順番が遅かった。同じ余裕派の正岡はいるが面識は夏目越しだ。恐らく向こうから声を掛けてくるだろうが森からしてみれば友人の友人というところだ。そういう訳だから森の知り合いは今は花袋ぐらいだといえば彼は歩きながら腕を組んだ。そしてやっと肩を並べてくる。
「田山花袋くんはたしか俺と一緒に日露戦争に従軍していた彼だったな。『蒲団』の」
「そうそう。なんだ。転生したての人は記憶が朧気なものなのによく覚えてらっしゃいましたね」
「あなたが名前を出してくれたからな。そうか。彼か……」
顎に手を添えた森の顔を司書はこのとき見ていない。しかし声が安らいだものだとは気付いた。
「それならさみしくはないな。……容姿が変わってしまったようだが花袋くんは今どんな顔をしている」
「だいぶ変わりましたよ。今名簿見せますからちょっと待っててください」
金色の髪を揺らし花袋はふらふらと廊下を歩く。足取りが危なっかしいのは耗弱までには至らなかったものの相応のダメージを敵に与えられたからだ。首の骨を鳴らし肩を回す。このところは敵の強さも上がってきて数少ない弓使いは引っ張りだこだ。おまけに同じ弓使いだという藤村や永井はまだいないから3名で回している。司書は気を遣って編成してくれているがこまめに休まないと体にがたが来そうだ。補修室の扉を叩く。一応誰かが詰めていることもあったからいるかいないかの確認は取るのが既に習慣だ。
「ああ。どうぞ」
深い声。それに目を瞠る。こんな声の文士は今までこの図書館にいただろうか。
(新入り)
しかし新入りならばまず鍛えるところからはじめるはずだ。それが補修室にいる。それは本人が怪我を負ったかあるいは医者代わりに詰めているか。医者といえば。喉を鳴らした。
「……失礼します」
数秒の間が空いてしまった。ドアノブがやけに冷たく感じる。案の定補修室の机に向かう白衣の男性。黒髪を撫で付けている。座っていてもわかる恐らく長身の青年は手を止めたらしい。扉を開いたままの自身に振り返る。精悍な顔の壮年男性がそこで生真面目な顔をしていた。
「『あぁ。花袋くんだね』」
「――お久しぶりです。森先生。……よく覚えてましたね。その台詞」
後ろ手に扉を閉めて花袋は笑った。それは森も同様だった。
というところまでは聞きましたね。そのあと「すっげー嬉しかった! 司書ないすふぉろー!!」って花袋先生に褒められましたし森先生も「懐かしい気持ちになった」といってくれましたし。ただ俺が把握しているのはここまでですよ。そのあと1~2ヶ月経ったら「ああ」なってたんですから。……幸田先生。どうしましたか。
「……お前のせいだろう」
え!? どこをどう聞いたらそうなったんです!? ねぇちょっと幸田先生!? どこ行くんですか! 「風が吹けば桶屋が儲かる」ってなんの話です!? おーいせんせーい!!
蝶々効果
(卵が先か鶏が先か)
了