1:ほっぺにちゅう(+にいぼく)
2:セクハラ的行為(+秋鏡)
3:間接キス(+秋鏡)
ほっぺにちゅう(+にいぼく)
新美が若山に懐いているのは聞いていた。ただそれが若山の首に腕を回し頬にキスをするという域に達しているとは知らなかったが。花袋が面食らっていると若山は鈍く、新美は無邪気に彼にじゃれついたままいう。
「あいさつだよ!」
「らしいぞ」
「らしいって」
どうやら若山はされるまま受け入れているらしい。この頃仲が良かった2人だがスキンシップ過多傾向になったようだ。一見すれば微笑ましい両者のやり取りだ。いつの間にこんなに仲良くなったのだろうという素朴な疑問はあるがそれを指摘すると自身と森の関係に言及されそうなのでいわないでおく。
自身と森の仲といえば既に「ほっぺにちゅう」というのは通り越している。しかし改めて見せつけられると微笑ましさが羨ましい気もした。かといってキスをしてもらうのもやはり違う気がする――そうなると花袋の心はあっさり決まった。
扉を叩かれる。
「どうぞ」
花袋がやってきたのは啄木が司書に呼ばれて不在のときだ。薬品の整理をしていた森はやって来た花袋に顔を上げる。彼が戦闘の負傷以外で医務室にやってくるのは珍しかった。彼は今は病気をしないし戦闘以外では怪我もしない。心を病まずにいるので薬を求めることもなかった。文豪の中では異端なほど健やかだった。
だから油断していたといっていい。なんともいえない顔をした花袋は椅子に座っていた森の前に立つと彼の胸倉を掴み――ちう。と頬にキスしたのだから。
「………………花袋くん」
沈黙ののちにやっと呼びかけた森に花袋は胸倉から手を放して目を背けた。
「……激励です。お仕事頑張ってください」
「ああ。うん」
振り返る。そしてさっさと医務室を辞した。
――花袋が出て行ったのち。森は握っていたボールペンを折った。
「な」
顔を片手で覆った。
「なんだったんだ……」
それは花袋のただの思いつきに過ぎなかったのだが予想を超えて影響を与えていたことは彼も想像もしていなかった。
セクハラ的行為(+秋鏡)
あれは秋声が悪いと司書も肯く。事の次第が掴めない花袋は氷嚢を頬に当てながら椅子に座り込んでいる友人を見下ろした。左頬が腫れているようだ。花袋よりやや下の位置にある頭を振って司書は嘆息する。
「話は簡単です。泉先生を怒らせたんです」
「いつものことだろ」
「煩い花袋」
「いつも以上に怒らせたんですよ。偶々泉先生が薄着をしていて。それを見咎めた秋声先生が『お前痩せたな』って腰をなぞったんです。ぞぞ~っと」
「ぞぞ~っじゃない。単にそーってなぞっただけだ」
「……少なくとも司書から見ても手つきがいやらしかったんだな」
花袋は納得する。つまりセクハラ的行為の代償として秋声は左頬を叩かれた訳だ。
「叩かれたんじゃなくて殴られたんですよ。グーで」
「うわあ」
「あの人昔も秋声先生のこと殴ってますからね」
「煩い司書」
訂正。殴られた訳だ。右の頬をぶたれたら左の頬を差し出せというがこの2人の場合は猫の喧嘩に等しくなるだろう。あるいはこういってはおかしいが秋声は泉を掌中の珠のように思っている節があるから一方的に引っ掻かれるに任せるかも知れないが。ぶすくれている秋声を見ているのは面白かったがそろそろこの部屋を出なければならない。
ここは医務室なのだ。森を訪ねてきてみれば普段はあまり来ない者達がそこにいて少なからず驚かされた。沈黙を守っていた森は立ち上がった。
「そろそろ傷の手当てをするぞ秋声くん。司書や花袋くんもそろそろ持ち場に戻りたまえ」
「はーい」
「先生。そういえば啄木さんは」
「先程北原くんから逃げていた」
常ならばバイトに詰めている人物の名を口にする司書の横で花袋が秋声の手から氷嚢を受け取った。それをどこへやったものかと迷っている花袋を、手当の準備をしていた森が何気なく見遣った。飴色の目が瞬かれる。手招きすると花袋は無防備に森の元へと寄った。
そして森は彼の腰に手を添えて線をなぞった。
腹を殴られた。
「……っ君でも怒るんだな」
