2:龍寛。猫を可愛がる話
3:はるだざ。耳掻きのしすぎに注意
お題は「リライト」(閉鎖されたようです)より。pixivより転載
髪にキス(龍寛)
タオルドライだと乾くのが遅いからドライヤーを使っているだけだ。今は便利なものだと思う。
「おいアンタ。次、そのドライヤーを貸してくれ」
「ほい」
乾かし終えた髪に手櫛を通していると隣の菊池が言う。彼はそれを受け取ると、手早くコンセントを挿して椅子に座る芥川の髪に熱風を浴びせはじめた。眼を細める芥川に花袋が呆れる。
「髪ぐらい自分で乾かせろよ」
「こいつはほっとくから駄目だ。諦めて世話を焼くことにした」
「焼かれています」
「せめて自分でもドライヤーを使えば乾くのが早いんだぞ龍!」
ドライヤー2本使いは遠い話だろう。龍の髭を思わせる長い髪がそよぐのを見ていると森が入り口から入って来た。花袋が顔を向ける。
「森先生。潜書は終わったんですか」
「ああ。今日は先に風呂に入っていたんだな」
「司書に入っちまえっていわれて。最近は先生もそこそこ長く入っていられるようになったでしょう」
白衣を脱ぐ森と交わす言葉は以前、森があまりに烏の行水だったために司書が花袋と一緒に入るように命じたことだ。この日は2人は別の仕事をしていたので長風呂の花袋は先に入らされたのだ。しかし花袋の物言いに森は白衣を畳みながら不服そうだ。
「そもそも子ども扱いされているのが不満なのだがな」
「ははは。芥川よりはしっかり入っているからマシですよ」
「そうだな。ましだな」
「ひどいいわれようだなぁ」
大人しく髪を乾かされている芥川がぼやいた。しかし菊池は頭を振っている。
不意にふと森の手が花袋の頭に伸びた。何事かと見上げるより早く彼の顔が寄せられる。菊池たちが目を剥いていると森は口を離していった。
「……新しいシャンプーに変えたか」
「はぁ。前まで使ってたのが購買で扱わなくなったんで」
「そうか。少ししっとりしているように見えたからな」
いって数度、花袋の頭を軽く叩く。そして意外にあっさり離れる。
花袋が着替え終えて脱衣室から出て行き、森が服を脱いで浴場に向かったあと。髪を乾かし終えた菊池と芥川は呟いた。
「僕たちは一体なにを見せつけられたのかな」
「バカップルぷりだろ」
膝に乗せる(龍寛)
帝國図書館の中庭は広い。片隅でスケッチをしている者達がいれば片隅で手品の練習をしている者もある。かと思えば昼寝に勤しむ者もいる。花袋は食後の散歩をしていた最中にその光景に出会した。
「……菊池。お前も猫好きだったっけ」
「特にそういう訳もないんだがな。なつっこいな」
火の点いていない煙草を片手にしゃがみこんでいる菊池。片手で猫を撫でていた。
その黒猫には見覚えがあった。金色の目と天鵞絨のような毛並み。菊池が前足を掴んだ表紙に見えた肉球も黒い。その特徴でこの黒猫が普段中島や室生が構っている猫の1匹だとわかった。さて、他の猫はどうしたのだろう。菊池がいった。
「よくわからんが、こいつ1匹だけふらっと寄ってきてな。お陰でタバコを吸いに来たのに吸えなくて困ってる」
いいながら滑らかな毛を撫でている菊池はさして困っているように見えなかった。花袋も便乗して撫でてやると、しゃがんだ膝に前足を乗せて甘い声で鳴いた。両手で抱えて膝に乗せると、大して抵抗する様子もなく大人しくのどを鳴らした。それでさすがに心配になる。
「こいつ、こんなんで三味線屋から逃げられるのかな?!」
「これだけ無警戒に抱っこされるのを見るとなぁ」
火の点いてないままの煙草を咥えながら菊池も苦笑した。そして花袋の膝の上で大人しくのどを鳴らしている黒猫を見て赤茶色の眼を細める。
「……寝てるときの龍みてぇだな」
「えっ」
「おっと」
顔を上げる。菊池は煙草を指で挟み見えない煙を吐いた。視線は中空を彷徨っている。小鳥が鳴いていた。膝に乗った猫がもっと撫でろと不満げにのどを鳴らしたので手を動かした。そして花袋はいった。
滑らかな手触りには、こちらも覚えがある。
「膝に乗せて撫でると気持ちよさそうにしてくれるから、こっちも嬉しくなるんだよな」
「……猫の話だよな」
「菊池は違ったのか」
「…………良い天気だな」
「そうだな」
猫がのどを鳴らし続けていた。森は傍にいない。
耳掻きをする(はるだざ)
補修室に担ぎ込まれたのは、耳掻きが左耳に突き立った佐藤だったという。
「はるおー! もう1回! もう1回俺に耳掻きをさせて!」
「いやだ!」
「……何があったんだ」
非番で出掛けていた花袋が帰ってきたとき、太宰と佐藤が揉めている真っ最中だった。周囲が遠巻きにする中、声を掛けた花袋に太宰が絡む。
「よかった田山! 佐藤先生が耳掻きをさせてくれないんだよ! やるっていってるのに!」
「おい何も知らん田山さんに変な風にいうな! もっと正確に言え!」
怒鳴り返す佐藤は常の彼に見えた。ただなぜか左耳を押さえている。その仕種で既に嫌な予感はしていた。佐藤はいった。
「さっきだってお前が耳掻きをしたいっていうから渋々頼んだら、散々引っかき回した挙げ句に耳に突っ込みやがって! 鼓膜が破れただろうが! 今の体じゃなきゃ治るのにもっと時間がかかってたぞ!」
「補修で治ってよかったですね先生!」
「ああそうだな……って元はお前がつけた傷だ!」
「……綿棒でやれば」
柄が長くないから比較的安全と思われる案を講じたが2人は聞いていない。そもそも痴話喧嘩なのだ。巻き込まれるだけ損だ。そのうち司書が「館内は静粛に」と2人にツッコミを下すだろう。そう思って離れると、この事態のもうひとりの被害者だろう人物の元を訪ねた。
「先生。頼まれてたあんパンを買ってきましたよ。お疲れ様です」
「ああ……有難う花袋くん。表の騒ぎはもう聞いたようだな」
心なし、この1時間で窶れた気がした。無論錯覚だ。しかし表の騒ぎに真っ先に巻き込まれていただろうことを考慮すると……。紙袋を手渡すとほっと息を吐いてあんパンを取り出す。花袋はその辺りの椅子を引っ張り出した。
「物騒ですよね。たかが耳掻きでどうして補修が必要になるのか」
「あの2人は自分たちでそれぞれ耳掃除を済ませて欲しいものだ。ときに、花袋くん」
「はい」
紙袋を向けられたので遠慮なくあんパンをひとつもらう。
「あとで俺も耳掻きをして欲しいんだが」
もらったパンを持ったまま一瞬黙った。
「……今、耳掃除は自分でやれっていいませんでしたか」
「佐藤くんたちの話だ。それでだめかね」
「いいですけど。……じゃあ俺のもお願いして良いですかね」
「ああ」
森はあっさりと肯いた。花袋は変な汗が出た。外では「いい加減にしてください!」という司書の怒鳴り声がした。
了