※この作品はR-18です。

特務エスパー司書シリーズ   作:駒由李

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pixivより転載。弊館に太宰先生以外揃いました。そんなわけで太宰先生と司書です。はよきて


死ぬのってどんな気持ち【太宰+男司書】

 背に穴が空いた。これで呼吸が楽になる。暗くなる視界の中で倒れ込んだ床の感触を覚えながら足音を聞いた。あれは自身を追いかけてくる誰か。しかし既に自分には関係のない話だ。体と同時に投げ出した意識。遠退いていく思考が自身を何よりも安らげた。床も意識も空気もひんやりとして心地がよい……

 

 板が軋む音。それに背が跳ねた。恐る恐る振り向けばそこには赤い頭の色男がいる。したり顔で電子レンジに向かう自分を見ていた。

「ふっふっふ。みーちゃった。司書。それは肉まんかね。あんまんかね。それとも予想を裏切ってピザまんかな」

「……肉まんです」

「2個で手を打ってやる。俺の分もチンしろよ」

 舌打ち混じりに答えれば寝間着に袢纏を羽織った太宰は堂々と自身のいる厨房へ歩み寄る。自身の手元には冷凍食品の肉まんの袋。目の前には稼働中の電子レンジ。夜半に目が覚め小腹が空いた先のことだった。季節は冬だった。

 

 皿に盛った肉まんの山。素早く手に取ったのは太宰だ。シートを剥がしながら熱がっている。「火傷しますよ」とグラスに水を注いだ。2人分なのは共犯の気持ちもこめてだ。おやつ用の冷凍食品は厨房の冷凍庫に常にストックされている。しかしそれを勝手に食べるのは少しばかり罪悪感が首を擡げた。目の前の文豪はそんな気持ちなど欠片も抱いていない様子だったけれども。そっと白い塊にかぶりついた太宰は夜目にも小気味良い笑顔を見せる。

「うっまいなー肉まん! 俺の生きてた頃よりずっと旨くなってる!!」

「冷凍食品ですけどね」

「なにいってんだ。俺の頃なんて冷凍食品なんて言葉でぐらいしか概念がなかったぞ! それに満足できるぐらいの味ならそれで充分だろ。ましてや俺らからすりゃ充分美味のレベルだ」

「……さすが例の調味料を持ち歩くだけはありますね」

 それなりに旨ければそれで良い。芸術家がそれでいいのだろうかと思うがそれが太宰治たる由縁だろうとも納得する。彼の作品は妙に庶民の感性に訴えかけてくるものがある。彼の手がけた作品は小説よりも随筆のようでしかし絶妙に虚構が混じる。バランスを保ってうまいこと読者を納得させるのが太宰治なのだと司書自身は思っていた。一応は大学時代に近代文学を専攻していた身である。現代に転生させた文豪が前生の名残を持っていることには関心があった。さし当たっては向かい合ってこっそり肉まんを食べ合う程度だが。自身も紙を剥いて肉まんにかぶりつく。安っぽいがしかし懐かしい味だ。この際は温もりの方が優先させる味わいにしみじみと感慨に耽る。

「それで司書。お前も悪夢でも見たの」

 一足飛びに向こうから突っ込まれては防御のしようもないが。熱の塊が喉にぶつかり噎せこんだ。グラスを引っ掴んで一気に呷る。安否を尋ねる声は暢気だ。しかし何度か噎せて落ち着いたのちに見上げると新しい肉まんに手を伸ばしていた太宰はいっそ無邪気に笑っていた。

「おいおい図星だからってそんなに焦るなよ。悪夢ぐらい誰だって見るだろ」

「……『お前も』ってことは太宰さんも見たんですか」

「見るぜー。よくも蘇らせたってぐらいに頻繁にな。むしろ見てない奴の方が少ないんじゃないの」

「……でしょうね」

 直球の皮肉はいっそ清々しい。持っていた肉まんを口に放る。人肌に触れていた部分は冷めていた。

 彼はこの図書館で最も遅く着任した文豪だ。そして自ら死を選んだことでも知られる文豪である。近代文学の文豪で自死を選んだ者は少なくない。比較的早くに着任した芥川。よく名を口にされる川端康成。捜せば文筆家の中に死を選んだ者は枚挙に暇がないだろう。彼らを彼岸から此岸へ引き戻すのに抵抗があったのは誰よりも司書自身だった。館長に宥められた日が懐かしい。

『それでも彼らの魂は強いんだ。それはわかっているだろう』

(だから尚更転生という名の蘇生なんて嫌だったんだ)

