2:司書「昼間から盛らんでください」
3:寝転ぶ花袋と見守る森
4:五里霧中
お題は「リライト」(閉鎖されたようです)より。pixivからの転載
一緒に寝る
補修のための寝台は1台につき1名までのはずだ。しかし待ちきれなかったらしい。果たしてそちらはどちらだったのかはあとから来た花袋にはわからなかったが。
「森先生。これ」
「寝台が塞がっていてな。待てといったんだが志賀くんは待てなかったらしい」
「あ。これ志賀があとから入ったんですか。……これって治るんですか」
「起きているよりはましだと考えたらしいな。それで花袋くんも休みたいのか。少し待ってくれ」
ボールペンで書類を整理する森はそういって背後の花袋が椅子に座る気配を感じた。今日の潜書上がりらしい。ペンを片手に振り返ると金髪の青年が疲れた様子で椅子に凭れていた。それを見て今日は君だけかと感慨に耽る。花袋は苦笑した。
「大したもんじゃないんですけどね。温泉にでも浸かっていれば治りますよ」
「ああ。温泉か。君は温泉が好きだったな」
「機会があれば温泉旅行に行きたいです。……旅費はいいから藤村でも連れて歩いて行ってこようかな」
「……」
(私の名は出さないのか)
森は自身が風呂嫌いを公言していたことを後悔した。それが伝わったのか花袋は森を見た。そして顔を綻ばせる。
「あ。ひょっとして森先生も一緒に行ってくれる気がありますか」
「……どうしてもというなら考えよう」
「どうしても、です」
仮初めの旅行の話だ。しかし疲れた花袋には大層盛り上がる話題だったようだ。約束ですよと指切りまでせがんだ花袋は、ふと森の背中に凭れた。白衣と軍服越しでも伝わるほどに熱を帯びている。明るく話していたが――花袋は疲れているときでも元気に振る舞う癖があるようだ――彼は潜書帰りに休みに来たのだ。しかし志賀と武者小路がまだ寝台にいるから休めない。背中の熱を呼ぶ。
「花袋くん」
「すいません。ちょっと……背中を貸してください」
「ああ」
なんなら一緒に寝て寝かしつけてやりたいと思った。しかしそれは堪えて返事をする。自分でも思ったより優しい声が出た。花袋は肯いて寝息を立て始めた。
ひそひそ話
図書館ほど耳打ち話の似合う場所はあるまい。司書は言った。
「大声で話す場所でもありませんからね。本を読むという行為は作者との対話ですから」
「なるほど。我々が書いた作品を通して読者と話をしていると」
「そう考えると素敵ではありませんか」
司書の言葉は納得のいくものではあった。だから花袋がなにやら本を見つけたらしくそれを手に取っていたのを見かけたときは背後からそっと囁いたのだ。
「面白い本でも見つけたのか」
「……! 吃驚させないでくださいよ」
言葉こそ抑えている。しかし本を抱えたまま花袋は本棚にぶつかった。震動で本が揺れた。体格がそれなりにいい花袋がぶつかれば本にダメージも与えるだろう。森が飛び出した本を戻しながら花袋にそういえば彼は肩越しに口籠もる。
「だって森先生に囁かれると心臓に悪くって」
「そうかね」
「んっ……ちょっと先生」
本を抱えた花袋の背後からのしかかる。――無視できる表情ではなかった。腰に手を回す。項に花を埋めると花袋から更に声が上がった。
「……言うまでもないでしょうが。館内で昼間からそれ以上盛り上がらないでくださいね」
冷や水の声。司書だ。思ったより間近から聞こえてきた。司書は本をたくさん抱えながら囁いてきた。慌てて腰から手を放すが司書の目は冷たいままだ。2人の横を通り過ぎて近くの本棚に本を戻す彼は囁く。
「ひそひそ話は結構。ここは図書館ですからね。でもそれ以上のことは厳禁ですよ」
「……はい」
どちらともなく囁くような返事をした。
髪の毛を弄る
ひよひよとした金色の髪の毛が揺れる。庭で転がる花袋の頭がそこにあった。思わず蹴飛ばしそうな位置にあったので蹈鞴を踏む。花袋が軍靴の下敷きにならずに済んだのは隣に座っていた藤村のお陰だ。藤村は眠る花袋を見ていう。
「花袋と昨夜文学論で盛り上がっちゃって。僕は先に寝たけど花袋は寝付かれなかったみたい」
「なるほど」
言われてみれば心なし花袋の目元の色が悪い気がした。立ち上がった藤村は視線を受け止めていう。
「僕ごはん食べてくる。森先生、花袋のこと見てて」
「おい」
「お腹空いたんだよー」
言いながら藤村は既に遠退いていた。藤村が見えなくなると溜息混じりに森は腰を下ろした。芝生の上に風が吹き隣では花袋が寝息を立てている。それを見て彼は花袋の頭に手を乗せた。綿に似た感触が返ってくる――それが花袋の髪の触感だった。指の中に髪の毛を通すと空気を含んだ髪が森の手に馴染んだ。ふわふわという感触がどうやら自分の手に心地良いものだと今気付いた。手先で弄る。花袋はまだ起きる様子はない。しかしむずがってこちらに顔を寄せてきた。なので頬を撫でた。
背中合わせ
新しい有碍書への潜書。自分たちの会派に宛がわれた任務はそれのはずだ。しかし今、花袋は困っている。
「……小林。秋声……森先生?」
五里霧中。よもや四字熟語がそのまま現れた書物とは――敵が出る様子もないが味方もどこへ行ってしまったのか。ひとまず名を呼んで進んでみる。
何かにぶつかった。声が上がった。それが白衣だったので声をあげる。
「森先生っ?」
「花袋くん。やっと見つけた。他の2人はどこに」
足元を見て歩いていた。そこに見覚えのある槍の穂先を見つけて顔を上げるとそこに森が立っていた。この霧でオールバックが少し湿っているものの(多分自分も髪がしんなりしていることだろう)特に変わった様子はない。安心してから背中を合わせた。2人いれば心強い。
「オレが気が付いたらもうひとりになってました。先生は」
「似たようなものだな。君に会えただけ僥倖か。会派筆頭が秋声くんだったことを考えるとなんとしても彼を捕まえないとな」
「小林も確保しとかないと」
いいながら2人でじりじりと背中をくっつけたまま歩く。背中を離す気にはお互いになれなかった。