1:●●●●が怖い花袋
2:買い物上手?
3:※ここでは免許を取得して1年以上経過してるという前提でお送りします
お題は「リライト」(閉鎖されたようです)より。pixivより転載
雷に怯える
その雨台風が襲ったのは期末テストが終わった7月のことだ。
「……先生。今日はお休みなんですね」
「ああ。急患が出ない限りはな。今夜は丁度良いだろう。懐中電灯は1本はあったな」
今夜は荒れると聞いて森が行ったのは灯りの確保だ。元はひとり暮らしだったので家にある懐中電灯は1本だけだった。なので昨日、帰宅する際に2本目の懐中電灯を買ってきたのだ。何やら難しい顔をしている花袋に新品のそれを渡すと元々家に置いていた方の懐中電灯の電池を確かめる。無事に点いた。電源を落とすと、新しい方の懐中電灯に電池を落とし込む花袋を見ていう。
「今夜は雷雨になるそうだ。早めに風呂を済ませて寝てしまおう」
「……そうですね」
「?」
懐中電灯の蓋を閉める花袋の返事が珍しく歯切れが悪かったように思えた。しかし追及はしなかった。
ことがはじまったのは夜だ。
「花袋くん。まだ寝ないのか」
「あーまだ眠くないんで」
TVのバラエティ番組を観ながら花袋はぼんやりと座り込んでいた。明日は休日で、風呂から上がったからあとは寝るだけなのだが雷鳴が近くなりはじめても腰が重い様子だ。読めずにいた小説を読んでいた森は、ふとその様子に違和感を覚えた。そわそわとして落ち着きがない。訝しんで椅子から、花袋が座るソファへ移った。仰け反る花袋に詰め寄る。
「花袋くん。君はひょっとして」
「わっ!」
一瞬電気が消えた。雷が落ちた――電圧が下がったらしい。懐中電灯の所在を求めかけた手が彷徨って苦笑を誘った。森は画面の消えたTVを尻目に花袋を見る。
「驚いたな花袋くん――花袋くん」
「………………あまり見ないでください」
肘置きに凭れ、頭から座布団を被っている。電気の消えた一瞬で花袋は姿勢を変えていた。その姿を見て確信に至った。あるいは別の可能性も考えていたが。
「……君が雷嫌いだということはお母さんから聞いていなかったな」
「お袋は多分、知らなかったと思いますよ――ひっ」
再び雷が落ちる。怯える花袋曰く、雷が怖くなりだしたのは小学生の頃から。その時点で母と2人暮らしで留守番もできるようになっていた。昼間ならともかく夜の雷雨は蒲団を被ってやり過ごしていた。看護師だった花袋の母は大抵、病院に詰めていたから。
「なるほど。君が雷が苦手だということを彼女は知らないままだったというのはそれを聴くとあり得るな」
「高校生にもなって雷が苦手ってどうかとは思ってるんですよ……でもやっぱ怖いものは怖いんです」
必死で座布団ごと耳を塞ぐ花袋は、常の勝ち気さが吹き飛んでいる。正直なところは彼らしかったが。
その彼の手を上から押さえつけた。花袋が驚いた様子で顔を向けて目を瞬かせた。雷が光って彼の体が跳ねたが、直後の雷鳴にはさして怯えなかった。それに森は少しだけ笑う。
「これなら聞こえないだろう」
この言葉も聞こえていないだろうが。そう思ったが意図は汲んだらしい。花袋は肯いた。
その看護師が電器ショップに来ていたのはプライベートだった。そこで職場の、堅物で知られる医師と出会って驚いた。そして理由にも驚いて、のちに納得した。
「息子にヘッドホンを買ってやると約束したからな」
「ああ……田山さんのところの花袋くんでしたか。お元気ですか、あの子」
数ヶ月前に事故死した年長の同僚を思い出す。彼女のひとり息子は今は再婚する予定だった森の元に引き取られたと聞いた。森は笑った。
「元気でいさせたいものだ」
「先生ー。オレこのヘッドホンがいいです!」
少年の元気な声がした。
スーパーで買い物
