2:彼らの服のデザインについて
3:戦後に会議する場所が焼けた記者や作家なんかが公園で車座になって話し合ったりしたそうです
お題は「リライト」(閉鎖されたようです)より。pixivより転載
一緒に買い物
「俺はつぶあんだが君はどうする」
「じゃあこしあんで」
店員に注文すると十数秒後には紙袋に包まれたあんパンが森と花袋の手に渡った。休日の街角。出掛けていた2人は穏やかな昼下がりを過ごしていた。
大抵の用事は図書館内で済ませてしまえる。しかし偶に本や衣服を求めて街へ出掛けることもあった。森と花袋はその道中の腹拵えに店に寄ったのだった。菓子パンに食いつきながら隣の森を見上げる。森は満足そうに言った。
「やはりつぶあんだな」
「こしあん過激派と口論になりそうですね。それにしても良い天気ですね。これなら蒲団もよく日が通りそうだ」
「肉料理の話か? まぁ実際そうだな」
今日の買い物は蒲団を干している間の時間潰しのためでもあった。万が一に雨が降った場合は仲間に取り込んでもらうことを約束していたが今日の降水確率は0%。帰った頃にはふかふかの蒲団が待っているのも約束されていた。花袋は満足そうに笑う。「新しい蒲団カバーを司書に注文したからそのうち届くだろうし楽しみです」
「君はそんなものまで頼んだのか。俺も帰ったら真似させてもらおうか。……そういえば花袋くん」
花袋の言葉に羨望を向けたモリは不意にあんパンを飲み込んだ。紙袋をまとめてポケットに押し込むと花袋の肩を掴んで耳打ちする。
「折角カバーを取り替えるなら、今夜は君の部屋を訪ねてもいいかな」
「……こんな上天気の空の下で言うに事欠いてそれですか」
花袋は森の手の甲を抓った。その手の力が強かったかどうかは言明しない。
おそろい
「よく見ると花袋先生もおそろいなんですよね」
それは自分たち文士の身形の特徴についての話だったと思う。森がコピーした書類を整える手伝いをしていると、司書は何気ない様子で彼にふと語りかけた。
曰く前生で関わりのあった文豪は服装に特徴が出ている。わかりやすいところでは尾崎と泉の羽織。無頼派は太股に本を携えている。「明星」の友は三日月の意匠を服につけている。
「その点だと森先生たち余裕派の方々は特にそういうのはないですね」
「いわれてみればないな」
「見た目が確実に成人してるなってぐらい……とにかく俺が言いたいのは文豪の方々はおそろいを意識している人たちの方がずっと多いなってことでして。秋声先生だってちゃんと羽織を腰に巻いてますもん」
「それで花袋くんがどうした」
脳裏に描いたのは秋声の腰に巻かれた紅葉の羽織だった。森は話を促した。花袋といえば自然主義だ。しかし自然主義同士で特に揃いのものを身につけていただろうか。書類をホチキスで留めながら聞くと司書は目を瞬いた。
「あれ。森先生はとっくにお気づきかと思ってました」
「なにが」
「花袋先生の服の紐の結び目ですよ。似てるでしょう」
「……そういえばそうだな」
いわれてみて思い出す。紐のタイの結び方は一見ただの蝶結びかと思うがよく見ると結び目が独特だ。上着の背面の飾り紐も誰に似ているかと問われれば尾崎一門のそれに似ていた――当然といえば当然だろう。花袋は元は尾崎に師事していた。司書はいう。
「深読みも解釈の内っていうのはウチの大学の教授の言ですがね。だから花袋先生もちゃんと尾崎一門の門下生なんだなぁって。わかりづらいですが」
ふと森は思い当たる。花袋の今の色合いは尾崎のそれに似ていた。金色。森が彼に惹かれた一因の色合いは花袋の明るさを象徴しているようだった。明るさが尾崎譲りだとすればそれは有難い美点だとも思えた。
書類を整え終える。司書は顔を上げて含み笑った。
「ああ。森先生はちゃんと花袋先生とお揃いがありますね」
「なにを言っている」
森が怪訝に見下ろすと司書は首を示した。軍服のカラーはこのところ暑くて緩めていた。夏服が欲しい。その首を示していった。
「首に鬱血痕。花袋先生にも見える位置につけてたでしょう。駄目ですよ大人げない」
そういって司書は深く深く溜息を吐いた。誰にも真似のできない重い溜息だった。
うたたね
『図書館内では静粛に』
司書の言葉を忠実に守る文豪が騒ぎたいときはどうするのか。それは戦後の文士や編集者とさして変わらない。青空会議である。なお、雨の日は誰かの部屋かシガールームに集まるのが常だ。現在、司書は会議室を作ろうと模索中である。
「……5分。休憩しましょう」
「そうだな。喉も渇いた。水でも持ってこよう」
その日も中庭で文学論をぶつけ合っていた森と花袋は大いに盛り上がった。書架の日差しの中、数時間にわたった結果――暑さで顔を赤くした2人ができあがった。普通の人間ならば熱中症になっているところだ。木陰へ移動しながら話す2人。花袋は森の言葉を謝絶した。
「いいえ! オレが持ってきますよ。先生は休んでてください」
「しかし君の方が顔が赤いぞ」
「そりゃ鏡を見てから言って下さい。先生は元が顔色が悪いんですから――直ぐ持ってきますから!」
言って花袋は建物へと駆けていく。止める暇もなかった。森は彼に言われた言葉を反芻し頬に手を当てる。何となくいつもより熱い気がしなくもない。しかし自分の顔は見えない。仕方ないので木にもたれ掛かって座る。
……。
「先生ー。司書が『暑いんならポカリを飲んであとはどちらかの部屋で討論しろ』だそうです……ってあれ。寝てら」
花袋が見たのは木の幹に凭れて瞼を閉じる森の姿だった。近寄り盆を地面に置くと膝をつきそろそろと森の前に出る。
顔色は良くなったようだ。暑くなりすぎると眠くなることがあると以前司書が言っていた。今の森はひょっとしてそれだろうか。
いつもこうだ。ただ文学について話し合っていたと思ったら気が付けば意見し、討論にまで発展している。「談義」の定義に話し合うことも討論も含まれるのだけど。こうして落ち着いて寝顔を見るのは随分と久し振りの気がした。僅かに崩れた前髪を直してやると花袋は微笑む。うたたねという稚気を見せつけられると先程まであれほど弁論を重ねていた相手と同一とは思えなかった。
「先生かわいい」
呟く声はごく小さい。花袋もまた初夏の昼下がりに誘われたように森の隣に転がった。少しぐらい昼寝も悪くない。
やがて立ちはじめた寝息。彼の頭をそっと森の手が撫でた。
了