「折角ちゃんと死を経験して彼岸に行った人たちを俺たちの勝手で呼び戻したんだ。また肉の器を得て苦痛を夢に見るのは当然でしょう」

「わかってんじゃん。本当。次に彼岸に戻すときはできるだけ苦しくなく送ってくれよ」

「……」

「……馬鹿正直っていわれない?」

「ときどき」

 自身の表情が彼ら文豪たちの「行く末」を示してしまっていたらしい。俯く司書に「いーよ。お前を責めてる訳じゃないから」と新たに肉まんを頬張る。冬の夜で急激に適温に冷めつつある肉まんを司書がもうひとつ手に取ると太宰はグラスの水を呷る。そして金色の目でこちらを見た。

「それで? どんな夢を見たんだよ」

「あなたが他人に関心を示すなんて珍しい」

「俺のことなんだと思ってんの」

「ピエロのナルシストのろくでなし」

「佐藤先生にあることないことちくってやる……」

「それはやめて」

 秋声に次いで自身を支えてくれた佐藤は若輩の司書を心配してかなにかと口を酸っぱくして気を配ってくるところがある。太宰の言葉をそのまま受け止めるとも思えないがどちらにしろろくなことにならないのは目に見えた。3個目の肉まんを口に突っ込んでやると太宰はそのまま黙る。息を吐いて汗を拭くマネをしてみせるとグラスを握った。窓から注ぐ月光が低い水面で反射していた。こんな月の光のように冷え冷えとした夢だった。

「殺される夢でしたよ」

「島崎が喜びそうな夢だな」

「えぇ。多分彼が散々『死ぬのってどんな気持ち』っていってるのを聴いたせいでしょうね。昔からよく見るんですが……」

 きっと死ぬとはあんなものだ。背中を穿たれた。散々逃げ回ったどこかの建物。倒れ込んだのはどこかのベッド。敷布には墨で罵倒の文句が経文のように敷き詰められている。その上に俯せに倒れた。背中から服から口から血が垂れてベッドを汚した。それが当たり前だというように体も動かない。自身はただ赤い血を垂らす入れ物として倒れていた。冷え冷えとした空気。複数の足音。次第に色を変える景色。そこは実のところ病院だった。何科だったのだろう。自身はどうやら自殺したらしい。拳銃が床に転がるのが見えた。悲鳴と看護師や医師たちの足音が近付いてくる中自分は意識を投げ出した。

 そこで目が覚めた。

「痛かったのか」

「いいえ」

 太宰が問う。3個目の肉まんを手にしていた彼は自身を見ていた。グラスを両手で握り自身は告解する。目の前の彼は赤毛の司祭だ。

「つらかったのか」

「いいえ」

 自身は首を振る。太宰は問うた。

「苦しかったのか」

「いいえ。太宰さん。それでもこれは悪夢だったのです」

「聴く限り羨ましい限りの夢だぞ。それは」

 怪訝そうな太宰は十字架の代わりに肉まんを握る。

「痛くも辛くも苦しくもない。そうして死に至る夢。将に理想だ! ただどうせなら俺も道連れにして欲しい夢だったな」

「そうなんです。将に楽になる夢だった。だから悪夢なんです」

 前向きな司祭を前に子羊はいう。

「『もう何も考えなくていい』。そういう夢だった。あなた方に再び考えることを強いている俺が見て良い夢ではないでしょう」

 麻薬にも似た夢だった。冷え冷えとした空気。まるで日照りの中に頭から水に飛び込んだよう。思考を放棄して真っ暗に塗りたくる意識。その中で漂うことはなによりもの快楽だった。

 それは今の自分には決して許されないことなのに。

(文豪たちに再び「思考する苦痛」を与えておいてなにをいまさら)

「……お前は本当に真面目だなぁ。もう少し楽になれよ。俺のファンならさ」

 顔を上げる。ちゃっかりと4個目の肉まんを手にしていた司祭は子羊の司書の前で笑っていた。不釣り合いなほどに明るく。両手を広げて。

「俺も死に際なんてぶっちゃけ覚えてないけどさ。もっと正直に生きろよ。考えるのはつらい。何も考えなくていいということは希求すべき願望だ! それを夢に見たということは理想を明確にイメェジできたということだ。むしろ誇るべきことだ。俺としては具体的にどういう感じでそういう夢になったのかを聴きたいね」

「……」

「なぁ司書。死ぬってどんな気持ちだった」

 無邪気に笑う太宰。彼を見てふと気付く。自身より幼く見えるその顔の色が悪い。彼の寝付きが悪いらしいとは森の口から聴いていた。そんな彼は自身に説く。

「何も考えなくていい。それってすっごく嬉しくて喜ばしくて楽になれただろう」

 司書は気付いた。自身が取るべき行動を。そっと彼の首に両手をかけてやるのが最善だ。

 けれどそれは実行しなかった。

「それでも俺は生きてる限り考えるのをやめちゃいけない。それがあなた方すら呼び戻してしまった俺たち生者ができる唯一のことだと思ってるんです」

「なんだ。つまらない」

 肩を竦める。肉まんを片手の太宰は微笑んでそう答えた。

 

 

 

 

 

End.

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