ひとり暮らしだった自分よりも、母子家庭で財布を握っていた彼の方が発言力は強い。
「森先生。このあとはタニーマートに行きましょう。卵と野菜が安いんです」
「……わかった」
電器ショップで目当てのものを購入した。そののちさてどこかで茶でも……とならないのが長年の主夫力か。何となく逆らうこともできず、森は大人しくスーパーへと車を走らせるのだった。
「安いとはいっても、俺には区別がつかないんだが」
「安いですよ。レタスとホウレン草が底値です。さて他に洗剤や石鹸も安かったので行きましょう」
やって来たスーパー。カートに籠を載せて歩く。台風一過の休日のスーパーは昼というのもありそれなりに混んでいた。人混みをすり抜けて通る。カートを押して歩いているのは花袋の方で、森が置いて行かれそうな勢いだ。せめてとカートを押すのを代われば、やっと花袋の歩調が緩んだ。荷物を入れる速度が合わなければ意味がないからだろう。感心と呆れを綯い交ぜに森はいう。
「いつの間にそこまでチェックを入れていたんだ」
「朝に先生が新聞を読んでいた前でチラシを見てましたよ」
「あぁそうか」
朝食の席で、飯をよそっていた花袋の席に赤いインク刷りのチラシが置かれていたのを思い出す。ポケットから取りだしたメモに目を落とし、洗剤を手に取った。
「折角先生と出かけるんだから、こういう用事はさっさと済ませようとメモを作ったんです。買い物が終わったらどうしますか」
どうやらちゃんとまだ遊びたい気持ちはあったらしい。しっかりしてはいるがまだ遊びたい年頃だ。微笑ましく思いながら、電器ショップを出たときに飲み込んだ「じゃあ茶でも飲むか」という台詞をやっと口にした。
タンデム(バイク)
引き取る前から花袋はバイトをしていた。本来は家計を支えるためのものだったと聞く。しかし給料の1部を貯金に回していたという花袋は、生前の母に許可はもらっていたと前置きしてから「それ」を買う許可を求めてきた。生前の彼の母親の為人を知っていたので森も許可を与えた。
しかしバイクに跨る花袋は想像以上のインパクトだった。
「先生ー」
エンジン音。それが止まったかと思うと、聞き覚えのある声が追いかけてきた。振り返ると制服姿にヘルメットの花袋が単車を転がして歩いてくるのが見えた。橙と紺が基調の派手なバイクだ。森は花袋が自分に追いつくとゆったりと歩き出す。バイザーを上げた花袋は「先生は今帰りですか」と尋ねる。森は肯いた。
「車は車検中だから歩いて帰ってるんだ。これぐらいなら歩きで十分の距離だしな」
「あっ、でも先生もお疲れでしょう。タンデムしませんか」
「……君がしたいんだろう?」
「正直にいえば。独歩や藤村や秋声は乗ってくれないし!」
友人たちの名を連ねられて森は少し安堵した。花袋としては友情が問われる事態だろうが、保護者としては余所様の子に怪我をさせる可能性は少しでも避けたいところだ。そこまで考えて、自分もすっかり人の子の親になったものだと感慨を覚えた。数ヶ月で大した変化だと自分でも思いながら花袋に肯いた。
「じゃあお願いしようか」
「それじゃヘルメット」
メットインから白いヘルメットが取り出された。
――花袋の腰に手を回すや否や、エンジンを吹かせた。走り出すバイク。直ぐに冷たくなった風に眉間を顰める。細い腰の少年は躊躇いもなくスピードを出す。あとで少し注意をせねば――そう思いながらも、胸に去来するのは生き急ぐ姿が母親に似ているというところだ。
(バイクに乗る花袋くんは少年らしく格好が良い)
同じ男としてそれを認めつつも、捕まる腰の細さに危うさも覚えた。アルバイトをして金を貯め、急いで大人になろうとする姿勢に焦りも感じた。
(そんなに大人になることを急がなくとも、必要はないのに)
森の心配を余所に、赤信号でブレーキを掛けた花袋は楽しそうだった。
了