1:手を繋ぐ
2:おんぶ
3:お姫様抱っこ
手を繋ぐ
不意だった。
「花袋くん。雨だ」
言って森の手が田山の手を取ったのは数秒前。雨が降り出したのも数秒前。彼が走り出したのも同じタイミングだ。引っ張られるままに買い物袋を片手に走る。
怪しい天気ではあった。出掛けに司書に早めの帰宅を促された意味を麻痺した頭で悟る。周囲からも雨に対しての悲鳴が上がっており自分たちには目を向けられていないようだ。それにしたって。
「あの」
田山が遠慮がちに尋ねる。歩の速度は変わらない。森が振り返る。手は握ったまま。田山は辿々しく言う。
「オレ。大丈夫です。その」
「俺が大丈夫じゃないんだ」
どういう意味か。それについては聞けない。さらに手を握る力が強くなって田山の顔が赤くなる。
果たして図書館に着いたときにこの手を解放してもらえるかどうか。田山は疑問に思ってしまう。握られた手が熱い。
おんぶ
不慮の事故は潜書中も存在する。それをどう采配するかは司書次第だ。たとえば戦闘のあとに足を挫くとか。
「花袋」
「いっ……て~~……思いっきり変な方向に転んじまった」
「おいおい腫れてきたんじゃないのか。森先生頼みます」
「ああ」
周りが花袋を囲む中森は落ち着き払って花袋の足を見る。懐から応急手当キットを取り出すと手早く包帯を巻いていく。さすが軍医。動きに無駄がないと花袋たちが感心して眺めていると彼は包帯を切って留めた。そしてすぐさま声を上げた。この空間の向こうにいる司書に向けたものだ。
「司書。ここを出たら田山くんの捻挫の手当をきちんとしたいから準備を頼む」
『わかりました。それじゃ誰か負ぶってきてください』
「ああ」
言われ独歩は顔を見合わす。体格はともかく花袋の身長はそれなりに高い。森と並ぶほどだ。体の厚みは前世の晩年ほどではないが――これはジャンケンかあるいは2人がかりかと独歩たちが考えたところで、地面に座った花袋に森はさも当たり前のようにしゃがんで背中を向けた。
「花袋くん」
「あ。はい。有り難う御座います」
蹌踉めきながら花袋は森の背中に乗った。そのまま迷いなくおんぶする。そして背後の独歩たちを振り返った。
「それでは帰ろうか」
「あ。そうですね」
「いやに迷いなかったね森先生」
独歩が頷き藤村が言う。すると森はさも当然のように答えた。
「けが人を運ぶのに迷いが必要かね」
「けが人っていうか花袋だからそんなに迷いがないんじゃないですか」
という台詞は藤村は飲み込んだ。花袋を見て頭を振る。彼が顔を紅潮させて嬉しそうだったから友人としては言うことなどなかったのだ。
お姫様抱っこ
文豪と酒も中々切っても切れないものがある。薬よりは酒の方が好ましいと酒乱の男に絡まれる文豪もいる――今日の飲み会は後者だろうか。
「だっはっはぼっさーん飲んでるかー」
「おー。今日の啄木は明るい酒だなー」
「俺様はいつでも明るいぜー」
「石川先生も元気いっぱいだー」
「おい龍。飲み過ぎるなよ」
騒ぐ啄木を牧水が宥める。生年でいえば年下のはずの芥川が微笑ましそうに眺めながらとくとくと酒を注いでは菊池に窘められる。宴会場ではどこもかしこも似たようなものだ。酒を飲めない文豪や司書は専らソフトドリンクを呷っていたが。司書は烏龍茶を片手にとりかわを食べながら言った。
「今回の飲み会も荒れてますねぇ」
「忙しかったしな。あなたも予想していてのことだろう」
対する森はリンゴジュースを片手に巻き寿司を食べていた。食べ合わせについてとやかくいう者はいない。既に皆酒が回っているし司書も気にしない。友人の余裕派は2人とも潰れていた。
花袋はといえば独歩らと飲んでいる。彼もまた酒が回っている様子だった。それを尻目に司書は頭を振っていう。
「明るい酒は構わないんですがね。絡み酒とか泣き上戸とか怒り上戸とかそういうのはやめて欲しいもんです」
「おい司書ぉ。俺の酒が飲めねーのかぁ」
「ほらこういうの。中原先生そういうのは太宰先生にしてください」
「げっこら司書! 人が折角逃げていたのに――うわぁすいません!」
砂糖の背中へ隠れようとしていた太宰が中原に捕まる。それを司書が畜生にも笑って見ていた中、森は立ち上がった。彼は藤村の隣にいる人物を見咎めていた。森が来たのを受け先に顔を上げたのは藤村だった。
「森先生。どうしたの」
「……」
「君の親友の様子を見にな。さっきから黙りこくっていないか」
いわれて藤村が隣の友人を見ると果たして花袋は船を漕いでいた。片手には酎ハイの缶。中身は定かではない。藤村は緩慢な動きで親友の顔を望みこむ。飴色の目は瞑られていた。
「花袋ー。寝てるの」
「んー……」
「……寝かしつけた方がいいな」
「かもね。森先生がやってくれますか」
言って藤村は素早く花袋の手から缶を取り上げる。それを見て森は肯いた。花袋の傍に屈み彼の顔を胸に凭れさせると花袋の手足を揃えて腕を滑り込ませた。そして抱え上げる。
「島崎くん。ついてきてくれ」
「え。なんで」
「これだと両腕が房買っているから扉が開けられない」
「そうだね。今行く」
あっさりと納得し藤村は立ち上がった。そして3人はその場を去る。
お姫様抱っこ――それを目撃させられた芥川らは他の酒気帯びた者達と異なり酔いが醒めていた。麦酒を注ぎながら芥川がいった。
「森先生は帰ってくるかな」
「さすがに酔っ払いの寝込みは襲わないだろ。多分」
菊池の言葉は自信に欠けていた。
了