「当たり前でしょう! あー吃驚した! 秋声が2人に増えた!!」
「その物言いはどうなんでしょう花袋先生……っていうか森先生なにしてるんですか」
「森先生。手当はまだですか」
医務室にて。セクハラ的行為はかくも何ものをも生み出さぬと明示されたのだった。
間接キス(+秋鏡)
「ラッパ飲み」として嫌われていた500mlペットボトル飲料もここ最近は文豪たちに受け入れられつつある。とはいっても主流は湯飲みにボトルの中身を空ける飲み方なのだが。
ただでさえ旧い生まれには受け入れられにくいボトル飲みの上秋声が提示した条件は最悪だった。
「ほら。これ美味しいよ」
「は」
地を這うような声だった――居合わせた徳永はのちに証言する。秋声が自分の飲んでいた500mlペットボトル飲料を泉に差し出したとき。余人の想像に容易い惨事が生じた。
それを聴いた花袋はあきれかえった。
「なんでまた間接キスなんざ狙おうとしたんだよ。無謀すぎるだろ泉相手に」
「狙う相手が間違っていると愚考します」
司書さえもどんよりとした目で見詰めると秋声は喚いた。
「煩いなお前ら。血迷ったんだよ悪いか!」
「少なくともペットボトルの飲み口を火で炙ろうとした泉先生とどっこいどっこいですよ」
館内は現在窓を開け放つか換気扇を働かせている。偏にプラスチックが溶けた異臭によるものだ。現在泉は尾崎と幸田が並んで叱っている。そして首謀者の秋声は一応同門でもある自然主義派仲間の花袋が司書と挟んで厳重注意をしている最中だった。司書は本に臭いがつかないかそればかりを心配している。秋声は唸った。花袋に対してだ。
「司書はともかく花袋。お前は僕に偉そうなことをいえるのかよ」
「オレか」
「森先生と間接キスができるっていったら花袋はどうする」
花袋は腕組みした。1秒。
「うん。それは悩むな!」
「立場としてもう少し悩んで! いや悩んでるけど即答しないでって意味で!!」
司書が青ざめて怒鳴った。いっておくが間接キスの話である。司書は花袋の胸倉を取る。
「大体花袋先生! あんたはもう森先生と立派にお付き合いしてるんでしょうが! 間接キスなんてすけべ心を出さなくても直接キスしてもらえるしできるでしょう!」
「いやーそれとこれとはまた別なんだ。なあ秋声」
「そう。また別腹なんだ」
「知るかこの男子小学生どもが」
吐き捨てる司書の目は冷たい。いかんせん異臭がまだ残っている。このうちは司書の目は冷たいままだろう。頭を振る司書は花袋にいう。
「というか森先生と間接キスってシチュエーションが限られるでしょう――ああ別に具体的に教えてくれなくていいです。秋声先生に同意するには状況や条件がだいぶ違うんじゃないですか」
「男としてはロマンをだな」
「あっ森先生ー丁度良かった」
「話を聞いてくれよ!」
「なんだね」
花袋の言葉を無視して司書が声を張り上げる。秋声たちが見ると森がこちらに歩いてくるところだった。彼は目を瞬いている。彼に司書は尋ねた。
「先生。間接キスってご存知ですか」
「いや。知らんな」
「あーそこからかー。まぁいいや。言葉のニュアンスをくみ取って花袋先生にしてあげてください」
「ちょっ……司書!? なに言って」
「……」
慌てる花袋。無表情の森。彼は言われるまま花袋の前に立ちふさがった。身長はさして変わらないが厚みのあるために圧迫感がある。思わず後退りしかけた花袋の右肩を森が掴んだ。
空いた右手の平が森の口に当てられる。それがおもむろに花袋の口にくっつけられた。驚く花袋に森は言う。
「……間接キス。こんなのでいいのか」
「………………――!!」
「あ。真っ赤になった」
「湯気も出たね」
「倒れた?! 花袋くん!」
床に崩れ落ちた花袋を森が慌てて介抱する。それを見て司書と秋声はしょっぱい顔をした。
「ええー……この人ら一線超えてたと思ったけど」
「これは森先生が凄いのかな。花袋のDT力が凄いのかな。あ。お姫様抱っこ」
「我に返って暴れ出したぐらいにはまだプライドがあるようですがねぇ」
ある昼下がりのできごとだ。
了