2:SHIGA'sキッチン(with花袋)
3:栞/と/紙/魚/子を知らなくても大丈夫
お題は「リライト」(閉鎖されたようです)より。pixivより転載
一枚の毛布に包まる
自分たちの死後、映画という文学は声を得色を得てその発展を遂げた。帝國図書館には本のみならず音楽や映画も数多く収められている。中には娯楽性の高い作品もあった。今、花袋が森を自室に引っ張り込んで観ている映画もそれである。
「……花袋くん。怖いなら停めようか」
「こここ怖くありません! 続きが気になるから停めないでください!」
真っ暗な部屋。毛布を被る花袋と共に観ていたのは所謂ホラー映画だった。さして新しい作品ではない。寧ろ既に往年に差し掛かっている映画だった。原作を読み終わった花袋はそれを森に勧めると一緒に映画を観たいと言い出したのだ。何でも司書から「一世を風靡したホラー映画」と聞いておもしろさを期待したらしい。
そしてその演出に予想以上に驚かされているらしい――森自身も驚いてはいるものの、隣の花袋の反応の方が面白くてかえって落ち着いている始末だ。自分たちが死んで60年以上。名を馳せた文豪をも戦かせる作品があるのだから文学は恐ろしい。普段あれ程堂々としている花袋が大きな音に体を跳ねさせるのを見ると感心してしまう。
しかしそればかりもいられない。森は花袋の被っている毛布の片側を掴んだ。花袋が顔を上げる。
「何――」
「失礼。俺も入れさせてもらおう」
「……先生は平気で観てるじゃないですか」
自身が怖がっていることはようやく認めたらしい。一緒の毛布に包まる森は画面を観ながらいった。
「そうだな。寒くて冷えてきたからということにしておこうか」
「理由がぞんざいですね」
そういって花袋は苦笑した。
料理をする
文豪たち及び司書の食事は食堂で賄われることが常だ。彼らの食欲のために質量共に優れた食事が提供されている。それでも中には食事を作りたがる文豪もいるので、夜食を作るための場所として台所が確保されていた。いつもはここにいるのは志賀と武者小路で、ごくたまに国木田が「カレー」という名の何かを作りに来る。
なので花袋が顔を出したとき、台所のヌシとなっていた志賀が驚いたのは無理からぬことだった。
「アンタ料理なんてしたっけ」
「独歩と2人暮らしのときにそれらしいものをしたかなー」
「まぁ……全部嫁に投げてたよりはマシなスタート段階だな。それでどうしたんだ」
志賀が聞けば、料理を教わりたいという。割烹着と三角巾という形から入る姿勢で臨んできた花袋は肯いた。
「森先生に食べさせたいんだ」
「森先生に」
「食堂の飯もうまいけど、献立が決まってるからワンパターンだろ。偶には先生の好みに合わせた食事とか作ってあげたいなって。……ほ、ほら普段お世話になってるし!」
慌てて取り繕うように大声を上げたが志賀は笑っただけだ。そして手招きする。
「そうだな。今は冷蔵庫に鮭とナスとナメコがある。まずは鮭を焼いてナスは煮浸し。あとは味噌汁だな。それに副菜も考えるか」
「おお……さすが……頼りにするぜ志賀先生」
「大分年上のアンタに先生って呼ばれるのはくすぐったいな。さて森先生は甘党だと考えると甘めの味付けの方がいいよな……」
いって志賀はエプロンを巻き付ける。花袋の格好は多少おかしかったが、彼がメモを取り出すのを見て花袋は真剣そのものだとわかったからだ。
記憶喪失
ジクイウオなるものがいるという。
文字通り、本の字を喰ってしまう魚だ。シシャモぐらいの小さな魚は水にはいない。本の中を泳ぐ。主に本屋に発生し売り物の本の字を喰ってしまうのである。そのジクイウオを食べるのがホンズミダイやショチューカジキ。司書はそんなものは「直立魚類」のようなジョークだと思っていた。自分がアルケミストと呼ばれ、有碍書から文豪を転生させ――更にジクイウオの近縁種により本の字を喰われ、森が記憶障害になるまでは。
「補修は可能だそうですが、今夜一晩はかかるそうです」
「そうか。田山くん有難う。それで俺は寝てていいのかね」
医務室。普段はここのヌシとして鎮座している森が寝台に横たわっていた。それを看ているのは花袋だ。現在、医務室は静かだったが図書館は上を下への大騒ぎだ。普段静粛を呼びかけられている姿など見る影もない。
そもそも図書館にブックフィッシュが現れたのが異常事態なのだ。森の元になった有魂書が被害に遭ったのを切欠にして、現在文豪や館内の文献の保護のためにホンズミダイを大量に放っているところなのだ。一般的なジクイウオと異なり、この近縁種は死ぬとそれまで食べた字を吐き出す。ゆえにその発見は遅れたのだが、ゆえに司書たちは必死だった。図書館に散らばったジクイウオをすべて処分すれば森の有魂書も元通りになるのだ。
そうしないと。
「……ええ。先生は『転生してからの記憶』が一切抜け落ちてしまっているんでしょう。休んでてください。司書たちが何とかしてくれるって、いっていましたから」
そういっていた花袋の顔が泣きそうだったのと森が思い出せたのは翌朝のことだ。寝ぼけ眼の司書が医務室を訪ねると、森が寝台から花袋を抱きしめているところだった。一晩中付き添っていた花袋は抵抗しない。そしてそれらを見て司書は「ジクイウオはすべて処分できた」と確信してそっと扉を閉じたのだった。
了