2:急性アルコール中毒に注意
3:リンスインシャンプーって髪が傷みますね
お題は「リライト」(閉鎖されたようです)より。pixivより転載
衣装交換(はるだざ、龍寛、秋鏡、藤規、にいぼく)
花袋はまだよかったのだ。
「……新人士官って感じ」
「ああなるほど。青二才か」
「お前らな。確かに着慣れないしそりゃ当たり前だが」
いいながら花袋は、友人たちの前で白衣を羽織り為す。どうにも本来の服の主が着ていたようにはならない。白衣が肩にしがみついてくれなかった。向こうではまた別の文豪が騒いでいる。内容は似たり寄ったりだ――今の花袋のようにちぐはぐな衣装を着ている者の姿が見られた。
そもそもは戦闘中にコートを失った太宰に、芥川が気紛れを起こして自身のコートをかけてやったのが切欠だ。驚く太宰に芥川は微笑んだ。
『寒いでしょ。君は細いし』
『あ……有り難う御座います!』
『帰投するまで着ていて良いから』
その帰投直後に、太宰からコートを引っ剥がしたのは佐藤だった。声を上げて取り返そうとする太宰に佐藤は顔を渋らせる。
『あー芥川先生のコート!』
『何でお前が着てるんだ。まさか掻っ払ったんじゃないだろうな』
『芥川先生がコートをなくした俺に貸してくれたんですよ! 寒そうだからって』
それを聴いて、コートを取り上げたまま佐藤は舌打ちする。
『それぐらいなら俺の上着を――しまった上着がねぇ』
自分の服を悔しそうに握る佐藤に、太宰はどんぐりまなこを瞬いた。そしてにんまりと笑う。
『……ひょっとしなくても、焼き餅焼いてくれましたよね』
『はぁ?! んなわけないだろ!』
『照れなくてもいいんですよ! あーでも先生の上着は無理でも1度先生の服はちょっと着てみたいかも!』
『えっ』
『なんやおもしろそうな気配を察知したで!』
さてそこから話が発展し、顔を出した司書が「どうせなら衣装交換して撮影会でもしますか」とインスタトカメラを持ち出したために話が大きくなってしまった。今はコートを返してもらった芥川は菊池と服を交換して洋服を着ている。やたらと水際だった男ぶりを見せているが菊池はといえば芥川の和服に困っているし、鏡花は「いくら秋声でも服を交換するのは嫌だ」と断固としており、島崎は野球のユニフォームの着方に困っており島崎の服を着た正岡は気恥ずかしそうにしながら島崎がスラックスを穿くのを手伝った。ことの発端の佐藤と太宰はといえば、両者共にスーツ系統の服だったため案外違和感が出ていないという企画としては面白くない結果なので割愛する。
尤も彼らはましだった。森の服を着る花袋を見て秋声は首を傾げた。
「花袋は髪の色が明るすぎるから、森先生のみたいな白軍服だと派手になりすぎるんじゃないかな」
「冷静な分析を有難うな兄弟弟子」
国木田が笑っていう。
「まぁ軍服は要は制服だから、誰にでも似合うようになってるしマシだろ」
「国木田くんのいうとおりだ」
奇妙に落ち着いた声が国木田の言葉のあとに降ってきた。刹那、そちらを見た島崎が固まるのを花袋は見た。さらにその「原因」も。森が着替え終えたようだった――
「花袋くん。軍刀は重くないかね」
「…………あ。はい大丈夫です」
腰に下げた日本刀は確かに重いが、苦になるほどではなかった。花袋の衣装を堂々と着る森を見る苦行に比べれば――サルエルパンツは人を選ぶという事実をまざまざと見せつけられた。森が笑う。
「どうした君たち。笑いたまえ」
墨色の目が荒んでいた。なるほど、彼はこのあほな企画に打ちのめされたひとりだった。笑うに笑えず固まってしまった自然主義の文豪たちを救ったのは新美だった。彼は若山の甚平を着ていた。ややサイズが大きく袖がだぼついている。
「わぁ。森先生も着替えたんだね」
「どれどれ。あんたも似合わないな」
「ぶへっ」
正確には救世主は若山だったかも知れない。新美の衣装を着た若山を見た途端、自然主義の文豪たちの腹筋は決壊した。
「おいおい失礼だなあんたら」
頭を撫でる(藤規)
生前の味覚を継承している場合が大半だ。但し体質が同一とはいかない。そのため酒量を誤る文豪も多い。今の花袋のように。
「酔っ払ってるなぁ」
「……しみじみと呟くことがそれか。正岡殿」
正岡が麦酒を片手に呟いた相手は、彼の言葉が聞こえているかも怪しい。グラスを片手ににこにこと笑っていた――傍らに森を侍らせ、彼の頭を撫でながら。森は烏龍茶を片手に前髪を崩されるに任せている。森は友人の率直な言葉に、溜息混じりの返答しかできなかった。
司書は酒は苦手だが宴会自体は好きらしい。この日も何かの切欠で酒宴が執り行われた。森と花袋はそれぞれ非番と潜書で、司書室に顔を出したところでこの日の宴会に誘われたのだった。当初はそれぞれの友人らと飲んでいた両者だったが、その友人たちが他の者の元へ寄っていった――そして気が付けば2人で飲んでいたと森は記憶している。彼自身も既に酒が入っていた。ただでさえ甘党で、今はさして強い方とはいえないのだ。
