2:両片想い時代の2人
3:人待ち風情と多喜二
お題は「リライト」(閉鎖されたようです)より。pixivより転載
自転車二人乗り
軽やかに鈴が鳴らされる。居心地が悪く森はいった。
「花袋くん。前後を変わってくれないか」
「嫌です」
花袋は笑顔で答えた。彼は前に座ってハンドルを握っていたので森には見えなかったが。
「司書からこの自転車を借りたのは飽くまでオレですから。森先生はそのまま荷台に乗っていてくださーい」
「……夜に覚えていたまえ」
「最低な下ネタは聞きませんよ!」
声を低めた森の言葉も花袋は笑って済ませた。一路に郵便局へと向かう彼らを乗せた自転車。それは司書の私物のシティサイクル――所謂ママチャリだった。
「へぇー俺たちが生きていた頃より性能が上がってるな」
「そうですかね」
「だってこのよくわかんねーネジみたいなやつは俺の時代にはついてなかったぜ」
「グリップシフトっていうんですよ」
実家から持ってきたというそれは高校から乗り続けているものだという。シルバーの塗装で、よく手入れがされているようだった。今回、司書が実家から持ってきたのは偏に住環境が図書館にあるのでこちらに置いておいた方が使う機会があるだろうというねらいだ。そこに自転車好きの志賀が食いついたのだった。実家から図書館まで乗ってきた自転車を点検する司書。彼に志賀は無邪気に言った。
「なぁ。この自転車、乗ってみてもいいか。――おいなんだよその顔は」
顔いっぱいに渋面を作った司書に抗議する。司書はさも当然のように自転車を庇った。
「だってあなたに自転車を渡したら最後、あなたごと大破して帰ってきそうですもん。あなたは丈夫だから辛うじて無事で済みそうですがチャリは無事じゃ済まなそうですもん」
「おい『城の崎にて』の話か?! たしかに山手にぶつかって脊椎をやっちまったがそれと自転車は関係ねーだろ! そりゃ前方不注意なのは認めるが……――というか俺を心配しろよ!」
「心配してるんじゃないですか。だから自転車を貸したくないといってるんです」
「ああいえばこういう! おい田山さん! このわからんちんの説得を手伝ってくれ」
そのとき丁度、中庭に面した窓際を花袋が通りかかった。彼が志賀の言葉に怪訝そうに顔を出したとき、司書はふと用事を思い出した。
「あ。丁度良かった花袋先生。ちょっと郵便局の本局まで行ってきてもらえますか」
「オレがか」
「行きか帰りにでも森先生の迎えもお願いします。この自転車を使ってください」
「おい司書! 森先生の名前は狡いだろ! こいつ断らないだろうが! 俺も自転車に乗りたい!」
「あーもうそのうち給料を貯めたら買いに行きましょう。武者先生や武郎先生と一緒に」
そういうわけで花袋は司書から用事を言いつけられ、別件で外出していた森を回収し郵便局へ向かっているのだった。
前後を諦めた様子で森がいう。
「重くないかね」
「それがこの自転車グリップシフトっていうのがついてて簡単にギアの調節ができるんですよ。切り替えが簡単に利くんで驚きですね」
「……つまり普通に漕いでいる分には重いと」
「そりゃ軍人をひとり乗せてますからね! でも意地でも前後は変わりません!」
花袋が必死にペダルを漕ぐのを見ながら腰に回した手を強くする。花袋のプライドの高さは知っている。そこが好きなところでもある。しかしここまで必死になられると自分たちの関係に不安も生じてくる。しかし前方の花袋は常の通り明るい声だ。
「だっていっつも森先生は他の人たちを背負って相談役を引き受けちゃってるんですもん。先生を担いで動けるぐらいには逞しくなりたいと企んでるんですよ。まずは自転車から!」
「……好きで相談役を引き受けているんだ。だから君が気に病まなくても大丈夫だ」
「そうですか!」
口ではそういっても森は花袋の気持ちが嬉しかったし花袋は帰り道にちょっとだけ速度を落とした。
心がすれ違う
まだ付き合っていなかった頃の話だ。
「森先生。こちらにいらしてたんですか」
雨が降りしきる。まだ昼間だが空は暗い。館内は明かりを灯していた。棚から取りだした本を立ち読みしていた森を呼んだのは花袋だった。彼は歩調軽く寄ってくると、本を閉じた森にいう。
「司書が呼んでいましたよ。案内しますから行きましょう」
「……ああ」
当時、森は着任したばかり。だだっ広い帝國図書館の内部はまだやや不案内だった。本棚は図書館の分類法に則れば良い。しかしそれ以外に付随した職員の私室や購買などもある。簡単には覚えにくい構造になっていた。なおその最初の被害者は館長だったという話である。それを防ぐために道案内を買って出た花袋は森を先導していた。しかしふと森は呟いた。
「田山くん。別に無理をしなくていいんだぞ」
「え……」
「道案内は有難い。しかし毎度に俺の世話を焼いていたのでは自分のことに手が回らないだろう。そろそろ自分の方に目を向けてきたらどうかね」
それはそろそろ見たことのある風景になってからの言葉だ。そろそろ花袋の世話を焼かれずとも森は大丈夫になってきていた。花袋も大変だろうと思っていた。いくら昔の縁があるとはいえ――そう思ってのことだった。しかし花袋はかなしそうに微笑んだ。
「……えーと。そうですね。俺は先生とお話ししたり一緒にいるのが楽しいから、道案内って言うのは言い訳だったんですけどね。そうですね。先生がそう仰有るなら」
「あ……」
「それじゃオレは藤村たちが呼んでたんで!」
口振りだけは元気よく花袋は去っていった。
森はなぜこんなにも胸が痛むのかわからず、とりあえず自分を呼んだ司書に相談しようと決めた。
帰りを待つ
花が咲くのを待っている風情だった。多喜二が見たとき、花袋は頬杖をついてぼんやりと座っていた。
「誰かを待っているのか」
「おお小林か。待ってるっちゃ待ってるな」
声を掛けると姿勢を正す。しかし立ち上がろうとはしない。花袋は指でそれを示した。
それはタイマーだった。それを見て察する。タイマーといえば有魂書に潜った文豪が出て来るまでの時間を示す。花袋が待っているといえば。
「森先生が潜っているのか」
「何で森先生って決めつけるんだよ。藤村や独歩かも知れないだろ」
「そうなのか」
「……まぁ森先生だけど」
「つまらない意地を張るなよ」
「うるせぇ」
言って花袋はふて腐れたように机に突っ伏した。しかし結局その場から離れようとはしない。意思ははっきりとしていた。新たに椅子を引っ張り出して多喜二はいう。
「いつも待っているのか」
「……偶にな。暇なときにこうして待ってる」
「何でまた」
花袋は心外そうに答えた。
「そりゃあ。帰ってきた先生の顔を1番に見たいからだろ。いわせんな恥ずかしい」
唇を尖らせる花袋の様子がおかしかったので思わず「少女みたいなことをいうんだな」と率直にいった。叩かれた。
了