「森先生ー。飲んでますか」
そもそも酒が得意でないことを知っているはずの花袋がそう声を掛けてきた時点で嫌な予感はしていたのだ。見れば飴色の目は澱み、頬は赤い。これはほろ酔いを幾分か超えている。そう直感して「そろそろお冷やでも飲みなさい」と進めた。すると彼はふにゃりと笑った。
「先生はこういうときでも体を気遣ってくれるんですねー」
「……職業病だな」
「先生はえらいですねー」
唐突に手が伸びてきた。そしてその手は森の頭を撫でたのだ。そして、現在に至る。
花袋は森の前髪が崩れても構わずなで続けている。正岡は自分に寄りかかって酔いつぶれている藤村を起こさぬようにゆっくりとジョッキを傾けている。正岡からすれば、黙って頭を撫でられ続けている森も大概酔っ払っていた。抵抗できないのだろう。正岡は麦酒の泡を口の周りにくっつけながら花袋にいった。
「田山くん。そんなに森を褒めたかったのか」
「そうだなぁ……うん。森先生は普段から頑張ってるじゃん。だからー」
花袋は舌足らずに答える。そろそろ眠ってしまいそうな様子だ。それに気付いたのかそうでないのか。森がぼそりと呟いた。
「……君を気遣ったのは、優しいんじゃなくてただ君のことが心配だったからだといったらどうする」
「ふへ」
途端。手が止まった。しかし次の瞬間には、花袋は森の頭を揉みくちゃにするという暴挙に出た。正岡が慌てて腰を浮かしかけ藤村が倒れ込みそうになった。
「こ。こらこら田山くん」
「こら、やめなさい花袋くん」
「だって! 恥ずかしいんですもん! ――」
刹那、頭が傾いだ。
「ぐう」
どうやら酒が回ったらしい。それまで森の頭を好き勝手にかき回していた花袋は、興奮したかと思えば唐突にその場に倒れてしまった。それを診たのち、前髪を直す森に正岡はいった。
「どうするんです。下心はあるんでしょう、持ち帰りますか」
「しっかりベッドに寝かせるに決まってるだろう。――何だその目は。島崎くんまでいつ起きた」
髪を洗う(はるだざ)
購買でリンスインシャンプーを買い求める。見咎めたのは洗面器を持った太宰だった。
「おいおい。アンタそんなもん使ってんの!?」
「な。なんだよ。洗うの楽じゃねーか」
「風呂好きの癖にそういうこという!?」
「おい太宰、田山さんに絡むな」
あとから洗面器を抱えて佐藤がついてくる。どうやら2人は先に風呂に入っていたらしい。そんな2人の洗面器の中身を見た。リンスインシャンプーのボトルを握る花袋に対し、佐藤は男性用のシャンプーとリンス。太宰の洗面器の中にはシャンプーの他にリンスと思しきボトルが3本もある。
「太宰のリンス、多くないか」
「よくぞ聞いてくれました! これはコンディショナー、これはトリートメント。それにこれはヘアパック!」
「リンスと違うのか」
「全然違うの!」
最早呪文だ。鮮やかなボトルの色に途惑っていると、佐藤が太宰の首根っこを掴んだ。
「太宰。お前が手入れを頑張っているのはいいが他の人に無理強いするもんじゃないだろ」
「あっ、先生もやっぱ手入れの良い俺の方が触り心地がいいでしょ」
「そりゃあ――って何を言わせるんだ!」
「……触り心地ねぇ……」
目の前の痴話喧嘩に構わず愛用のボトルを眺める。洗髪は別段、清潔が保てていればいいと思っていた。キューティクルについては考えたこともなかった。森も気にするだろうか――
「……良い匂いのする子はぐっとくるしなぁ」
呟いて、ひとまずリンスと書かれたボトルを商品棚から手にした。太宰と佐藤の喧嘩は激化している。
「お待たせしました先生」
「シャンプーは買えたか」
「ええ」
廊下に出ると、洗面器を抱えた森が立っていた。司書の指示により、森と一緒に入るようになってから大分経った。本来は烏の行水だった森に少しでも長風呂をさせるための目的だった。しかし現在は一緒に入りたいから誘い合わせて入浴をしていた。昨夜シャンプーを切らしてから買うのを忘れていたので森に待ってもらって購買で買い求めていたのだった。そんな森は、小銭入れをポケットにしまう花袋の洗面器に乗った2本目のボトルに目を向けた。
「……リンスを買ったんだな」
「あ。ええ。太宰の奴に一家言を呈されまして。まだ佐藤と喧嘩してますね」
「仲が良いなあの2人は。……太宰は手入れが良いからな」
森は振り返りながらいった。
「ただ、個人的には今のままでも、君の頭は触り心地がいいな。ふわふわとしていて」
「聞いていたんですか」
「何がだね」
暖簾を書き分ける。花袋は最後の言葉にそっぽを向いて答えなかった。
了